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YMOの「Epilogue」に用いられる微分音について [楽理]

 Yellow Magic Orchestra(以下YMO)のアルバム『Technodelic』収録の「Epilogue」に用いられる微分音について語ろうかと思うのですが、本曲は坂本龍一作曲によるもので、恐らく「Prologue」や「Epilogue」は坂本本人以外の関与はほぼ無いのではなかろうかと思われる様な、アルバム収録の中でも一際孤立感を漂わせている楽曲でもあります。


 YMOに於て微分音というと、アルバム『Yellow Magic Orchestra』収録の「Bridge Over Troubled Music」での四分音と八分音の下行形によるシンセのSEに始まり、アルバム『X∞増殖 Multiplies』収録の「Tighten Up」でのベースがなくなるブリッジでの四分音などが使われておりますが、中でも『テクノデリック』の前作となる『BGM』は相当に微分音を計算高く用いているのが判ります。尚、本記事ではa=440Hzを基準としておりますのでご注意下さい。

Technodelic_Back.jpg


 例えば「1000 Knives」でのキーボード・ソロ中盤でのブルー3度の鏡像音程となる、主音より上方850セントに位置する音を存分に聴かせますし、「Camouflage」での四分音および31等分平均律によるポリクロマティック・アプローチも見事ですし、「Loom」も無限音階からの解決時ではa=440Hzでの12EDOより1単位五分音低く採られておりますが、これは大ディエシス(128/125)の近傍であり、その後のパッド音での旋律部は更に1単位十分音オフセットされて奏されます。これはディアスキスマ(2048/2025=[(2^11)/(3^4)*(5)^2])の近傍となる物で、大ディエシスは平均律的に40セントへ、ディアスキスマは平均律的に20セントに均されているという状況である訳です。

 EventideのH949を使うにしてもマシュー・スーパー・ディエシスを用いたデチューンを「Camouflage」でも用いているというのも過去の当該記事で語った事なので、興味のある方はブログ内検索をかけてみると参考になるでしょう。

 つまり「Loom」は音律は同一であるものの基本音が異なる2つの音律(五分音ともうひとつの五分音)によるポリクロマティックである物で、実は「Epilogue」もポリクロマティックを脈絡とする音を用いている事となります。

 異なる音律が併存する音楽。それがポリクロマティックである訳ですが、この実態が顕著に表れているのが実はガムランなのであります。然し乍ら、ガムランの場合はそれがポリクロマティックであるという風には知られる事の方が少なく、謬見で以て通常の音律から逸れた音楽かの様に皮相的に理解されているのが残念な点であります。

 ガムランとは、ブログ内検索をかけていただければより詳しく理解できると思いますが、スレンドロという5不等分律とペロッグという7不等分律という異なる音律をひとまとめに扱いつつ両者から音を拔萃する音楽であるという事が大前提となる物なのです。故にポリクロマティックであると。

 単一の音列にある全ての音を恣意的に2つのグループに分類し、それを抜粋するという手法をクセナキスは「ヘルマ」で試みましたが、これはポリクロマティックの発想を1つの音律でも「拔萃」が行える様にしている訳です。


 扨て、「Epilogue」は前曲「Prologue」から工場の機械音をサンプリングしたSEによる具体化(=ミュージック・コンクレート)を用いたヘ長調での二部形式に依る物で、テンポは四分音符=75ほど。

 本曲の楽節を決定づけている5音に依るライトモティーフが明確であると共に、本曲はライトモティーフを執拗に繰り返す二部形式であります。長調とは雖も本曲は何と陰鬱な長調でありましょう。これほど暗い長調はなかなか珍しいと思います。

 形式「B」となるエピソード部から八分音符によるクレッシェンドで時折入って来る《僅かに逸れたスタッカーティシモ》が微分音のそれです。

 この微分音の正体は下属音 [b] より25セント高く採られており、主音 [f] より525セント高い音脈となっているので、八分音相当として捉えられるべき音です。とはいえ八分音相当の音がこの音だけでしか用いられていない状況で48EDOという状況を見立てる必要があるのか!? というのも少々疑問を抱く所でありましょう。

 実は、主音より525セント高く現れる単位音程として16EDOという音律があるのです。この16EDOの単位音程は「75セント」という事になる為、ほぼヘーミリオン・クロマティック(英:hemiolic chromatic)として扱う事のできる音程なのであります。

 古代の音程は全音を大全音(204セント)として取り扱っているので、古代のオーセンティックなヘーミリオン・クロマティックは「76.5セント」相当となるのですが、これに近似する音程を坂本龍一は「Epilogue」で用いているという訳であります。


 また、本曲エピソード部の結句部に於けるコード進行「E♭△7 → Em7(♭5)」という部分は、最高音に [d] 音があるという点が重要です。この [d] 音の後続和音への掛留は非常に重要ですので注意深く理解されたし。




 この部分のE♭△7上でも下属音より25セント高い音が入って来るというのが重要なのですが、本曲はヘ長調ですので「E♭」というのは本来音階外(ノンダイアトニック)の♭Ⅶ度という音度に現れている事になります。つまり「下主音」である訳です。

 下主音上の完全五度は「B♭」ですので、これに併存する様にして下属音より25セントの音がちらついて来る。下主音から見ればウルフ・トーンに近似する減六度近傍の音でもあります(笑)。よっぽど苛々を募らせる様な思いが湧き出て来る様な感すらあります。それでも、強烈な異和として聴かせない所が坂本龍一たる所以でありましょう。

 下主音から見た時の減六度に匹敵するその音が、主音から見た時の下属音より25セント高い音であります。それぞれの基準を一旦取っ払って、純正完全五度から減六度を眺めようとした場合、53EDOの1単位音程(コンマ)高い音が減六度という風に扱われます。

 同様にして、純正完全五度から53EDOでの1コンマ低い音が不完全五度となる訳ですので、1コンマ高い音がウルフに近似する《厄介な》音を鏡像化させて、《1コンマ低い》方を選択するという訳です。それは、不完全五度の鏡像(陰影分割)が下属音より25セント高い音という事である事をも利用する為の方策である事が読み取れるという訳です。

 余談ではありますが、後続和音である「Em7(♭5)」は言うまでもなく、ヘ長調の長属九(ドミナント・ナインス)の根音省略という事になりますので、あらためてご注意願いたいと思います。

Epilogue_YMO.jpg



 扨て、下属音より25セント高い音というのは、どのような脈絡がある音程として生ずるものなのか!? という所に興味を抱かれるのではなかろうかと思うのですが、古典的な音程として既に存在しているものであります。

 それは純正音程比としての [64:48] という物でありまして、英語圏では 'tridecimal superfourth' として知られている音程であります。数学的な脈絡としては次の様に、


((2^6)+1)/((7^2)-1)=1.35416666667(倍)

=65/48(純正音程比)

=主音の [1.35416666667倍] は「下属音より25セント高」となる《16EDOの7単位音程》


という脈絡で生ずる事がお判りになろうかと思います。

 この純正音程比が16および48EDOに均された時、524.886セントが525セントに均されるという事になります。

 また、他の単音程の脈絡として考えられるのが次に挙げる、

●53EDOの23コンマ(単位音程)=520.755セント
●53EDOの23コンマの陰影分割=1200−520.755=679.245(不完全五度)

という経路を挙げる事ができるでしょう。

 65/48という純正音程比は、あくまで単音程に於ける脈絡であり、こうした微分音の脈絡経路は往々にして複音程に置換した上で、その複音程からの等分割である事が往々にして生じている物です。

 まず第一に考えられる複音程の脈絡経路は、

●完全八度+純正長三度= [1200+386=1586セント] の3等分=528.6667セント
●完全八度+平均律長六度= [1200+900=2100セント] の4等分=525セント

という状況からの因果関係から、下属音より25セント高い音というのはそれほど調子っ外れとして聴こえる様な物ではなく、安寧を齎す純正音程比としての近傍に現れる脈絡なのである事が判ります。

 複音程からの等分割からも違和が生じにくい事を好い事に、坂本は下属音より25セント高く現れる音を使用した理由として、結果的にこの音程の陰影分割が《不完全五度》を招くという事を利用したかったのではなかろうかと思うのです。

 陰影分割として用いる事により異和を柔和に隠匿しているという訳ですが、仮に陰影分割ではなく完全五度の近傍という風に楽音に用いてしまえばそれは決して調和しない状況をまざまざと見せつけてしまう訳であります。

 眼前に現れる時には好い顔をし乍らも、人間関係を鏡に映して他者を見た時に陰で後ろ指を指したり陰口を敲く様な状況を楽音に喩えているのであろうかと思う訳ですね。

 つまり、当時のYMOの人間関係に置き換えているのではなかろうかと私は睨んでいるのです。兎にも角にも当時の坂本と細野の間の人間関係は最悪の状況であった、と。潤滑油の様に作用していた高橋も実質的には細野に肩入れし乍ら坂本の顔色を伺い、YMOというブランドを操る為に動いていた関係も、坂本からすれば厭だったのであろうかと思うのです。

 とはいえ、それをあからさまに音として表現しようとして不完全五度を使ってしまうとかなり調子っ外れの音として耳につきやすい。そうして陰影分割として下属音より25セント高く現れる脈絡に投影させたのではなかろうかと思うのです。それを思えば、楽曲後半には執拗なまでに半音下行フレーズで主旋律は点々と崩れ去り、鏡が割れて行く様な状況を描いているのではなかろうかと私は思うのです。

 そうして真骨頂である終止和音についてですが、この終止和音を「F△」の長三和音として耳にしてしまってはいけません。この周到な隠匿ぶりは畏敬の念を抱いて已みません。




 実は、この終止和音「F△」として耳にされるであろう、この和音の《長三度》は、純正長三度でも平均律長三度でもありません。[34/27] の純正音程です。

 この純正音程は平均律長三度よりも0.9セントほど僅かに低い物ですが、この近傍となる脈絡を複音程で辿ると、完全十五度(2オクターヴ)よりシントニック・コンマの3/2倍≒32.259セントを引きます(2400−32.259=2367.741セント)。

 そうして「2367.741セント」の6等分=394.6235セントという脈絡こそが、この終止和音で使われる《ほぼ平均律長三度》という脈絡なのです。そこに加えて、クレッシェンドを採って [225/128] の純正音程を標榜する七度音(!)も含まれます。

 まず本曲終止和音に於ける《ほぼ平均律長三度》の純正音程は、概ね平均律より5セント低いと思ってもらえれば良いかと思います。つまり、純正長三度よりも高く平均律長三度よりも低いという事です。

 更に、本終止和音の5度音は純正完全五度であるという事が重要です。つまり、根音は高めに採られている訳ですから、平均律完全五度<純正完全五度よりも更に高い所に位置するという事となります。

 加えてクレッシェンドで入っている「七度音」の存在にはなかなか気付きにくい音ですが、心憎い程に《良薬口に苦し》とでも言うべき音でもある自然七度を使っている訳ではなく、他の純正音程での七度を使っているというのが驚きです。この [225/128] という純正音程は、概ね自然七度より8セント高い音と思ってもらって良いでしょう。

(2^(1/12))^10=1.78179743628=平均律短七度
(3*5)^2/(2^7)=1.7578125(225/128)
7/4=1.75(自然七度)

また、1オクターヴを2πラジアンとした時の自然数「5」は [≒954.9296585…] セントに位置するので(自然七度より約14セント低い)、茲からほぼ1コンマ上がった音が当該音として見立てる事も可能だろうと思います。



 但し、この7度音は [225/128] を標榜し乍らも実質的には43EDOの35単位音程近傍にも寄っており、自然七度近傍には極めて多くの脈絡がある為なかなか特定するに至らないのでありますが、自然七度より高く採る事を優先しつつ脈絡として最も純正音程比としての数値が小さい(=牽引力が高い)のが [225/128] であるので、私はこうして解釈しているのであります。

 尚、終止和音での主音はピタゴリアン・コンマの3等分割 [((3^12)/(2^19))/3] 。つまり、主音は8セント近く高くなります。7セントよりは高いです。

 まあ、こんな事を言ってしまうとアレですが、楽曲冒頭から数小節始まって最初にバスが現れる時、バスの主音は [f] より八分音高いのに、主旋律のシンセ・ストリングスは [f] より十六分音高いという、オーケストレーションに於ける心地良い「ズレ」をも実現している訳ですね。氏は相当微に入り細に入り凄い事をやっています。ハーモード・チューニングすら無かった時代に。遉、PS-3300を駆使していた凄さがこうして活かされている訳ですね。

※ハーモード・チューニングは幾つかのDAWアプリケーションに実装されている機能ですが、適宜基準が微分音的に動きつつ、和音の1・3・5・7度間も適宜純正を採る様に設計されています。西洋音楽に於けるオーケストレーションの実際に近付けられる様にしているのでありますが、ロック音楽などのパワー・コードにも向いています。W.A Sethares(W.A.セサレス)氏のホームページでダウンロードが可能なWerner Mohrlok(ヴェルナー・モールロック)氏のPDFが一次資料として参考になる事でありましょう。




Epilogue (YMO) Spectrum.jpg


 単にアナログ・シンセサイザーのチューニングが不安定な状況であるならば、こんなに「綺麗に」収まる訳が無いのですから。

 尚、上掲に図示される「Fundamental」とは、文字通り《下方倍音》の事でもあり、下方に溜まるエネルギー量を表示できる物としては、今回使用している Sygyt の VoceVista Video の他に、Melda Production からリリースされているプラグイン「MMultiAnalyzer」でもファンダメンタル量を視覚的に確認できる物ですので参考までに。

 人間関係のひび割れすら心地良く聴かせる「毒」をまぶして、自分以外の連中は聴き手をも巻き込んで服毒させる恐ろしい男、坂本龍一。これが 'Get some military venom' なのか……。私も氏の生前に気付きたかったです(1981年から私が気付いていた微分音は《下属音より25セント高い音》でありました)。まさかこの曲に「毒」はないであろうとタカを括って進んで耳にしてもおりませんでしたので。

 こういう現実を思えば、山下邦彦に提供した自筆譜などの数々も、単なる着想のスケッチに過ぎず、真相は坂本本人が墓まで持って行き、秘密は《後人が探るのだ》と言われているのでしょう。本当に凄過ぎますよ、坂本龍一さん。

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