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転調への正しい理解 [たわごと♪]

 短調という世界観が齎す情緒や性格とやらは長音階と比較しても實に柔軟で多様です。ごく普通に知られている短音階は自然短音階(=ナチュラル・マイナー・スケール)、和声的短音階(=ハーモニック・マイナー・スケール)、旋律的短音階(=メロディック・マイナー・スケール)と、3種類存在しております。随分とまあ贅沢なモノですね(笑)。


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木を見て森を見ず [たわごと♪]

 前回のデモ曲に於いて、最初の4小節に注力したと述べている事について今回はスポットライトを当てる事にしますが、「注力」という言葉の意味についてあらためて述べますと、その注力というのは自己顕示欲のアピールという側面とは全くの別物で、ポピュラー音楽の類では通常用いないであろうというコード進行の形式を忍ばせたモノでありまして、そうした部分をもっとも重要視してもらいたいという理由がある「注力」なのであります。


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White Day [たわごと♪]

チョコレートのお返しするのもかなり縁遠くなってしまった左近治(笑)。そうです。本日3月14日はホワイト・デーなんですな。

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混乱を避けるために [たわごと♪]

とりあえず今回は、これまでのブログで語ってきた事において混乱を招かないために改めて注釈を付けておかなくてはならないかな、と思うワケですが、早い話が「ハイブリッド・コードの解釈が違うのではないか?」という類のご指摘というものがあったので、それについて説明しておこうかな、と。

例えば、濱瀬元彦の「ブルーノートと調性」の159頁にハイブリッド・コードの定義なるものが載っているので興味のある方はそちらを確認していただきたいと思うワケですが、濱瀬氏のそれと私の言う所のハイブリッド・コードというのは明らかに違うワケでありますね。

私自身が何十年も前に学んだことで誤解をしている可能性もありますし、近年、そういう定義が明確化されたのかどうかは判りませんが、私のこれまでの見聞では、ポリ・コードとハイブリッド・コードの定義というのが広汎な世界で統一されているものではなかったと感じてきております。近年では厳格に定義されているのかもしれませんし、私自身が取りこぼして覚えた可能性もあるかもしれません。

いずれにせよ、私の語るハイブリッド・コードと、例えば濱瀬氏のそれとは違うワケで混同しかねないので、私はどういう理解をしているのか?という所からまず語ってみようかな、と思います。余談ですが濱瀬氏はアッパー・ストラクチャーで生じた和声の基本部分である下声部の3度オミットなどをハイブリッド・コードと定義してしまうような矮小な世界でもないことを先の著書で述べておりますので、詳しくはそちらを読んでいただいた上で左近治へのミソの付け所とやらを自虐的に語ることにしましょうかね、と(笑)。

私の語る「ポリ・コード」と「ハイブリッド・コード」というのは、双方いずれも分子・分母が「和音」であるコトを示しています。私の言う「ポリ・コード」とは、分子・分母とも和声(多くはいずれもトライアド)で、且つ分子・分母ともひとつのチャーチ・モード内に収まるモードの場合の複合化された和音のことを言っていまして、私の言う「ハイブリッド・コード」とは、分子・分母で構築されるものがチャーチ・モードに収まらない類の和音のことを述べています。

一方、分母が単音の場合は「分数コード」or「onコード」なのですが、「onコード」は分子の和声の構成音を分母に用いている時に私は使います。とはいえ「分数コード」と「onコード」においてはそれほどそれらの呼称の区別を、先の「ハイブリッド・コード」と「ポリ・コード」と比較すればさほど厳格に扱ってきたとは言えませんけどね(笑)。

まあ、過去のブログを血眼で探れば、onコードと分数コードが話の流れ的に統一しないで語っていることもあるかもしれませんが、左近治は以上のように区別して述べているので、その辺りを私の方にすり寄って解釈いただければな、と思います。


仮にそれらの定義が現在広汎に渡って統一されている、というのであればあらためてご指摘いただければと思います。

おそらくや著書や著者、教鞭を執られている方によってこれらは厳格に統一されているとは思えないんですな、今でも。まあ、揚げ足取るように会話をしたりするワケではないので、私が言う事を「ああ、この人は●●のコト言ってるんだろう」という解釈で即時対応していただいて数十年経過しているのかもしれませんし(笑)、そこまではどうなのかは判りませんが、私の中では一応曖昧にはしていないので、こういう定義を私自身は持っていて語っているということを知っていただければな、と思うワケであります。

重要なのは、ハイブリッドだろうがポリ・コードだろうが名称が先にあっての解説ではなく、音を明示的に示しているので確認していただければ私の語ることを読み取っていただけるのではないかな、と思っております。

私が報酬を頂いてこういう展開をするのであれば、真っ先にこういう誤解を生むようなことは避けて先に定義したり注釈から語ったりするのでしょうが、一応、無償であることに加え、私のペースで書き連ねる「ブログ」という性格上、どうしても各人の歩調に一人一人合わせるような対応はできないのでその辺はご勘弁願いたいな、と思うのであります(笑)。

少なくとも、マイナー・コードの構成音なのに「メジャー」とか語ったりするようなコトはしていないので(笑)、名称ありきの部分は極力排除しながら区別していきたいな、と思っている左近治であります(笑)。

たまたま手元にある理論書が1冊しかなく、それにて「定義」されていれば人によってはその定義を「完全」なものとして理解するでしょう。ただ多くの著書などでそれらが統一されているとは未だに私には思えないのですな。私自身が勉強不足なのは重々承知ですが。

名称という「代名詞」というのは、その言葉にまつわる多くの事柄を包括してくれる利便性がありまして、漢字一文字なども最たるモノでしょうな。無論、「代名詞」という共通理解が与えられればその後の理解の進捗度はより高まりますし、わざわざおさらいする必要性が極力減ってくれるという手段でもあるでしょう。

念のために申しておきますと、私の語っているのは音そのものの重要性なので、どんな名称で一括りにしようが名称が違っていようが音は必ず伝えようとしているので、そちらを重視していただきたいなと思うばかりであります。手元の楽器で音出しながらとか、鼻歌口ずさんだりとか、頭で音を浮かべたりとかですね。

音を聴いても尚、情感などそうそう伝わるような世界観を提示しているワケでもない特異な世界だったりもするんで(笑)、半ば呆れて頭の中で音を浮かべることすら等閑の方もいるかもしれませんが、それは左近治の冗長ブログがいけないんでしょうねぇ、たぶん(笑)。

読んでいる人が混乱を招いてしまっては本末転倒なのでもありますが、左近治が真理というワケではありませんので(笑)、あくまでも、刺身のツマ程度に感じ取っていただければコレ幸いでございます、ハイ(笑)。

たまに聴くレコード [たわごと♪]

最近はレコードに針を落とす機会がめっきり減ってしまった左近治。デジタル音声こそが全て!とばかりに盲信してしまいがちな現代社会であるものの、同じアルバムのCDとレコードを聴き比べしてみてもCDでは聴こえにくい音がレコードにおいて再現力がアップすることなど多々あります。もちろんレコードを聴くためのカートリッジ、リード、ケーブル類などの特性がそうさせているとはいえ、やはりアナログの妙味は尽きることがないんですが、なんだかんだ言ってCDで済ますことが多いのが現実。

そんなにデジタルを懐疑的に扱わなくてもよかろうにとは思うんですが、アナログに金かけた世代としてはやはりアナログの音は忘れられないものであります。

まあ、次世代のデジタル信号処理にもフィードバックできそうな技術など期待が膨らむものもありまして、意外にそういう次世代の規格もお茶の間レベルに浸透するのは早いのではないかとも思っております。

例えば先も風力発電による低周波問題。この時語ったのが「回折」。

どんなにメタボな人が海に入ろうと、さざ波ですら防げないものです(笑)。体の背後には波からすれば人の体など無かったかのように波打っておりますね。これもまた回折。

音波、水波でも回折があるように、光でも回折はありますな。

例えば目の前に手のひらかざして指を閉じます。指の間には僅かな隙間が出来て、向こう側を覗き込むことができますが、よ〜く見ると向こう側の景色がにじんで見えますね。これもまた光の回折。

光からすれば指という物体に当たって振動を続けようとする。ぶつかることのなかった光とでは僅かな位相差が生じてこうなるわけですね。また、妨げられたことでの干渉。このコヒーレントな観点がデジタル社会に次なるフェーズへと向かわせる可能性が秘められているということに興味津々の左近治。エヴァネッセント光を利用して、従来のCDのレーザーピックアップからの読み取りエラー訂正すら減少させるかもしれません。CPUだってトランジスタの集合体ではなく、光学ケプラーのような動作のスイッチングになるかもしれません。

「8種類の位相差作ってそれを制御したCPUなんて作れるんだろうか?」などとか、その辺のテクノロジーに疎いクセして無い知恵使ってアレコレ考えている左近治。オプティカルデジタルだってエヴァネッセント光に置き換わるかもしれないし、それによるデジタル同期の精度が従来よりも数百倍高まる可能性だって秘めているかもしれません。外部クロックジェネレータ無しで。とすると、汎用機器においてもそのようなフィードバックがあればデジタル音声も恩恵にあやかれるかもしれないなど、デジタル部分もまだまだ発展できるんだろうなと思うことしきり。

通常デジタル信号だってかなり揺らいでいるのが実際ですからね。この辺りがもっと改善される可能性を秘めていると思うとワクワクしますな。従来のリファレンスとされたデジタル音声すら「にじみ」と形容できるくらい変わるかもしれません(笑)。

ただ、アナログ回路を介在させた音の変化のようにはいかないかもしれませんけどね。EQとかも恩恵受けるかもしれません(デジタルの)。

そういえばMIDI端子も光学カプラーによるスイッチングでの動作ですし、コンプなどもこういう動作で応答速度のクセというものを利用しているものがありますね。人間の視覚は感覚の中では最も応答速度が速いと思うんですが、耳がそれより遅いからといって耳の感覚を軽視してしまってはいけません(笑)。耳など10オクターヴ以上の帯域があるのに、光など1オクターヴ弱にすぎない(笑)。特定の色見させて白地見させりゃ残像だって残るのが目のヘッポコな側面(笑)。

目の応答速度のスケールが耳にフィードバックできそうなナノ・テクノロジー。いや、もうピコの世界に突入しようとしているのかもしれませんな。ΔΣ変調も多分変わっていくんでしょうなあ。次なるステージへと。

英語は簡単!? [たわごと♪]

小学校から導入されようとしている英語。

まあ、試験的に採用している学校もあるとは思うんですが、高校に進学するひとも非常に多く、その後大学に行かなくとも大抵の人は中学・高校と英語を習っているはずなのに、社会では殆ど通用しないというのをまざまざと知ってきた左近治。

例えば英語で道を訊ねられて、「3つ目の角を左に曲がって」と伝えたい時にスンナリと英語が出て来る人がどれくらい居るでしょうか?

この件に関しては「Make a left, third turn. Alright?」とでも言えば通じるわけですが、なかなか咄嗟に出てこないのが実情。私も散々経験があります(笑)。「次の交差点を右に曲がって」ならば「Make a right, next turn」で済むワケですね。

その昔、日本に留学に来ていた米国人の大学生(経済学部)に、現地でのテスト用紙を見せてもらったことがあるんですが、問題すら何を言っているのか解らないのですよ(笑)。部分部分の単語は判るものの、簡略化された英文の問題が全く理解できないという有様だった左近治。

「おいおい、大丈夫かよ?」みたいな顔されちゃった覚えがあります(笑)。


子供の教育のためにも英語の早期学習とかは確かにいいでしょうし、TOEIC採用もそれまた歓迎ですが、リスニング能力と共に、英文による出題こそが英語教育にとって重要ではないかと左近治は感じております。


英文による出題、それも「ひっかけ」に容易くひっかかるダメ日本人のままではいけないのではないか!?

いまだにそう感じつつもなかなか進歩しない左近治であります。


文章こそは非常に簡単であるものの、非常に秀でたスキルを有している人ならともかく、平均的なスキル(公立校の平均的な)を持っている人も多くの人は引っ掛かるんじゃないかなーと思う例文を取り上げてみようと思うので、下記を参照してみてください。

Sakon doesn’t play (fair, fairly).

Although both fair and fairly are correct in this sentence, we should, as a general rule, choose the adverb form(with, without) –ly to modify a verb.


扨て、お解りでしょうか?

解答欄ひとつしかねえのに「fairlyとwith」をどうやって書けばいいねんな!?

と、当初左近治は無い知恵使って必死に悩んでおりました。中学生レベルの英語すらタジタジです(笑)。んで、悩みに悩んだ挙句・・・

ちなみに私は解答欄に「fairly」と書いてしまいました(笑)。勿論結果はNGです(笑)。


なんでかって?


その回答じゃ、問題よく読んでねーだろ、ってコトなんですな。

簡単に言えば、最初の例文を「問題」に見せかけたフェイクであり、次の主文で、その例文をとりあげつつ、そこから選択しなければならなかったのでありますな。つまるところ解答欄に書くべき答えは「with」。


問題にも載っているように、「文中のfairとfairlyはいずれも正しいものの、慣例に基づいて選択しなければならないのは“-lyを(用いる・用いない)」

という意味なんですな。ですので、「用いる方のwith」が答えなんですな。


覚えることができましたね!?じゃあ、次。


1) US government answered my letter very(prompt, promptly).
2) US government’s answer to my letter was very(prompt, promptly).


答えは、
1)・・・promptly
2)・・・prompt


さ~て、これらに疑問を持った学生諸君は早速英語の先生に訊ねてみましょうね、と。まあ、進学校レベルなら中学1年生ですぐにでも出来そうな問題でしょうけれど(笑)。

ノクターン、かぁ [たわごと♪]

そういやMOTUのPerformer(DPじゃないですよ)に付いてきたMIDIファイルってショパンのノクターンだったっけ(笑)。

90年代前半にはミシェル・ンデゲオチェロとハービー・ハンコックのコラボの「Nocturnal Sunshine」という名曲もありました。

いや、今回「ノクターン」に想うのは、Novationの「Nocturne」なんですよね。低価格、しかもDAW上のプラグインのパラメーターにですね、す~ぐアサインしてアクセス化。カーソルをコントローラにアサイン出来て記録も可能なワケですよ。Logicはpest it offされているようですが(笑)サードパーティーの用意されたプラグインならコントロール可能なようです(笑)。アサイナブルでテンプレートも多数用意されている、と。まだ現物見たワケじゃないんですが(笑)。

何に驚いているのかというと、パソコン周りの操作体系(音楽)は変われば変わるものだなぁ、としきりに思うワケでして、カワイのMM-16なんてこう言っては悪いけれども、当時は殆ど見向きされていなかったに等しい(笑)。それがProToolsが徐々にポピュラーになり始めるとJL Cooperとかからバカ高いコントローラ発売されてたりとか(笑)。

任天堂のWiiやらAppleのiPhone。判ってる所はみんな判っている。カラダも頭もひとつしかない。四肢あるし指はあっても画面周りにへばりついて主導権握っているのはほぼひとりが常なのだ!

せめて多くの操作を同時に、或いは直感的に操作したいキモチの表れが世をそうさせていくのでありましょう。人間工学やら心理面までも考慮すればポピュレーション・ステレオタイプの分野にまで考えが及ぶ。掌の置き方をそもそも全く違う観点だからマイクロソフトの作るマウスは分厚い筐体でMacのそれのように薄く、前側だけを軽くつまんで手首の角度を極力浅くする設計とは対称的なワケですな。

DAWの世界なんぞUIの殆どは鍵盤あってナンボのところがあるから、鍵盤弾けない者にしてみればそれだけでも無理強い迫られる、と。ベロシティなんて「押す力」だと勘違いしている人が多いのも普通。なにせノート・オフ・ベロシティに対応している鍵盤すら少ないのが現状(笑)。

鍵盤は打鍵と離鍵のスピードこそが命。だからこそ「ベロシティ」。だけれども人によっては白と黒のスイッチでしかない(笑)。

そんなスイッチやらドラムパッドだけではなくて、もっと他に感覚的に多くの操作ができるUIこそが求められているんでしょうなあ。

昔と比較すりゃデスクトップの面積ですら広大。まあ、近い内に専用コントローラー買うことなく、iPod touchかiPhoneをMacに繋いじゃえばコントローラーに早代わり!という風に入力デバイスのアシストとしても十分に発揮できるような機能がすぐに付いてしまうでしょう。わざわざ専用デバイス買うことなく、iPodユーザーが恩恵にあずかれるであろう、と。

ま、左近治の希望的観測も往々にして含んでいるものの、そう遠くない内に実現しちゃうと思うんですな。

マルチタッチをアップルではないどこかが引っさげても、場合によってはボートのオール漕ぐように真逆の動き採り入れちゃったりするところも必ず出てくるでありましょう(笑)。

LED照明の調光もColorSyncでバッチリ!Zライトやら他の高級ライトで制作しているクリエイターの方々もマルチタッチで思いのままの調光ができたりとか。

操作の部分にここまで敏感になる理由は、どんなにパソコンの処理が速くなろうが1日の時間は皆等しいし、工数が極端に短くなるワケではないんですよ。ゆとりが出てもより濃密に仕事しようとするのが実情なんじゃないでしょうか。

CDの実時間の何十分の1の速さでコンバートできても40倍速で曲聴いたりするワケじゃないですし(笑)。

たとえばiPodの普及は個人で音楽を楽しむ、音楽に没頭できるシチュエーションを多くの人に提供しているワケで、音楽に浸れる魅力は深まっているにも関わらず、そこに気付かずにJ-POP詣で時代のように売ろうとしている所もまだある(笑)。

トコトン釣果の悪い時に水面(みなも)から見えるブラックバスの群れ。

見える魚は釣れないとよ~く言ったモノですが、バスだろうが裸の女性だろうがそこに何匹・何人いようとも相手できるのはただひとり。

哀しいかな我が竿もただひとつ(笑)。

場合によっちゃあ釣れないコトのほうが多い。どうせ釣れずに空振りなら、家で「素振り」の練習してた方がマシってか(笑)。釣果悪けりゃ枝垂れ桜の花吹雪。竿はむせび泣き、竿先の露のキレも悪くなるってモンでさぁ。

欲張って投網しようがはえなわしようが、得られるものは音楽の場合だと結果が違ってくる、と(笑)。操作を欲張ることなく直感的にマルチに触れる、と。

実はマルチタッチというのは直感的であるものの、思考はそれに集中させていることを忘れてはなりません。思考ひとつでいくつ直感的に弄れるのか!?そこに気付いているAppleと任天堂。他のエセ・マルチタッチはというと?その差は歴然でしょ(笑)。ヒマもてあましてくれるワケだからそこで別の考えを起こさないとダメなのが次の時代なんですな。

でもですね、どこかから必ず「水飲みながら呼吸しちゃう」ようなUI作ってくるはずですから、その時は笑ってあげればイイのであります。面白くなりそうですな、こりゃ(笑)。

インストカラオケ [たわごと♪]

曲には唄がなかろうがメロディ(主旋律)は大概の曲が備えているもので、インストゥルメント曲だと、メロディそのものに存在感を見出さずに敬遠する人すら居ます。

メロディのない、和声だけの曲だって存在するものですが、メロディが提示してくれる音や歌い手が歌う歌詞の誘いがないと曲を知れないというタイプの人の方が大半なのではないかと思うのです。

単純な和声な構造のそれは、自然倍音列と「共鳴」によって親和性の高い音程によって構築されているのですが、基本音より遠い、ある意味「不協和」と呼ばれる音程にメロディトーンが配置されていたりするような曲の場合、単旋律で歌い上げてもその背景にある和声の妙味は知ることができませんし、単旋律だけで唄ってみてどこか味気なさを感じる時こそがコード・プログレッションがなんたるかを感じることができるのではないでしょうか。

人間は耳腔、腹腔、口腔など多くの「共鳴体」を備えているので、いわゆるトライアドのような単純な和声というのは共鳴しやすいからこそ構築されているということです。

「不協和」と文字で記されると、それがもはや「否定的」なイメージを抱くおそれすらあるかもしれないですし(笑)、実際にそういう人はいるかもしれません。

ピンク・フロイドの「Us And Them」を単旋律で唄われた日にゃあ、全く曲を知らない人には良さが伝わらないでしょう。ひとりでポリフォニックな声出せるんならいざ知らず(笑)。フランシス・レイの「男と女」だって単旋律で唄われた日にゃあ、曲知らない人には絶対伝わらないと思います(笑)。

今回は、特徴的なハーモニーを持つ曲の中からメロディ・パートを省略して(=マイナス・ワン)リリースしてみることにしました。

ヒノテルの「Key Breeze」の3パターンのマイナス・ワンを用意しました。

曲の細部を知るにはメロディ抜きで新たな発見があるのではないかと思いまして、こういう試みに。かといって今までリリースした全ての曲をカラオケ化しようとは毛頭思っておりません(笑)。高度なコード・プログレッションと和声の妙味を備えた曲を折角だからマイナス・ワンでリリースしてみようかと思いまして。

メロディこそが判りやすいがために、一旦メロディを覚えてくれたならそれを抜くことで、強固なメロディによって半ば隠されていたかもしれない(そのように聴こえてしまう人達のために)魅力を伝えようとしているワケであります。

「ヒノテルにメロディ取らせなかったらどーすんの!?」

と思われるかもしれませんが、作曲そのものはヒノテルですし、メロディ抜いたら余計に曲の高度さが判ると思うのであります。タップダンスの音入れるワケにもイカンでしょうし(笑)。

マイルス・デイヴィスの曲からマイルス抜くようなコトではないのと同じ(笑)。とはいえマイルスはまるでゴルゴ13が殆ど喋らないのと等しいくらい、晩年は吹かない時が多いですけどね(笑)。


先述にて少し語った「共鳴」。この共鳴度が弱い音程の音が重畳された音は、音楽の習熟度の浅い人は聴き取ることが苦手な人がいて、共鳴感を利用しないと耳コピどころか音すら取れない人だって実際には沢山いるんですね。

アカペラじゃないけど複数でハモらせると大概は3度の音程キープで歌おうとするものです。素人の人でもね。これこそが共鳴感を利用している最たる例。

でも、3度を保つよりも、実は人の歌っている単旋律の半音上や半音下を唄ってハモろうとする方が、少なくとも楽器達者になりたければそういう「ハモり」感覚を身に付けてナンボでしょう。半音じゃなくても全音上下でも構いませんが。まあ、私の場合はそうやって無理強いハーモニーでハモっても「ひとり移調」という感覚では捉えていないんですなあ。ロ長調とト長調が一緒に鳴っている感じ、とかそういう風には聴こえてくれんのです。まだまだ鍛えなくてはなりませんな(笑)。

とりあえず、実際にはメロディパート割愛であっても、安直にメロディ抜いただけのバージョンをリリースしているワケではなく、真の意図を汲み取っていただければ幸いです。

チャートものの多くの曲というのに魅力を感じることが少ないと左近治が思う理由のひとつに、「メロディ抜いてみて曲の良さを保持できるのか」というものが少ないからでありまして(笑)。

そういやMetric Haloがようやくアナウンスしてきた2d Card。エフェクト(DSP)を強化したバージョン(実質的には全く別物と考えられる)のようですが、5月28日以降詳細が判明するようです。旧来ユーザは物理的なハードのアップグレードもあるようですが、興味深いところであります。FW returnあればオーディオシグナルにおいてはReWire使う必要ないですし重宝してます。過去には片チャンネルだけ1サンプル長ずれるバグもありましたが何年前のこと?(笑)。4~5年前くらいでしたっけ。時の経つのは早いものです。ちなみに「メトリック・ハロ」ですからね(笑)。Matrixを「メイトリクス」と正しく読んでも伝わらないかもしれませんが(笑)。

お茶の間デジタルの弊害 [たわごと♪]

チョット前はカセットウォークマン三昧だったのが今やiPodだぜベイベー。

レコード屋は「CDショップ」と来たモンだ。

横浜某所の大型レコード店で飾ってあった等身大の小泉今日子1stアルバムの宣材に、人目もはばからず抱きついたこともある学生時代(もちろんひとりでやっているワケではありません)もあった左近治が懐かしいぜと来たモンだ。今やったら職質間違い無しだろーなー、痛感しますよ。

無知で荒唐無稽でいられる時代こそが平和を実感させることもありました(笑)。

2008年6月2日午前4時。

コレ、ダビング10として知られる新制度の適用される時なんですな。レイト・フォロワーにまで行き渡るような新メディアや新顔には必ずついて回るそれらの利権絡みで割を食う先行投資型の消費者の姿は今も昔も変わらない。ネットやパソコン、HDDレコーダーだぁ、テレビ放送までもがデジタルの時代。

カセットテープ時代の頃だって不特定多数にダビングしたらダメ!という知識くらいは有していた左近治。アーティスト側だって貸レコード反対の人達が多い、国産車にドアミラーなど無い時代でしたよ(笑)。

一般的な人よりも比較的高音質な環境でレコードをテープに録音していた左近治。友人の親父さんは型チャンネルで当時数百万のスピーカー所有している人がいたりとか居ましたけど、自分の音だってそれほど悪いものではなかったと自覚していたものの、ダビングしたテープを売ろうなどとは微塵も思ったことはなかったですね(笑)。

友人から録音を頼まれて(←友人所有のレコード。それが中森明菜ということもありました)「録音してやるから後でテープ代だけ払えよ(←TDK MA)、ということはありましたけどね。儲けようとか転売という発想自体無かったですね。

CD-Rドライブがどんどん安価になり、メディアがどれだけ安くなろうともコピーして売ろうなどとは微塵も思ったことはなかった左近治。カーステでCD聴くと振動で傷付くから、カーステ用にCD-Rコピーすることが主なCD-Rドライブの使い方になったりした時もありましたけどね。

アナログ全盛時代の頃と比較すれば、コピーしても顕著な音質劣化など無いに等しい。誰もがその音に革命を感じたんでしょうな。今やデジタルが完全に浸透した社会であるものの、それが普通に存在しているものだから良し悪しどころか区別も付けられない基準を持たない人にまで行き渡って、間違った情報すら横行してネットだけを情報源にする人だって一般的になってしまった現在、音を少しでも良くしようと志すのであれば、仮にスペックひとつ見るのだって相応の知識を備えないといけないのに、知識を与えていいはずの紙媒体が、上得意先の遠巻きな批判すらも尻込みするような姿勢を取るものだから弱腰なスタンスの記事とか、広告雑誌に成り下がるような音楽雑誌などが増えてしまったのは間違いなく「負」の部分でありましょう。

プロスペックに匹敵するくらいのものを手にしたいのであればそれなりに金も投資する必要が出てくるのは当然。音を知らなくともスペックを信頼したいのであればスペックを読み取らなければならない。

だからと言ってRMSとPeakの測定値の基準も知らなければ、weighted(負荷)、unweighted(無負荷)で計測された違いすらも知らない人が多いのに、やたらとスペックを気にしてみたり。挙句の果てにはそんな違いすらも知らずPCに頼って計測してしまおうとする者など、まあ、茶の間にまでデジタルが氾濫すると果てはこうなるんだな、と実感する左近治であります(笑)。

RMS unweightedで歪み率も極めて低いプロユース製品と、Peak weightedで計測された数値を、まんまカタログの「絶対値」で比較してみたりする愚かな判断とか、もう目も当てられないわけですよ(笑)。そのふたつを比較した場合、ビット幅の理論値で置き換えればフツーに3ビット分に相当する値くらいは開いちゃうかもしれませんね、と(笑)。ダイナミックレンジとかで言えば20dBくらい差が出てきても当然(笑)。それすら関係なく両者の数字を同列に見立ててみたりとか。

音楽雑誌だって昔はこういった情報を網羅していたのに、今は書かないんですよね。書いたとしてもそれらの区別はどうするべきなのか?という情報を欠いたまま、感覚的なレビューしか掲載していなかったり(笑)。

色んな側面においてシニカルに、暗喩を込める左近治が底意地悪く映ってしまうのなら仕方がない(笑)。受け止め方は人それぞれなのだから。

不文律を打破しているように思えて、勝手に不文律にしてしまった層に責任があるのだろうけれども、自分のケツは温水便座か他人に拭かせてナンボの現代社会(笑)。これじゃあスペックひとつ語るにしてもそこまで意味があるのかと思わんばかり。

その内、手にウンコ付くまで負けを認めなくなっちゃうんでしょうか(笑)。ウンコとは言わないまでも、トシ取ると尿のキレが悪くなって前立腺の心配をしなければならないってモンでさあ。

股上浅いズボン履くと便器から離れて数十秒後にチョロッと漏れてしまったりとか、そりゃあ無いというのは嘘になりますが(笑)、ザッパのようにそっちのガンにはなりたくないなあとは思いながら、スローテーパー(根元からしなる弾性が鈍目の竿の特性の意)な竿に変化しつつある自分を嘆きながら添え木使ってでも夜伽を読もうとは微塵も思ってはおりませぬ(笑)。

竿を実感しながら、魚を釣ることに躍起になるのではなく、ガン玉(おもり)の発想があるからこそベースのウルフ・キラー(ウルフ音の共鳴殺し)に応用できたりもするワケで、竿に例えることが決して悪いワケではない(笑)。ポジティヴに捉えられることこそが平和な時もあるんですな。釣りキチ三平世代だから成し得た業なのか、どうかは知りませんが、まともに得られた知識で不幸になることはないとは思うんですな。子供に何の教育やしつけをほどこさなければ誰もが負け組になるんでしょうが、生まれた直後からWiiやらパソコン与えても無用の長物ってなワケで(笑)。覚えること覚えてから音を追究するのもイイのではないかと思うんですが、目先の音に酔って遠回りすることすら勿体無いんでしょうね、たぶん。

覚えること覚えないと後々損しますよ、ってこってす(笑)。無知こそが平和なのか、音の世界と人間社会はまた別ですし、同列には語れません(笑)。音への欲望はトコトンわがままでイイと思っているのが左近治であります。バンドの演奏や聴衆に見せるという、社会性が伴うシーンではまた別の「音」の世界があるワケですが、音質の追究とそれを一緒にしてもいけません(笑)。

蓜島邦明が楽しみ [たわごと♪]

「NIGHT HEAD」というドラマ、覚えておられる方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。遡ること、もう15年ほど。フジテレビが最も面白かったと個人的には感じている時代。今の我が家では最も見ていないテレビ局(!)になってしまったんですが。

まあ、15年ほど前を振り返ると私はMacに夢中の頃で、メインアプリケーションはPerformerで外部のMIDI機器を徹底的に管理する、録音はDATという時代でした(笑)。そんなMacにAQUA ZONEやらFlowFazerインストールしてほくそ笑んでいた時代くらいの辺りでしょうか。PowerBookを手にしてバンドの練習やライヴにも活用しだしていた頃であります。

この当時の音楽はグランジサウンドが一定のポジションを確立して、当時のクラブシーンからのフィードバックもあってフィルターかませたり非常に極端なイコライジングやらフィルタリングがあちこちで活用されるようになってきた時代。

蓜島邦明の音作りにはNIGHT HEADの頃から既にミクスチャーやらトライバルな音世界を構築しておりまして、その感性を存分に味わうことができたワケでありました。ただ、この方の名前、機種依存文字の場合もあるのでケータイ上では「配」の文字を使わせていただいていたりもするという事情もありまして、その辺りはご容赦を。

いわゆる音効の世界においてこれほどセンシティヴな音に出会えるとは思いもよらなかったワケでして、KORNやnine inch nailsだって日本国内ではメタル扱いされていたような時代ですからね(笑)。ミクスチャーの度はナイン・インチ・ネイルズが確立したといっても過言ではないでしょうが、KORNだってまだまだヘヴィーなグランジサウンドの度を強めていた時代。KORNが日本で確固たるポジションを確立するようになったのはアルバム「issues」の頃辺りでしょう。

ミクスチャーな音に目覚めていた方々というのはそんな昔の頃から音を手にしていたワケですな。そのひとりに蓜島邦明も挙げられるのではないかと左近治、信じてやみません。日本でそれらが受け始めるようになったのはブラッド・ピット主演の「SEVEN」辺りではないかと。まだまだJ-POPのシーンもアシッドなサウンドを導入する方に躍起でアナクロな音になっていたワケですから。

私自身はまともに聴かなかったのでありますが、ソロ活動を当時始めたHIDEとかはそんなミクスチャー系の音に目覚め、一部の狂信的なファンによってクローズアップされることで作品の評価はどうあれ、サウンド的には意外に広く知らしめという貢献者のひとりでもあるのではないかと思います。

ま、なにゆえ蓜島邦明が楽しみなのかというと、テレ朝系列の金曜ナイトドラマで4月からの「キミ、犯人じゃないよね!?」というドラマのホームページ見ていたら、蓜島邦明の名前があったから楽しみなワケなんですな。

ナイトヘッドは知らなくても、「世にも奇妙な物語」の人といえばお判りになる方も多いでありましょう。この方の作曲技法というのはモーダルというか、旋律を巧みに使い分け(モード・チェンジ)、非常に複調性の高い楽曲を構築するんですね。それが和声に構成音に頼ったモノではなくフレーズありきの響きなんですね。ポリフォニーでありホモフォニーというか。

チャーチ・モードだけにはおさまらない多くの旋法の変格旋法を導入する、わかりやすく言えばモード・チェンジ。それらが巧みだ、と。

スケールを体系的に覚えてもそういう音楽作れない人が殆どなのが実情で(笑)、リディアン♭7thスケール覚えたところで、メロディック・マイナー・モードを操りきれていない人なんて沢山いる世の中です(笑)。

そんなところで埋没したら話にならないわけで、だからこそ実例出していかねば!と左近治、着うた制作するのは二の次でアナリーゼの方に注力するワケでありますね、ハイ(笑)。

まあ、いずれにしても4月が楽しみだぞ、と。

メジャー7thで遊べなくなる人 [たわごと♪]

やれツーファイヴだのドミナント7thでは水を得た魚のように躍動感溢れるほどのバップ・フレーズやらを醸し出す人は多いものの、メジャー7thとか出てくると途端に落ち着きを取り戻してクロマチックに遊べなくなってしまって、遊ぶにしても勝手に他のモードを想起している人が実に多いものです。

メジャー7thとはいえ母体となるトライアドがマイナーというマイナー・メジャー7thもあるワケですが、今回は母体が「メジャー」なメジャー7thについて語ってみまひょ、と。

リディアンを示唆する場合はメジャー7thコードにおいて自ずと#11th音で遊べるワケですが、こんなのは基本中の基本。

結論から言えばメジャー7thコードにおいては♭13th音とオーデュメンテッドな+5th音との使い分け(異名同音ではあるものの)を覚えるようになってから次なるフェーズへの道筋だと言えましょう。その次に♭9th音と増六度(=短七度の異名同音)の使い方がキモとなってきます。

コードでメジャー9th提示されているのに♭9thを選択するようでは愚の骨頂ですが(笑)、ではまずは♭13thと+5の使い分け。

+5を用いると、概ねそれはメロディック・マイナー内のモードを示唆する使い方になります。強制的に5度音が半音上がっているモードの場合、概ねメロディック・マイナー・トーナリティーの使い方ですが、完全五度音と♭13th音を使い分ける場合はメロディック・マイナー・トーナリティーではなく別のモードを示唆することとなります。

その最たるものがハンガリアン・マイナー(=ジブシー)のトーナリティーですね。短音階の中でも異色中の異色、叙情性タップリの音階なのに三大短音階には含まれることなく特殊な音階と属されてしまう音階ですな。

んで、ドリアンとなるとほぼ短音階の代用的な解釈で広く使われているワケでありますが、メロディック・マイナー・トーナリティーとなると途端に使われることが少なくなるのはただ単にボキャブラリーが欠如している表れなんですな。では何故そこまで言い切れるのかというと?


ドリアンという音階(旋法)は、長音階(=メジャースケール)の第2音から開始される音階。平たく言えばピアノの白鍵において「レから始まってレで終わる」音階なわけですな。

テトラコルドというのは、各音程が全音or半音という並び方を定義したもので、ドリアンのテトラコルドというのは上行と下行でも全音と半音の並び方が規則性を持ってます。

判りやすく言えば

「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」状態のテトラコルド(配列)なワケですな。


ではメロディック・マイナー(=旋律的短音階)の第2音から始まるモードのテトラコルドを見てみると、こちらも「山本山状態」なんですね。

重要なのは

ドリアンとメロディック・マイナーの第2音のモードはいずれも5つの全音と2つの半音が対称性を持った音階

というコトなんですわ。5つの全音と2つの半音で構成される音階でこれほど対称性を持った音階はこの2つだけなんです。


「マイナーをドリアンとして捉えて演奏することが多いのに、なぜメロディック・マイナー・トーナリティーとなると頻度が少ないのか?」

それこそがボキャブラリーの少なさの証左なんですね。


「メロディック・マイナーなんて全音音程がやたらと続くから使いづらい」という声も聞くことはあります(笑)。

でもですね、音階において「半音の隔たり」というのは重要なんですよ。全音音階(=ホール・トーン・スケール)を思い出せば、実に奇異で味気なく聴こえる特殊な音並びですね。

5つの全音が連続する音程を内包するメロディック・マイナーのモードの使いづらさというのもホール・トーン・スケールに類似するからかもしれません。しかし、それがボキャブラリーの少なさを示していることであるワケです。

「メロディック・マイナー・トーナリティーなんてそうそう使う場面が少ないし、ましてやマイナー・メジャー7thのコードなんて殆ど見かけないよ」

という声も私も幾度も聞いてきましたが(笑)、だからこそ「メジャー7th」コードにおいてメロディック・マイナー・トーナリティーを導入するワケですよ。「恥を知れ!」という言葉がありますが、ここでは「半音を知れ!」という風に置換することができます(笑)。


マイナーをドリアンと代用するシーンが多くあるにせよ、場合によっては9thの使い方が制限されるシーンだってあるワケですね。つまりドリアンなのかフリジアンなのか?というシーン。前後のメロディラインやら調性を読み取れば、そこがドリアンではなくフリジアンを用いた方がイイということなど沢山あるわけで、「●m7」というコード表記があればすぐにドリアンで対処しようとするのも愚の骨頂(笑)。こうして前後関係を判断しながらフリジアンにする人など、モードを理解している人なら実体験として多いことと思います。

メジャー7thコードにおけるメロディック・マイナー・トーナリティーの導入も、そういう「選択」と同じことでありまして、だからこそメジャー7th上で♭9thの音使ったり、+5(オーギュメンテッド)させたり、或いは増六度の音を導入したりして、メロディック・マイナー・トーナリティー(=メロディック・マイナー・スケールが持つ7種類の旋法)に近付くワケですね。

因みにメロディック・マイナー・トーナリティーとハンガリアン・マイナーは結構近いフェーズにあるのでそれらを使い分けている作曲者や演奏者も多いものです。

後日左近治がリリースする日野皓正(3月28日リリース)の「Key Breeze」の非常に美しいコード・プログレッションには、先述の「使い分け」を如実に知ることができる名曲です。


先日リリースした山下達郎の「Kiska」における坂本龍一のインタープレイにもそういうアプローチを垣間見ることができるんですね。

ボキャブラリーに乏しい人が聴けばただ単に経過的なクロマチック・アプローチ程度にしか聴こえないかもしれませんが、私が後にリリースする高橋幸宏のソロ・アルバム収録の「La Rosa」における坂本龍一もやはり、この方はメジャー7th上での♭13th音と♭9th音を巧みに導入しております。まあ、この方の特長ですな。YMOでスタンスを確立してからはこういうアプローチをなかなか聴くことは難しいでしょうが、氏のソロアルバム「BTTB」を聴けば、ジャジーな経過的なアプローチも遥かに顕著なモーダルな音の世界を知ることができると思います。

「メジャー7thで♭9th使ったら半音2回続くじゃん!」

まあ、確かにそうですね長七、ルート、短九と。

場合によってはルート、長七、増六という使い方もあります。こういう使い方は先の方々もそうですが、ハービー・ハンコック古くはバド・パウエルとか。ただ漠然と「クロマチックじゃん!」と聴いている方が実際には多いのではないかと左近治、確信しております(笑)。

あとはスティーリー・ダンの「Black Cow」における、歌詞2番のサビ直前の「Daylight~」の所に導入させているトム・スコットの増六度導入でクリシェさせているホーン・アレンジの部分とかが顕著でしょうかね。

※ここでの「Black Cow」の解説は、仮想的なメジャー7thを想定した上での解説なので誤解のないように。原曲「Black Cow」の実際は、この該当部分のコードはEm9(11)です。しかし、これをC△7(9、#11、13)というメジャー7th系として「想起」すると、ホーンの動きは増六、短九という音に見立てることができるという意味です。というのもウォルター・ベッカーのその後の「クセ」を聴く限り、こういう想起を行っているようで、最たるものは「Negative Girl」とか、遡れば「Glamour Profession」などにも見受けられます。全てが同じ用法ではないものの、後のフェイゲンの「Tomorrow‘s Girls」のイントロはベッカー流の発想が活かされていると思います。ベッカーはそういう「見えないものが見える」ようなコード・プログレッションが特徴です。



この手のことを追究したい方は、いずれ「La Rosa」において詳しく語る予定ですのでお楽しみに(笑)。

ただ単に無関係の曲をリリースしているのではないということがお判りになっていただきながら、音楽の深みを味わってもらえればな、と思っている左近治であります(笑)。

この春に音楽学校に進学される方も多いと思いますが、専門学校系の方面でメロディック・マイナーをこういう風に追究する所はおそらくないかと思います。もちろんメロディック・マイナーが何か?ということくらいは知ることはできますよ(笑)。どこかの雑誌に毛が生えた程度のことしか教えられない「学校屋さん」に埋没することなく学んでいってもらいたいと思うワケでして(笑)、アナリーゼとはもっと深い部分でしょう。こういうことが広く認知されていけばいいのでしょうが、楽理に興味のある人はトコトン質問して、学費の元取る以上に研究するような腹積もりで挑みましょう(笑)。

ハイサンプルレート周波数で制作する理由 [たわごと♪]

生のソースを録音するなら高音質の恩恵というのは非常に大きいワケでありますが、左近治が着うた制作する上では殆ど生の素材は扱わず、殆どはソフト・シンセやソフト・サンプラーの類でオケを作っていくワケであります。生素材の録音と比較すれば音質差というものは大きくはないものの、それとて十分出音で違いを認識できるくらいは差異感はあるものです。

ではなぜサンプルレート周波数44.1kHzのプロジェクトで進めないのか?というとですね、その理由は大きく分けると次の通り。


●概ね10kHz超の周波数をEQで操る場合、44.1k/48kプロジェクトでのEQのレスポンスとそれら以上のサンプルレート周波数では全く異なり、44.1k/48kではナイクイスト周波数に向かって強制的にロール・オフの度が強まるから。

●ソフト・シンセやソフト・サンプラーの類は大なり小なりエイリアス・ノイズを生じるので、音質に影響を与えないための回避策。


という、理由でハイサンプルレート周波数にて制作しているワケであります。「シンセのトラック数ありき!」と言わんばかりに、マシンの性能フル回転でトラック数稼ぐことは簡単。しかし、そんな環境下でフリーズトラックさせようが、結局はエイリアス・ノイズがふんだんに乗った音で、利きが思うようにならない高域レスポンスのEQでイコライジングなんかしたくもないんですな(笑)。位相すら乱しかねない(笑)。


ロール・オフ発生については誰でも認識できることなので敢えて言及しませんが、今回はエイリアス・ノイズについて述べてみまひょ、と。


例えば次の画像は、24ビット/96kHzにおいて、NI Kontakt3のPop Drum Kitを数小節ほど再生させたスペクトラム分布です。

kontakt3_default.jpg


上下にLRのチャンネルそれぞれ確認できますが、各トラックの中心付近の奇麗な水平に伸びた紫色の紋様がありますが、これはこの元の音色が44.1kHzによって作られたサンプル音というのが分かります。

無論、それより上方向は「エイリアス・ノイズ」を示しているというワケです。


サンプル元の折り返し周波数(ナイクイスト周波数)を軸に、きっかりミラーリングされているような分布になっていますね。それでも完全なミラーリングになっていないということは、ナイクイスト周波数から上に拡大するほどフィルタリング処理(内部的な)されていることが分かりますが、22.05kHz~32k付近は結構強く出ていることが分かります。

ということは、ナイクイスト周波数からリフレクト(反射)したと考えると、32kHz辺りの音は概ね出音の12kHz辺りの音に影響する、ってぇコトですな。


このプロジェクトは、この時点で96kHzで制作しているからこそ、エイリアスノイズの影響を出音に反映されていないワケでして、44.1k/48kHzで制作していれば、Kontaktがこういう処理をしてしまっている以上、即エイリアスノイズの影響を受けながらモニタリングしている、というコトを意味します(笑)。気が付きにくいだけかもしれませんが、実際には影響されてしまっているものでして、これはホストアプリケーションがなんであれ、Kontaktであろうが他のソフト・サンプラーでもエイリアスノイズは生じます。

96kHzのサンプルをソフトサンプラーに取り込んでいるなら、その場合はきちんと出力されますけどね。エイリアス・ノイズ発生は96kHz超になりますしね(ココまで解説する必要あるのかな!?)。

つまる所、サンプラーの場合は元ネタのサンプルレートがプロジェクトのサンプルレート周波数以下であれば、レンダリングによってエイリアスノイズが発生してしまうものの、発生帯域がリフレクトせずに高域に「逃げ」てくれているんで、この時点では功を奏するわけですね。元ネタがプロジェクトと同じサンプルレート周波数或はそれ以下なら出音に即エイリアスノイズが発生してしまう、ってことですな。

とはいえ、いくら高域に逃げてくれているとしても、これらのトラックが沢山集まれば高調波を干渉させたり、あるいはノイズやらの影響を受けてより強調されてしまって、ロールオフが極力少ないのに超高域の位相すら乱してしまいかねないですね。しかも耳には聴こえない領域が、デジタルデータの帯域幅としてこれだけ占有してしまうことで、他のエフェクトの演算処理の負荷を増やしかねず、CPUパワーを持っていかれることも容易に考えられます。

じゃあ、そんなオケを予めエイリアスノイズをカットしてみるという視点で、リニアフェイズのEQを20kHzを中心に48dB/octのスロープでLPFとして切ってみたらどうなるかというと、それが次の画像。

kontakt3_lpf_at20k.jpg



フムフム。取りきれてはいないけれども大分カットされております。20kHzを中心にしてスロープのキツいLPFを噛ませても取りきれていない現実に直面します。実際には20kHz辺りは元ネタの音質すら変容させてしまっているんですから、これよりも中心周波数を低く持っていくと、もっと元ネタの高域がカットされることになりますね。


でまあ、最終的に色々手を施してディザリングして、16bit/44.1kHzに落としたものを、再度96kHzにレンダリングするとどういうスペクトラム分布になっているのかというと、それが次の画像。

mastering.jpg


参考までに、某CTIレーベルのジャズのレコードから24bit/96kHzで録音したものがこちらの画像。

1974年録音の某曲です。

vinyl.jpg


70年初頭過ぎるとマスターはデジタルにしてしまって超高域が無いなどという都市伝説もありますが(笑)、中にはあるでしょうが全てのレコード会社やレーベルがそうではないので、超高域が録音されているものなどいくらでもあります。但し、テレビ放送規格を見越して走査周波数などと干渉しないような特性を持った機器が増えてきた年代でもありましょうが、それでも超高域というのは記録されているのでありますな。

画像の伸びの鋭い部分は、ハイハットのオープンが鳴っている所です。右半分側の20~36kHz付近で高域ソースが増えるのは、アコピとテナーサックスが鳴っているからです。

左半分には、うっすらと32kHzまで所々ほのかに薄く分布を示す信号があるんですが、これはARP 2600のストリングス系サウンドとシンバル類のようですな。


ま、やり方は各自色々あるでしょうが、CPUパワーばかりに目を向けずに、きちんと音を考えて制作環境を構築しないとダメだってことですな。アナログもデジタルも馬鹿にできませんぞ、と(笑)。

スペクトラム分布にはSoundtrack Pro 2、オーディオインターフェースにはApogee ensembleにて、下は-140dBのスケーリングで表示させております。

NI KOMPLAINT [たわごと♪]

音取ってナンボと言いつつも、別に音取れない人をイジメているワケではないのですよ。その能力は各自の努力によって向上させられるのは確かなワケですからね。

和声そのものに耳が傾かなければ自ずと音色面に耳が持っていかれる、と。古さを感じさせるアンサンブルの音だと毛嫌いしてしまい、ついつい最近の音楽ばかり聴いてしまう、と。最新の音楽が全て悪いとはイイませんが、この先数十年経過しても聴き続けられるであろうと感じる曲はかなり少なく、ある程度聴いていると「この曲は何年経っても聴けるな」とすぐに判断できるというか、隠れた魅力も少ないのが最近の音楽の特徴でもあるかな、と。

でもリスナー側ばかり責められません。

どんなに音感が鈍くとも、音色面を聴く耳のセンスを有している人は多いはず。ではその音色面の方を見ると、例えばシンセサイザーやらの開発サイドを取り上げることができるワケですが、90年以降シンセサイザーの発音スタイルはその後物理モデリングやらグラニュラーなど出てきても、音色面で劇的な変化があったのかというとそうでもない。他の発音方式でも時間をかければ似たフェーズの音は作れるようなそんな感じ。

そこでひと味違う感じを演出しようとすると最早エフェクト面もセットにして音色を提供しないとインパクトに欠ける、と。大体こういう流れなんですよね、実は。PCMのクオリティも飛躍的に向上している昨今、現在のような高度な処理などやりたくてもできなかった時代の「チープ」なPCMを用いて積極的にシンセサイズに活かすという心意気のあった時代の音の方が魅力的だったりするんですね。

音感の鈍いリスナーの中から鍛えられていく人はいる。音への執着心を無くしたら最期。この執着心の欠如がハード面の、いわゆるメーカーサイドに蔓延してほしくはないんですな。実際には開発者サイドは色々思案していると思いますが、技術の凄さと音のインパクトが比例しなくなってしまっているのも事実ではありますが、ふた昔くらいの時代の方が気合いと出音は十分に比例していたと思いますし、魅力的であったなあと思うワケですね。

音をアレコレ弄って、音色の魅力というよりは聴覚面でエフェクティヴな作用をさせているだけのシンセサイズなど多く耳にする現在、私左近治もNative Instrumentsの製品は持っているワケですが、もう少し熟成させてからリリースできないものなのか!?と言いたいんですな。

今回のブログタイトルそのままにバグレポートをNIに送ってしまいましたよ(笑)。

Kontakt 3.0.1アップデート。どれだけバグが改善されているのかと思いきや、新たな深刻なバグまで付いてきてしまいました(笑)。

どうも各自の環境によって問題は様々なようですが、顕著なのは

「Urban Beats」のパフォーマンスフォルダからパッチを選んだ時。Kontakt3から音色名の横の左右のカーソルで、同一ディレクトリの音色を次々にリロードできるようになったワケですが、前述のパッチをそれでいくつか選んでいると突然落ちるんですなあ(笑)。スタンドアロンはもとより、DAWホストアプリケーション内でのプラグイン動作時においてもそうなんですな。プラグインだけ落ちてしまうならまだしもホストアプリまで道連れ(笑)。マルチプロセッササポートのチェックの有無は無関係なようです。

Service Centerのアップデートによりアクティベート関連の不具合や場合によってはハードディスクのアイコンすら不可視にしてしまった酷いバグ(笑)もこのバージョンで改善されたようなんですが、このアップデートで不可視が元に戻るワケではないそうです(笑)。私は不可視ではないんですけどね。知人がこういう不具合に遭遇しておりました。

いくつかのエフェクトのプリセットのEmpty状態が改善されたようですが、相変わらずコンボリューションのファクトリー・プリセットはroot下のライブラリのApplication Supportを覗いてもしっかり入っていません(笑)。IRファイルそのものは指定したライブラリ配下にインストールされていて、IRファイルの左右のカーソルで選択すればIRファイルの変更は利くものの、ファクトリー・プリセットというのは空のまま。

Vintage系の「Welcome~」whateverという音色をロードすると、キーボード表示にしていた場合、鍵盤がいつまで経っても描画だけはエンドレスで離鍵されなかったり(笑)、とにかくまだまだバグ満載です。

挙げ句の果てにゃあ、Kontakt 3.0.1 009とライブラリのアップデートを施した後に、頻発するエラーでもしやと思いディスク検証かけてみたら、ボリューム構造が若干損傷していますと来たモンだ(笑)。First AidとTech Tool Proで修復にどれだけ時間を割かれたコトか(笑)。お陰で夜更かしでNHK BSで東京JAZZをリアルタイムで見てしまいましたが(笑)。念のためにサーフェース・スキャンも施しておきましたがHDの管理は普段からかなりマメにやってるんでHDD依存ではなさそう。

しかし、FireWire800でG-TECHのG-RAID2を導入してRAID-0ストライピングさせたいんですが、知人の報告によればDFDとストライピングは相性が悪いのだと。ハードウェアRAIDかFibre ChannelでのXserve RAIDならデータの冗長性とDFDが干渉しないかもしれないと友人から言われましたが、その友人もそういった環境は構築していないため憶測(笑)。ただ、RAID-0のDFDはヤバイぞ、と言われました(笑)。

アップルのクラッシュレポートは一体何回呼び起こしたのでしょう(笑)。こんなこたぁ初めてのコトで、色々考えて、無い知恵絞ってMacの前で仲本工事ばりに「でんぐり返し」してみましたが良い知恵は浮かびませんでした(笑)。私の環境は普段からHDDブン回しだということを差し引いてもチト納得いきませんな、こりゃ。

顧客がβテスターになっている感は否ませんなあ。特にココ18ヶ月くらいのNIのアップデートはヤキモキさせてくれます。私はNIのことが不安で、Ensembleのこともあるためレパード導入は見送っているのに、アプリのバグ改善とレパードの最適化など含めると、こりゃあ間違いなく新しいKOMPLETEでお茶を濁しそうな予感です(笑)。

音取ってナンボ [たわごと♪]

あらゆる音楽を耳コピして制作に勤しんでいるワケでありますが、人によっては耳コピ自体が苦手な人もおります。正直言ってしまえば負け組ですな。でも、そんな負け組連中の人も、自分の欠点を知りつつ、自分の得意である楽器やフレーズに耳を頼りにして音を取るというワケですね。私の周囲にもそういう人たちというのは沢山おります。

負け組がナンボのモンじゃい!とばかりに居直ってしまえば成長はないワケでありますが、いかんせんこーゆー人たちの多くは自身の聴音能力の無力さと、目の前の和声(アンサンブル)には大きな差が開いていることに苛立っているというのが実情で、音を取ること自体一苦労なので、その差を埋める作業に耐えきれなくなり、不完全なままやり過ごしてしまうというスタンスが大方の例。

自分の好きなパートやら楽器ならその探究心もまだ持続するんでしょうが、和声を捕らえきれていないために、本来の楽曲の魅力の和声部分よりも「音色」そのものを追究してやり過ごす、というのが耳の鍛えられていない人に見られる、これもまた顕著な例なのであります。

音を取る、というのは和声への執着心こそが全て。音感が鋭い/鈍いという問題とは別にして、執着心こそが全てなんですな。

ただ、どんなに執着心を傾けても耳が鍛えられていないため捕らえきれない音の存在に気付いていながらも壁を打開することができずに不完全なままで完結させようとしまう、と。そういう人たちが多いのが現実ではないかと思うんですな。

嗜好する音楽ジャンルが偏っていたり、音楽の習熟度そのものが未熟だと更に顕著なんですが、本当は音を取りたくて仕方がないんだと思うんですね。

和声の追究で壁にブチ当たるとして、原曲と似たような音を弾きながら音を探る、と。ココまではイイんですね。ところが、自分で弾いているその音が原曲に酷似していたりすると、その音色が似てしまっていることでその手の人達は和声よりも音色の方で耳が傾倒していってしまう人が多いんですな。ココで脱線(実態は脱落)してしまう、と。

DAW環境の敷居が下がり、ある程度の金を出せば一昔前とは雲泥の差ほどのクオリティの音を出すことができる。もちろん、作ることもできます。音色なんてのは似せることが難しいようで、実は簡単。和声に対してどれだけ執着心があるのか!?音楽のキモとはココなんですよ、本当は。

コロッケの声なのか本人の声なのか分からない、しかし自分の聴く音楽はコロッケの模写にも遥かに劣るようなクオリティで培った耳(笑)。こんなのが知識と経験備えても、いつまでたっても楽理面で成熟できるワケがない(笑)。

好きなものに対する執着心だけは捨ててはいけませんよ(笑)。

イナタ目 [たわごと♪]

そういやYMO関連曲はアレコレ着手しているにも関わらず、一向にリリースされないのはどういう事か!?と思われる方もいるとは思うんですが、別にYMO関連に限らずどのアーティストでも難産なのが左近治の制作裏舞台でありまして(笑)。

うる星やつらで言えば、私のスタンスは「あたる君」。常に目移りしているというスタンスなので、三歩歩くともう違うこと考えないと比較的新しい記憶はデストロイされちゃうんですな(笑)。その内『レナードの朝(=Awakening)』みたいになってしまうのか、左近治!?

本音を言えば、最近は少しイナタ目でアッパー・ストラクチャーのオブリガードが美しい系のギター・パートの曲を作りたいので、この手の打ち込みには時間を要するというのが真相なんですな。エフェクトは強くかけずにストラトのイナタい音。.009ゲージのストラトなんてストラトじゃねえぜ!というスタンスで制作している曲が色々有るんですよ。左近治本人が一番好きなギターはストラトキャスターというのもあって少々狭い了見かもしれませんけどね。

更に、原曲とは少々違うアレンジで彩りを添えなければ原曲切り出しの着うたの方がイイ訳なんで、とはいえ弄り過ぎてしまって、着メロのデフォルメ感と何ら遜色無い着うたにしてしまうのも余りにも愚直なんで(笑)、制作面での難しさと時間を要する作業が足かせとなってリリースが長引いてしまうというワケですね。


左近治の好きなギタリストと云われれば、

渡辺香津美、ジェフ・ベック、エリオット・ランドール、グラント・ジェイスマン、デヴィッド・スピノザ、リック・デリンジャー、スコット・ヘンダーソン、ジャン・ポール・ブレリー、フィル・アップチャーチ、Char、ウリ・ジョン・ロート、タック・アンドレス、ジョージ・ベンソン

とまあ、挙げればキリがないんですが、特に前述の最初のお三方は特に大好きですね。特に、官能的でイナタ目な人が好きなんです。エフェクト中毒系の人となるとまた別のハナシになってしまいますが(笑)。


今現在、制作に勤しんで色々アタマを悩ませる曲達のタネを明かせば

Help Me/Joni Mitchell 「Court and Spark」
Joni Mitchell - Court and Spark - Help Me

Sao Paulo/Chic 「Chic」
Chic - Chic - Sao Paulo

You've Got A Friend/James Taylor 「Mud Slide Slim&The Blue Horizon」
James Taylor - Mud Slide Slim & The Blue Horizon - You've Got a Friend

I Wanted It Too/Roberta Flack 「Feel Like Makin' Love」
ロバータ・フラック - Feel Like Makin' Love - I Wanted It Too

いずれの曲も「持っていなければならない」と言われるに相応しい有名なマスト・アイテムどころなんで、わざわざ左近治が作る必要があるのか!?と言われてもグウの音も出ないのでありますが(笑)、名曲はどうしても作りたくなってしまうんですなあ。

本来であらば、いかなる配信系でもリリースされていない曲を取り上げた方がイイのかもしれませんが。

ただ、Kクリはノルマがあるワケではないし、運営サイドから馬車馬のようにムチ打たれて制作するワケではない(笑)、あくまでも店主の意向によってリリースされる時があれば無い時もある、と。利用者から見れば雑多な曲を吟味するというほど物理的に多くの楽曲を取り揃えているワケでもなく(Kクリ全体でも)、その辺りからすると利用者の観点で見れば、うまいこと自分の好みとマッチングしない限り触手が伸びにくいかもしれません(笑)。

5~6年も着メロ・着うた作業やっているとアレコレ分かるんですが、時流を追ってケータイサイトやPCサイトと連動させて、著作情報はできるだけ公開しないまま独り占めして身入りを増やすという手法が現在のテレビ系の音楽のやり方なんで、そういうことを生業としていない限り、もはやこの手の音楽は制作しづらい状況になっているんですね。昔と比較すれば囲い込みの度合いがより色濃くなっているのからなんですけどね。

1クールで完結してしまうドラマが多いために、著作情報などがオープンになって制作を始めても、ドラマはほぼ最終回に近付いているということなど多々あるワケで、専門的に「追っかけ」的なスタンスで的を絞っていれば可能かもしれませんが、なかなかすぐに着手できないという状況にあるワケです。

既成曲にこだわらずに、ジングル的なSEっぽい曲の方が活路があるかもしれません(笑)。とまあ、その手のジングル要素の曲を物理的にも少し増やしながら既成曲をやっていこうかな、というのが私の制作裏事情なんですが、制作で力みなぎるのは、自分の好きな曲を作ることなんですなあ(笑)。

たかだか数年で着メロ・着うた事情もこれだけ変容して、多くの人が望むチャート系の曲の層に的を絞ってしまうと制作のアイデアが全く生かされない状況にもなるんですね。

別の言い方をすれば、10年前に朋ちゃんやGLAY聴いていた人が今でもその手の曲に手を伸ばしてくれるのか!?ってコトですよ。だからこそ、その手の人に的を絞ると、こちらが誘導できなくなってチャートの日和見で曲を作るだけの「着メロマシーン」になってしまうんですな。

一時期は左近治も時流に乗ってCM音楽やら手早くリリースしていたコトもありましたけどね(笑)。とはいえビジネスなんで、それもまた難しい所ではあるんですが、イイ音楽はいつの世にも使われるので輪廻するワケですね。輪廻のタイミングを待つというのんきなことを言っている前にキャッチーな音作ってくれ、というのが消費者の本音だと思うので、まあ左近治も色々チョットやってみようかな、と奮い立っている最中でございます(笑)。いつになるやら。

精神の壁 [たわごと♪]

マハビシュヌ・オーケストラじゃないですよ。

Solid State Logic社(以下、SSL)からフリーのプラグインである「X-ISM」なるものがリリースされておりました。一体これはどういう用途なのかというと、例えばDAWアプリケーションで完結させた2ミックスのPCMオーディオファイルにはよくあることなんですが、デジタルクリップが起こらない直前までレベルを稼いでミックスしても、結局は音声信号としてDA変換される際のΔΣ変調による「補正」(ノイズシェイピング)によって象られた波形が0dBを超えてしまって、結局CDに焼いて再生してみるとデジタル・クリップが発生してしまうというアレですね。




xism.jpg



要は、こういう事を手っ取り早く解消できるようにΔΣ変調時のクリップを予め探ってくれるというツールなワケですな。

DAWアプリケーションのレベルの表示はどれも一緒ではなく、実は結構クセがあったりするものでありまして、私がMIDI打ち込みの編集を重視してMOTUのDPを多用していた頃など特に顕著だったんですが、Logicよりも甘く、DPで0dBを超えていない2ミックスファイルを仕上げても、いざLogicに持ち込むと平気で超えていたり(笑)、そういう事が多かったので、そういう事を回避できるプラグインもあるんでしょうが私自身は持っていないため、SonalksisのFreeGをインサートして小数点第2位で0.01dBステップで調整ができるので愛用しているワケであります。




freeg.jpg





画像のRMSは-4dB台ですから相当無茶してますけどね(笑)。その辺りはご愛嬌ってコトで。


もちろん、リミッター系のプラグインの種類によってはサンプル単位でリミッティング出来たり、ナイクイスト周波数上限(2サンプル長)で制御できたりするものもあるにはあるんですが、シーリング(天井)が小数点第1位(0.1dB刻み)単位だったりすると、僅かなクリップなのに0.1下げなくてはならないという、結構勿体ない思いをしたこともあるので、音圧稼いだミックスを仕上げても結局こういったクリッピングを回避するために全体の音量を下げざるを得ないことなど多々有りました。

Logic7時代まではこういう現象は、WaveBurnerでクリップを調べさせて、クリップしていたらもう一度プロジェクトに戻ってレベルを下げていたりしていたんですね。しかし、Logic上では一切クリップが起こっていなくともWaveBurner上ではクリップが起こるとかは日常茶飯事で、それこそWaveBurnerでも検出しきれないようなクリップが起こっていたりすることなどもあったものです。

Logic8になってからSoundtrack Pro 2が同梱されてきたため、Soundtrack Proにて波形の振幅の小数点第3位までのレベルで調整が可能になりましたら、できるならば安直に波形のトータル信号の増減は避けて、ミックス段階のレベル調整で補完していきたいのが本音なんですね。

加えて、Soundtrack ProでもそうしたΔΣ変調時のクリップを探ることはできても、この精度が0.1dB刻み。結局は多くのトライ&エラーを重ねて、大丈夫そうだと思ってCDに焼いてみて「やっぱりクリップしてしまう」という事態に陥り、何枚ものCD-Rをムダにしたこともありました(笑)。

例えば0dBをシーリングに設定してLogicのAdaptive Limiterで「No Over」に設定してあげても、こういったΔΣ変調時のスムージングまでは処理していないので、LogicだけではなくどんなDAWアプリケーションでもこういう事が起こるもので、Logicは他と比べればまだレベル表示は厳しい方です(笑)。他がかなりヘッポコが多いのが実情なワケでして。

私がCD-DA用の2ミックスを作る場合、楽曲のテンポやアンサンブルの具合にもよりますが、通常だとRMSピークは-8.5dB ~ -6.0dB付近にピークを作って、ピーキングでは0.1dBをシーリングに設定させて作ったりしていたんですね。アレコレ上手く出来る際にはFreeGを使って0.01dB刻みで追い込んだり、と。


そんな折、SSLのX-ISMのようなプラグインがあると、どこでクリップが発生するのかということが予め分かるので、それで探ることができたら、その辺りをループ再生させてFreeGのTrimで細かく追い込むことができるワケですね。

もちろんこれらの2ミックスは、その時点でディザも施した16bit/44.1kHzなワケですけどね。24bitのハイサンプリングレートでミックスダウンも施さない、ディザリングも施していない時からコレらを使っても徒労に終わるだけですから使い方には注意が必要ですけど、DAWアプリを扱う人ならこんな初歩的なことはしないと思うのでありますが、一応老婆心ムキ出しにして語っておきまひょ、と。

何はともあれ、FreeGは併用しているんで結局はFreeGあってのミックスでもあるんですが(笑)。

TDMだとチャンネルごとに強制的に1bitディザ施されるんで、最後の最後で仕上げてチェックするのは同じだとしても、チャンネルやトラック増えるごとに予期せぬほどクリッピングが増大する可能性は他のDAWプロジェクトよりも多発すると思うので、ProToolsだと各トラックを-6dB付近よりもさらに低く取ることも多いのかもしれませんが、それぞれクセを熟知した上で使わないと厄介なのがデジタルの世界なんですなぁ。

こういう作業、好きですけどね(笑)。

オタクな部分が無ければやってられませんわ(笑)。釣りだの山だのジムカーナだの、着うただの楽器だの、道楽を尽くしても尽くし足りない左近治、端から見ればキモいかもしれませんけどね(笑)、キモさを極めろとは言いませんが、「宅ゴコロ」持ってナンボだと思いますよ、どんなコトでも。

動機がどうあれ、音楽に興味を持つコト自体イイことじゃあありませんか。初音ミクに没頭してしまったって(左近治は興味ないんですが、市場の活性としてポジティヴに捉えています)他人に迷惑かけていなければ千客万来のスタンスです。

週末になれば挙って鼻息荒くキャバクラ通いしてるクセして、家族の誰かが水商売の人と関係を持つと途端に水商売の人を卑下して否定してしまうという、矛盾だらけで高説垂れるヒト居ますよね(笑)。

初音ミク好きじゃない左近治とて、味楽るミミカ作ったコトあるのだから私とて十分キモいオタクなのかもしれませんけどね、そういうヒト達を我が身忘れて卑下してしまうようなことはあってはならんと思いますな。

アキバにどれだけ通い詰めようが人畜無害な人よりも、私の前述の多趣味ぶりの方がキモさは超越していると思いますけど、いずれにせよ没頭と偏狭というフェーズを認識していないとキモさUPしちゃうんでしょうな(笑)。

キモさは別としても、没頭できることがあるのはイイことだと思うんですけどね、私は。


ハナシを戻して、DA変換時のクリップはよくあることで、私のミックスの仕方だと0.03dBくらい実際には超えていたりすることはよくあることなので、DAW上の一見問題無いように思える信号でもX-ISM使ってみる価値はありますぜ。

0.001dBをチマチマと語る、セコくてキモいよなー(笑)。

あ、私はVOCALOIDは一切興味がありません。DP 2.1時代とMacOS 7.5時代にテキストスピーチさせてDPにインポートさせてニヤニヤしていたのが12年ほど前の出来事です(笑)。

変性意識下のマロ [たわごと♪]

トラジャ。

トラジャ・コーヒーという名前を耳にしたことがあると思いますが、そこに「マロ」と呼ばれるダンスが存在するんですな。まあ、いわゆる「トランス状態」であるんですが、踊る人達は実は流血してるんですね(笑)。だけど、トランス状態のそれが踊っている最中に治癒させてしまうという、変性意識の齎すパワーというのは尋常ではないのが分かると思います(笑)。

シラフでも自己をトリップさせるようにコントロールさせてしまったら、それこそ立派なナチュラル・ハイなんでしょうが(笑)、そういう変性意識とはフェーズが異なるものの、私の場合は音楽がトコトン好きなのでありますが、そういう欲望や快楽など、求めているものにそんなに差はないワケですね。各人の違いは方向的なものではなく、強弱に例えることができると思うんですな。

利用者のことを考えつつも、Kクリの場合は特に制作者側の意向を色濃く反映させることができる中、左近治はややもすると利用者側のことを考えつつも、もはや自我の追求(笑)とばかりに、自分でも利用者側と乖離してしまっているのではないかと思うことなど多々あるワケでして(笑)。

とはいえ、勝手気ままで利用者無視というスタンスではなく、こんな左近治であっても利用者の方々のことはきちんと考えているんですね、実は。そうじゃなければ選曲に頭痛めるコトなどなく、勝手気ままに、もっとモンドな内容になっているかもしれません。

でもですね、音楽というものは制作側と聴き手というのはある程度の距離は必要だと思うんですね。

それはどういうことを意味するのかというと、利用される方々がイメージする曲想などほぼ100パーセント満たすようなスタンスで制作してしまえば、一番最初は手に取ってくれるでしょうが、常に利用者の欲求に応えるだけだと結局は利用者側の予想の範疇に収まってしまうだけで衰退していくと思うんですよ。

医者や弁護士や暴力団やホームレスに例えれば、これらの人はそれぞれの「コロニー」があって、分離していますが、少しでも利害関係のウェイトバランスが加わることで、隔絶されていたはずのコロニーは調和していき、ひとつの波が来ればその後にはまたコロニーへ戻るという、微妙な社会バランスが、言葉で表せば全く異なる人達であっても実際には持ちつ持たれつのシーンも無いとは言えません(笑)。

まあ、極論ではあったものの、そのウェイトバランスというのは時として左近治のショップに近付いたり、或いは離れたり、と。そういう意味ですな(笑)。

普段は余りにも一般的人々が嗜好する音楽とは異質の曲を扱ってはいても、多くの人々が最も影響されるテレビやゲーム関係、あるいはチャート系の音楽などが時たまマニアックな類の曲を扱って、それがたまたま左近治が作っていた場合、こういう時はやたらと密接な関係というか(笑)、ウェイトバランスが変化しているわけではないのに、利用者の方々が近付いてきてくれるんですな(笑)。

意図せぬバランスでは、実際にウェイト(荷重)の変化が起こっているわけではないのに、そこでたまたま巡り合わせとなった両者(制作者と利用者)の出会いがあるんですが、利用者は常に「有償」であるため、顧客としてのプライオリティーバランスを欲しがるものなんです。左近治も違う場面で顧客側のスタンスになれば、そのプライオリティーバランスの欲求というのは非常によく理解できるものであります。

しかし音楽の場合、ここのプライオリティーバランスを顧客に渡してしまうと、もはや好きなことは出来なくなるというか、計算づくで制作できてしまうことが大半なので、この部分に制作側としてのエゴはあってもイイんではないかなーと常々感じるワケですね。

いつかはどこかで巡り合うかもしれないし、全く出会うことなく消え去ることだってあるかもしれない(笑)、ただ、ウェイトバランスを見極めようとするのは顧客側であって、制作側のスタンスは首尾一貫していればブレることなく保っていればイイだけのことだと思うんですな。

いくらマジ曲ばっかり作って、超マニアックでマイナーな曲作ってはいても、これでは合コンに参加しておきながら自分のことはかなぐり捨て相手の異性に剛速球でなぎ倒したり説法説くようなのと一緒なんで、変化球を織り交ぜながら「打たせて捕る」というか、たまにはエラーで出塁させてあげる「配慮」も必要だと思います(笑)。要所で左近治は魔送球で打ち取ろうと画策しちゃったりするんでしょうが(笑)、Kクリにおいては利用者の方々に魔送球は投げていませんよ(笑)。こういうのはショートコメントで大概ネタにしているんで(笑)。


血を流す必要がなければ「マロ」を踊る必要はない(笑)。

では、マロを踊る人達は何を求めているのか?


ココなんですなあ、重要なのは(笑)。


民俗的な視点で見れば、そのコロニーにおける宗教的な部分、あるいは覚醒作用のある薬物やらそういうものも用いているかもしれませんが、そのさらに奥深い部分では一体何を求めていたのか、というコトなんですね。

制作している側がきちんと音楽作れていれば、どんなルールにも当てはまるモンだと思いますな。


左近治のようなショップを好まれる方の多くには、背中の一押しをする必要はないのだと考えておりますので、こういうスタンスを取り続けるのであります(笑)。別に、ショップの看板に100円ポッキリ!と書いてありながらドンペリ入れさせるようなショップではありませんので(笑)。お客さんに血を流させるワケにはいきませんし、マロを躍らせるワケにはいかんでしょ(笑)。口実でマロ躍らせるような場所こそが、それこそ胡散臭い、浅い歴史のreligious peopleのコロニーだったりして(笑)。

ラウドネス曲線を意識する [たわごと♪]

ラウドネス曲線ってぇのは簡単に言えば、ある音を聴いた時にそのトータル音量の増減によって、特定周波数が人間の耳にはどういう風に聴こえるか、というこってす。

つまり、音量絞ると低域が不足する(ように感じる)、高域は耳につきやすい、と。

それが音量(音圧)によって特性がコロコロ変わるわけですな。つまり音作りする際モニタリングレベルを上げ下げしていると場合によってはミックス加減量に変化が生じてしまいかねないというこってす。

ラウドネス曲線ってぇのは音量絞った時の低域不足を補おうとする役目みたいなモンに思われるかもしれませんが、音圧に応じて全周波数帯も実は増減されているんで、ただ単に低音ブーストされてる曲線じゃないんだぞ、と(笑)。まあ、オーディオの特性に関して少々知識のある人なら誰でも知っていることだと思うんですが、このラウドネス曲線の定義は古く、実はこのISO規格も変遷を遂げていて、今では結構マイナーチェンジされているんですな。

独立行政法人 産業技術総合研究所より


実は左近治、先のLogic8でバイノーラルを使ったデモの時にラウドネス曲線を意識しまして、Reaktorで簡単なensファイルを作ったんですな。音量に応じて曲線が変化するというのを。

別にReaktorが無ければ出来ないというほどではなくて、バンド数の細かいタイプのグラフィックEQでも似せることはできます。トータルレベルに応じて増減具合が変化すればイイんですからね。ここで必要になるのがモーフィング。


昔のTC-1128は、異なるイコライジングをプログラムチェンジすると自動的にモーフィングしてくれていたワケですよ。周波数が動くとモーフィングというかワウ効果が顕著になりますけど、あくまでも周波数固定の上でのブースト/カットのモーフィングですからね。厳密に言えば、特定バンドだってレベル増減によってQ幅の裾野に変化があるので、ワウというよりはもっと穏やかな周波数帯の変化はあるんですが。

つまり、異なるセッティングをモーフィングすると同時に、そのターゲットとなる音の音圧をVUメーターで確認しながらそのレベル加減に応じてラウドネス曲線の変化具合を弄ると更にイイことあるぞ、と(笑)。


ラウドネス曲線に関しては先のホームページで詳細をご理解していただくとして、ホームページ先には回折という言葉もごく普通に現れています。

回折ってぇのは大まかに分ければ3種類あるんですが、それはまた別の機会にでも語るとしまひょ、と(笑)。


フルー音管の物理モデリングでEQとか作れないものですかねえ。


フルートを素人が吹くと何故音が出ないのか!?
ホーンタイプのスピーカーのスロープ特性はなぜ持て囃されるのか!?
バスレフタイプの空気の動きの重要性

こういうことの重要性は「スロープ特性のよさ」なんですな。サンレコ検定でスピーカーの解説ありましたけど(笑)、ホーンも追加してほしかったですなあ(笑)。

マジ曲連発開始直前(笑) [たわごと♪]

明日のリリースからチョイとばかりマジ曲の比率を高めてリリースする予定であります。とりあえずはお楽しみというコトで、詳細は後日色々語っていこうかな、と思っております。

まあ、80s関連を多くしていこうかな、と(笑)。どちらかというとDXサウンドに侵されていないタイプの曲とか多目に扱いたいなあと思っているワケですが、でもやっぱりDXサウンドを使いたくなったりする曲にも遭遇してしまったり悩みは尽きません。

で、たぶん10月半ば頃のリリースになると思うんですが(現在の制作曲)、左近治としてはまあ珍しい方の部類かもしれない、プリンスを今手がけていましてですね(笑)、こりゃまた似ても似つかないような作りにしてしまったら、それこそ各所からお叱りを受けそうなくらい厄介な、それでいてやり甲斐のあるアーティストを制作中、と。

音作るにしても一筋縄ではいかないようなタイプの楽曲でも、とりあえずDAW上で似せることができるようになった時代なのですから驚きを禁じ得ないのですが、そこで追い討ちをかけるかのように先のLogic Studio発売、と。

音楽制作の敷居を低くすることによってあらためて活気付くんでしょうが、どちらかというとソフト界の方が見通し明るいのかもしれませんな。

でも、あらためて痛感するのは、生楽器の魅力やらマイクやらアンプやスピーカーなど、私の興味は70~80年代頃躍起になったオーディオも含めた音の追求というものに興味を持ち始めて、静かなる回帰現象が起こっているワケです。

そういう志向性の変化がマジ曲を多く作らせてくれているんでしょうなあ、きっと。

国内商慣習と音楽産業界と [たわごと♪]

Logic Studioの価格大崩壊ともいえる、従来の価格や旧LogicやNortatorユーザーから見れば、それはもう非常に低価格なワケでして(笑)。でも、この価格は日本国内での標準的な視点だからこそ「大崩壊」に映るんですが、諸外国から見れば日本国内のような驚きはそれほどでもないかもしれません。

Logicに限らず、他社のDAWソフトの多くは400~500ドル辺りの価格帯が多く、Macには非対応のソフトも概ねそれくらいの価格帯でリリースされている、と。

メーカーサイドからすれば、それらの小売価格よりも遥かに安い価格で卸しているワケですから、メーカーからすればその後利用者からアップグレード料金として200ドル前後をさらに払うことで、500ドル相当の小売価格商品を売ったのと等しいワケですね。

国内商慣習だと、卸業者は商社系を思わせるほどの価格を付けたりします(笑)。まあ、最近ではやたらと高くしただけでは売れない事情もあるのか、一昔前に比べればそれほど多くの利幅は得ていないかもしれませんが、卸業者や小売店の利幅が膨らむことによって小売価格がどんどん高くなってしまうのは、日本国内における輸入商品の多くの欠点でもありますね(笑)。

250ドル程度のソフトが日本では8万円だったりとか(笑)、場合によっては翻訳版のマニュアルの製本やら装丁、サポートにコスト分上乗せ(+粗利)などで500ドル前後のモノが雄に15~20万円くらいしちゃったり(笑)、そんなモノもありました。

楽器関連メーカーが家電業界にも手を広げてしまったことで招いた、旧来の専門店での価格下落による粗利益確保が暴落したことにより疲弊化してしまったんですなあ。CDや書籍のように再販制度で保護されているわけでもない。多くの楽器を在庫しているワケでもないのに、絞り込んだ楽器関連商品の家電業界の圧倒的な回転率の前に取引額は増え、専門店よりも強固な関係を築いてしまったんですが、その家電&楽器の先駆けでもあった某社が秋葉原から姿を消すというのは、隔世の感がありますなあ。

旧来の専門店からの突き上げもあって、多くの楽器類はオープンプライスとなってある一定の「予定調和」の売価によって販売されるようになりました。この予定調和もメーカーが強いたり、深く介入してしまえばモロに公取違反なんですが(笑)、満ち足りるだけの粗利を確保するためにはある程度の介入も許容せざるを得ない背景もあるでしょうし、それ以上に価格下落三昧の価格崩壊は、楽器業界は誰も望んではいないでしょう。

そういった中、ここ数年はようやく楽器業界もある程度は粗利を確保できるように推移しているとは思うんですが、あまりに顧客を見下したような販売価格にしてしまうと今度は消費が鈍化してしまうわけですな。

一昔、ふた昔前くらいのバブルな楽器店では、陳列されている電気楽器はすべて通電されていてすぐに音が出るようなディスプレイだったのが、今や展示してはいてもビニールに被せられたり、チマチマ接続したりしながら試奏するような楽器店も増えました。不動産を所有している楽器店というのはそういう展示関連には結構痒いところに手が届く的な展示をしているところが多いように思えますな。

例えば、展示品を安く買い叩く!とか(笑)。顧客サイドとしてはなるべく通電していないものをめざとく見つけて交渉するってぇのもアリかもしれませんね。多くの展示品は、その取扱メーカー(問屋)との取引実績が良好なら、展示品に関しては、展示していない在庫商品もよりも安い卸値だったりします。

または特定商品は取引実績によって他社よりも安かったりなど色々あると思うんですが、それくらいの「実績」がある場合は、各商品の売価に反映されるよりもその企業全体の株主への配当金やら人件費やらに還元している場合が多いので、消費者にすぐ還元されるというのは結構少ないものなんですな。

ある商品で、○○楽器ではよく見かけるメーカーなのに、××楽器じゃ店の規模としては同じくらいなのに全然陳列されていなかったりなど感じたことはありませんか?特にギター関連に多いですよね。こういうのは特定メーカーとの実績を確保した上で、他社より有利な「おつきあい」(つまりリベート欲しさ)をする上で必要な取引なワケで、中には店員レベルで見れば陳列させたくなくても扱わなくてはならない商品もあるとは思うんですね(笑)。

高額な商品とかだとお店が備品として償却するための策として展示しているものもあるでしょうし、それを「展示品だから安くしろ!」と言っても無理だと思います(笑)。

で、秋葉原という街は消費者的な視点で見ると結構融通が利くんですが、この街のお店は町全体が「組合」を組織していましてですね、メーカーに対してかなり強い発言力を持ってます。企業全体での売上がナンボという考え方が色濃いため、ある商品は実際には原価割れして売っても、他の売った商品で粗利確保しているからオッケー!的な売り方が存在します。

とはいえ、今はどんな商品も薄利の時代。たかだか数万円程度の商品の粗利額なんて先述の通り。そんなところに「値引きしてくれ!」なんて押しかけてもこのご時世、そうそう応じてはもらえないとも思います(笑)。

トコトン値引きにこだわりたい時は、ある程度まとめ買いできる時にもちかけてみると、消費者サイドとしてイイことあるかもしれません(笑)。

Voyeurismについて [たわごと♪]

「VOYEUR」。

おそらく、デヴィッド・サンボーンやらマーカス・ミラーが好きな方なら見かけたことのある言葉じゃないでしょうか。邦題『夢魔』。このアルバムが知られているのは、スラップ・ベースの極上リフの筆頭にも挙げられる『Run For Cover』が収録されているからでありましょう。

私自身は、このアルバム収録の『It’s You』が大のお気に入りでして、次なるマジ曲として現在制作に着手した所であります。

何が嬉しいコトあったのか分かりませんが(笑)、夜を徹して作業に打ち込みたくなる出来事があったんでしょう(笑)。

ま、それと併せてですね、1ヶ月以上放置様子見していたんですが、全くウンともスンとも言わない方へそろそろ注意喚起をしておくべきかな、とも思って、ブログタイトルにも引っ掛けて述べてみようかな、と(笑)。



例えば、ホームページもそうですが、ブログなど個人で書かれている方が非常に多いワケでありまして、黎明期のホームページの相互リンクなど管理者へコンタクトを取ってリンク許可の可否などを尋ねたりしてですね、ある一定のモラルというのがあったと思いますし、今でもそういうモラルを遵守しておられる方々は多いとは思うんですが、ブログなどはそういう手間暇やモラルすらも希薄にしてくれてしまうようなトラックバックという機能により、もはやそういうモラルすらも、無くて当たり前のように利用している人も増えているのではないかと思うわけですね。

Kクリデビュー当初からべらんめえ口調の文体で(笑)、酔っぱらいのクダ巻きのようなキャラクターである左近治に、そんなモラルの「モ」の字すらも語れてしまうような立派な者ではないだろうと思われるかもしれませんけどね(笑)。


しかしながらこの左近治、Kクリで細々と少々マニアックな曲を披露してそういうショップという形で参加させていただいている手前、例えばその陰ではYAMAHAさんの尽力もあったりするワケですが、だからと言って、YAMAHAさんに対して歯の浮くような美辞麗句を並べたり、或いは他社さんを集中的に辛辣なコメントをしたりとかはしないように配慮はしているつもりなんですね。


私自身が辛辣なコメントを述べる時はYAMAHAさんであろうがなかろうが、どんなモノに対しても平たく賞賛したり批判したりというスタンスであるワケで、偏った分析にならないように気を付けているつもりなんですね。


そりゃあ、時たまiTunesのアフィリエイトのリンクを張ることがあってもですね(笑)、無闇に何でも賞賛したり、それこそクリック数こそが命!と言わんばかりのSEO対策を施しているワケでもありませんし(笑)、偏った解釈においての利害関係は極力排除しているワケですね。

だからこそ、アフィリエイトを張るような時など私が小銭を儲けたいという事ではなくて、その曲の本当の良さを伝えて、そのような、ネット社会が産み出した仕組みに参加したいだけという気持ちの表れなんですな。



で、ココで重要なのが「利害関係」。

Kクリにおいて、ある程度は公の活動をしているとはいえ、私自身は個人ですので、なるべくなら利害関係の無い場所でクダ巻きコメントを残したいのであります(笑)。

それは、酔っ払いが酔っぱらった場所での無礼講を、酒を飲めない人にも強要してしまうような「逃げ」や「言い訳」のスタンスとはまた違うものでして(笑)、制作者同士や関係者でなければ私の素顔を知る人は少ないという、匿名性が前提となったネット上での情報なのでありますので、「個人」としてのスタンスを守りたいんですね。


ではなぜこうしたスタンスにしているかというと、ネット上の情報というものの在り方に対してシニカルなスタンスで居たいからこそでありまして、一緒にクダ巻き感覚で閲覧してくれればイイんですが、中にはネットの情報に過剰なばかりに依存してしまって感情移入すら起こしてしまいかねない人も大勢いらっしゃいます。


左近治が発する情報は嘘なのか真実なのか。

どんなに説法のように唱えたとしても、第三者がその真偽を判断するには、閲覧した人自身の判断と知識が最終的にはどんな場面でも必要とされるワケですね。


「左近治の発言にそれほどの影響力があるのか?」


そうなんです。そのような客観的なスタンスで他人の情報を閲覧するスタンスが重要なんですね。別にせせら笑っていただいても何ら構わないワケです。


その上で「個人のスタンス」を守りたいのでありますが、中には会社の看板背負っているにも関わらず、会社の看板掲げながら、さも個人の活動かのようにブログを利用して、勝手にリンクを張ったりしてしまう輩がいるんですなあ。

気付かない方はトコトン気付かないのかもしれませんが、左近治は少なくとも1ヶ月以上はそのような方のコメントなり連絡をお待ちしているワケですが、おそらく私との認識とは違うモノを抱いているのかもしれません(笑)。



例えば、あるひとつの会社のWeb上で展開されるブログで私のブログがリンクされたとします。ご本人に悪意や他意はなくとも、私自身はあるひとつの会社の利害関係に手を貸してしまうようなことはしたくはないんですね。そういう関係を極力排除したいという意味で。


だったら初めから転載不許可なりそういう提示を私自身がする必要がある!と言われるかもしれませんが、よ~く考えてみてください。


一企業のブログに私個人の記事を勝手に使われて、それが元で売れたり売れなかったりするのは結構ですが、そのブログも私の記事には何も触れずにただ単に万人に向けて発信してしまっているのです。それが個人ならまだ別です。企業がそれを公然と利用する、と。やっている人が「個人的な意識」として行ってしまったとしても、会社の看板背負ってたら、そこに属する人が会社のスペースで勝手なことしてはいけないと思います。


当人に悪気がないにしても、私のような一個人のブログにそこまで情報を利用するというのなら、その方は関連情報を発信するブログ全てに、「その情報は間違ってますよ」とか「その情報は○○です」と全てにコメントを付けるでしょうか?仮にそういう配慮があるのなら、そういうことをする前に「リンクしてもよろしいでしょうか?」くらいの連絡はある筈でしょう。


本来のモラルを欠いたスタンスというのでなく、個人として、或いは社員としての行動を誤解してしまっている方が、ご自身の思いをブログ展開をしてしまっているのですね。会社の領域において。

会社を離れて身分を明かしつつ、その上で個人としてのブログを運営するならまだ許されるとは思うんですが、会社のスペースでやってはいけないと思うんですよね。ただの個人のブログを捕まえてアレコレリンクを張るのは。


例えば、ある店員が私物を店に持ち込んで、「コレが売れたら売り上げ金はオレのものだよ」と商売する人はさすがに居ないでしょう(笑)。

コレやったらクビだと思うんですが、広く普及してしまったブログをそこまで深く考えていないのか、それとも当人が公私混同してしまっているのかは定かではありませんが、どことは今ここで敢えては言いません。継続して読んでおられる方ならお分かりになるとは思うんですが、何の連絡も寄越さないまま個人のブログを企業が利用してほしくはないんですな。

個人を呼び込むスペースをその企業が用意して意見を収集しているならまた別です。ただ、それを公にしてしまうのではなく、収集するのが筋だと思いますし、中には逃げ道を作るために掲示板方式を採る企業だって存在します。


閲覧される方々が私のブログを斜に構えて読んでいても構わないのです。

「だったら、そういうスタンスならリンク程度で文句言うな!」という方は、その方が個人でしたら構いません(笑)。会社の看板背負って、たかが個人のブログを引用する必要がどこにあるのかと。

別に現時点で私自身に問題が生じているワケではありませんが、仮に勝手にリンクを張られたことで、さらに多くの人に閲覧されることになって、それで私個人のネットトラブルや誹謗中傷があったら、その会社さんは責任取れるというのでしょうか?


別に今回のリンク程度でその会社さんにゴネようなどとは微塵も思っていません(笑)。企業としての本来持つべき個人の扱いを、この複雑な現社会において余りにも軽視しすぎているのではないかと思うんですな。

もう一度読み返してみてください。リンクを絶対張らないでほしいとは一言も述べていません。それこそ連絡が前以てあるのなら、場合によってはリンクを許可することもあるでしょうし、間口を狭めて閉鎖的になっているわけではありません。まあ、穿った見方をされなければこのような屈折した判断はされないと思うんですけどね。


だからといって、私が発信する情報が無責任な情報のつもりは毛頭ありません。


仮に私がマズイ料理作ったとしましょう。食ってくれた人大激昂です。

「こんなのよく作れるな~。食えねーよ」

まあ、胃袋入ってしまえばクソも味噌も一緒とはいえ、私自身が食べさせた人に対してそんなコト言ったら角が立ちますし(笑)、ましてや、「これだけマズイなら、どうせクソになるんだからクソ食わせてくれ!」なんて言う人は絶対居ないと思うんですよ。相当なマニアな人じゃない限り(笑)。

「ウンコ食わせてイイんですかい!? ダンナ!?」とまあ、こんなおバカなやり取りしてても仕方ないですし、所詮ウンコだとしてもですね私自身は無責任にウンコしてるんじゃないんですね(笑)。出来る限り有用できるように(笑)。一応は有機物かもしれませんが(笑)。


私自身は無責任なスタンスではないので、節度ある対応を待っていたわけですね。


ネット上では罠を仕掛けたいがために、落とし穴程度じゃ満足しないのか、落とし穴に肥溜めも作ろうとしちゃう向きもあります。児童や学生のイジメもネット上で横行してしまう時代となりました。

でもですね、罠仕掛けることに躍起になって、肥溜め作るのに率先してウンコまみれになることは忘却の彼方で、当該人物が絶命してもなおイジメ続けようとするような風潮にあるのが現在の社会なんですなあ。ネットというのものが汚染されている所で、みんなでボットン便所の中でメシ食ってるようなモンですから(笑)、毒づきながらも彩りを添えよう、と。そういうスタンスなんですな、左近治は。メシ食いに来たワケじゃないんですからサンポールの匂いひとつ嗅いでいってくれてもイイじゃないですか(笑)。


「Voueur」=覗き魔、というのが本来の意味です。「夢魔」ではありません(笑)。


ネット検索が便利になったとはいえ、誤字脱字は別として、色んな検索エンジンを用いて探しても、敢えてすぐに答が分からないような横文字を左近治は使ったりとかですね(笑)、そういうせせこましい事をしてブログ書いてる左近治なんです(笑)。


なぜかというと、私自身がネットの情報にそこまで依存する必要がないからです。

本当に知りたければ実際に目で見れて触れられればイイのですからね。そういう機会すらお目にかかれないような情報の真偽はどうするのか?

それこそ足運ぶ、でありますな。


まあ、何はともあれ、最初はその会社さんにヨイショしながら遠巻きにそれと分かるように私はブログ書いていたんですけど、思いは伝わっていないようでして(笑)。

色んな所で波風立てたくなかったからこそ、敢えて静観していたワケなんですけど、こういう事を書いて逆に心象を損ねてしまったりしたくはないんですよ。



個人の方ならLet it Goしちゃってたんですけど、とりあえず企業さんですからねえ。公私混同しないでほしいと願うばかりですな。


そうそう、「VOYEUR」

『It’s You』ですよ(笑)。

やっぱ、5つで乗るゾ、と。 [たわごと♪]

着うた用にマジ曲作ってる最中の左近治でありますが、Logic Studioによる新たな悦びと共に(笑)、音像での飛び道具を色々実験しております。

ところで、前回のブログでのドラムのオカズは、どうしてあんなにルバートなの?と思われる方がいらっしゃると思うんですけどね、左近治にとっては全然ルバートじゃない世界なんですな(笑)。

「薬物でもヤッてんのか!?」なんて思われるかもしれませんが(笑)、そういうワケじゃなくてですね、5連符追求したり、4拍や3拍を5でノッたり(笑)、そーゆーコトばっかりしていた左近治はアタマがイッちまいまして(笑)。・・・まあそんなコトはさておき、先のオカズは、7拍を「5でノる」フィーリングなんですな。

残り7拍を5でノッて、さらに5連符で細分化、と。すなわち7拍25連の出来上がりというワケです。

25of7.jpg


もちろんシーケンスのグリッドで見れば、クォンタイズかけずに手弾きのまんまの音なんで多少は前後にズレはあるとは思います(笑)。

7拍5連をさらに5連符で割る、と。実際には細分化された5連もアタマの3つだけというモノですが、左近治の「あっちの世界」を堪能していただければ、このボンクラ左近治の頭ン中、少しはご理解していただけるものと信じてやみません(笑)。

マジ曲の方はアジムスのOctoberすなわち『Outubro(オウトゥブロ)』の方もすっかり終わらせてたんですね。こちらはアジムスのバージョンをリスペクトして仕上げておりますが、原曲はミルトン・ナシメント巨匠の曲というコトも併せて伝えておかないと、と。

んで、次なるマジ曲も色々手がけておりまして、マジ曲ながらもどこかニヤリと出来るような局も手がけていて、以前に話題にしたリック・デリンジャーの「Slide on Over Slinky」。着うたにリリース出来た時には面白みのあるアレンジになるかと思います。

ルーターの上限セッション数を確認、と。 [たわごと♪]

Logic Studioを注文し、おそらく週末にはシコシコ作業に打ち込むんでしょうが(笑)、サラウンドを扱いつつ新たに擬似サラウンドとして出力できたり、バイノーラル音響もOK!となると、これは従来の3倍増し以上の負荷を必要とすることも左近治の場合容易に予測が付くわけでして(笑)、畳み込み系プラグインを多く使う人だと、新たな名称になった「Logic Pro Node」と他のギガイーサネット対応のMacはかなりマストな環境になっていくのではないかと。

G5 QuadとMDD(G4 1.25GHz Dual)をLogic Pro7にてLogic Nodesを使うと、MDDが大体15~20/100くらいの使用率を示してくれます。

ギガビットLANが普及した今、左近治は有線ギガビット環境でケーブル整理のための部屋整理に時間を割くことも(笑)。

前回のブログでLogic Nodesは、イーサネットケーブルUTPカテゴリ6以上が必須と明記しましたが、UTPカテゴリ5eとかでもLogic Nodes上には他のアカウントは一応表示はされるんですね。でも使えない、と。

ルーターもギガビット対応させてはいるものの、今日注文した時Appleに訊き忘れてしまいましたぞ、と。Logic Pro Nodeは各プラグインはどれくらいのセッション数を消費するのか、と。

まあ、そんなこと訊いても処理によってマチマチだろうし(笑)、トランザクションにおいてセッション数上限という処理で通信をやり取りしているルーター側の仕様なので、セッション数という概念では明確な答は恐らく返ってこないとも思うわけでして。

となると、ルーターが処理できるセッション数が多い方がイイだろ、と思い自分のルーターを確認してみたら4096ですか。

安価なモノだと1024というのも当たり前。標準で2048くらいでしょうか。もはやG4にMac OS ServerインストールしてMDDをルーターにした上で他にMacを導入した方がNodeはより一層強化されるのかもしれない(笑)。明日Appleに訊いてみよっと。

MDDクラスでNodeのパフォーマンスが先述くらいだと、ルーター配下では10台未満のMacが上限となりそうで、ルーターのセッション数によって制限されてしまうのならやはりServerインストールしてルーター化させた方がイイのかもしれません。とはいえどういう風にパワーを依存しているのか左近治は明確に理解しているワケではないので(笑)、その辺をこのボンクラ頭に判りやすく説明していただこうかな、と企てているワケです(笑)。

まあ、10台もMac持ってませんけど(笑)。ギガビットLAN対応ということなら現在3台。サブネットで27を割り当てればLAN内13台は可能(笑)。24割り当てて余計なLAN IPに流れていかないようにした方がイイのか。別にミラーリングしているワケでもないしそういうことは見解ないのかなーと思ったり。WindowsやらWiiやらテレビやらApple TVやら。何時の間にかLANは結構色んな機器に占有されているんですなあ。

とはいえ、音楽だけやってればどうにかなると思いつつも、ネットワークの知識が必要とされる時代になっているのだなあと、このボンクラ左近治、あらためて実感です(笑)。

DMXのクラップ・サウンドを再び [たわごと♪]

DMXのクラップ・サウンドが懐かしいッス。

Oberheimのドラムマシン「DMX」ですな。コレのクラップ・サウンドとローファイ・スネアを混ぜこぜにすると、とってもアーリー90’sなアシッドな音になるとゆーワケで。

一時期SR-JVシリーズで版権の関係で絶版になったローファイなドラムループもDMXのクラップを混ぜた音使ってましたっけ。

ま、イメージ的にはクレモンティーヌの「男と女」(レイ・ヘイデン&マッド・プロフェッサー)のような、あの音というか。あんな感じのスコッ!と抜ける音ですな。こういう音作るにはDMXのクラップが欠かせなかったワケですぜ、旦那。

何をいまさらそういう話題を振るかというとですね、昨日のブログでも触れたデヴィッド・サンボーンの「Backstreet」でDMXの、まんまクラップサウンドを惜しげも無く使ったからでありますよ(笑)。

シンセもドラムもオーバーハイムを懐かしむ、と。80年代は色んな意味で面白かったですな。

作業に没頭!? [たわごと♪]

いつもの制作作業に勤しめる時ではあるんですが、おいそれとすぐにDAW環境に手を伸ばすコトなくこうしてブログ書いてるワケなんですが、それはサッカー日本代表の試合があるからなんですな(笑)。

長年、こうした作業を続けられるのは音楽が好きだからこそなんですが、左近治の場合、楽曲の和声構造で曲を捕らえているため、雑多なジャンルであろうが楽器のアンサンブルがどうであろうが全く構わないのでありまして、聴こえてくるのはどんな曲でも音の集合体でしかないワケです。

但し、左近治がリリースするタイプの曲というのは和声構造にひとヒネリもふたヒネリもあるようなものじゃないと選ばないわけですが、ある意味こうした選別基準というのは普通の利用者には判りづらいとは思います(笑)。寿司が出てきたと思ったら、翌週にはピザが出てくる店のようなモノですからね(笑)。まあ、大衆食堂のメニューのようなイメージをお持ちになっていただければ、と思います(笑)。

左近治は歌モノであっても頭ン中は最初はインストゥルメンタルのように響いて曲に出会います。歌詞はどうでもイイというスタンス。回数重ねて聴いてようやく歌詞を歌詞として認識するような聴き方なんです。

視覚的な例えで言うなら、光の三原色と色の三原色を識別しているだけ、みたいな(笑)。

耳コピする、しないに関わらず、それらの色の濃淡を察知できればそれでイイんですね。ある意味。微分音使わなければ音量の大小と倍音の分布に違いはあれど、音は12個に分類できるワケですので。

非整数次倍音もあれば、微分音つったって実際にはボーカルのビブラートだってギターのチョーキングだって厳密に言えば微分音かもしれませんが、半音の中間やら六分音辺りを積極的に用いる音楽に最近は結構心惹かれます。

有名どころで微分音の代表的な例を挙げるとすると、映画『SAYURI』のサウンドトラック。これは結構イイですね。微分音なんて記譜法すらまちまちなワケですが、そういう音楽の奥の深さに酔いしれながら、マジ曲作ったり、おバカな曲を作ったりとメリハリを楽しんでいるというワケです。

実際には作業に没頭するよりも、選曲の方が頭を悩ませるという左近治の偏屈作業裏舞台。

テレビ番組終了後のセロハン貼り付けただけのようなテストパターンの色彩見ててもつまらないでしょ。三原色だけで満足してしまう方のPCのモニタは何色使ってますか?(笑)。

つまり、単純な響きが左近治にとっては全く興味を示さない楽曲でありましてですね、金赤広告作ってDTPデザイナー気取る人も存在しないと思うんですよね(笑)。

金赤広告程度に置換できるような響きの音楽で満足できる人の欲するものは判ってはいるんですが(笑)、どうしてもそういうモノには制作意欲が湧かなくなってしまうんですなあ。

こういう、ベタな三原色みたいなモノを音楽に例えた場合どういう時に欲するのか、というとですね、やはりシラフじゃ無理ですね、と(笑)。

Be My Love [たわごと♪]

昨日、『裸の大将放浪記』のリメイク版ドラマが放送されていて、久々にこの曲作ってみるかと奮起している所であります(笑)。16和音以来でしょうかね、確か。

このドラマは放送直前たまたま番組欄を見ていた左近治が見かけたものでして、放送開始3分前ほどにあれこれ録画セットしたり、普段繋いでいない光ケーブルを慌ててオーディオインターフェースに繋いだりと、そりゃあもう慌しいものでした(笑)。

というのも、このドラマ、冒頭で必ず「野に咲く花のように」が流れるのがお決まりですからね(笑)。

まあ、そんなこんなでスッタモンダしてしまっていた昨夜でしたが、本当はこの時間帯に着うたでも作ろうと思っていた曲があってですね、それが今回のブログ記事タイトルの『Be My Love』というワケなんです。

んで、Be My Loveを作ろうして所に番組視聴となったので少々動きに変化が生じたせいか、番組終了後に着うた制作してみたら、本題に取り掛かる前に色々アイデアが湧いてしまいまして、別の曲まで作ってしまったというワケでした。

Be My Loveの著作管理情報を確認して驚いたのですが、この曲、マーカス・ミラーの1stソロ・アルバムに収録されている「おセンチな」曲なのですが、正直作曲クレジットなど気にしていませんでした。今の今まで。

持っている盤はレコードですので、当時はカセットに録音したらよほどじゃない限りはレコードの封やライナーノーツにも目を通さない当時(笑)。クレジットを見てビックリ!

なんと、故ルーサー・ヴァンドロスまでクレジットされていたんですね・・・。

このアルバムはベースもジャズ・ベースではなくアリアのSBがメインのアルバム(笑)。ミュージックマンのセイバー使ってたルディ・サーゾも1HBのアリアのSBやら使ってましたっけ(笑)。

まあ、この曲のほんのりムーディーな味わいをもうちょっとエレクトロ感ある感じにアレンジしよっかなーと思っていたワケなんですが、この曲の最初に入るシンベは、ムーグでも似た音作れますが、まずコレは間違いなくOBベースなんですな。オーバーハイム。

矩形波の「ポコ感」と、少々弱めのレゾナンスのキワ直前の「よく乗った」高次倍音の加減やら、ポコ感と一緒にもたらすハコ鳴り感というのがOBっぽさを醸し出しているワケでして、左近治はこっから作っていったら、Be My Love作る前にアーリー80’s系のおフランス・ディスコテーク風な曲(オリジナル)ができてしまいましてですね、コレ、無料曲でリリースしてみよーかという(笑)。

その無料曲のタイトルも、まんま「Discotheque」(笑)。

そうですねー。DXやらPPGも席巻しないニューウェーブからニューロマンティックに移行する頃のような、4 on the floorを捨て去って、肉感溢れるアフロサウンドではなく、ちょっとカフェオレなQueerな兄ちゃんがクネクネ腰振ってVIPルームでギャングバングしてるゾ!みたいな(笑)、そんな感じに仕上げてみました。

ムラート系だとアメリカン色が混じるので、ファンクな香りがギラついてしまうワケですが、カフェオレ系だとあんまりファンク色は強くしない方が好まれると思うんですよね(笑)。

本来なら、マーカス・ミラーで話題を引っ張らないといけないのに(笑)、なぜかこーゆー話題になってしまうのが左近治流でしょうかね、と。

まあ、あのシンベはRolandのJUNO-106やらでも実現可能な音なんですけどね(笑)。意外とローランドだったりして(笑)。

Just spent time or using pack roads? [たわごと♪]

連休シーズンとなると話題になるのが帰省ラッシュによる交通渋滞(笑)。

私の場合はそこまで遠方に出かける予定はないお盆なので、この機会に制作中の着うた作ってしまえ!という絶好の時期でもあるので、これからカタ付けようと思っているワケです。

以前、アメリカ人の方とお話している時にですね、『近道』の話題になって(日本国内の)、私は唯単に「short cut」と話していたら、ショートカットは不適切だと言われたんですね(笑)。もう、その先は『detour』しか浮かばなかったアホ左近治(笑)。

そしたら、『pack road』って言うんだよ、と手解きを受けたことがありました。

辞書は数年ごとに買い換えなければいけないのは知ってはいても、私の持っている最新の辞書は10年以上経過しているという始末(笑)。pack road載ってないッス(笑)。

近道使いたくとも遠方じゃあ結局は高速道路で渋滞にハマっている方がまだマシ。結局は渋滞中の時間の使い方が重要になるんですが、道の譲り合いでケンカが始まって殴り合っていたり、ドアミラー蹴飛ばしていたり、ビビってしまった相手に対してシートベルトで首締め付けていたり、ボンネットに乗っかって文句言ってたりと、そういうイライラを募らせた人を私左近治は一体どれほどの愚かな人を見てきたでありましょうか(笑)。

普段は絶対に聴くことのない大塚愛だのmihimaru GTは、こういう時こそみんなで合唱して時間を忘れるためのコンテンツなんです(笑)。

或いはDVD観たりとか色んな方法があるんですけどね。

そもそも高速道路の渋滞は、普段運転に慣れていないことによる「制限速度キッカリ」で追越車線と走行車線並走パターンとか、勾配に気付かないで、比較的高回転のスロットル音に慣れていないのでそれに及び腰になってしまったり、或いはDレンジ入れっ放しでODも使わない人とかが渋滞作っちゃうワケなんですけど、運転の熟練度は扨置いても、やはり渋滞情報のラジオは、事故の地点の「○○キロポスト付近、○○車線が渋滞中」とか、そういう風に明確に情報提供してほしいと思うのでありますな。

渋滞が原因となっている地点で、結局はイライラ募らせて弱者が泣きを見て八つ当たり喰らったり(笑)、とばっちり受けた側からすれば迷惑この上ないワケで、情報提供する側は、運転者同士のモラルに甘んじていることに胡座をかいてしまっている点を改善させなけりゃならんだろと思うワケでありますよ。

即死してしまったのであろう、被害者見たさに自然渋滞発生していたり。

左近治は、低μ路係数0.1という、氷のようにツルツルでもFR車でトラクション利かせながらブレーキ踏みつつアクセルで曲がる方法とか(笑)、それをAT車で同じように走るにはどうすればよいとか、3速170km/hから一気にフルブレーキングとか(笑)、メーター読み240km/hで、車体をあと5cm並走車に近付けるとか、谷田部では色々走りを学んだモノでしたが(笑)、一番怖いのは高速走行の豪雨ですね(笑)。

猛暑のキツイ最近の日々よりも暑い日の中、エアコンも付けずにフルフェイスのヘルメット被って谷田部を走って訓練を積んだ日々を思い出しつつ、日頃の運転じゃあそういうシーンはないものの、走りの側面とは全く次元の異なる道路事情や交通マナーに驚いている次第です(笑)。

結局、癒してくれるのは音楽やらDVDなどの映像コンテンツ。ゲーム機積んでいれば運転手は無理でも同乗者の気は紛らわせてくれる、と(笑)。

それでも、結局は電車のラッシュと同じものでして、いくらズラして渋滞避けようとも大体考えることは皆同じ(笑)。動き出す時間も似たようなもの。

目先の渋滞に遭遇することがないように気分を癒しつつ音楽制作を勤しむのもオツなモンですぞ、と。

高校時代の音楽生活 [たわごと♪]

左近治の高校は公立の普通科だったんですけどね、有名人もそこそこ多く輩出されるようになったワケなんですが、在学時の、こと音楽の授業となるとですね、当時の音楽教師から学ぶことは何一つ無かったと断言しちゃいます(笑)。

その教師の机には渡辺貞夫著「ジャズスタディ」やら、これまた当然のごとく「音楽通論」もあったりしたワケですが、オルタードテンションも知らないわ、分数コードは知らないわ、裏コード(代理ドミナントの用法)すら知らないわで、当時はあまりの無知っぷりに半ばイジメてしまったものでしたが(笑)、その教師が産休にて長期休暇の間赴任して来られた非常勤の先生は凄い方でした。

そういう教師と生徒の間に生まれる不思議な邂逅により音楽により一層力が入るものでした。

つい何ヶ月か前に、今までメモ書き程度に残していた譜面をFinaleに起こそうとしていたら、17歳の授業中に思い付いた曲のメモが出てきたことがありまして、ブログでも少し語ったことがあったと思うんですけど、その時思い付いた曲の一部を明日の8月10日に無料曲でリリースいたします(笑)。手前味噌ですが。

今では返って作れそうにないコードブログレッションのアプローチがあったりしてですね、意外に面白そうだと思って作ることにしたんですね。


現国の授業中ですね。コレを作っていたのは。

相当影響されていると思われる曲は(笑)、

Deacon Blues / Steely Dan
I Wonder / Niteflyte
To Whom All Things Concern / Fuse One

こんな感じでしょうか。今思い出してもこれらの曲はやたらと当時を思い起こさせてくれるわけですが(笑)、パクリではありません(笑)。

今でこそNiteflyteのアルバムはCD化されたワケですが、当時はこのアルバムは叔父貴が持ってるレコードを無理矢理借りてきてカセットに録音したものの、アルバムそのものを何処探しても(中古含む)見つからなくて、新宿を中心に都心にも足を運んだものでしたが、独特の宇宙船のようなジャケットを見つけることはできないまま、キング・クリムゾンのEarthboundやら見つけては大喜びして買っていた時を思い出します(笑)。

当時80年代半ば、まだおニャン子の時代も到来していない頃ですね。

Niteflyteと細野晴臣の「コチンの月」だけはどうしても見つけることが出来なかったという時代の頃のフレーズを、今改めて作ってみたというワケです(笑)。今の私には歯が浮きそうなほど純朴な響きに思えてしまいますな(笑)。

楽器店と量販店の現状 [たわごと♪]

アクセスログを確認してみたらどうもD-RECさんのブログにてご紹介いただいた記事があったようで、わざわざ目を通していただいた方々にあらためて感謝しなければなりませんね。

なにせ長々とサッカーのことでクダ巻いてる記事でしたので(笑)。

古くはATARI 1040STとNortatorを買った時のお付き合いのあるD-RECさん。最近は足を運ぶ機会が少なくなったとはいえ、袂を分かつ関係になってしまったのではないので誤解なきようお願いします(笑)。

桜新町からお花茶屋に越して過ごしていた時期は結構足を運んだモノですよ、ホントに。横浜で言うなら東白楽周辺、そうですなあ広台太田町のような佇まいが落ち着く左近治は、そんなのどかな生活をしながら音楽を満喫していた時代がありました。お花茶屋のメリットは私にとっては利根川水系にて釣りを嗜むことと、都心へのアクセスへも兼ねたモノだったんですけどね。

まあ、そんなハナシはさておき、どんな業界にも辛辣なコメントを発して毒付くコトも多い左近治ですが(笑)、ネットメディアを利用して自分の店の価格情報に留まらずありとあらゆる情報を発信している楽器店さんは顧客の視点で観ずとも「イイお店」と評価できるのではないでしょうか。ただ、販売業となるとつきまとうのが接客態度で、客目線になるとある程度自分でも情報を有している場合、接客態度そのものが購買につながることが多いと感じるのが私。

それでもまあ、何かを問うてもロクな商品知識すら持ち合わせていない店員が非常に多くなっている現在、全ての人が欲するものではなかろう情報であってもそれを無償というサービスで情報を発信する姿勢はすばらしいことだと思いますよ。

なぜそこまでヨイショするかというとですね(笑)、D-RECさんの場合は取り扱う楽器は鍵盤系が主流だと思うんですが、顧客層を絞っているとはいえ、今や家電量販店でも音楽系ソフトやら楽器を買えてしまう時代なんです。そういう時代に、古くから鍵盤やMA関連を重点的に絞って販売やら卸をする特色のある店というのは、波長の合う顧客を呼び込む、と。そういうスタンスがイイなーと思うワケですよ。

どんな店かも判らない総合楽器店に足踏み込んだ瞬間、攻めの一手で接客された日にゃあ買う気も失せてしまいかねません(笑)。そういう意味で、情報提供と自分のポジションを吟味しているが故の販売スタンスがよろしいのではないかと。

家電量販店の多くのスタッフは、商品を取り扱っているだけで商品知識が全く無い(或いは知っていても、その情報を顧客に与えてしまう時間の浪費を嫌う輩がいる)というのが現実ではないかと思うワケですよ。

顧客にしてみれば、家電と一緒に買って、ポイントも付く。店員もソコソコ知識があるだろうと思ってそういう量販店で買ってしまう人もいるとは思うんですが、商品を手にしてディープな部分の情報を得たい時に量販店に駆け込んでも明確な回答を得られないことが多いのではないかと思うんですよね。

まあ、量販店の一部にはそういう専門的な知識を有している人を配属させている所もあるでしょうが、現実には極めて少ないと思います。

量販店と違って、楽器店の方はそういう痛い目に遭った客の尻拭いをせざるを得ないことだって容易に推察できるんですね。お客さんには面と向かって言わないかもしれませんが、

「ウチで買ってくれたワケではないのに、そこまで情報提供させる義理はねえッ!」

とまあ、河本準一ばりに文句言いたいコトだってあるんじゃないのかなーと思うんですな。


左近治に接客などさせた日にゃあ、それこそ年がら年中酒焼けして、客に説教して商売になったモンじゃないと思うんですが(笑)、私の場合は常に客側のスタンスではあるものの、音楽業界の異なる職種で友人・知人やらの話にて楽器店の現状というのを伝え聞くこともあるんですけど、早い話が概ね楽器を販売する側の悲しき側面というのはそんな例が挙げられるのではないかと思うんですね。

ネットで情報を発信するには、店に足運べばそれ以上の情報を得られるであろう地力を感じさせるかもしれませんし、好意的に評価されて然るべきだと思います。

量販店でも楽器店を扱うようになったのはなぜなのか?


おそらく、「ミュ●ジ郎」の販売チャンネル拡大が招いた結果だと思います。つまり、メーカーの営業サイドがあちこち販売チャンネルを拡大させてしまって、その後はデジタルピアノやらも量販店で扱うようになったりと。

他メーカーがそうなら自分のところも追従しなくてはならない、と。こうして取引関係が上積みされると、取引額が結構なモノになり、ヘタすりゃ売れない楽器店より売れるという取引実績のある量販店があるかもしれない。

そうなると、前述の商品だけではない商品も取引できることになって、もはや楽器店と量販店の垣根が「うわべ」の部分ではなくなってしまったというのが真相ではないかと思うんですよ。

商品知識の浅い量販店で買った客の尻拭いを楽器店がする、という顛末。今ではネット通販だって有り得る時代でしょうけどね。

新製品などタマ数少ないモノを取引実績に応じてメーカーの営業サイドは各店に数を割り振っているのも事実。もしくは営業マンとの個人的な良好関係にあったり、仮にそういう関係でなくともそういう綱引きをするのが顧客サイドには決して映ることはないビジネスの側面。

音楽を志す人間のタマ数は、イカ天ブームの頃と比較すればかなり尻すぼみになっていると思われる中、一方では販売チャンネルは拡大してしまった。数少ない商品を小売店が奪い合うという事実。

利益額もそれほど見込めない楽器という商品。量販店に拡大させてしまったことで乱売合戦にならい、自由競争とはいえ価格競争に歯止めがかからなくなり、オープンプライスにて今度は殿様商売になれてしまうという、こっちは顧客サイドとしての悲しい側面。

その上で顧客が選別するのは、価格ではなく情報の質やサポートの質になろうとしているのではないかと思ったワケですな。

私の場合は、楽器店に足を運ぶ際は既に買う決断がある時なので、店員の接客態度で決めてしまうのが現実ですが(笑)。

都心なら、楽器の熱い街はといえばとりあえず新宿、渋谷、茶水、アキバ界隈になるんでしょうが、基本的に業販実績があったり、高級楽器が充実していたり、DAWで言えばTDMのシステムが店頭にあったりするような場所の商品知識は他と比較しても充実していることが多いと思いますが、商品知識の前に接客態度を無視できるほどの価値があればそれもアリですし、考えは人それぞれ。中には満足なサポートも得られないまま自分で苦労しながら情報収集するコトを好む人も居ますし(笑)。

ネットを利用すれば新聞広告打つよりも遥かに安いワケで、ひとりふたりの求人広告を打つんだって、それらの人の年収に迫るくらいの額を投資して集めるワケですから、ある意味はネットをふんだんに利用して、その利益をほんの少し店頭価格に還元して安くしている店だって中にはあるかもしれません。

モノを買うにあたって、何が肝なのか!?顧客からすれば最たるものはやはり商品の魅力でしょうね。

ところが客は欲の皮はトコトン突っ張れるモノで、もはやその姿はノせないと輝かない女性と似たような部分があるんですな(笑)。

誕生プレゼントを買い与えてもそれだけでは喜ばなくなる。

何が欲しいのか気付いてあげた上で買ってあげないと喜ばなくなる。

常にそうしていれば大丈夫だと思って買ってくると、今度はこれだけのことする前に子供に何かしてほしいなどとこぼされたり


客の欲の突っ張りと女性のそういう部分は意外によく当てはまるなーと思ったワケでした。

I Have the Touch [たわごと♪]

我らがピーター・ゲイブリエル先生の曲名ですが、今回は別に先生の話題ではありません(笑)。唯単に「touch」に引っ掛けているだけのコトなんですが、その前に、本日リリース曲の内、すっかり「千のナイフ」について全く言及していなかったコトに気付いたので、とりあえずはまずその補足から語ることに。

千のナイフのイントロ部分ですが、のっけから、人間の聴覚において一番耳に付きやすい帯域を敢えてリジェクトさせたブレイクビーツから入ります。このリジェクションは60dBほどリジェクションさせているんで、結構ガツンと削っております(笑)。

で、4度音程を活用した四声リフ(鍵盤上では2声)のパラレル・モーション。ココはやっぱりポリ・ムーグの音じゃないとアカン!と思い、それ系の音で定位はセンター配置。このムーグのブラス・サウンドは若干デチューンさせていますけど、デチューン幅はそんなに大きくしていませんので、結構スッキリしているのではないかと。

それに絡まる複数のパッドで、白玉パッドとシーケンス用のパッドで味付けをしております。ステレオ対応端末では、これらのトラックが一番恩恵を受ける部分ですが、モノ端末においてもオケの存在感と広がり感を演出するために普段とは少し違うエディットを施しております。

じゃあ、なぜ他の曲でそういうことを試さないのか?というコトに関しては多くを語らず(笑)。他の曲とは違う意図があって、目一杯活用させるには述べることの出来ない技があるんです(笑)。

とまあ、着メロ時代から遡っても私が「千のナイフ」を手掛けたのは初めてなので、ご要望があれば別のパターンも色々作ろうと思っています(笑)。これがいつになるかは保証できないんですけどね。

久々のYMO関連曲でもありますが、他のYMO関連曲も制作中ですのでお楽しみに。


なにはともあれ、こういう曲を作るにはDAW環境が必須となってしまった左近治ですが、パソコンをベースとした音楽制作環境というのは、鍵盤楽器という入力方法と、パソコンのキーボード&マウスが殆どメインの位置付けになってしまっていて、どんなに編集や操作が楽になったとはいえ、それらの親和性からなかなか脱却できずにいるのが現状なんですね。

強いて言うならそれらに加えてMIDIコントローラーやDAWコントローラーなどが次候補として挙げられるでしょうが、これらは唯単に従来の入力方法を手助けできるだけであり、代用できるものではないんですね。

私が望むのは、以前にもiPhoneネタで語りましたけれども、やはりiPhoneの『タッチインターフェース』を用いた、別次元の入力方法なんですね。

例えば、DAWコントローラーが重宝されるのは、やはり物理的なフェーダーやらツマミによる操作性で仮想ミキサーを操作できることでもあり、それらをMIDIコントロールによって操作することも可能なワケですが、パソコンのキーボードを用いなくともマウスだけでどうにかなるシーンが多いとはいえ、クリックは必ず必要で、その他に鍵盤やらその他のコントローラーというのを結局はアレコレ操作しなければならないので、それらの操作の選択が増えれば増えるほど、パソコンが強いる「クリック」という動作が実にもどかしいのであります。

そこで、iPhoneの用なタッチインターフェースを応用するとどうなるのか、というと、例えばパソコンのキーボード上の丁度十字カーソル用のキーのスペースを活用をして、トラックパッド風なものを配置させて、そこを物理的に触ることなくiPhoneのようにフリフリすると操作できるようなハードウェアの出現を心待ちにしているわけであります。

そのフリフリだけで、何十トラックにもおよぶフェーダーを選択して、実際に触ることなくコントロールできるとなると、もはやDAWコントローラーすら不要になってしまいかねない操作性が待っているというワケです(笑)。クルクル回転させたりとかね。ジョグダイアルのようでいいし、回転ノブ系であってもイイし。

それらを操作しながらクリックが必要な時も、マウスに手を移すことなくそのタッチインターフェースが採用されている部分で操作できれば、DAWの世界だけでもさらに応用が広がるという魅力を備えているのがAppleのタッチインターフェースですね。

似たようなコト、サンレコの戸田氏も書いていたような気がしますが、DAW環境における入力方法は、現状では結局パソコンのキーボードと鍵盤の親和性になってしまっているのが現状。手は2つしかない(笑)。そこにマウスが絡むからややこしくなる、と。トラックボールとマウスは結構操作性の性格は変化させてくれても、ブレーキ踏みながらアクセル踏んでハンドル操作しながらサイドブレーキも使うかのような(笑)、そういう操作の例に形容できると思うんですよね(笑)。まあ、若かりし日の左近治は谷田部で清水和男さんに手ほどきを受けたコトもあるんですが、そんなハナシはさておき(笑)、つまり、多くの操作をもっとシンプルに、且つ的確に操作できるような世界が欲しいワケですよ。そうするだけで作業はもっと円滑に進められます。

もっと言ってしまうと、先述のタッチインタフェースをトラックパッド風ではなく、キーボードの四隅にセンサーがあるだけでキーボード上をフリフリしてもかまわないワケで、こういうセンサー形にすれば、そのセンサーの精度が高ければ、目に見えないキーボード上を「弦」として捉えて、その付近をフリフリするだけでギターのカッティングやらピッキングが出来てしまうような可能性をも秘めていまして、楽器を嗜む人なら手先は器用でしょうから、マウスの動作やタブレット使ったり、一所懸命マウスドラッグさせて画面上の仮想ギターを演奏するよりももっとマシな入力形態の可能性すら秘めているワケですね。

Leopardリリースまでおよそ2ヶ月。こういう変革を私は待っているんですけどねえ。iPhoneのもたらす新しいUIは、LeopardのCoreAnimationの機能などによってデスクトップの世界においてもメリットを享受できるようになってほしいですな。

後は五線譜への音符の配置をタッチインターフェースにしたり、DTPなどではカーニングやらテキストボックスの連結、あるいは画像ボックスへの配置をグラフィカルに持ってくるように出来てしまったりとか。ある動作において消しゴムツールに変わったりとか。

イベントリスト上の複数のイベントを複数の指で異なる動きで増減させたりとか、思い付くだけでもこれだけ可能性が拡がります。ある意味、ツールパレットを用いているソフトはツールパレットすら必要なくなるほどの操作性の変革が起こり得るのではないかと思うわけです。
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