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『全国こども電話相談室』のオープニング曲の調を探る [サウンド解析]

 TBSラジオの嘗ての長寿番組だった『全国こども電話相談室』のオープニング曲と言えば、天地聡子の歌声が実に印象的だった物でありました。

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 私はラジオっ子だった訳ではなかったのでしたが、初めて本曲を知ったのは8歳位の頃でしたかねえ。70年代に入ってはおりましたが、私は小2の春から少年野球を始めた事もあって、頭髪は坊主。で、行き着けの床屋が兎にも角にも引っ切り無しにかけていたラジオ番組がTBSラジオだったのですね。学校から帰って散髪に行くと概ね午後4時頃には床屋に居る事が多く、それで「こども電話相談室」という番組の存在およびオープニング曲を知る事になったという訳です。





 まあ、今を思えばNHKみんなのうた『誰も知らない』(作詞:谷川俊太郎 作曲:中田喜直 唄:楠トシエ)にも寄せた感のある、ドミナント部でオルタード感(※この「オルタード感」という意味は属和音上の変化音の事を意味しております.ドミナント和音の変化音の多くは五度音の嬰変であるが、それら以外の変化音をも含んでいる意味)を演出するというそれが、調性を同主調の情感に寄せるという揺さぶりをかけるそれが子供にも判りやすい音楽的装飾でもある訳でして、両曲の特徴と言える物です。


 そうして年月を経て、本曲の業務用着メロ制作したのが2001年の9月。この頃の着メロは3&4和音の頃なので、当時の着メロ用MIDIデータは、MIDI chが3 or 4チャンネルで各chはモノフォニックなのであります。

 楽曲演奏部分も然る事乍ら、着メロ配信というのはおいそれと好き勝手に出来る物ではなく権利関係からリサーチして制作および配信の可否が決定されるので、私はこの時、本曲「こども電話相談室」のオープニング曲が日本のジャズ界の巨人のひとり八城一夫の作曲だという事実を知る事となります。

 歌は勿論、天地聡子。作詞に吉岡治。成る程なあ、と。ジャズの基盤がある人だけに、これほどオルタード感が忍ばされていたのだという事をあらためて痛感する事に。

 唯、採譜の前から少々嫌な予感があったのですが、それが制作時に的中する事となりました。それは、本曲のピッチがほぼ四分音ほど逸(はぐ)れている事を実感させられる訳です。その四分音が原曲オリジナルの原調に対して50セント高いのか、それとも50セント低いのかは判らない。兎にも角にも放送されるオープニング曲は四分音逸れているのであります。

 冒頭に掲げたオープニング曲のそれも同様に四分音逸れているのですが、厳密に測るとハ長調から45セント高く、変ニ長調から55セント低くなります。

 着メロのリリースはハ長調でリリースした私でしたが、こうした調判定は私自身が制作をやりやすくする為に手前勝手な合理化を図ったのではなく、

天地聡子のビブラートの物理的速度
ギターの音色
ファゴットの音色
マリンバの音色
ピアノの音色

などから探り、行き着いた答が「ハ長調」なのであります。

 つまり、ラジオから聴こえて来る楽曲のそれは、録音がハ長調であって、それが四分音高められた再生となっているという風に判断したのであります。

 まず、天地聡子のビブラートやメリスマは非常に正確な深みがあるのですが、変ニ長調として再生すると自ずとビブラートの物理的な速度が速まります。そのビブラートのピッチそのものが、波を形成する度にかなり正確な物ですから聴き手には「深み」のあるビブラートに聴こえる訳ですね。

 処が物理的に速くしたビブラートの各波が「深い」と不自然に聴こえてしまう訳です。それに随伴する様に、各楽器が録音時より半音高く再生されると、楽器の持つ固有振動数が高く再生されてしまうのですから、こうした差異も相俟って変ニ長調で聴くよりもハ長調で聴く方が楽器の持つ本来の音として自然に聞こえる訳です。それ故の調判定=ハ長調という推測を立てているという訳であります。

《こども相手の番組なのだから、深く考える事もなく楽曲の調は平易な調にするであろう》

という類の根拠の薄い解釈においそれと屈伏する訳にはいかないとも考えていたので、私は色々と試行錯誤した訳ですね。

 まあ、調判定には前掲のそれらの他に、楽曲内で使用される「黒電話のベル音」のそれも決め手ではあるのですが。この電話のベル音はアテレコでしょうが、具体音楽も視野に入れたアイデアであったのかもしれません。何れにしても、この電話のベル音のそれも「ハ長調」として耳にする方が自然なベル音でもあったので、総合的に勘案して「ハ長調」と結論づける事となった訳です。


 扨て調判定の次に待っているのは《コンサート・ピッチの確定》であります。少なくとも、a=440 or 442Hzという風に決める必要があります。両者のピッチの差は約7.8514セント。「たかが7.8セント」という事毋れ。7.8セント程の違いであれば、ギタリストやベーシストは押弦の際の圧が全く異なりますし、通常のエレキギターであれば「.009ゲージ」から「.010ゲージ」の弦に変えた程の違いが現れる事でしょう。チョーキングのやりやすさでも段違いの違いがあります。仮にエレキ・ベースがゲージを変えずに440Hzから443Hzに変更(※この場合、約11.7638セント)したら、ネックの順反りが増して弦高の違いをも実感する事でしょう。

 本曲のギターはフルアコの様なので、標準のギター弦のゲージは通常のエレキギターよりも太いです(.011〜.013)。こうした事を勘案すると、八城一夫一派のジャズ畑のプレイヤーであろうかと思われるので、通常の演奏クラシック音楽のそれとは異なり440Hzのコンサート・ピッチで演奏されていた筈です。

 況してやそういう状況から442Hzに変更となった場合、フルアコを用いるギタリストからしてみたら相当な負担になろうかと思われるので、アンサンブルの録音自体は440Hzのコンサート・ピッチで行われたであろうという推測が成り立つのであります。

 マリンバも440Hzの物を用いたでありましょうし、442Hzとは考えにくいので録音時点では440Hzでレコーディングが為され、何らかの事情からそれが四分音ほど高められたのではなかろうかと思われます。

 440Hzの録音を45セント高く採る場合、コンサート・ピッチとしては「451.6Hz」近傍という事になります。452Hzで約46.583セントですので、半音の半分辺りを高めて明澄感と小気味良さを更に演出する為にピッチを高くしたのであろうと推察します。

 こうした事により、ラジオ聴取者に耳馴染む《いつもの》「こども電話相談室」のオープニングは、ハ長調より45セント高められたアンサンブルにしっくり来るという事になっている訳ですが、これをいざ採譜しようとすると混乱を来す訳ですね。《どっちのピッチでやってんだろーなー!?》という風に、私でなくとも頭を痛める方は多かろうと思います。

 そうして着メロ制作からしばらく年月を経て、長寿番組『こども電話相談室』は最終回を迎える事になりました。この時は方々で話題になったかと思うので私も当時の事を覚えておりますが、その時になると、我が家にはまともに聞けるラジオが無くなっているという事にもあらためて気付かされた物で世の移り変わりを実感した物です。

 何しろ私の父の実家にあった電話機はそれこそベルの時代にまで遡りそうなスピーカーとマイクが分離しているタイプの壁掛け電話機でありまして、一人で糸電話を掛けているかの様な電話機が使われており、しかも電話機として使われていない時の日中には自動で地域の有線放送が電話機のスピーカーとは別のスピーカーから流れて来るというシロモノでした。そんな物を間近に見て来た私の子供の頃というのは、公衆電話が10円で掛け放題という時代をまざまざと見て来た私にとっては1つの時代を終えた様な気分になった物でした。

 そうして暫くは『こども電話相談室』を忘却の彼方に葬っていたのですが、つい先日ふとYouTubeで検索をしてみたら、なんとなんと『こども電話相談室』のフル尺バージョンがアップされている事に驚いた次第。こんな音源が存在していたのかと瞠目したのでありますが、ピッチはやはり四分音高目近傍を採る音で録音されておりました。

 勿論、その四分音高めのピッチというのは私にとっても昔から馴染んで来たピッチであるので何ら違和はないのですが、いざ採譜やらデモ制作となるとピッチに違和を生じてしまうという訳ですね。耳に馴染んでいたとはいえ、制作時点で一旦違和を覚えてしまうと細かな部分に傾聴してしまう事で、耳が冴えてしまう訳です。それにて、楽器の違和の有無というものを厳密に聴いてしまおうとするという訳です。




 とはいえ、この「フル尺版」は当初の《440Hz・ハ長調》という解釈を更に後押ししてくれる材料となってくれた物でした。然し乍ら厳密にピッチの差異を測ると、この「フル尺版」は約「41.3セント」ハ長調より高い音として再生されています。

 つまり、それまでオリジナル版として常々流れていたバージョンがハ長調より「45セント高」である為、相対的に3.7セント低くなって再生されている訳であります。

 多くの録音環境がデジタル化された現今社会に於てこうしたピッチ変化はどうしたら起こるのか!? と疑問を抱く方が居られるとは思いますが、率直に言ってデジタル社会でも高精度のマスター・クロック・ジェネレーターを介されていない再生装置というのは結果的に再生速度が僅かに異なります。

 簡単に言うと、私とアナタで同じCDを所有していたとしましょう。それをCDプレーヤーで再生させた時、同じサンプリングレート周波数であるにも拘らず《物理的な再生速度》というのは僅かに異なるのです。5分位の尺の曲が1秒程度異なるのは普通に起こります。

 但し、同じCDをオーディオ・ファイルにリッピングしました、という状況であるならば1サンプル毎にデジタル・データは置き換わるのでサンプル長としては同一になります。処がこのデータを再生となると、やはり物理的な尺が変動してしまうのです。これはオカルトでもなんでもありません。

 人気アーティストの度重なるリマスターだと、物理的な尺に違い(厳密に言えばピッチも僅かに異なっている)が起こります。これは当時のデジタル録再環境と現代との再生環境が異なるからであり、クロック・ジェネレーター差異は生ずる物です。昔のデジタル機器でしたらクロックをスレーヴとする入力がなかった機器もあるでしょう(それを再生する側のクロック精度を上回る外部機器の存在すら無かった)。

 そうしたデジタル再生の物理的な再生速度の違いというのはごく普通に有り得る事なので、3.7セント程度の差が生じても《まあ、当然だろうな》というのが私の懷く感想なのであります。


 そうは言っても、フル尺版のそれとてハ長調よりは高いのです。今回あらためて厳密に測ってみた所、ハ長調より「約40.2919921875セント」高い事が判明しました。また、フル尺版のそれは、オリジナルのワウ・フラッターが起こっているのも明確に捉えて録音されている事があらためて判りました。

 私がどう測定しているのか!? という事を簡単に行う為には、サンプラー・ソフトと正弦波を鳴らす事のできるソフトやプラグインの2つがあれば同様に《耳で》捉える事ができます。その時の状況を数値化した物が《ハ長調より約40.2919921875セント高》という事になるのです。

 フル尺版をオーディオ・ファイルとして録音した時、これをサンプラーにインポートします。ピッチがどれくらいなのかは見当が付かないという事を前提としておりますが、例えばC4という鍵盤位置でサンプルのオリジナルが再生される状況であった場合、多くのサンプラーソフトというのは1セント単位までが限度だと思うので、先ずは-59セント低く再生する様に設定しましょう。

 このサンプラー・ソフトのピッチ・ベンド量を±2半音という、能くあるシンセのデフォルト設定と同様の量として設定しておく事としましょう。

 扨て、今「C4」という鍵盤を弾くと、サンプリングした音が「-59セント」低く再生される状況となっています。このサンプラーをDAWソフト内で起動させているのであれば、サンプラーの再生状況にピッチ・ベンド・データを加える事ができます。

 このピッチベンドデータは±(2)^14ですので「-8191〜8192」という分解能を持っています。つまり、2半音の分解能は「8192」である訳です。これが200セントを分割できる数字となりますので、ピッチ・ベンド・データの1単位量につき「0.0244140625セント」変化する事になります。その上でピッチ・ベンド・データ量として「-29」を入力して再生します。

 そうしてサンプリングした音を再生し乍ら、別のシンセのプラグインで正弦波のみが再生されるプラグインを立ち上げて、「C△」のコードを第1転回形をサンプリング音と一緒に鳴らし続けてみましょう。つまり、低い方から「ミソド」という形でコードを弾き続けろという事を意味します。

 そうすると、数十秒鳴らしている時でのドミナントの箇所以外では、「ミソド」が僅かに揺れる所はあるものの、唄が入る「ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル♪」という部分では、このベンド量が最もドンピシャとなるという事を私の耳では捉えたので、最終的に計算して弾きだした数値が上掲の《ハ長調より約40.2919921875セント高》という事になるのです。

 ピッチベンド量を±1半音に設定するというのならば更に倍の精度で確かめる事ができます。まあ、MIDI1.0ではこれが限度でしょう。然し乍ら、私がこうして厳密にピッチを確認する状況であっても、ピッチ・ベンド・データ量というのは細かそうであって実は粗い、という事もある程度の耳を持っている方であれば実感していただけるかと思います。

 即ち、今回弾きだした数値《ハ長調より約40.2919921875セント高》よりも、MIDI2.0という環境に対応するソフトがあれば、もっと厳密にドンピシャで確認が行えるのです。

 私が今回示した手順で満足してしまえる方は、正直な所、音楽をやめた方が宜しいかと思われます。プロのオーケストラのチューニングでは失格です。それくらいMIDI1.0はまだまだ甘いのです。MIDI1.0の「0.01220703125セント」という分解能が「粗い」と思える方こそが、微分音をきっちりと耳する事ができるものですし、平時のチューニングにもどれだけ厳密に捉えようとしているかを自覚する事ができるかと思います。この程度で甘んじてはいけません。

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