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YMO「タイトゥン・アップ」の好演にあらためて舌を巻く [楽理]

 扨て今回は、YMOのアルバム『X∞増殖 Multiplies』収録の「Tighten Up(以下タイトゥン・アップ)」について語って行く訳ですが、本曲はアーチー・ベル&ザ・ドレルズ」のカヴァーであるものの、細野御大のベースはオリジナルのグルーヴをも凌駕(←完全に食ってます)する程のグルーヴを聴かせ、それを後押しするかの様に高橋幸宏のドラミングも冴え渡っており、テクノの方法論の中に落とし込んだ稀代のリズム隊の好演をあらためて縷述すべきであろうと思い本記事をアップする事に。



TIGHTEN UP_YMO.jpg
 思えば、アルバム『X∞増殖 Multiplies』にはカヴァーやオマージュとなる作品が多く、そうした背景にはスカの音楽的文化が持つ模倣文化をYMO流の解釈で行おうというプロットに基づいた意図であった事は細野晴臣が言及していた物です。

 そういう背景から、『荒野の七人』のオマージュにスカに仕立て上げた「Multiplies」然り、スカという音楽的な特徴を高橋幸宏がハイピッチのスネアを聴かせるのも本アルバムの特徴でありましょう。

 そうした意図の下に加わる「タイトゥン・アップ」のカヴァー。これがまたオリジナルを食う程の素晴らしい演奏で、細野晴臣のベースのグルーヴも然る事乍ら、高橋幸宏のスネアとハイハットのグルーヴも特筆すべきもので、特に高橋幸宏のスネアのロールおよびバズロールの巧みさはあらためて舌を巻くプレイであり、こうした演奏については後ほど詳述して行こうかと思っております。

 本アルバムが発売される以前に、坂本龍一はYMOと別の流れでスカを聴かせておりました。例えば渡辺香津美のアルバム『KYLYN』収録のアルバム同名曲や、自身のソロアルバム『サマー・ナーヴス』はカクトウギ・セッションでスカ・アレンジを聴かせていた物でした。

 とはいえ、それらのサウンドはピーター・トッシュの様な世界観を見せていた訳でもなく、楽曲としてもカデンツが見えてしまうもので、2コードや循環コードのリフを延々聴かせる類の物ではない事もあり、本当の意味でスカ・アレンジが成功したとは私には思えませんでした。それでもアルバム『サマー・ナーヴス』収録のシスター・スレッジのカヴァー「You’re A Friend to Me」の演奏および高橋幸宏のドラム・リフは素晴らしい出来で、オリジナルの歌のピッチの悪さ(ちょっと低過ぎる)をかき消す程に良く仕立てていたと思われます。







 ピーター・トッシュの世界観に当時の私が完全に脳幹ブチ抜かれたのはエリック・ゲイルの『Negril』収録の「East Side West Side」でありました。私の主観に過ぎませんがこのアルバムは今猶、後にも先にもこれが手本と言えるほどの世界観。私の場合、エリック・ゲイルをスタッフ繋がりで追っていた時に遭遇した物でしたので、ジャジーまたはクロスオーバーな世界観とは大きく乖離してはいるものの、この世界観には「NEU!」に遭遇にした時の様な衝撃がありました。




 スカやレゲエの最大の特徴は質の悪いラジオのスピーカーに起因する物で、多くのポピュラー音楽のビートが2&4拍目にスネアを入れる事に伴い、その2&4拍目を強勢に聴いてしまったという事に端を発します。こうした自然なギミックが《拍節感のギミック》へと変貌し、ダブ・ミュージックとも融合して行き多様な変化を遂げたという訳です。

 70年代に於て、私が《レゲエを上手く採り入れている》と感じていた楽曲のひとつに、ダニー・コーチマー(クーチ)のアルバム『Kootch』収録の「Up Jumped The Devil」だったのでありますが、こうした先例を耳にしていた中で先述のカクトウギ・セッションでの「You’re A Friend to Me」のカヴァーは非常に良く出来ていると痛感した物です。




 ダブが作るディレイによるギミックは、ローピッチ・スネアの音には不向きだったのかもしれません。元々が低域再生の弱いスピーカーを模倣した物であったでしょうし、アフロ・ラテン系のそれと相俟ってティンバレス風の音も好まれたかと思います。ウィリー・ボボも懐かしい物ですが、クロスオーバーがブームとなっていた中でレゲエ、スカ、ダブが徐々に受け入れられる時代を確認できたのはラッキーだったのかもしれません。

 こうした背景があってYMOによる「タイトゥン・アップ」のカヴァーが世に放たれる事となった訳であり、成る程、高橋幸宏のスネアもリムショットを活かしたカンカンのハイピッチ・スネアを前面に出しているという訳です。そういう訳で、茲からYouTubeにアップした譜例動画解説と併せて楽曲解説をして行こうかと思います。

 また、同時期のカタカナ表記時代の高橋ユキヒロのソロアルバム『音楽殺人』収録の「Kid-Nap, the Dreamer」もレゲエおよびスカの要素を取り入れていた佳曲のひとつに挙げられる事ができるかと思います。




 私がYouTubeに「タイトゥン・アップ」譜例動画をアップする直前にはモノラル録音に仕立てたティーザー動画も披露していたのですが、モノラルでも音が死なない(相殺されない)音に仕立てる為の確認と、YMOの「開け心 -磁性紀-」もヒントにしたというアイデアでアップした物でした。ドラム音源はBFD3を用いており、オーバーヘッド類のチャンネルがステレオであるので、その辺りが相殺されない為の確認でもあったという訳です。

 


  BFD3の方でのスネアは、オリジナルもツイン・スネアで2つ同時に鳴らしている箇所があり、サブのスネアはスナッピーをオフにしたロー・ピッチを混ぜている様です。その箇所は譜例にも載せておりますが、追って解説して行く事にします。

 畢竟するにスネアは2種類使用されており、BFD3側ではメイン・スネアにラディックのモデル402 Hammered クローム on アルミニウム 6.5”×14”の物をアサインし、サブ・スネアにカムコの14”×4.5”のスナッピー・オフにした物をアサインしております。これらのスネアはそれぞれのトップ&ボトムヘッドの音量を適宜BFD側で調整した後に、Logic側でトップ&ボトム用のAuxチャンネルを2つのスネアそれぞれ同じAuxチャンネルに入力させています。全く別々に送っている訳ではありません。

 そうする事でオリジナルの様な一体感が現れるのですが、フラムに聴こえさせないのはプロ・ドラマーなら当然であるにせよそれでも僅かにはズレが生じたりする物ですが、高橋幸宏の場合はその僅かなズレを更に下回る程に同時に叩いているのがあらためて凄いと思います。

 カシオペアのライヴで神保彰がエレドラとヤマハのスネアをそれぞれ16分音符で叩いているシーンがありますが、本曲ではそれよりもズレておりません。そうは言ってもMIDIで入力する際は高橋幸宏のドラムとてベタ打ちで入力していたりはしておりませんので、その辺りはご理解いただきたいと思います。




 BFD3を用いたキック、スネア、ハイハット、タム類は総じてモノラルです。ステレオとして関与しているのはオーバーヘッドとルームというマルチ・マイク類のチャンネルです。ですので、モノラルのデモとしてアップしている側では、マルチ・マイク類が両チャンネルのミックスとなったモノラルとして聴こえる様になる訳です。僅かな違いではありますが、矢張りその差を感じ取る事はできるかと思います。

 スネアは細心の注意を払って音を作りましたが、コンプレッションを特定の帯域にかかる様にサイドチェインを施したコンプレッサーと、全帯域にかかるコンプレッサーの多段入力になっています。こうしないと全帯域のコンプレッサーはロール時の峙ち感よりも箱鳴り感が強く現れてしまう事を避けるのが大きな理由です。

 無論、リリース・タイムを短く取ればある程度は解決可能なものの、ロールとスネアのリムショットが加わった音とは相反する設定となるのでなかなか難しい物です。ですので多段入力となっているのです。WavesのRチャンネルよりも今回はMetric Haloのチャンネル・ストリップを使っております。ダイナミックEQを使う手もあろうかと思いますが、打音の弱い時のロールの音が明瞭になりつつも箱鳴り感の随伴を避けて、通常のリムショット時とのバランスにはEQ的な音色補正よりもサイドチェイン・フィルターのコンプレッサーの方が適していたので斯様な設定となりました。

 尚、オリジナルのキック音は際立ったスネアと比して地味な印象で、少々くぐもった感のある音に似せて対応しています。オリジナルは深胴でのややハイピッチのキックに聴こえます。


 扨てデモのベース音の方はと言うと、シックのバーナード・エドワーズよろしく細野御大の音もフラット・ワウンド弦を張ったスティングレイと思しき音なので、MODO BASSを使っております。ラインとアンプのミックスです。コンプレッサーにdbx160を掛けています。

 譜例動画の方を小節順に追って解説して行きますが、参考音源はアルバム『X∞増殖 Multiplies』のバージョンを参考にして制作しているので、高橋幸宏の時折入るフィルのそれが原曲と同じ状況であるというのがお判りいただけるかと思います。




 本曲は2コード&2小節を延々循環させるリフで構成されており、ブリッジを除けばコードは非常に楽な状況となります。テンポは四分音符「132.7ca.」で、2コードのコード進行はキーがF♯メジャー(嬰ヘ長調)でのF♯△9 -> B△7(on C♯)がメイン・リフを司るパターンですので、ディグリー表記の構造としては「I△9 -> Ⅳ△7(on Ⅴ)」という構造になっているという訳です。

 まあ、兎にも角にも凄いのが先ずはベースの細野晴臣が奏するグルーヴ。これはもうオリジナルを完全に凌駕しております。1小節目2拍目の5連符での4:1というスウィング比の拍節構造は、よもや1拍6連の5:1かの様に聴きたくもなるでしょうが、そこまで深いスウィングではありません。但し、この5連符の4:1の体得は結構難しい物です。

 その直後の同小節3拍目では半拍3連の2:1という《深いスウィング》を忍ばせているのですから、この乙張りがグルーヴの難しさを際立たせている訳ですね。いざ楽譜にすると捉えやすくなるものの、この難しいグルーヴの源泉には、こうした細かなグルーヴの乙張りが隠れているという事があらためてお判りになろうかと思います。

 2小節目もベースは同様に2拍目に5連符の4:1を使い、直後の3拍目には半拍5連の3:2のスウィング比を挟んでくるので、先行小節の半拍3連よりも若干甘めの浅いグルーヴ感になる訳ですね。4拍目の八分裏には僅かにグリッサンドが介在するのもポイントなのでありますが、こうした細かな乙張りが、細野御大による「タイトゥン・アップ」の難しさをあらためて感じ取る事ができる例のひとつではなかろうかと思います。

 こうして1小節目を奇数小節、2小節目を偶数小節として捉えると、本曲の2コード&2小節のリフは非常に説明しやすくなります。

 ドラムに目を移すと、2小節目の2拍目から32分音符のロールで開始されている事が判りますが、2拍目強勢直後の32分音符2パルス目の音がついつい強く出てしまいそうですが、これがかなり抑えられていて、ロールの粒立ちの滑らかさに貢献しているポイントでなかろうかと思います。とはいえMIDIレベルで「滑らか」なベタ打ちにしてしまうと、斯様な表現にはならない所も不思議な物でありまして、何にせよ、先述のコンプレッサーの設定の論述にもある通り、このフィルが無ければ音作りもままならぬ程重要な箇所でありまして、この曲の核心部分と言っても過言ではないでしょう。

 まあ、何れにしてもYMO版「タイトゥン・アップ」は細野晴臣と高橋幸宏の名演で作られていると言っても過言ではなく、坂本龍一は完全にサポートに回っている感すらあります。それほどに2人の演奏が見事なのでありますが、茲から先は高橋幸宏がフィルを入れる小節を中心に順に語って行こうかと思います。

 3小節目以降、ギターのカッティングとファルフィサ風の電子オルガンが入って来ます。このファルフィサ、八分裏を奏しているだけではありますが、微妙に音価を増減させているのです。楽譜上では平滑に表記しておりますが、この辺りはシーケンス上の人間の演奏の賜物とも言えるでしょう。また、コードの9th音をギターに任せてオルガンは長七の3転(第3転回形)で半音をぶつけているのも心憎い所です。

 4小節目はⅡ度ベース。坂本龍一は恐らく属十三「C♯13」という解釈をすると思います。ギターが長七度音を重複させているのがミソで、B△7の基本形で弾いても良さそうですが、ギターの最低音に「B音」(独名:H音)という風には奏されておりません。この辺りも絶妙でありましょう。

 6小節目のドラムのフィルは3拍目拍頭にハイハットが置かれているのが特徴です。同時に4つ打ちキックも維持するというのも特徴であります。

 10小節目4拍目から11小節目1拍目にかけてドラムにスラーが架かっておりますが、過程での11小節目1拍目拍頭はルーズなフットペダルの踏み込みによりハイハットのオープンが「甘噛み」状態になってもオープンの音は維持しつつ、クローズの音もヒットさせるというのがポイントであります。こうしたオープンを長めに採るのは高橋幸宏のプレイの特徴のひとつで、斯様な綺麗なハイハットのオープンはスティーヴ・ジョーダンのハイハットにも比肩する程です。

 14小節目3拍目のドラムのスネアは2打目のスネアがデモでもは聴き取りづらいと思いますが、譜例通りになっているのでご注意を。

 15〜18小節目のドラムはツイン・スネアでのサブの2ndスネアが同時に叩かれています。但し、2ndスネアの方はスナッピーがオフになったローピッチのスネアとしてメイン・スネアと混ざって叩かれております。それ故に同時にヒットする箇所のハイハットは《2拍目のみ》チャーリー・ワッツの様に抜いております。

《4拍目のハイハットは何故抜かれていないのか!?》

と疑問を抱かれるでしょうが、ハイハットのペダルのみで引き締まったオープンの音を演出している様ですが、デモの方ではそこまで再現しておりません。フットペダルのみでシャープなオープンの音を得られる事が出来なかったからです。

 19〜22小節目は、まずプロフェット5のフィルター自己発振とポリモジュレートを用いている音と思しきシンセ・パッド音の一連のシークエンス・フレーズを解説しようと思いますが、結論から言うと四分音による微分音が用いられています。元の調号から更に50セント高い or 低いという音が生ずる事となりますが、譜例上に付記される数値は幹音からのセント数の値です。

 また、この一連のシークエンス・フレーズは2小節の循環ですので、21小節目以降には微分音の増減値は先行する音群と同様なので省略しています。

 更に注意したいのは、この一連のシークエンス・フレーズにはスラップ・ディレイが掛かっている所にあります。シングル・タップ・ディレイとしての1回だけのディレイ音である訳ですが、このディレイ・タイム量は「32分3連符1つ分のパルス」を実音と同程度の音でミックスさせる事が肝要です。ディレイ音自体はローカットしても良いでしょう。

 扨て、19小節目拍頭で奏されるPS-3100と思しきパートの長三和音ですが、この和音の計5声の各音を拾ってみた所、それぞれにデチューンを効かせたマイクロ・チューニングとなっている様で、こうした術はPS-3100でないと無理だろうという事で再現しているという訳です。尚、譜例でのこのパートは1オクターヴ低い音となる点も注意が必要であります。

 19〜22小節目のドラムは、バスにまとめた少なくともキックとスネアを別のバスへ送り、異なるEQセッティングへスイッチングしている様であります。恐らくこの頃はAPIのコンソールを使っていると思われるのですが、ブレイクビーツの先駆け(※YMO曲で顕著なのは「Camouflage」と「Limbo」)とも呼べる異なるミックスの違いを聴かせているのは心憎い演出と言えるでしょう。

 23〜26小節はシークエンス・フレーズが継続するものの、1オクターヴ高いベースとしてハイポジションでベースがリフを奏する箇所であります。この際、バッキングには和声的状況が無いのでありますが、ベースが香らせる和声的状況が「F♯6 -> B/C♯」とした方が実態に即した状況になるであろうと勘案した上で、コード表記を僅かに変えております。

 同小節区間ではドラムが通常のミックス音へ変化しますが、リフは先行4小節のフレーズを受け継いで更なる4小節を奏している事になります。

 27〜30小節目に於ては、茲からラップが再び入る2コード・パターンでありますが、ドラムの方は通常の2・4スネアにリフを戻すのではなくスネアのサイドスティック音のみを聴かせたプレイになります。サイドスティック音そのものは譜例側の方では符頭に更に丸で囲まれた特殊な符頭で表しているのですが、パッと見では少々分かりづらいかもしれません。

 この際16分裏に入るサイドスティック音がビートからはぐれた様にオリジナルもデモでも聴こえると思いますが、スロー再生が可能な環境である方は是非ともオリジナルと私のデモの方を鳴らして確認してみて下さい。全くリズムからはぐれてなどいない16分裏を採っている事がお判りになろうかと思います。

 31〜38小節目ではドラムが通常のリフ・パターンに戻り適宜スネアのフィルを入れております。特に、34小節目での1拍目で8分付点+16分のキックは、弱勢の16分の方が弱くならない高橋幸宏独特のキック(かかとをつけてペダルを踏んでの演奏)が際立っている箇所でもあります。

 特に38小節目4拍目でのスネアのフィルは注目です。これはバズ・ロールであり、通常のロールよりも細かく、更にバラけているタイプのロールなので、本曲冒頭での32分のロールとは異なるのです。譜例注釈にもある通り、《1拍12連符の様な感じ》ではあるものの、主打音を16分音符とした場合、副次的に随伴している複後打音的に表している装飾音符のそれは、主打音から離れるに従って「より速く」音価が縮まる様なイメージで「バラけ」させるという訳です。

 ロールというのは非常に誤解されやすい演奏法で、ダブル・ストロークやトリプル・ストロークを獲得している人ですらもそのストロークのメカニズムについては誤解に陥っている人が少なくありません。況してやダブル・ストロークを獲得できていない人からすれば、獲得している人の声を傾聴してしまう事でしょう。それではなぜダブル・ストロークを獲得する事が出来ないのか!? という点にスポットライトを当てれば非常に合点が行く物です。

 それでは茲では少々脇道に逸れて《ダブル・ストロークのメカニズム》について語る事としましょう。ダブル・ストロークを会得できない人の特徴は、「打」という叩く時と、スティックが跳ね返って戻る時の「復」の時に、それぞれが同じ場所に軌道が返って来ない事に起因します。

 多くの誤解に陥っている人は、スティックからチップの先を「打点」に向けて《直線的》な軌道のイメージを持ってしまっており、これがダブル・ストロークを上手く会得できない源泉となってしまい、このイメージを払拭しない限りはなかなか難しい物です。

 なぜならスティックの動きというのは手首を中心とした「回転運動」の断片なのです。まるっきり1回転する訳ではなく、スティックを打ち下ろす時と打点との間は《弧》を描いている訳です。

 その《弧》の軌道が、打ち下ろす時と跳ね返りで戻る時にズレていなければダブル・ストロークは容易に会得できる訳です。手の筋肉にクセが付いてしまっており、叩いた時、或いは空を切って寸止めでスティックを振って見ると好いでしょう。その際寸止めで止めたり、リリースの軌道がブレていると、弧は綺麗に描けない為ストロークが寸断されるのです。それでもいつしか会得できる様になったという人は、打撃時の軌道とリリースがブレなくなった事で知らず識らずの内に会得できたという事なのです。

 そうして打点が揃って来ると、打面からの反発力と重力を巧みに使える様になります。打点を揃えたままグリップを打点に押し下げる様にすると、スティックの反発力の軌道が次第に短くなって行くので、これにて「バラけ」が生ずる訳です。この「バラけ」具合を無くしたまま更に細かなフィールで打面に押し付けて非常にストロークの浅い「戻りのストローク」を体得すると、64分音符以上の細かいロールを体得出来たりする様になる訳です。

 例外的に、バラけたロールというのはバック・ストロークの軌道が打撃時と揃っていなくともロールが得られてしまうプレイがあります。スティックを打面上で《水切り》の様にして跳ね返させるのです。この時、ストロークを無駄に長く採ってしまってはスティックの動きが殺されて行ってしまうので、少なくとも打撃時の手首の高さが打面から揃っている必要があるのです。そうして何度か跳ね返る度にスティックのチップが水切りの様にして手首の外側へ軌道が逃げて行く様にします。これを左右交互に繰り返す事でも別のニュアンスのバズロールを体得する事ができます。

 高橋幸宏の場合、殆どはフレンチ・グリップです。ですので手首のストロークは非常に抑制されてしまうので、弧運動を維持するには「肘」を揃える円運動を必要とする訳です。ですので高橋幸宏のドラミングは肘が内に絞れて肩が張った様に見えるという訳です。

 つまり、38小節目でのバズ・ロールは「バラけた感じでのストロークなのですよー」という意味なのであります。とはいえイメージするのは1拍12連であれば、その細やかさが伝わりやすくなるであろうという注釈なのです。

 私が少年時代には『侍ジャイアンツ』というアニメが放映されており、エンディング曲では綺麗な半拍6連符を聴く事が出来た物です。少しでも違いがお判りいただければ幸いです。但し、高橋幸宏のバズ・ロールは、私の打ち込みよりも非常に巧く揃っております。




 39〜40小節目は、2コード・パターンとは異なるブリッジ部です。コード進行としてはF♯△のトライアドの直後に「Asus4→G♯sus4」と進む、変化に富んだコードですので従前の2コードとは打って変わって変化するので印象的な箇所に聴こえると思いますが、単なる変化に留まらず、このコードはオリジナルを踏襲した本曲の象徴的なブリッジであると言えます。

 Asus4というコードが現れる脈絡の経路というのは、原調「F♯」(=嬰ヘ長調)の同主調「F♯m」(=嬰ヘ短調)の平行長調「A」(=イ長調)という因果関係で成立しており、原調から見ると「♭3rd」音として聴かれる [a] 音に加え、「♭2nd」音として聴かれる [g] 音と「♭6th」音として聴かれる [d] 音が加わる事で、F♯アイオニアンから一気にF♯フリジアンへと移旋させられたかの様に唐突な「マイナー感」が辷り込んで来る状況となっているのです。

 そうして「Asus4」というコードは「A△」という風に [d → cis] という風に進行するばかりではなく、先行のsus4の構成音全て [a・d・e] が平行に半音下行して [gis・cis・dis] という風に進んで原調の世界をsus4で帰着するという風になっているのが醍醐味となっているのです。

 sus4コードというクォータル・コード(四度和音:よどわおん)には《なぜ不思議な浮遊感があるのだろう?》と思われるかもしれませんが、仮にsus4が主音上で存在した場合を考えれば歴然でもある様に《主音・下属音・属音》という風に、機能和声に於ける主要三和音の各和音諸機能の3つを一絡げにしてしまう性質があるからですね。

 判りやすく言えば、《トニックもサブドミナントもドミナントも一緒》という様な状態が生ずるが故の世界観なのでありますが、「G♯sus4」というコードは嬰ヘ長調(=F♯メジャー)から見ると [Ⅱ・Ⅴ・Ⅵ] であるのですが、これは嬰ヘ長調の平行短調である嬰ニ短調(=D♯マイナー)での [ⅳ・ⅰ・ⅶ] (※ジャズ/ポピュラー表記の場合 [Ⅳ・Ⅰ・♭Ⅶ] )という風に、嬰ニ短調の第7音の下主音= [cis] が嬰ニ短調の属音の代理であるので [S・T・D] という状態で和音を形成している状況になるという訳です。

 全音階の総合である総和音あるいは属十三和音でない限り、全音階の音組織が全て取り込まれる世界観というのはありません。それを部分的に使用する《主音上の属七》或いは《属和音上の主音》(=属和音に収斂する)という状況、或いはジャズ/ポピュラー音楽に置ける《下属和音である副十三和音=Ⅳ△7(9、♯11、13)》という状況に限定される訳ですが、一番最後に挙げた下属和音での全音階の総合以外は音に何某かの違和を生ずるのが機能和声の強固な世界観でもあります。

 トニックを自宅、サブドミナントを道中、ドミナントが会社または学校という風に喩えた時、会社に自宅の部屋があったら落ち着かないでしょうし、自宅に会社があっても自分がトップであればまだしも自宅で奴隷の様になっていたら何とも面倒でしょうし、自宅であっても道中を行き来しなくてはならないという状況を考えれば、その「違和」は判りやすいかと思います。音楽にもこうした「違和」が伴うものです。

 斯様にして「タイトゥン・アップ」のsus4の平行では、こうした違和と移旋を伴わせているので、延々と続く2コード・パターンに刺激的な「違和」が加わるのであり、これが絶妙な醍醐味でありスパイスとなっているのであります。

 扨て、このブリッジでのシンセ・パッド音は譜例注釈にある通り、三角波のLFOがシンセのオシレーターのピッチに作用する様に掛かる必要があります。つまりピッチは三角波に応じて増減するのでありますが、LFOの全周期(=1サイクル=360°)が四分音符になる様に設定する必要がある訳です。

 ピッチ変化量について注記を充てていないのはブログ記事で補完しようとしたからでありますが、その僅かな変化量は微分音レベルの変化量になるので、常日頃から微分音を細かな音価で書いている私からすれば、ここも「三角波」などと悠長な事を言わずに拍節状況を表した方が私らしくなるのではありますが、本曲の基本パターンは12小節である事もあり6小節ずつ表示した方が綺麗に譜面(ふづら)のレイアウトが収まる訳です。然し乍ら、この三角波の拍節状況と微分音を併記してしまうと、とてもではありませんが1小節が相当なスペースを割かないと楽譜に表せない状況となるので、単なる綺麗な三角波の適用ならば注釈で十分という事もあって細かな拍節状況として表さなかったのであります。

 ピッチの変化量としては±17.5セント辺りを狙えば良いかと思います。概ね「96/95≒18.128270セント」の純正音程に近くなります。声のビブラート量としてこの辺りの増減量は意識すると他の局面で好い事があるかもしれません。

 40小節目からはヴォコーダーが入る事となります。このヴォコーダーは ‘Tighten up’ と歌う箇所よりも、同小節4拍目での ‘ooh’ という四声での全音上行ポルタメントの方がアンサンブルに重要な役割を担っているフレーズであろうかと思います。オリジナルのヴォコーダーは間違いなくローランドのVP-330でありましょうが、私が今回デモで使ったのはArturiaの Vocoder Vです。

TightenUp_Vocoder.jpg


 ボブ・モーグ博士が作り上げた16 Channel Vocoderのエミュレーションでありますが、バンド間のクリッピングが少なく滑らかになるのでこちらを用いたという訳です。

 何れにしてもオリジナルでのヴォコーダーで非常に顕著なのは全音上行ポルタメントで逆付点で奏するのが素晴らしいと思います。唯、普通のシンセで譜例の様なヴォイシングで鳴らしても《オリジナルと違うんじゃないの!?》と思われるかもしれません。

 本曲のヴォコーダーのセッティングで注意すべきは、高域成分を強調する事です。Vocoder Vでは高域の粒状感が抑えられるので、ヴォコーダーで粒状感が出た後で更に後段でEQを介して高域をシェルビング・カーブでブーストしてやったりすると音質キャラクターとして逆効果になってしまうのです。

 そうした点を勘案してもVocoder Vは最適だったので、今回私はVocoder Vを使用したという訳です。粒状感が出る事での荒々しさのある音はクラフトワークの「The Robots」とか効果的だとは思いますし、Logic内蔵のヴォコーダーも良く出来ているのですが、Vocoder Vもなかなかの物であると私はあらためて痛感しました。

 こうして54小節の所で譜例動画デモは終えるのですが、あらためて思うのは細野晴臣と高橋幸宏のヒューマン・パワーですね。シーケンス上でこれほどグルーヴに乗れる。本家を食っちゃっていますからね。坂本龍一を埋没させてしまう程に2人のグルーヴが素晴らしく、YMOが意外にもライヴに強かった事が思い出されます。

TIGHTEN UP_YMO12EP.jpg