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タッピング奏法が齎すもの [楽理]

 扨て今回は、ジョー・サトリアーニによる両手タッピングの名演のひとつとして知られる「Midnight」の譜例動画をYouTubeにてアップロードをしたので、本曲解説と併せて80年代に於けるタッピングに関する社会的な状況を縷述する事に。

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 思えば1980年代中盤(84年の後半くらいだったか)にブルーノート・レーベルから突如彗星の如く現れたスタンリー・ジョーダンというギタリストがデビューし、なにせ両手タッピングでギターを奏するという事が大衆の耳目の欲を集めた物でした。



 当時の私は、スタンリー・ジョーダンに関しては殆ど興味を示さなかったのでありましたが、スタンリー・クラークのアルバム『Hideaway』で参加していたのは耳にせざるを得ませんでしたし、当時のバラエティー番組でもスタンリー・ジョーダンが突如現れて両手タッピングを披露していた位なので、大衆の間でどれほど注目を集めていたかがあらためて窺い知れるかと思います。

《チャップマン・スティックを取り上げれば楽器の奇異な筐体も相俟って更に注目されるだろうに》

という風にしか捉えていなかった私。それこそ、ナイト・レンジャーのブラッド・ギルスではないジェフ・ワトソンの方を取り上げれば「8フィンガー・タッピング」を見る事が出来るであろうに、とまでシニカルに状況を捉えていた私(この2年後辺りではTスクェアの安藤まさひろ(安藤正容)も8フィンガー・タッピングを披露する様になります)。

 唯、どうしてだか、世の中の好事家が音楽を面白おかしく取り上げる事に唾棄したくなる私は、スタンリー・ジョーダンを面白おかしく見聞きしたくはなかったというのが正直な感想でありました。

 私がチャップマン・スティックを入手したのが1988年の事でしたが、商品に同梱されていたエメット・チャップマンの著書『Free Hands』は読み物としても非常に興味深い資料であり、チャップマン氏によればタッピングというのは1930年代に遡る事が出来ると書いてありました。

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 まあ、西洋音楽に於ける弦楽器のアーティフィシャル・ハーモニクスから類する特殊奏法などから勘案すれば、同一弦上での音程差の広いトリル(正式名称は省く)に端を発するのではなかろうかと思っておりますが、タッピング奏法をいざ取り扱おうとした場合、おそらく誰もが注力したくなると思われるのが《ミュートの重要性》でありましょう。

 タッピングというのは押弦した時の弦振動であるので、弦振動自体はピックアップが拾う側とは逆のナット側となる陰影分割の側も振動させるという所が通常のピッキングと大きく異なるというのが大きな特徴であり、陰影分割側で生ずる弦振動を抑制しないとピックアップが拾う音というのは倍音が失われるどころか音色も随分異なって響く事になるのがタッピングに依る弦振動で最も注意を払う必要がある側面でありましょう。

 故に、タッピングという演奏面を最大限に注力させた楽曲では陰影分割側のミュートを活用するという努力が見られる物です。

 チャップマン・スティックのナット側に付けられるミュートも時代によって素材はかなり変わって来ており、私が入手した時のスティックのミュートは毛足の長い黒い化学繊維の様な物でしたが、低次純正音程比近傍となるフレット付近となるとミュートが甘めの為に陰影分割の振動がそれほど抑制されずに音色キャラクターがだいぶ変わってしまう物でした。

 概して、5フレット辺りから陰影分割側のミュートに注意を払わないと、独特のアタック成分が失われて倍音がスポイルされた様な音になっていた物です。7フレットやら12フレットなども同様です。

 スティックの低音弦側でハイポジションを活用する人が少ないのは、陰影分割側のミュートの抑制をある程度利かせても音色変化が大きくなる事に加え、陰影分割側の振幅も12フレット近傍だと大きくなってしまい、その抑制に演奏の自由度が奪われてしまうからであろうと思われます。

 無論、陰影分割側のミュートを自身のナットに一番近い指(概して人差し指)を常にミュートのセーハの為に使う様な運指を心がけるプレイヤーもおりますが、運指の方が阻碍されやすくなるのは言うまでもありません。エレクトリック・ギターでのタッピングに於ても、5・7・12フレット近傍のタッピングは少々厄介でありましょう。陰影分割側の振動が大きくなる事で《次の音》への運指が阻碍されやすくなるからであります。

 扨て「Midnight」は基本的に、両手共に「人差し指・中指・薬指」の3指を徹頭徹尾使って押弦している様で、《強い指》である中指が両手共に使用頻度は低く、多くは「人差し指・薬指」を用いた運指となっているのが大きな特徴でありましょう。使う指が決まっており、音形のそれは運指の順序で作られた物であるので運指自体はそれほど難しい物ではないのも大きな特徴であると言えます。

 曲調としてはスパニッシュ風ではありますが、アンダルシア進行を用いた物ではありません。アンダルシア進行については私の当該ブログ記事をブログ内検索をかけていただければお判りいただけるかと思いますが、アンダルシア進行の最大の特徴は《四度先の和音への順次下行進行》であるので、順次進行を採らずに点描的に拔萃させたりした場合はアンダルシア進行ではなくなります(Ⅳ→♭Ⅱ→♭Ⅲ→Ⅰ△などの様に順次進行ではなく跳躍進行を介する時など)。

 アンダルシア進行の醍醐味は何と言っても、《四度先》の帰着が「Ⅴ」or「Ⅰ」に拘らず、その前の音度の和音を《下行導音》にするというのが最も好まれるのであるので、「♭Ⅵ→Ⅴ」と帰着したり「♭Ⅱ→Ⅰ」という帰着が好まれる物です。

 本曲「Midnight」はBmがトニック・マイナーですが、点描的に「♭Ⅱ」を生じさせます。この際、原調「Bm」はBマイナーやBドリアンからBフリジアンに移旋したという状況を視野に入れるべきでありましょう。

 茲で本曲の和声的構造を解説しますが、楽曲冒頭のリハーサルマーク「A」を確認してもらう事にしましょう。1小節目はロ短調のトニック・マイナーである「Bm」となり、2小節目では「Ⅱdim」となる「C♯dim」へ進行している事がお判りいただけるかと思います。

 こうした短調に於ける「Ⅰm -> Ⅱdim」の移ろいというのは旋法和声の典型例でもあると言えるでしょう。「C♯dim」は減三和音という和音の状況だけを重視すれば平行長調側の「A7」の根音省略に思えるかもしれませんが、この「C♯dim」はカウンターパラレル側(全音階的三度上方にある和音)の和音が機能を優勢にする物なので「Em」の代理を優勢にすると捉えた方が適切であろうと思われます。

 4小節目で現れる「F♯m/G」というのは「Ⅴ/♭Ⅵ」という形が辷り込んでいるという訳ですが、和声的に重々しく用いられている訳ではなく、あからさまなドミナント感を避けてのドミナントに揺さぶりをかける様に聴こえさせる物でしょう。コード表記にしてしまうと仰々しく見えてしまいますが、卦体な使い方では毛頭ありません。

 7小節目でのコードは「Bm add4」と表しましたが「Bm(11)」という解釈でも何ら問題はありません。唯、当該和音上での四度の香りは強く、旋法和声的であるので「add4」という表記を用いたのです。

 8小節目での《明確な》ドミナント7thコード「F♯7」では4拍目に ‘let ring’ と付記されておりますが、これは「アルペジオ」と同様の解釈です。

 リハーサルマーク「B」はリフレインですので割愛しますが、リハーサルマーク「C」となる17小節目ではイン・テンポとなるスパニッシュ感が際立つ箇所となります。コード進行として注目したいのは「Em/B -> B」という流れであり、なかなか能く出来ているかと思われます。それこそ凡庸な者であれば大抵は「Bsus4 -> B」というコード進行にしてしまうのではないかと思います。

 仮に「Bsus4 -> B」という風な状況を見た場合、「Bsus4」の四度音は三度音という《完全和音》への帰結を示唆する物です。「B」というコードが引っ切り無しに鳴らされる状況とは異なり、和音の三度と四度音に揺さぶりが掛かっている状況だと思ってもらえば判りやすいかと思いますが、茲に《五度と六度音の揺さぶり》も付け加える訳ですね。それは [g - fis] という風に。

 そうなると、[h] 音が掛留となったまま [e - dis] と [g - fis] という斜進行の状況を生じており、三和音の内の二声が隣音へ移っているとなるとコード表記そのものが変化する事になります。ですので「Em/B -> B」という表記になる訳です。同時に、この和音進行の型を移高させて用いる様に発展して行くという訳です。

 21〜24小節目は「Gm/D -> D」という風に六度進行を採り、25〜28小節目ではそれを順次上行進行を採っての「Am/E -> E」という風になっております。

 29〜32小節目では更に平行を採って「Bm/F♯ -> F♯」という風に進行させているので、アンダルシア進行の「順次下行進行」とは異なり「順次上行進行」という構造になっているという状況であるのですが、《スパニッシュな雰囲気の源泉はいずこに?》という事が次に進むと徐々に露わになって来ます。

 リハーサル・マーク「E」の33〜36小節での「G△7 -> G△7(♯11)-> G△7 -> G△7(13)」という、コード表記の上でのテンションはシンセ・パッドが形成する音に伴う物で、ギターが作っている和声的状況は「G△7」であるに過ぎません。唯、この「G△7」は原調「Bm」から見た「♭Ⅵ度」である為、ドミナントである「Ⅴ」への帰結を思い起こさせる音度へと進行したのですが、先行和音がドミナントである為「Ⅴ→♭Ⅵ」という偽終止を介在させているので、《またドミナントへ戻るの!?》という逡巡めいた状況が生じます。

 37小節目では「逡巡」への杞憂が現実へと変わります。これにて音楽的な「冥濛」がフレージングの錯綜感と疾走感で増幅し、緊張感が増す事に貢献しており、更にドミナント「F♯7」は三全音進行し「C△9」へ進行するのです。これは、トライトーン・サブスティテューション(三全音代理)となる「C9またはC7」へ進行するのではなく、フリジアン・スーパートニックである「♭Ⅱ△7」の類となる「C△9=♭Ⅱ△9」へと弱進行させて緊張感を更に演出させているのです。

 茲での「♭Ⅱ△7」が現れる事と、♭Ⅵとしての「G△7」という和音が断片的乍らもスパニッシュ進行の特徴的な状況を見せており、これがスパニッシュ感溢れる情感の源泉であるという訳です。

 43小節目での「F♯11(♭13)」は、九度音を欠いた「短属十三」として見ても良いのですが、最も注意すべきは「♮11th」である本位十一度を包含した和音であるという所でしょうか。なぜだがポピュラー音楽にはアヴォイドという状況を先に覚えてしまう事で、本位十一度の取扱いに及び腰になる人が後を絶たないのでありまして、こうした状況からあらためてドミナント・コード上での本位十一度の取扱いの重要性は固より、副和音(=属和音以外の総称)でのadd4の取扱い等をあらためて覚えるべきであろうと思われます。そういう意味でも看過できない音なのであります。

 リハーサルマーク「F」である48小節目以降は、従前のフレーズの集大成の様に「ほぼ」1拍毎にコードが変化する様に音形を駆使して展開させます。

 そうしてリハーサルマーク「G」の59小節目以降、テンポを速めて「Edim -> B」というコード進行になりますが、解決する「B」は原調の同主調でありますが、原調のドミナント「F♯7」からピカルディ終止を採っているのではなく「Edim」を介在させているのがポイントです。

 この「Edim」は原調からの音度から見れば「Ⅳ度」の下属和音が減三和音化している訳ですから、下属和音の第5音=主音が下方変位させられている状況であると言えます。但し、原調の主音が変位音として背かれ且つ原調の属音も無い状況になると、原調の《調》を決定する音はいずれも存在しなくなるので、茲は局所的乍らも転調していると考える必要があるでしょう。
※「調」の決定材料は主音と属音であり、これらの音に対して「導音」の存在が調の存在を確固たる物とさせる.これらを欠けば「調」はその下位にある「調性」の性格を持つ事となる.

 通常、減和音というのは《根音を欠いた属七の断片》として見る事が是とされる物ではありますが、そのドミナント・コードがⅤ度上に現れない副次ドミナントであれば必ずしも減和音の三度下方のドミナントを想起する必要はありませんが、転調を介在して新たなる調の示唆がある状況であるならば、パラレル側(全音階的三度下方の和音)に源泉を想起する必要があります。

 つまるところ、59小節目で生ずる「Edim」は《C7の根音省略に伴う断片》と見るべきだという訳です。楽曲開始部2小節目で生じた「C♯dim」はカウンター・パラレル側で想起するとしていたのと異なるのは、仮に「C♯dim」を三度下方にあるA7の根音省略と想起した所で、それは原調からすれば副次ドミナントに過ぎず、楽曲そのものは主和音の提示直後に生ずる和音であるが故に、「C♯dim」が新たなる調のⅤ度音なのではなく、他調の拝借にすぎない以上、パラレル側(三度下方)に機能を求める必要はないという意味になるのです。

 その上で、主和音直後の「C♯dim」は寧ろ三度上方に想起される「Em」の断片として想起する事が望ましいという事との違いであるという状況を示しているのです。

 加えて、この59小節目の「Edim」が想起させる「C7」というのは、これこそが原調「Bm」のドミナント(Ⅴ度)=「F♯7」のトライトーン・サブスティテューション(三全音代理)による「♭Ⅱ7」なのであります。これはフリジアン・スーパートニックの「♭Ⅱ△7」なのではないのです。

 その上で、同主調の長和音「Ⅰ△」=「B」に解決しているという事となり、コードそのものはシンプルですが、和声構造および和音進行のそれは、決して無視する事のできないメリハリが詰まった楽曲となっているのであります。

 特に、トライトーン・サブスティテューション or フリジアン・スーパートニックを使い分けるのは絶妙であり、短い曲乍らもトーナル・プロット(=調性プラン、tonal plot)が非常に明瞭である事が能く判る楽曲となっております。あらためてこうした深部を注目したい物です。

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