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スティーリー・ダン「Your Gold Teeth Ⅱ」を検証 [スティーリー・ダン]

 YouTubeの方では2019年11月には既に譜例動画をアップしていた私でしたが、解説記事に取り掛かるのが非常に遅れてしまい漸く今頃の記事アップという事になりました。昨年11月から数えても、ブログ記事の件数は少ないものの幾つかアップしていたというのにこの有様というのは情けない限りなのですが、記事をアップするのは単に私の書きたい事をアップしている訳ではなく、順序があっての事なのです。そういう訳で今回あらためて「Your Gold Teeth Ⅱ」を語る事に。


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共通テーマ:音楽

「愛しのマキシン」を楽譜面にて比較する [スティーリー・ダン]

 昨秋シンコーミュージックからドナルド・フェイゲン『ナイトフライ』【ワイド版】があらためて刊行されたのは記憶に新しい所でありますが、私個人の見解を語る為にYouTubeには既に「Maxine(邦題:愛しのマキシン)」のイントロのピアノ譜をアップしているので、これを期に色々と語ってみようと思います。



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ブライアン・スウィート著『リーリング・イン・ジ・イヤーズ』 [スティーリー・ダン]

 1994年。この年の春は比較的暖かかったと記憶しており、90年代初頭から音楽界はガラリと様相を変える様にして懐古主義(アナクロニカリズム)が瀰漫する音世界に変貌を遂げる様になり、それを裏付ける様に「旧さ」を前面に押し出した物が増えており、音作りの方法論が方々で実しやかに囁かれていた物でもありました。そうしたブームのイノベイターとして挙げる事が出来る目立った所となるとSOUL II SOUL、ジャミロクワイやレニー・クラヴィッツ等の登場以降、90年代初頭からのアナクロニカル・ブームを席巻していた音楽界隈──特にUKソウル、アシッド・ジャズ──関連は大層賑わっておりました。
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短和音上の減四度 [スティーリー・ダン]

 扨て今回のブログ記事タイトルは実に暗喩めいておりますが、簡単に言えばマイナー・コード上でメジャー3rdに等しい音が鳴っている状況と同じではあります。とはいえ通常はそういう事は避ける物ですし、マイナー・コードが鳴らされている所で、メジャー3rd音と異名同音である減四度音を和声的にではなくとも線的に使おうとしても、かなり無理があるんじゃないか!? と思われる人は少なくないでしょう。


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分数コードから得られる情緒の例 [スティーリー・ダン]

 今回は骨休み程度に色んな分数コードに触れてみようという話題にしようと企てた所でありまして、ついでに簡単なデモを披露してまおうと思います。今回用意する分数コードの類のデモというのは、私がエレクトリック・ピアノの音作りをする際に、その音質を色んな和音のヴォイシングでどのように聴こえるのか!?という、客観的判断に用いているラフなデモ曲を使った演奏なのであります。


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Planet D'Rhonda/ドナルド・フェイゲン 「Sunken Condos」考察 [スティーリー・ダン]

 ジェイムス・テイラーやザ・セクション、アティテューズ等嘗てのダニー・クーチを彷彿とさせてくれるようなイナタい感じの曲に調性がフラフラしていて、その調性の収まりの無さは落ち着きが無い物とは全く異なり、新しい営みの地へ足を踏み入れた時の周囲の感触を楽しんでいるかのような、それこそ自分自身が死んであの世の住み心地を吟味しているかのような物にも投影できるかもしれませんが、あの世の感想をこの世に持ち込む事は出来ないため、この世で味わっているとすればそれは目の前の現実を受け止める事ができぬまま自身が痴呆状態に陥ったり、或いは自分自身が正当化を貫き現実を直面できぬまま多重人格者になってしまった姿とか、廃人となってしまって現実の世界に意識が戻って来れない様なシーンすら投影できるかのような曲なんですな。
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Good Stuff/ドナルド・フェイゲン 「Sunken Condos」考察 [スティーリー・ダン]

 この曲を聴くとついつい私はサマータイムを投影してしまうのでありますが、SDのアルバム「幻想の摩天楼」に収録の2曲、「Sign in Stranger」やら「The Royal Scam(=幻想の摩天楼)」をも感じ取ってしまう忍び寄る戦慄が表現されている様で非常に良いですね。


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Miss Marlene/ドナルド・フェイゲン 「Sunken Condos」考察 [スティーリー・ダン]

 扨て、曲冒頭のイントロ部のコード進行は、それこそロドニー・フランクリンが弾いていてもおかしくない位洗練された感じに聴こえて来ます。それはおそらく脈絡と親近性の希薄な調域へコードが移ろう為に、先を予測しづらい情景に惑わされ乍らも、こうしたコード進行に少々耳が慣れて来ている人達はジャイロが追従するんですね。その移ろい感覚に酔いしれるワケですね。


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Out Of The Ghetto/ドナルド・フェイゲン 「Sunken Condos」考察 [スティーリー・ダン]

 扨て「Out of the Ghetto」を語るワケですが、その前に前回のブログ記事にて語っていた「The New Breed」の話題をほんの少しだけ引っ張ると、「The New Breed」の曲の一番最後のコードは「D♭7(#9、#11)」なので、こうした「本物の」オルタード・テンション・サウンドを聴かせる所は、このアルバム主人公が思い描く嘗ての思い出やらを鏤めたかのような演出がされている様に私には思えるのです。勿論ドミナント・モーションという方向も避ける様な異端な方面の姿も併せ持っているため、主人公がそうした2つの世界を彷徨う感じが音として演出されている様に私には思えてならないのであります。
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The New Breed/ドナルド・フェイゲン 「Sunken Condos」考察 [スティーリー・ダン]

 5曲目「The New Breed」は譜例の通り、冒頭のテーマはGM7とGM7augという、通常のメジャー7thとオーギュメンテッド・メジャー7thを移ろわせるように使って来るんですが、雰囲気としては何処かご機嫌な様子を演出し乍らも傍目から見るとどこか奇異な行動を見てしまうかのような感じにすら思えてしまうシーンが浮かぶ様な響きにすら思えます。
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Weather In My Head/ドナルド・フェイゲン「Sunken Condos」考察 [スティーリー・ダン]

 4曲目「Weather In My Head」は、今作中で最もイナタいオーセンティックな路線で、それこそ嘗てのベッカー&フェイゲン、ジェフ・バクスター在籍時の初期SDを彷彿とさせる様な曲。でも2012年という現在、時代が時代だけに音は少々こなれているので、ベッカー&フェイゲンの時代から少し進んで、嘗てのSDのアルバム「幻想の摩天楼」の作りをも思い出してしまいます。とはいえ「幻想の摩天楼」だってもう35年程経過するのでありますが(笑)、当時の音というのは現在の方法論のひとつでもあるので、音のキャラクターが古かろうとも方法論そのものが古いのではなく、寧ろ現在のシステムにおいて古さを演出していくという事の維持の方が難しかったりもするのではないかと感じることしきり。


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調性への直視を避けた後 [スティーリー・ダン]

 前々回のブログでは、ドナルド・フェイゲンの今作「Sunken Condos」は全編に渡って調性を嘯く事は勿論、属和音の位置で解決先をも見越した「お天気雨」の様な情景を例にした狙いは、作品全体に渡って歌詞中に登場する主人公が本当は物事の大抵の事は経験済みで理解可能な物の、その先の更なる理解へは遮断してしまうかのような自我と忘却が交錯している様に投影されているかの様に思えるからに他ならないワケですな。

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 若い女性を登場させるのでありますが、その女性への欲情も抱えているに違いないのに、その欲求とやらを露呈せずに寧ろ嘯く事を貫こうとする。いつしか猜疑心に苛まされ目の前の世界が惰性へと変化して自分自身を蔑ろにされたとばかりに否定的な幻影を見ておそらくは罪を犯してしまうかのようなストーリーが投影されている様に思えてしまい、その葛藤や虚無感を音として表現しようとする場合、フェイゲンはこうした「調性の嘯き」を選択しているのだなぁと私はつくづく感じてしまうのであります。


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和音の二度への収斂も亦重要 [スティーリー・ダン]

 扨て、ココの所ドナルド・フェイゲンの新作「Sunken Condos」の各曲考察を繰り広げている私ですが、前回のブログ記事で語っていたのは同アルバム収録の「I'm Not The Same Without You」でありまして、曲ド頭に出て来る「完全四度等音程和音」という和音などポピュラーな枠組みの方からではなかなか聞き慣れない呼称ではないかと思いますので、その辺りをキッチリとあらためて語っておくコトに。
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「なっ!?船員、小田急」 I'm Not The Same Without You /ドナルド・フェイゲン「Sunken Condos」考察 [スティーリー・ダン]

 ドナルド・フェイゲンの今作「Sunken Condos」の作品全体に渡った歌詞を吟味してみると色んな解釈ができるモノでもあり、そうした暗喩めいた所にSDのお二方の楽しみ方があったりもするんですが、私が感じた今作の情景は、老いて行く主人公の前に現れる若い女性というのは実は介護人が医療方面の技師とかカウンセラーの類の様に私は感じるワケですな。女性への欲情を自分自身は嘯き乍らもそうした感情に直視しようとも、先の成就に至るまでの事など頓着したくないという人生の惰性感が投影されている様に思えます。恐らくは嗜好していても直感的にしか判断が及ばず、痴呆すら進行している様を描写しているのかもしれません。
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Slinky Thing ~ドナルド・フェイゲン 「Sunken Condos」考察~ [スティーリー・ダン]

 ドナルド・フェイゲンの新譜「Sanken Condos」が発売されたのを機にこうしてアルバム考察を繰り広げようと画策しているワケでありますが、アルバムタイトルは「水没したコンドミニアム」みたいに理解すれば宜しいのでしょうかね。暗喩に満ちたタイトルは今も健在ですな。
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Tomorrow's Girls制作裏舞台 [スティーリー・ダン]

 今になってドナルド・フェイゲンのソロ・アルバム「Kamakiriad」から選曲してケークリにてリリースするというのもどうだろうか!?という迷いがあったものの、そもそもその迷いというのは、あのアルバム作りにおいて特徴的なDX7の「ほぼプリセット」と思しきDXベース(私は個人的に好きです)を使っていることもあってどのようにして反映させようか!?と考えていたコトだったのです。

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スティーリー・ダンへの信奉 [スティーリー・ダン]

扨て、左近治が楽理に関する話題を強化したのはウォルター・ベッカーの「サーカス・マネー」リリース辺りが境のコトでした。

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リキの電話番号とチェレプニン9音音階 (2) [スティーリー・ダン]


扨て、前回の続きを語っていこうと思うワケですが、とりあえず前回のおさらいとしては「ジプシー・マイナー」というスケールを引き合いに出して語っていたワケであります。

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リキの電話番号とチェレプニン9音音階 [スティーリー・ダン]

今回はスティーリー・ダンの名曲「リキの電話番号」を題材にしちゃいますね、と。



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オルタードとスーパー・ロクリアンの違い つづき [スティーリー・ダン]

扨て、今回も前回の話題同様、スーパー・ロクリアンとオルタードの違いとやらについて語ろうかな、と思います。

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Popper's MTVという番組がありましたね [スティーリー・ダン]

まあ、こういうブログタイトルから予測しづらい方面の話題にしていくのが左近治流なのですが、例えば、スティーリー・ダンやシンクラヴィアの話題にまで引っ張ってみようかな、と(笑)。


時は1985年だったでしょうか。前年の夏にPropagandaの「Das Testaments Des Mabuse」の12インチを愛聴盤(三菱ギャランのCMにもなっていました)としつつも、心のどこかでは「デジデジ」していない音を求めていた左近治が居たんですなー。

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「デジデジ」という形容はとりあえずは「過剰なデジタル系な音」と思ってもらえれば差し支えないとは思うんですが(笑)、いかんせん世の音楽シーンはサンプリングの魔法のような魅力に取り憑かれ始めたような時期。シンセだってDX7大ブーム。今まで耳にしたことのないような、「存在し得ぬ音」をいとも簡単に表現してしまうシンセの音!という時代真っ盛りの時でありますよ。

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完全四度レイヤーから見えるもの [スティーリー・ダン]

扨て、前回はスティーリー・ダンの「Deacon Blues」のイントロのコード進行を題材に掲げながらも、脇道での注釈部分に力が入り過ぎて本題を語ることが出来ませんでしたので(笑)、あらためて仕切り直すことにします。

今一度、前回の冒頭の段落をいくつか抜粋してみますので、もう一度おさらいという事でご確認いただければな、と。


「Deacon Blues」のイントロ部分のコード進行で顕著なのは、偶数回に出現するコードでありまして、例としてイントロ部分の2回目に出現するコードを抜粋してみましょう。

イントロ部分、最初の4つのコードのベースは半音クリシェを「C→B→Bb→A」という風に下降して行きます。そこでの「B」の部分を抜粋すると、ここでのコードは表記は色んな解釈があるでしょうが、例えば「Bm7(+5)」とか「A7sus4/B」とか色んな表現があります。

私の持っている輸入楽譜だと「Bm7(+5)」という風に表記をしておりますが、5th音を使いつつ「短六」の音を導入している時など、たまに「●m7(b6)」などという表記を目にしたこともある人はいらっしゃると思います。


とまあ、こういう内容だったワケです(笑)。

ディーコン・ブルースの涙を誘う歌詞の素晴らしさというのを今ここで語るのは無粋とも思えるわけですが、絶望の淵に居ながら我に返り、それこそ果ては無縁仏にでもなりそうな世界に放たれているような自己に少しでも幸福感を与えようとするような世界観。本当に深いです。

そういう深みと、何かメッセージを遺したいというようなものは和声においても反映されていて、それが、前回冒頭で語った「E音の残像」と形容したワケであります。

また、直前のコードトーンのE音を導入することで1小節内2個のコードから構築される調的な親和性と、はみ出すことの可能性という双方の性質を楽しめる場面でもあるので今回語ることにしたワケですな。

じゃあ、とりあえずその偶数回に出てくる最初のコードの構成音というのは「残像」も含めた場合「B、A、D、E、G」という音で構成されることとなり、完全四度ずつ並び替えることが可能なワケですね。

それが画像で確認できる「Primary」というピンクの楕円で囲った五線表記の部分であります。

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今回私が声高に語りたい部分はですね、この時点で「アウトサイド」な世界を見いだしてほしい、というコトなんですな。

完全四度音程を等しく上方に6回積み上げると、6回目で7音を構成することになるんですが、仮にC音から順次完全四度を積み上げると結果的にCフリジアンを形成することになります(C、Db、Eb、F、G、Ab、Bb)。


「Deacon Blues」のイントロ部、2つ目のコードというのはB音を基準にして順次完全四度を積み上げればいいのでありますが、とりあえず構成音として見出したのは5音なので(原曲のヴォイシングの実際は四声ですよ)、モード・スケールを「確定」するまでには至りませんが、複調的な「可能性」としては非常に興味深いシーンとなっているワケであります。

Perfect 4th 6 Layeredという風に見ればひとつの可能性としてはB音の下にF#音を追加するか、或いはG音の上にC音を追加するか、という可能性がまず挙げられます。

譜例では「1」と「2」の例となるワケですね。但し、まだ6レイヤーなのでモードスケールを確定するとまでは至っておりません。

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等しく完全四度を積み上げている7音の内の5音を確定している状況だと思っていただければいいわけですから、6レイヤーと同様に7レイヤーにおいても上方・下方同様に「可能性」として四度音程を追加していきます。

そうすると「3、4、5」という譜例のようになり、結果的に

●C#フリジアン
●Cアイオニアン
●Cリディアン

という3つのモードスケールの可能性を生んだことになるワケです。

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「Cアイオニアン」(=Cメジャー)というのを生むのは、基からCメジャーから開始されるので、アウトサイドの可能性を見いだすまでもなくCメジャーの情感を維持できるという結果を導く照査となりますが、あくまでも「アウトサイドの可能性」を主眼に置いているので、これでは面白くない(笑)。

そこで、もう2通りの方に目を向けると

「C#フリジアン」「Cリディアン」という可能性を導くことができました。

「C#フリジアン」のトーナリティー「Aメジャー」という風に見ることができ、一方で「Cリディアン」は「Gメジャー」のトーナリティーとなるので、Cメジャー以外に2つの「可能性」とやらを導くことができました。


ココでピンと閃いてくれた方は、過去の私のブログをご理解されていただいていると思うんですが、長二度離れた「GメジャーおよびAメジャー」という2つのトーナリティーを導いたというコトは、先に語った事のある「ミクソリディアン+エオリアン」というハイブリッド・モードの概念を用いることも可能なワケですな。

ここまで「拡大解釈」をするとですね、Gメジャー+Aメジャーから得られる「ミクソリディアン+
エオリアン」というのは、「Dミクソリディアン+エオリアン」という結果を導くことが可能となりました。


これまで左近治が「ミクソリディアン+エオリアン」というハイブリッドなモード解釈をする際、あるマイナー・コード上の長二度下からのアプローチで実例を出してきましたが、今回のような拡大解釈をすると、マイナー・コードの短三度上のミクソリディアン+エオリアンという用途も視野に入れるということが可能ということを意味します。基本となるコードはこの場合「Bm7(+5)」だったワケですからね。

一方、増五度を短六度と捉えて転回させてメジャー・コード(=G△)の短三度下、つまりGメジャーからみた平行調の関係にある「Em」を仮想的なマイナー・コードと捉えて、ハイブリッド・モードの概念を導入してアプローチという考えも導入すれば、結果的に、私がこれまでマイナー・コードの全音下からの「ミクソリディアン+エオリアン」のアプローチ、つまるところDから開始することになるので、元のコードを転回しても合致するワケです。

「Deacon Blues」ではこのような説明をしていますが、他の曲でマイナー・コードが出現した場合、見出す「マイナー・コード」が必ずしもトニック・マイナーというトーナル・センターを導く必要はないので、基本となるマイナー・コードにドリアンを想定すれば、その4度下/5度上にトニック・マイナーを見立てたりとすることも可能ですので、この辺りの可能性とやらも以前に説明してきたのでお忘れなく。


まあ、簡単に言えば「こんなに遊び甲斐のあるコードなんだよ♪」と言いたいんですが、まだまだコレで終わったワケではありません。

完全四度レイヤーを導入して「C#フリジアン」を導いている所も実に可能性を秘めておりまして、C#フリジアンというのはC#を基本としてテトラコルドを上下逆、すなわちミラー・モードを形成すると、C#メジャーが得られます。

すると、Bbに行く前にCメジャーとC#メジャーという「うつろい」という可能性まで考えを拡大させることも可能であります。もちろん同様にCリディアンも導いたワケですからGメジャーの可能性をも秘めているという、実に多様な複調ワールドを構築させることが可能なシーンなワケです。

たった2拍の音価にこれだけの可能性を詰め込んでも遊びきれないかもしれませんが(笑)、ディーコン・ブルースのイントロの「うつろい加減」というのは楽譜にすればこそ簡単に表記できる場面かもしれませんが、曲そのものの「うつろい加減」というのは、こうして左近治が提示したアウトサイドの可能性のある音が含まれているワケではないのに、曲調は既に「うつろい」をビンビン感じますよね(笑)。

そういう風に聴かせようとするスティーリー・ダンのマジック、いやこれは平均律の世界を巧みに利用したモノなのだろうと思うワケですが、いずれにしても可能性溢れた感じに聴かせてくれるのは流石SDと思えるワケでして、同時にベッカー御大を深く研究していると、左近治のような「穿った見方」で和声を見る(聴く)のが日常になってしまうので、この曲のイントロはあらためてベッカー御大の音だと推察できるのでありまして、また、ベッカー御大が「Medical Science」的なアプローチを「Deacon Blues」でもやっていたとしたら、必ずしや今回左近治が提示しているアウトサイドな概念で得られる音に出くわすので、これがベッカー御大の作品を楽しむひとつの角度でもあるんですなあ(笑)。


さらに譜例では、後述の譜例のようにC音からの4度音と5度音がそれぞれクエスチョン・マークにしている例がありますが、これは、完全四度の積み重ねを6レイヤーで留めた場合の可能性を示したものです。

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最初の4度音が「?」になっている方は、モードスケールとしての可能性は「FかF#」しかありません。とすると、この場合は先の例のようにCメジャーかCリディアンの可能性しかないということを意味します。

もうひとつの例では5度音が「?」になっているのでありますが、他の音を見れば何となくCリディアンを想起できそうな音列ですが、G音を当てはめれば確かにCリディアンで確定できますが、可能性としては他に「G#」もあるワケですね。

そうすると、G#を選択する可能性を秘めているワケで、そうなるとCリディアン・オーギュメントという、メロディック・マイナー・モード(=Aメロディック・マイナー)を示唆することとなりまして、実はメロディック・マイナー・モードの世界にも寄り添う事の出来る可能性を秘めていることにもなるワケですな。

アルバム「Aja」との出会い

私が最初にSDのアルバム「Aja」を手にして一番最初に気に入った曲は「Deacon Blues」ではなくて「Black Cow」の方でした。勿論、ドラムをやっていた左近治は「Aja」におけるガッドのドラムにはゾッコンでしたけれども、曲そのものの好みとやらは「Black Cow」の方が好きでした。

で、私がメロディック・マイナーの情感に心奪われるようになったのは17歳の頃。今まで持っていたレコードやCD(CDプレーヤーを最初に手にしたのは1985年)で何気なくやり過ごして聴いてしまっていた曲から新たな情感を発見することができたりしていたワケでした。キッカケを与えてくれたのはジェフ・ベックの「Diamond Dust」とピンク・フロイドの「Us And Them」でありました。

それらの情感に目覚め年を重ね、いつしかアルバム「Aja」の中で最も好きな曲が「Deacon Blues」になっていて、当時はSDというバンドは一時解散してしまっておりましたが、ウォルター・ベッカーの「11の心象」に出会ったことで、「Deacon Blues」のイントロ部の「たった2拍」の部分にすらやり過ごすことの出来ない「穿った見方」を養ってくれることになったワケですね(笑)。

ウォルター・ベッカーらしい「穿った見方」を理解できるようになったことで、音価の短い和声的に響きに対しても非常に敏感に情感を見出すことができるようになったというのが私自身の感じてきた経験であります。

身に付けたそういう感覚が良いのか悪いのか扨置き(笑)、とりあえず私も「Deacon Blues」のイントロのコード進行において、敬愛するベッカー御大的な穿った見方で違ったアプローチを用いてみようと思いまして、ちょっとばかりフレーズを用意してみました。

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コード表記のそれとは、実際の音符の臨時記号の音程関係が変わっていて異名同音が多く面食らうかもしれません(笑)。「B#」やら「E#」という表記も使っていますし(笑)。

でも、この表記は音符を追い掛けて読む方なら前後の音の関係もありますが、こちらの方が混同することなく躊躇せずに読譜が可能だと思うんで敢えてこうしたんですな。

単音だけかいつまんで音を確認すれば「見慣れない」表記かもしれませんが、こちらの方が断然読みやすいと思います。

余談ですが、私が追加したこのアプローチ部分の譜例のみ珍しくLogicProの譜面機能で起こした譜例です。他は全てFinaleで過去にも作ってきているのですが。

基となるコードから見ればアボイド・ノートを羅列させてしまっているように見えるかもしれませんが、そこにはきちんとした「言い訳」が用意されておりましてですね(笑)、とりあえず聴いていただければ「変な音」とやらがそれほど変に聴こえない筈だと信じてやみません(笑)。

故マイケル・ブレッカーも「逃げた」アプローチを、穿った見方の世界から毒を提供するとどうなるのか!?という狙いです(笑)。

曲の美しさを妨げずに導入するというコトが根幹にあるのは言うまでもありません。その結果がマイケル・ブレッカーのプレイだったのかもしれません。

如何にアウトサイドなアプローチを導入しようとも、複調的な要素で調性を確定してしまうようなアプローチよりも「うつろい」を演出するにはやはり原曲のようにグッとこらえていた方が酩酊感や「神秘体験」みたいなモノを誘発してくれるかもしれませんしね(笑)。

余談ですが、左近治がよ〜く用いるハイブリッド・コードで、表記的には分母側がドミナント7th、上声部である分子部分が下声部の3rd音をルートとしたsus4或いは7thsus4のコードなんですが、コレは従来もしつこい程語っているんで今更語る必要はないかと思うんですが、和声的な響きとしてどうなるのか?ということを確認してもらいつつ、今回の左近治のディーコン・ブルースでのアプローチに用いた「アウトサイド感」とやらは次のような響きを元に作られております。



拒絶感を抱くほど不協和ではないと思うんですが(笑)、Esus4/C7とA7sus4/F7と「便宜上」それぞれ明記することにしましょうか(笑)。まあ、参考までにお試しくださいな、と。

そーゆーのを使うと、こーゆーのにも用いるコトができます。



なんかフローラ・プリムっぽいシンセ・リードでよくありそうなマジ系クロスオーバーになっちゃってますけど(笑)。

短六度(=増五度)のマジック [スティーリー・ダン]

「Deacon Blues」のイントロ部分のコード進行で顕著なのは、偶数回に出現するコードでありまして、例としてイントロ部分の2回目に出現するコードを抜粋してみましょう。

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 イントロ部分、最初の4つのコードのベースは半音クリシェを「C→B→Bb→A」という風に下降して行きます。そこでの「B」の部分を抜粋すると、ここでのコードは表記は色んな解釈があるでしょうが、例えば「Bm7(+5)」とか「A7sus4/B」とか色んな表現があります。

 私の持っている輸入楽譜だと「Bm7(+5)」という風に表記をしておりますが、5th音を使いつつ「短六」の音を導入している時など、たまに「●m7(b6)」などという表記を目にしたこともある人はいらっしゃると思います。

 但し「A7sus4/B」という表記だと「E音」を含むことになるので「Bm7(+5)」が適切であるのですが、この「E音」というのは直前のCメジャー7thの3rd音が「遺していってくれた残像」と呼ぶべきガイドラインとなっているんですな。

 というのも、一番最初に登場する「C△7」と、この2つ目のコードは一応Cメジャーのトーナリティーを維持している動きで、最初のコードの「掛留」とも言える残像を含みつつ進行している妙味というものがあります(※掛留は実際には音伸ばしっぱなしですからその辺は混同しないで下さいね)。

 しかしながら、それら2つのコード進行の間でトーナリティーを維持してはいるものの、外側の世界を垣間見ることのできる調性の「うつろい」とやらの情景をも確認することのできる美しい世界観が存在していて、今回左近治は、普通に聞き流しそうなそんなシーンをストップモーションのように凝視するように外側の世界とやらを確認してみようという思いで語ることにします。

 マイナー・コードにおける短六の扱いというのは、実際には和声の性格が違いますので、コード表記そのものの簡便さにつられて理解をおざなりにしてはいけないので注意が必要なんですが、仮に「Cm7(b6)」なんて表記があったとしたら、それは実際には「Ab△9 (on C)」というコトを見抜かなくてはならないんですな。

 とまあ、少し横道に話題が逸れているものの、マイナー・コード上においての短六の扱いはご理解いただいているとは思うので、「増五度」表記となると少々解釈を拡大させても宜しいのではないか!?という場面が出てくるので、もう少しばかりこの話題を続けますね。

 マイナー・コードにおいて5th音が「増五度」の場合だと、先述の短六とは違って5th音が完全五度ではなく増五度となっているのが特徴となります。

 主音から短三度音程を持ち、且つ五度が増五度となるモードというのはかなり特殊なモードを導入することになります。

 例えばチェレプニン・モードを想起した場合、以前チェレプニン・モードとして導入した時のダイアトニック・コードというのは3種類の増三和音を例に出しましたが、増三和音を用いて説明したのは、それらの数が非常に少なくシンプルに理解できるのではないかという理由から用いたのですが、6種類のメジャー・トライアドをダイアトニック・コードして用いたり、マイナー・コードを用いたりすることも可能なワケです。

 また、以前にはチェレプニンの音階とはプライマリー・グループの他に、サブ・ドミナント・グループとドミナント・グループと、明確に3つ情緒を有している音階だということも説明したワケですが、重要なことは、3つの増三和音をダイアトニック・コードとして用いた時の各コードの構成音のルートと三度音、五度音の各音はそれぞれ1音ずつプライマリー属、サブ・ドミナント属、ドミナント属にキッチリと明確に棲み分けされているんですね。モードの世界はI類・II類というように2つのグループに分けて捉えますが、チェレプニンに3つの情感があるというのは以前の記事からもお判りになっていただけたかと思います。そこが特殊な部分ですね。

 同様に、チェレプニン・モードにおいて長和音でダイアトニック・コードを形成する時は、6つのメジャー・コードの各構成音のルート・三度音・五度音は等しくそれらに属した方がチェレプニン・モードとしての安定感を得られることにもなります。短和音をベースとするダイアトニック・コード形成も同様です。

 そうして、チェレプニン・モードにおいてマイナー・コードをベースとするダイアトニック・コードを形成すると五度音は自ずと「増五度」を形成してくれるんですな。

 わざわざチェレプニン・モードを形成せずに完全五度音をオミットして短六をあたかも増五度のように用いることも可能ではありますが、和声だけ鳴らされていれば充分かもしれませんが、旋律的に対処するとこの扱いは足枷となります。

 判りやすく言えば、オルタード・スケールを用いた時に、人によってはそのスケールをスーパー・ロクリアンと同様の扱いで用いているかもしれませんが、実際のオルタード・スケールというのはb9th音と#
9thをスケールに導入したものでありまして、同じ「九度音」に属する変化系の音であるため、和声的にb9、9、#9を同時に扱えないシーンと同様の「足枷」が生じてしまうということを意味しているのであります。

 モード・スケールを当てはめた場合に、実際にはモード・スケール上で完全五度と短六の音の2つがあったとしても、和声的には完全五度をオミットして短六側の音を和声的に導入することで結果的に「増五度」の音を示唆するということもあるというワケですが、混同しないように注意が必要ということです。

「他の」トライトーン!?

 例えばドミナント7th上でドミナント・モーションを得る場合、それはトライトーンの和声的な落ち着きへの欲求がもたらす進行だということはお判りいただけるとは思うんですが、7thコードが出現したからといって必ずしも完全四度上または短二度下に解決するものでもない進行に出会ったことがあると思います。Cメジャー・キーにおけるG7とDb7がトニック・メジャー(=C△)や平行調に解決するというシーンではないという意味です。

 ドミナント7thというコードを少々「穿った」見方をして、「複調的」に捉える、という意味なのであります。

 こういう例外的な進行はトライトーンの見いだし方の違いによって生まれたもので、ドミナント7th上では基本となるトライトーンは「長三度音と短七度音」なワケですが、オルタード・テンションも視野に入れればトライトーンを生じる音など数多く存在します。例えば、

●・・・「5th音とb9th音」
●・・・「9th音とb13th音」
●・・・「#9th音と13th音」
●・・・「#11th音とルート音」


 ってぇこたぁ、これらのトライトーンを有するドミナント7thは他にも想起できるだろってことをも意味することになるワケですな。つまり、上記のように他に見いだせるトライトーンを、母体となる所とは別のドミナント7thを想起してみる、という視点です。

 Cメジャー・キーであった場合、何もG7とDb7だけではない可能性も内在しているというワケですが、「#9thと13th」という組み合わせから他にドミナント7thを作っちゃうとCメジャー・キーを例とすればG7上で想起できるその7thコードは「F#7とC7」となってしまって、これでは本来のドミナント・モーション時に現れる次のコードを次に行かないまま示唆しかねない「曲解」を生みます。

 しかしM3rdと#9tthの作る長七度(=短二度)は美しいですし、同様に7thと13thの作る長七度(=短二度)も非常に美しいのであります。

 但し、ドミナント7thとしてのオルタード・テンションを用いるシーンでは私自身の経験では「#9thと13tth」の和声的な同時使用は少ないのでありますが、おそらくその理由のひとつに、ドミナント7thに(母体の)複調的な考えを導入する際、先述のようなジレンマを生じかねないので、ドミナント7th上において「#9thと13th」を用いた音はどちらかというとドミナント7thのそれよりも分数コード的な響きに聴こえるのでありまして、複調的な側面でみるとそのようなジレンマが近い所にあるために、ドミナント7th本来の情緒とは違う和声感を抱いてしまうからなのかもしれません。

 無論、G7において複調的な側面で見たことで「C7とF#7」を想起できるからといって、元々C音を和声的に導入していたワケではありませんし(笑)、Gから見たM7th音であるF#音も和声的に導入しているワケではないのですから「#9thと13th」はNGってワケではないですよ(笑)。

 ドミナント7thのような響きなのに、積極的にM7thの音などを用いてる音を聴いた場合、それは機能的にドミナント7thのそれではないということまで理解していただければ誤解が生じないかな、と。

 メジャー7th上で7th音(=増六度)の音を耳にするのも同様、マイナー9thコード上でb9thの音を聴いたりするようなシーンなど、それらの矛盾は何もドミナント7thではありませんが、機能的に全く異質の世界で表現されているものと理解してください。

 だからといって、結局はチャーチ・モードの世界に収まる曲調でムリヤリいかなる音を羅列しても問題ないというコトではありませんからね(笑)。

 完全に、基本となる属和音としての機能を失わせてそれらの音を得たい場面でしたらコード表記そのものも変える必要性が出てくるでしょうが、とりあえずオルタード・テンションの同じ度数グループから派生している音は和声的に同時使用がない例、またはトライトーンを発生させても実際の機能を失わせてしまう例などこうして横道に逸れつつもお判りになっていただけたかと思うワケですが(笑)、つまるところ、オルタードとスーパー・ロクリアンを混同するような間違いは、こういう増五度を用いる場面でも同様に混同してほしくない、という気持ちから脇道に逸れて話題を振っている左近治なのであることをご理解いただければ、と思います(笑)。

 今回はかなり横道に逸れた部分が長いので、この辺でとどめておきましょうか(笑)。続きは後日。

悟りとは欺瞞!? [スティーリー・ダン]

スティーリー・ダンの名アルバムのひとつ「Aja」収録の「Deacon Blues」という曲がありますが、今後左近治がこの曲を題材にして少々楽理面で語っていくことになるワケですが、しかしアレですね。和声的な部分でも非常に興味深い側面があるのは今に始まったコトではありませんが、ディーコン・ブルースの歌詞を読むとホントに涙を誘います(泣)。

どのようなバックボーンがあって歌の主人公が置かれているのかは扨置き、絶望の果てにいるのは間違いなさそうです。それでも己に幸福感を得るために妄想しようか、酒に溺れて地ベタを這いつくばっているその場所を我が家と形容すればいいのか、ということを苦悩しているというような歌詞であるワケですな。

そんな状況に身を置かれてまでも客観的にどうにか見ようとしている様が実に悲しみを誘います。よくもまあこんな歌詞を思い付くモノだと。30年以上時が経過しても、このような歌はいつの時代にあっても寓意のように思えてならないんですなあ。

もっと噛み砕いて判りやすく形容するならば、アニメ「フランダースの犬」の昇天するシーンなどを投影していただければ、ディーコン・ブルースの歌詞とやらは知らない方でも想像に容易いのではないかと(笑)。

絶望の果てに酒や薬物に溺れようとも己はトコトン欺瞞であることがイイのか、それとも悟るという事はそれほどまでに辛酸をなめ続けても達することができない彼岸なのか。実に深い歌詞であります。

どこぞの政治家や財界の人間に聴かせたくもなりますが、如何なる請謁にも馬耳東風な社会というものを、現在の日本のみならずアメリカさんじゃあ今も昔もこのようなコトをまざまざと見てきたでありましょうからこうして歌にも出来るんでしょうなあ。

故ポール・ニューマンの「Cool Hand Luke」(邦題:暴力脱獄)も、右傾化に辟易とする様が描写されていたりしていたワケですが、そんな懐かしい映画の世界が日本にも散見できるようになろうとは思いもよりませんでした。


「こんな悟りを開いたオレの嘆き節をDeacon Bluesと呼んでくれ!」


とばかりに唱えても、結果的には無縁仏になっていくような人達には全く無視。ひとたび大企業が困れば税金投入、困った民衆には税金落とさない(笑)。目の前で溺れていく人を見かけて1万2千円金置いたって、そこで必要なのって金じゃないのはお分かりだと思うんですな(笑)。それでは命など助かりっこありません。命は金では変えませんよ、ホントに。票が買えるなら安いモノ!と思っているような輩の救済などそんなモンだというコトですよ(笑)。


まあ、平たく言えば「Deacon Blues」の歌詞は実に深いぞ、と。SDの楽曲は他にも寓意タップリの名曲がありますけどね。

とりあえずは左近治のスタンスとしては楽理面を詳らかに語るコトとするといたしますが、まだ「Deacon Blues」については語ってはおりませんね。

いやいや、これからが本番なのでありますな♪

今後の話題においてはひとつひとつのブログ記事がおそらくや「濃密」になってくると思われますんで(笑)、その前にチョット軽く「Deacon Blues」とやらに触れてみるってぇのもイイんじゃないかな、と思いまして。

底意地のrotten to the coreな左近治がごくたまに見せる配慮というヤツですか!?とまあ、そういう風にお感じになっていただければコレ幸いです(笑)。


因に後々にも語ることではありますが、私がSDのアルバム「Aja」を聴いたのは1983年のことでありまして、最初に好きになった曲は「Black Cow」なのでありました。「Aja」でのガッドのドラムのプレイ聴きたさに手に入れたアルバムでありましたが、その後楽理面とやらを覚えていき(高校2年の時に出会った音楽教師の造詣の深さと技量があまりに凄かったのが影響しております)、他の曲にも没頭していく左近治があったというワケです。

変格旋法を思い出す [スティーリー・ダン]

楽典や音楽通論でも初歩的な段階から教わる教会旋法の「変格旋法」。いまさら私がこのブログ上で詳しく述べることなく、この手の話題が好きな方なら誰もがご存知のことだろうと思うので、そんな無粋なマネはいたしませんが、一応「変格旋法」とやらを念頭に置いていただければ、今回のブログは非常に理解が進むのではないかと思います。

扨て、早速「ミクソリディアン+エオリアン」というハイブリッド・スケールについて語ることにします。

これまで「短和音うんぬん」のアウトサイド感演出について用いているハイブリッド・スケールの背景は下記のような例だったということをあらためて述べておきます。


●トニック・マイナーおよびドリアンを想起できるマイナー・コード上の全音下からの「ミクソリディアン+エオリアン」


つまるところ、Cマイナー・キーでCm9というコードがあった場合、Bbミクソリディアン+エオリアンという、2つのモードを混合させたモードの第2音から開始していた、というコトですな。


BTW、我々はモード奏法というものを学ぶ際チャーチ・モードから覚えていきまして、トニック・マイナーがドリアンで代用できたり、フリジアンとドリアンを明確に使い分けなければならない調性感覚を掴んでいきながら習得していくと思います。

余談ですが、トニック・マイナーがナチュラル・マイナーを示唆するb6thで弾かれる場面は、主旋律そのものがb6thを経過音に用いていたり、或いはスタジオ系やジャズ系の音となる場合はb6thと9thを明示的に使用することで「オシャレ」で短音階本来の重みを活かしつつ少々毒のある使い方をすることを学びます。まあ、Cマイナー・キーでCmがあったとしたらb6thと9thを明示的に使う時のコードの実際はFm69/Cになるわけでありますな。コード表記上マイナー・コードにb6thと表記されていたりナチュラル5thを割愛した上での#5th表記とかあったりしますが、マイナー・コード上でb6thを使う場合、殆どのシーンでは実際には本来のコードの性格ではありませんけどね(笑)。Cm(b6)だったら実際にはAb△7の3度ベースという用法だったり。ただ、ウォルター・ベッカーを初め、チョット一般的ではないモードを導入しているとb6thの扱いはまた違いますが、殆どのb6th表記を用いているのはチャーチ・モードに収まった性格は別のコードとなる簡略型の表記です。


少しハナシは逸れましたが、何故ナチュラル・マイナーをドリアンで代用するのか!?


まずはドリアンというモード・スケールの持つテトラコルドが上行&下行ともに対称的であり、短音階特有の「重み」を中和してくれるというのも理由のひとつでしょう。

さらに大きな理由は、Cマイナーというマイナー・トライアドに大して上に三度音程を積み上げて行くとします。7度、9度、11度と。そうすると、本来調的な支配下にあるb6thの響きは別として、マイナー・コード単体としての響きの落ち着きを保つには13度となる方が和声単体としての響きが落ち着く、と。ここでb6thを導入すれば実際には先述のように別のコードの性格になってしまいますしね。

コード側を重視した流れだと、そのシーンでは13度の音はナチュラル6thなので結果的に「ドリアン」になりまして、ドリアンを代用できてしまうのはコードを上声部に重畳した時のマージン、または短音階そのものが「ドリアン」としての響きが広く許容されていると言えるので、そういう理由からドリアンの方が都合良く対処されやすいのだろうという理由です。

但し主旋律がb6thを示唆しているのに、ここでドリアンを代用するようでは愚の骨頂ですね(笑)。まあ、こういう人ならばドリアンやフリジアンの使い分けも全く理解していないでしょうし、先が思いやられます(笑)。


ま、つまるところ、トニック・マイナーをドリアンで代用した場合を考えるとして、仮にCマイナー・キーだったとすると、ドリアンでそれを代用した場合は基軸がCマイナーではなくGマイナーである(5度違う)ことになります。

なんかコレ、似たようなのがありますね。

リディアン・クロマチック・コンセプトというのは、倍音列において非常に強固な響きである完全五度を例えばCから等しく積み上げていくとF#が出現する。その時点で積み上げた5度音を羅列するとGメジャー・スケールが構築されるので、Cメジャーの重心はCではなくGにあるという所から(Gメジャー・キーにおけるCはCリディアン)、他調の世界観を拝借して、リディアンから様々に変容したスケールを用いることで、結果的に11トーン・スケールも導くことができて、あらゆる場所でジョージ・ラッセルの提示する「変容した」音階を用いれば怖いモンなし!みたいな理論ですが(笑)、つまるところ、マイナーを主眼に置いても似たような所に行き着くワケですな。

私の場合は、変格旋法と短和音の持つ性格を利用した世界観から眺めたものだったのでありますが。

12音使うという点では等しいワケですから共通項はいくらあっても何ら不思議なことではありません。同じ山を登るのに登山ルートが違った、或いは同じ山を見る方角が違った、と色んな解釈もできるワケですが、変格旋法と短音階の持つ性格を突き詰めて行くことで共通の音を得られるようになるワケですな。


マイナー・トライアドという短和音が持つ独特の「まどろみ」。7th、9th、11thとアッパーに積み上げても短音階としての性格を維持しているそれは、誰もが求める「光」だと思っていただければいいでしょう。

短和音上で13thという光を見た時、その光にを追い求めた時というのが他調の拝借と複調感を得る時。トライアドに13th音だけ追加してもそれはそれで基盤は弱いわけで、暗闇から見た「光の差す方から」の姿はまだまだ見えていないので、コレを都合よく「別のもの」に見えている解釈をすることも可能だということを言いたいワケです。

今ここでは、判りやすい13th音を例に挙げた例えです。私がサンプル曲として用いたのは別の所から見ているワケですよ(笑)。ここまで読まれている人でもはや混同される人はいないと思いますが(笑)。

まどろみをポジティヴに捉え、チョットでもテトラコルドの共通する音列があったら非チャーチ・モード当てはめちまえ!的解釈でもイイですけどね(笑)。ただそれを闇雲にやると、本来の短和音の性格を失った音使いを絶対する人が出てくると思うんで、この辺りは声高に語っていたワケですな(笑)。


まあ、今回読んでいただいて次なる疑問が生じてくれれば幸いですが、おそらくやb6thのウォルター・ベッカーの扱い云々とやらに引っ掛かってくれた方は私の意図を理解していただけている方だと思います。

短和音ではb6thを導入すると「別のコード」になると言いました。

もっと言うと、全く別の調性がホントは覆い被さっている時でもあるんですな(笑)。


今度は、そっち方面の短和音の世界とやらを語ってみまひょ、と(笑)。因にスティーリー・ダンの「Deacon Blues」のイントロが重要なヒントとなりますので、あらかじめ準備していただければ幸いです。

これだけのヒントでピンと来る方は実に気が利いていらっしゃると思います。故マイケル・ブレッカーですらベッカーの「それ」を読み取っていなかったと思いますんで(笑)。

Walter Becker 「Medical Science」 Analysis [スティーリー・ダン]

最初のギターでのサイレンSEは3分20秒付近に現れますが、上記のコード群にあてはめるとパターンCの4小節目に相当します。
F音とDb音でのサイレンSEを2拍目から3拍8連のタイミングで弾きます。すなわち、アッパーのF9においてルートとb13th音でのサイレン。そして次の小節に行く時に「ドップラー効果」的に長3度音程を半音ずつ下降していくので、戻った時にはCm11上から

E音とC音、これが半音ずつ下げていきます。E→C→Eb→B→D→Bbという風に。このドップラー効果的な半音下降フレーズ過程の「Eb→B」が出現した瞬間、以前私が「Green Sleeves」をリリースした時のリハーモナイズ・アレンジで「BmM7/C△」という、チェレプニン・モードを想定したコードを使ったことがありましたが、「Medical Science」のこの部分はまさにそれに置き換えられることができます。D音出現以降の下降フレーズは元のCマイナー系(Cドリアン)を示唆する音でクロマチック・アプローチしていく、と。細かなモード・チェンジを示唆しているワケですが、元はBチェレプニンを想起してフレーズを開始しております。

チェレプニン・モードに慣れると、この手の瞬間的なアプローチも見逃す事なく耳に入ってくると思います。

その後のサイレン音はやはりCm11上ではBチェレプニンを想起したフレーズで、長三度→短三度→長三度・・・という風に巧みに下降していきます。サイレンフレーズ全てがチェレプニン・モード内にあてはまるワケではなく、フレーズ中でモード・チェンジが行われているという所に注目してもらいたいワケです。

私が「Green Sleeves」で用いたアプローチは「和声欲張り型」と思っていただいて差し支えありませんが、ああいう響きを浮かべることができるようになったのは「Medical Science」がかなりのヒントとなっているのは疑いの余地はありません。

ベッカーの「11の心象」が発売された時、私は濱瀬元彦著の「ブルー・ノートと調性」において、チェレプニン音階については知ってはいたものの、全く使いこなすことなく、ただ単に「特殊な音階」としての知識にとどまっていたものでした。

私は濱瀬氏の音楽への真摯な取り組みに敬意を表していたので、初版本を予約して購入したものでした。そのリスペクトの念を抱いていたのは他でもなく、氏が「Performer Perfect Reference」というMOTU社のPerformerの解説本でのPerformerのみならず繰り広げられる解説に心うたれたからです。今でこそコンピュータ・ソフトの解説本など珍しくありませんが、音楽業界においてまだまだコンピュータという環境に全幅の信頼など寄せることなどできず、シーケンサー的な動作なら導入してやってもいいか程度の時代に出版された「Performer Perfect Reference」のような内容を凌駕するような解説本はいまだかつて存在しないのではないかと思えるぐらい評価されて然るべき本でありましょう。

濱瀬氏のそれらの2冊が大体2年程度のスパンで出版されて、その後「11の心象」リリースとなって、ある意味私の音楽の理解度とタイミングが合ったのが幸運でもありました。


Pattern A (1-8)
1小節目・・・・Fdim7(9)/Ab --> Fm9(-5、13)/Ab --> F7(+9) --> F7(+9)/G
2小節目・・・・GbmM7(+11)/A --> B7(-9、+11) --> B7(-9、+11)/A --> B7(-9、+11)/G
3小節目・・・・Dm9 --> E7(-9,+11,-13)/C
4小節目・・・・Dm69 --> FM7 --> E△/G --> Ebm9 --> EbmM9/Gb
5小節目・・・・Fm9(-5)/G --> G7(-9) -->FmM9(13)/G --> D7sus4/G
6小節目・・・・CmM9(11) --> Em7/A
7小節目・・・・Ebm11
8小節目・・・・Ebm9 --> Ebm11

Pattern A (9-16)
1小節目・・・・Fdim7(9) --> Db7(+9、+11)
2小節目・・・・Gbdim△7/A --> GbmM7 --> B7(-9,+11)/G --> B7(-9,+11)/A --> B7(-9,+11)/G
3小節目・・・・Dm9 --> G7(+9、13)
4小節目・・・・Dm69/G --> Fm9(-5) --> Ebm9/Ab --> EbmM9/F
5小節目・・・・E7(-9)/D --> Dm7(-5) --> D7sus4/G
6小節目・・・・CmM9(11) --> Em7/F
7小節目・・・・EbmM9/Gb --> C7(+11)/Bb --> Fm7
8小節目・・・・EbmM9 --> Eb7

Pattern B
1小節目・・・・DdM9(+11)
2小節目・・・・Fm7(11)/G --> Fm9
3小節目・・・・Bbm9
4小節目・・・・GbM9/Bb --> B7(-13) --> Bbm

Bridge
1小節目・・・・GbM7(+11、-13)/Bb --> Bb69
2小節目・・・・DbM7(+5)/A --> A7(+9、+11、-13) --> F#mM7(+5) --> G7(+11)

Pattern C
1小節目・・・・Cm11
2小節目・・・・F7(13)/C
3小節目・・・・AbM7(+11、13)/C
4小節目・・・・F9/C

Walter Becker 「God's Eye View」 解説 [スティーリー・ダン]

しかし凄いベース・ラインです・・・。このライン聴いているだけでも心地よい・・・。

いやまあ、音符をなぞる程度でしたらベースの初心者だって軽く弾くことはできるラインですけどね、これにノリやメリハリを出しつつこのラインを弾くというのは、相当腕達者なヒトではないと弾きこなせないという意味でして。

ベーシストってぇのも色んなタイプが居るもので、ソツなく「棒弾き」タイプのヒトが受けるシーンだってありますが、私はそういうタイプはあまり好きではないのであります。名前は出しませんが、とある9文字カタカナの芸名でフォデラ使ってる日本人の方とか顕著な例だと思います。

正直、リンカーン・ゴーインズもこっち系なんですね。デイヴ・ヴァレンティンでは必須のベーシストですが、日本ではこの人の名前がある程度知られるようになったのは90年代に入ってからでありましょう。フォデラを使うベーシストとして。ベーシストとしてはかなり古い、それこそ70年代後半から活躍している人ですけどね。

なにはともあれ、棒弾きタイプのベーシストでは決してこのベース・ラインを操ることはムリであろうと思われるんですが、あらためて、ベーシストとしてのウォルター・ベッカーの腕の確かさを確認することができる曲でありましょう。

そんなベッカー自身、これほど判りやすいリフで構成している曲においても毒味をちりばめるコトは忘れません(笑)。あまりの叙情性に感覚マヒして毒に気付かない方だっているかもしれませんが、この毒ッ気をスンナリ聞き流せてしまう時はすっかり毒に冒されているという証であるかもしれません(笑)。

曲ド頭のアルペジオのフレーズはBbM7(+5)を示唆する響きです。ベッカー先生お得意のコードでもありますし、どんなモードを想起するのかということはこれまで散々語って来たので今更説明の必要は無いかと思います(笑)。

この曲の特徴的なギミックは、そのアルペジオのフレーズは8分食って入る。

すなわち8分音符ひとつ分弱起(シンコペ)で入るので、拍のカウントに騙されてはいけません(笑)。

しかしその後、キース・カーロックが1拍12連のロールで入るのは8分裏から入るようになるので、このダブル・ストロークの入りは意外に難しいタイム感になるので注意が必要です。

何故かというと、1拍12連のダブル・ストロークの動作は片手がそれぞれ1拍3連の動作で、片手の意識が強いと8分裏からのタイム感は非常に取りづらくなるので、1拍6連の感覚を持ちつつ半拍3連で入るように叩かないとキレイに決まらないだろうな、という難しさの意味であります。

ちなみに今回の左近治のベース・パートはJB系の音ではなく他の音に置き換えました(笑)。音をひとたび聴けばお気付きの方も居るとは思うんですが、この音はチャップマン・スティックですね(笑)。

ただのスティックの音ではなくて、この音はクリムゾンの「ディシプリン」に収録の「Indiscipline」っぽい音にしているという所に気付いていただくと、制作冥利に尽きるってぇモンです(笑)。

クリムゾンのあの音はおそらくエレハモのMicro Synthesizerを通した音だと思っておりますので、GuitarRigと他のエフェクトをパラ出ししながら音作りをしました。

和声的な意味でも実は重要な毒ッ気はさりげなくちりばめられておりまして、流石ベッカー先生、その辺りは抜かり無し!

私の着信音は歌メロに入る直前の所までで留めたループにしておりますが、歌メロに入る直前の小節の3&4拍目では上モノ(おそらくウーリ)は、

Eb△ → D△と動くんですが、ベースも視野に入れると実はそう単純な和声ではないことに気付かされるワケで、これがチョットしたワナであり、毒ッ気なのでもありますな(笑)。

まあ、Eb△の所はFマイナー・フレーズから移行したと考えてイイんですが、4拍目にベッカー先生は8分でEb音→F音と動かしておりますんで

D△/Eb → D△/F

という風に動いているコトと等しくなりまして、和声的には実はこの動き全体で

「EbmM9」で、ベッカー先生はルートと9th音を選択していることになるんですな(笑)。

こういうベースの音選びをソツなくこなす(それも自然に)のもベッカー先生のセンスの良さが一層際立つワケですが、あまりに叙情性にハマっているのでスンナリ受け止めてしまってその毒ッ気すら気付かせないようなさりげなさがポイントですね(笑)。

アンサンブル全体で「EbmM9」の音を欲張るワケでもなく、和声を巧みに「解体」しているというワケですな。

ただ単にマイナー・メジャー7th系の音にようやく慣れたとか(笑)、メロディック・マイナーの使い方がようやく掴めて来た、というような類の人達とはセンスがまるで違うんですな(笑)。一朝一夕ではそうそう会得できぬ彼岸にベッカー先生は存在しているのでありますが、あまりにも自然なため、こういう音にすら気付かぬ輩は他の部分の自分の好き嫌いを基準にしか物事語れなくなってしまって、しまいにはダメ出しまでしようとする始末(笑)。

悲しいかな、スティーリー・ダンのファンの中には、こういう重要な音にすら気付いていないクセして屁理屈だけは立派にボヤこうとする輩がいるのが残念なんですな。

だからこそ「11の心象」にダメ出しする輩が多かったと思うんですがね(笑)。

こんなにシンプルなアンサンブルや判り易いリフにしてくれているにも関わらず、重要な音を見落としているようではSDなど聴かずにTKでも聴いていて欲しいと願うばかりです(笑)。

ちなみに左近治は、この曲のビートはハーフ・タイムで取っているため、最後のウーリのコードの動きこそが8分の動きに聴いてしまう方もいるかもしれませんが、私はそれを四分音符の動きと聴いているので「3拍&4拍目」と述べているので、その辺りはご注意を。

仮に、非常に遅いテンポとして聴いていた人が居たとすると、あのカーロックのロールはどういう音価に聴こえているのか別の意味で興味が沸いている左近治ですが、まあ、細かいこと抜きにして曲の深部を味わっていただければな、と。

ハーフ・ディミニッシュト9th [スティーリー・ダン]

そろそろハーフ・ディミニッシュト9thも含めて、ハーフ・ディミニッシュについてそろそろ語っておこうと思うんですが、その前に・・・。

年頭から色々小難しいコト語っておりますけれども、ある意味では音楽の調的な「設計図」という部分を語る上で、時にはその「標準的」な概念がまどろっかしくしてしまうということがありまして、それに対してもどかしい左近治がここにおります(笑)。

判りやすく言うならば、調号という記譜法や長調&短調という概念やらは、その調的な偏向度とやらが非常にバランスよく万人に響くため長年受け入れられて構築されている基準なのであります。ゆえにコード表記にしてもチャーチ・モード内の世界を語る上で一般的なコード・ネームの表記は非常に端的に理解しやすいというのは私も普段慣れ親しんでいるので同様に感じているのであります。

但し、非チャーチ・モードの世界でコード・ネームを「端的」に表現した所で、構成音こそチャーチ・モードの世界と等しい和声があるにせよ、使い方によってはその世界観はまるっきり違ってしまうことも往々にしてあるワケですな。そういう所で表現の難しさを感じるワケであります。

例えば、ウォルター・ベッカーのソロ・アルバム「Circus Money」収録の「Downtown Canon」について、私は過去に2度ほど楽理面でも述べてきたわけですが、今改めて振り返ってみると一番最初のブログは去年の4月27日に語っていたのだなぁと、月日の流れの早さを実感しているのでありますが、この曲の特徴的な和声について語っているのは「Dbm△7(13)」という記述。


その和声の構成音は「Db、E、Ab、C、Bb」であるので、過去の2つの記事では年頭のような注釈を用いておりませんが、この構成音は実は「Bbm9(-5)」と同じでありまして、Bbハーフ・ディミニッシュト9thとなるんですな。

では、なぜそう表記しないのか?

そこに非チャーチ・モードの世界観をあえてチャーチ・モードという標準的な概念にすり寄りたくないからという理由があるからなんですな。

「Bbm9(-5)」というコードの3度ベースをベッカーが弾いていて、さらにエレピ(ローズ)が3度と5度を補強するように動いていると思えばいいですし、演奏者視点で見れば見慣れぬマイナー・メジャー7th系のコード・ネーム表記よりも、ほんの少しのジャズ心のある人ならばハーフ・ディミニッシュトの表記の方が「端的」に伝えることはできるかもしれません。

しかし、「Bbm9(-5)」として見た時のそれらのアンサンブルの「現実」は、ルート音の役割をこれほど希薄にしていると、もはや非チャーチ・モードの世界では3度ベースや5度ベースなどと、構成音内の音をなぞっても機能が変わってしまう情感を生み出してしまうので、敢えて私は当時から「Dbm△7(13)」という、Db音から見た表記をしたのであります。これについては昨年の11月頃にも別のブログで似たような事を語っていたとは思うんですが、「Db、E、Ab、C、Bb」という構成音を用いて、比較的標準スタイルのハーフ・ディミニッシュト視点でBbから見つめても、ハーフ・ディミニッシュト9th本来の響きは希薄、且つマイナー・メジャー7thとしての情感が色濃く出ているのであるからこその表記を区別していた、ということをご理解いただきたいんですな。

故に、時として非チャーチ・モードの世界を語る時というのはまどろっかしい表現を伴うので苦心してしまうワケであります。

「V7 sus4 omit5/VIb7」という表記も、上声部の5th音をオミットしなければ、「端的」に理解しやすいはずの基準となる音を用いて元のコードを探ることが可能だということを述べているワケです。

但し、いくらそれが標準的なコードとして見やすい表記だとしても、例えばそれがD7(+9)/G」という本来のドミナント7thの機能を失わせた概念をも用いてまで端的な表記をせねばならないのか!?という疑問点をからめつつ語っていたことは記憶に新しいことだと思いますが、まあ、つまるところ、非チャーチ・モードの世界では3度ベースや5度ベース、あるいは7thベースや2ndベースだって非常にデリケートに扱う必要が出てくると言いたいんですな。チャーチ・モードの世界のように「勢い」で弾いても情感保ってくれませんからね(笑)。

和声的な情感を変えてしまうからデリケートになりつつも、そこをトコトン理解してあらゆる音で泳ぐように選別できるようになれば(=ベッカー御大のように)、これまた非チャーチ・モードの世界の理解を深めることにもなる、というワケです。

ですので、標準的な表記ばかりに固執しないような柔軟な解釈をしていただければな、と思う次第なのであります。一般的な解釈の基準として解釈すれば疑問やツッコミのひとつやふたつ持たざるを得ないかもしれませんけど、たまたま左近治のブログにブチ当たって1つのページを読んだだけならそのような解釈に迷うかもしれませんが、継続して読まれれば1本くらいはスジを見つけていただけるのではないかと信じてやみません(笑)。

おさらい [スティーリー・ダン]

扨てと、年頭からアタマ痛くなるような左近治冗長ブログにお付き合いいただいているとは思うんですが、和声的な部分に興味のある方なら是非とも頑張っていただきたいと思うワケであります。とはいえ息抜きは必要だとは感じておりますので、とりあえずは例みたいなモノを出して行こうかな、と思います。

と、その前に、私の嗜好するタイプの和声が好きな方というのは概ねクロスオーバーやらジャズやらプログレなど、拒否反応示すことなく受け入れている方々が多いと思うんですが、いわゆるその手のジャンルの楽曲の多くは、「そういう」好みの響きに出会うことが多いために好まれていると思うんですな(私もそのひとり)。

とゆーワケで、その手のタイプの方なら聴き慣れているであろうブリッジを今回用意したというワケであります。息抜き程度に聴いてみてくださいね♪

私自身このサンプル曲は昨夜のテレ朝でくりぃむナントカが復活しているのでそれを見終わった後就寝前に力抜いて作ったモノであります。やっぱりくりぃむナントカの雰囲気はイイですな(笑)。

4小節の尺ですが、最初の3小節の各小節は「1+3拍」という風にコードを当てはめたブリッジとなっております。最後の4小節目のコードが、前回までさんざんやってきたコードです。今回のこの部分はキーこそ違うので「Bbsus4/Gb7」となりますけどね。

他のコードは今更私が語る必要もないほどのモノですので、コレくらいは聴き取っていただこうかな、と思います(笑)。難しいコードは用意していないので耳コピしていただければな、と思います。

ドラムのトラックのみApple Loop使ってしまいましたけど、Busにパラってトランジェントを弄りながらSCフィルター動作のゲートを絡めつつ、ブリックウォール系の某プラグインを噛ましております。

ARP2600のエグいシンセ・リード入れようかな、と思ったんですが、トコトン力抜いてベースとローズだけにとどめました(笑)。力を抜きまくっても出したい音は少ないパートでも形作らないとダメだろ、と思いましてですね、ハイ。

まあ、スティーリー・ダンやらクロスオーバー系の音が好きな方なら取り敢えずドンピシャとハマってくれることを祈りつつ、「Bbsus4/Gb7」の使い方はこーゆーのもあるよ、みたいな例として聴いていただければ幸いです。


さらなるコード・バリエーション [スティーリー・ダン]

扨て、前回の続きとして進めてまいりますが、もう一度おさらいを。

「G7sus4 omit5/Ab7」のコードを解説している最中に「メジャー7th sus4」を引き合いに出したのは左近治のある意図があってのことであります。

仮に「G△7 sus4」とすると、このコードの構成音は「G、C、D、F#」となりまして、下声部を「Ab△」というトライアドと合わせると、先の「G7sus4 omit5/Ab7」の構成音にD音が加わることに気付いてもらいたかったワケなんですな。バリエーションとしての。

以前、グリーンスリーヴスのジャズ・アレンジで「Bm△7/C△」というコードを用いたコトがありましたが、その使い方も今回のコードと近い用法でありまして、バリエーションとしてネタばらししているので混同しないでいただきたいんですな。

さらに付け加えると、上声部で「G△7 sus4」、下声部で「Ab△(トライアド)」のハイブリッド・コードの場合、それらの分母と分子を足しても「F音」は出現しない。

「コレってどーゆーコトよ!?」

と疑問を抱いていただきたいんですが、私は長七と短七(=増六)の音を一緒に使う音を好みますね(=ハービー・ハンコックの影響)。つまるところ、「G△7 (+13) sus4」という、これまた本来の和声の機能が希薄な表記となりますが(笑)、まずはこういう方面での理解がないと半音の連続する和声をなかなか理解できないとも思いますし、私の場合はこういう解釈の下で和声を構築しているということも理解していただきたかったわけですな。

もうひとつ、これらの拡張的なバリエーションとして、まずはディミニッシュ・メジャー7thを今回は例に挙げることにします。

例えば、「F#dim△7」というコードがあったとすると、このコードの構成音は「F#、A、C、F」となりまして、見方によっては「D7(+9)のルート抜き」の構成音となるワケですな。

まあ、ディミニッシュ・メジャー7thというのは概ねその長三度下にあったはずのルートをオミットした使い方が一般的ですが、他にもディミニッシュ・メジャー7thが隠れていると思われるコードというのはあるんですが、今回は詳しくそこでは解説しません(笑)。というよりも、オルタード・テンションをきちんと把握されている方ならお判りだと思うんで敢えてそこまで語りません。

上記の「F#dim△7」に♭9th音を加え、その加えた音をベースに持ってきます。すると「F#dim△7/G」という表記になりまして、こういう和声も先の一風変わったコード群のバリエーションの一部でもあります。

つまるところ、「D7(+9)/G」というコードのD音省略形とも言えるワケですな。

仮に「D7/G」というコードで判断した場合、ドミナント7thという機能からすれば、11th音を用いている(この場合はベースに用いています)時点でドミナント7thとしての機能はないんですが、そこでさらにオルタード・テンションである#9th音を加えつつ、ルートを省略する、と(笑)。

以前から私が言っております「オルタード・テンションの解体」というのはこういう事を述べているのだと、あらためて実感していただけると思います。

ウォルター・ベッカーもおそらくドミナント・モーションを回避するタイプの方だと思います(私自身がベッカー御大に影響されている)。色々とベッカー御大を研究するとですね、完全四度重ねの三声コード(=p4コード)にさらにメジャー7thを足した音とか出会ったりするんですな。

Gをルートとすれば、「G、C、F」にF#音を追加した音だったり。ここで長七を追加せずに、元日からネタばらし用のコードとして解説しているコード「G7sus4 omit5/Ab7」を例に出しつつ、これを「D音」基準で見てみると下記のようになります。

構成音が

Ab・・・Dから見た#11th音
C・・・Dから見た7th音
Eb・・・Dから見た♭9th音
Gb・・・F#との異名同音であるため、Dから見た長三度音
G・・・Dから見た11th(=完全四度)音
C・・・Dから見た7th音
F・・・Dからみた#9th音


というカラクリがお判りになっていただけたかと思います。


例えばマイナー・キーにおいてドミナント7thが出現する時というのは属音を強制的にドミナントにする他に第7音もダイアトニック・コードで出現するワケですよね。キーをAmに例えるなら「G7」は普通に存在しますし、Eの属音から強制的にドミナント7th作って「E7」にしたり、と。


他にも色んなモードを導入すると、ダイアトニック・コード群の中で複数のドミナント7thが現れることがありますが、属音ではない所でドミナント7thを使うオイシイ情緒とでも言いますか、そういう使い方の拡張的な世界だと思っていただければよいかな、と。但し、決して和声的な機能面で見てもドミナント・モーションを行わせないために本来の機能を「殺す」、と(笑)。コレが大事なんです、ホントに。

メシ食いながらジュース飲んでる人って多いとは思うんですが、ジュースを飯にぶっかけて食う人って少ないとは思うんですよ(笑)。胃袋ン中じゃあジュース茶漬け状態ではあるんでしょうけどね(笑)。

ドミナント・モーションとは私にとってはコーラの味みたいなモンでして、あまりにその情感が強いのでコーラの味が勝ってしまうんですな。このコーラの世界が私にとってはチャーチ・モードの世界みたいなモンでして、コーラ飲みながらハンバーガー食うコトなんてありますけど、ハンバーガーにコーラかけて食ったり、コーラにハンバーガー浸して食うようなコトはしません(笑)。コーラ味のポテトとか食ったコトありません(笑)。

ま、腹ン中入れば何食っても一緒かもしれませんけどね、そこまで悪食でもありません(笑)。やっぱり出されたモンは美味しくいただきたいな、と。

私が常日頃語ってきている世界観というのはこーゆー事でありましてですね、ベッカー御大とかはジュースの出し方やらデザートの出し方まで非常に理にかなっているモノだと思っていただければよいかと思います。

また、こういう世界を左近治からではなくもっと著名な方で肌に触れたい(笑)という方は、やはりウォルター・ベッカーは研究に値する人物でありますし、ハービー・ハンコック、チック・コリア、坂本龍一、デイヴ・スチュワート、ベルトラーミ(アジムス)辺りはトコトン聴いていただきたいと思うばかりです。ベルトラーミ御大なんてもっと評価されて然るべき存在だと思うんですけどね。インコグニート聴いてるヒマあったらアジムス聴け、と言いたいです。

というワケで、いけずな左近治がアレコレとコード・バリエーションを例に出しつつオルタード・テンションの解体について振れてみたワケですが、実例的なこともこれから色々語っていく予定ですので、先にも述べましたが、テーマはハーフ・ディミニッシュやらハーフ・ディミニッシュト9thになってくるので、心の準備をしておいていただきたいと思うばかりであります。


とまあ、長くなりましたが、前述のコードをD音から見た場合「裏」の関係にあるA♭音が下(=ベース)にあり、和声的に省略しているD音を蚊帳の外(コードの解釈としてD音導入は理解を早めるものの)というコードにしていたというコトなんですな。

さらに、下声部で「Ab、C、Eb、Gb」音、上声部で「G、C、F」を加えたコードを表記する場合、もっと簡単な表記は実際にはあります。「Csus4/Ab7」という上声部を転回すれば、まどろっかしい「G7sus4 omit5」なんて表記は必要ないわけです。

私の提示した和声は実際には「D音」を含んでいないので5th音省略とすると、D音をなにゆえ省略したのか!?という説明ができるから敢えてこうしたんですな。もちろん用法としては拡張的に「G7sus4/Ab7」という和声だってアリです。


これらの解釈を、1点だけではなく多方面から解釈してほしいが故の表記であったという事を重ねて申しておきますね♪

つまり、「Ab、C、Eb、Gb、G、C、F」という構成音の表記は

「G7sus4 omit5/Ab7」
「Csus4/Ab7」

という2通りの解釈が少なくともできるワケですが、後者だと「D音」はなかなか見えてきませんよね(この方が表記的にも本来の調性すら感じさせぬほど隠避しておりますが)。

また、上声部をそれらのように使い分けることでアプローチも変えることもできる、と。そうすると複調的なアプローチも可能になってきます。「コード博士」になったかのように和声を単純に覚えるのであれば後者の方が圧倒的に覚えやすいとは思いますが、わざわざまどろっかしい表記をして解説をしている狙いを判ってほしいな、と。

とゆーワケで決して誤解せぬようご容赦願いたいと思います。
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