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NHKドラマ『倫敦ノ山本五十六』サウンドトラックに使われた四分音について [楽理]

 2022年最初のブログ記事は、前年暮れとなる2021年12月30日にNHKで放送された香取慎吾主演のドラマ『倫敦ノ山本五十六』の音楽の一部に使われていたBGMが四分音(※1音のみ八分音)を用いている事に着目し、これを採譜した私がYouTubeにて譜例動画にして楽曲詳細を語るという事に。

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再放送の報せが入って参りました。2022年2月21日午後3時〜4時25分 BS4K拡大版放送としてあらためて再放送が為される模様。番組内で使用される微分音を今一度確認されたい方は是非チェックしてみて下さい。

 2021年のコンテンツであらばブログ記事も2021年内に仕上げたい所でしたが、暮れの生活の慌ただしい最中に採譜に伴う作業工数は思いの外費やしてしまい越年となってしまったという訳です。

 扨て、四分音というのは「四分音符」の事ではありません。音符の歴時の方ではなく音程そのものの方に着目する必要があり「全音」音程が4等分されているので四分音と呼ばれるのでありますが、全音が2等分されている状況というのはご存知の通り「半音」音程である訳です。

 半音よりも狭い音程で表さざるを得ない状況にある音程を「微分音」と称しますが、西洋音楽で明示的に使用されたのはタルティーニが最初ではなかろうかと思います。但しこちらは三分音ですので、全音を3等分していたという物です。

 古代ギリシャ時代では四分音も用いられており、その後ピタゴラスとは異なるアリストクセノスの『ハルモニア原論』も支持されていたのですが、アラブ諸国で別の形で醸成となったのでありました。

 戦中、日本国内では矢田部達郎の『音名試案』に於て、四分音も音楽教育への導入が計画されていたものです。こちらのリンク先当該記事にて詳細を語っておりますのでご参考まで。

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 今回取り上げる楽曲は上野耕路によるもので、番組冒頭からダブルベースでの特殊奏法と思しき楽曲に仕上げており、メシアンのトゥーランガリラ交響曲第6楽章を思わせるゆったりとした拍節感の希薄な所に象徴的な四分音が細雪が降り落ちて来るかの様に響くのが当該曲であるという訳です。

 上野耕路は戸川純とのゲルニカが有名ですが、近年ではキューピーのCM曲「たらこ・たらこ・たらこ」の作曲者と言えば若い人々には伝わりやすいのではなかろうかと思いますが、どんな楽曲であろうともクセの強い馥(かおりかんばしい)雰囲気の忍ばせ方が巧みなひとりであろうかと思います。

 「たらこ・たらこ・たらこ」がクレズマー(ロマ、ジプシー、ボヘミアン)風だとすれば、今回の四分音は協和的な線的牽引力に頼らない無調であると言えるでしょう。

 クレズマー音楽というのは、判りやすい協和的な音程に微分音のイントネーションを与える事で、音程的な「瘤」をより強調して作り上げて《結果的に》四分音が表される事がありますが、今回の当該曲ではそうした単純なイントネーションの付与とは異なる楽曲に仕立て上げている事は、楽理に詳しくない者でも感じ取る事が可能でありましょう。

 何より、地上波放送に於て多くの人々に向けて四分音がごく普通に流れるという状況は実に好ましいのではなかろうかと思います。無論、そこには四分音であれば何でも好いという意味なのではなく、作品としてまともな音楽作品が流れるというのは好ましい状況であろうかと思います。

 2018年の地上波、テレビ朝日の『ロンドンハーツ』で用いられたBGMには、50セントおよび一部150セント「移高」するSEが用いられておりましたが、こちらは厳密な意味に於ての楽曲ではなく「SE=効果音」として音梯が四分音律に沿って移高するという物でしたので、音楽作品という事で四分音導入の楽曲を耳にするというのはなかなか好ましい状況であったろうと思います。

 そういう訳で四分音という音程を語る上であらためて知っておきたいのが次の画像での四分音変化記号です。義務教育課程で四分音を習う事は無いでしょうが、四分音を表す「一般的」な表記が次の画像となります。

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 同様に、四分音の各音名を次の様に表すとしますが、この音名は私の手前勝手な臆断ではなくゲオルギー・リムスキー゠コルサコフが命名しているもので、パウル・ザッハー財団にて所蔵される資料に基づく物です。

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 それでは茲から譜例動画解説に入るとしますが、テンポはアラ・ブレーヴェでの二分音符≒89という表記なので四分音符に換算すると四分音符≒178という事になります。聴き手の解釈に依っては本曲の拍節構造を16分音符として捉える方も居られるとは思いますし、作曲者ご本人以外には誰にも判らないとは思うのですが、今回の私の解釈としては八分音符の拍節とさせていただきました。




 2/2拍子という事は1拍子に八分音符が4つある事になります。3・4個目の八分音符は「1拍目弱勢」という事になりますので、決して四分音符換算での2拍子目という事ではないのでご注意ください。

 1小節目1拍目の大譜表低音部は長七度のリープ(=leap)が印象的ですが、1拍目弱勢での高音部の [ait] まで伸びる更なるリープが特徴的であります。これら最初の3音 [c・h・ait] の内、[h・ait] のリープは1050セントという短七度よりも50セント高い音程であり、ニュートラル7thとして知られる音程です。自然七度の近傍であり、四分音律では自然七度と同等に取り扱われる事もあります。

 因みに「リープ」とは耳慣れない言葉でありますが、音程跳躍にはstep(順次)、skip(跳躍)という進行に楽理的に括られ、厳密にはこれ以上の体系に括らなくとも済むのですが、名著の誉れ高い『スタイル・アナリシス』の著者ヤン・ラルーに依れば、非常に大きな音程跳躍を「リープ」と呼んでいるのです。

 つまり、三度音程よりも大きな音程。多くの場合は完全五度を超え、更には複音程も視野に入れた大きな跳躍を三度音程のskipとは別に分析しているという物です。こうした広い音程を視野に入れざるを得なくなったのは、無調からの十二音技法を経たが故の解釈であるのは言うまでもありません。

 七度音程というのは、本来ならば転回音程となる二度の側を選択すれば対斜を回避できるであろうという「不協和音程」であります。処が、先の音程跳躍は不協和を繰り返したリープであるという訳です。協和的な、それこそ機能和声を鼻から相手にしてはいない楽想でしょうから大胆なリープが連続するというのはこの場合は有って然るべきでありましょう。

 同時に、四分音律の世界に於ける順次進行をリープ=大胆な不協和音程への還元として使っているのであろうとも思います。

 扨て、1小節目1拍目弱勢裏となる4音目は、[gis] の短九度上に [a] があるのも非常に効果的に聴こえる箇所でありまして、おそらく多くの人々は上方の [a] は聴きそびれて下方の [gis] の方を優勢に捉えるかと思うので注意を要する箇所であります。

 同小節2拍目弱勢での2音 [e・et] の音程は長七度よりも50セント高いクォーター・トーナル7thと呼ばれる音程を用いており、私個人としては、この音程は非常に耳に付くものなのでとても際立って聴こえる音程でもあります。

 2小節目1拍目目強勢での [git・h] はニュートラル3rd=中立三度と呼ばれる物で、長三度より50セント低い音程です。ブルーノートのブルー3度でもこの近傍として解釈されるものです。この中立三度は基本音から数えた時には350セント上方に存在するのですが、それを鏡像音程として350セント下方に置くアプローチを採るのが顕著なジャズ・プレイヤーがマイケル・ブレッカーであり(※別記事参照)、坂本龍一もYMOの「1000 Knives」のキーボード・ソロで同様の音を聴かせているのは別記事で解説済みですので、興味のある方はそちらをお読み下さい。

 同小節1拍目弱勢高音部での [fist・fis] もクォーター・トーナル7thです。加えて同小節2拍目強勢で低音部と高音部を跨いでの2音 [h・aist] もクォーター・トーナル7thです。更に続いての同小節2拍目弱勢での [a・git] がニュートラル7thという跳躍になっているという訳です。

 3小節目1拍目強勢は [dest・cet] は長七度、続いて同小節1拍目弱勢 [fet・dest] は短六度。此処で久方ぶりに協和音程が顔を出します(※1小節目2拍目での低音部の長十度以来)。

 同小節2拍目強勢での [fet・h] は増四度より50セント高い650セントで、ヴィシネグラツキー流ではこの音程サイズ=650セントを「五度」と採る異名同音ととしての短五度はありますが、650セントを「四度」由来とするこの音程に名前は与えられておりません。そうして [fet] から長九度となる [fit] を経て [fit・het] という完全四度という、普段馴染んでいる音程が現れます。

 4小節目1拍目の低音部から高音部を跨ぐ強勢での [het・f] はヴィシネグラツキー流で言う所の 'minor fifth' =「短五度」から入り、続いて [fist・aist] という長三度。同小節2拍目の4音は [ait・fit] と長三度を経て、[at・gis] という風に、あらためてクォーター・トーナル7thが現れます。

 5小節目1拍目 [cit・h] はニュートラル7th。続いて高音部 [dit・gist] の増四度。同小節2拍目低音部 [as・est] は 'minor fourth' =短四度。続いて高音部が [est・fest] の短九度が現れる事となります。

 6小節目1拍目からの4音は初稿時に私が採譜時点からスキップさせてしまっていた箇所であり、補足して語ります。同箇所強勢の低音部からは [ast・het] で、増九度音程で表しております。続く弱勢高音部 [git] の後続音が、本曲で1音のみ現れる八分音であり、[fist] よりも25セント低となる [fisil] という呼称で表されるものなので、初稿時で省かれていた4音は [ast・het・git・fisil] という事になりますのであらためてご注意いただければ幸いです。

 同小節2拍目強勢からの [h・fist] という重増五度ですが、ヴィシネグラツキー流での「長五度」であります。続いて高音部 [es・cet] で、長五度の異名同音でヴィシネグラツキー流の 'minor sixth Quarter-low' という音程を経て終止となるという訳です。


 これらの音程を勘案しても、一部には「馴染み深い」通常の協和音程と完全音程が忍ばされてはいるものの殆どが中立音程の不協和音程に依って協和感は暈滃されている事がお判りになろうかと思います。

 加えて、過程で生ずる連続したリープが協和感を更に希釈化させている事も手伝って、非常に音響的な色彩が与えられている様に耳にする事が出来ます。過程で耳馴染む音程ばかりが頻出していれば、それは協和的に過ぎず、その協和的な世界から単に微分音の揺さぶりをかけた程度では音痴に聴こえてしまいかねません。それが「音痴」という認識にも収斂しない様に旋律形成が成されているのは非常に周到な旋律形成であろうとあらためて感服する事頻りであります。

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