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調性のジレンマ [楽理]

 ホントなら増音程について語って行こうと企てていたのでありますが、その話題に行く前にキッチリ語っておきたい事があったので、今回は記事タイトル通り調性を嘯く事について語ってみようかな、と思います。


 そもそも「嘯くって何!?」という初歩的な質問に答えるのは野暮ってモンでしょう。ト長調の調性バッチリ感じているのに音並べるとハ長調の音並びと一緒だったりとか、そういう事です。つまり古典的な調性システムの中にも「変格旋法」という、調性を嘯く手法っていうのは古くから存在しておりまして、耳の習熟度が浅い人間でもそれをきちんと体得していたりするものです。


 つい先日まではブレッカー兄弟の「A Creature of Many Faces」を題材にしていた事もありまして、この曲の主たるキーはFメジャー(=ヘ長調)なので、折角なので原曲もアレコレ巧みに調性を嘯いていたので今回の例も敢えてFメジャーを基準に語ってみようかなと思います。


 私がよく例に出す分数コードやONコードの例として「2ndベース」やら「7thベース」という呼称を与えている時がありますが、前者も後者も上と下が全音違いとなっているワケですが、F△という長三和音があった時のセカンド・ベースという時は「F△/G」という風になります。9度音がベースに転回する事で2度音となるのですなわちセカンド・ベースという意味です。
 もうひとつのF△の7thベースという時は「F△/E♭」という事を指していて、Gに対して全音違いであるものの上と下の違いがこうして使いワケております。

 両者の分数コードのハーモニーというのはそれぞれ全く別物なので、音を鳴らしてもらえればその違いは歴然としておりますので、音すら鳴らさずに机上の空論かのように音楽理論の類を近視眼的に学ぼうとする愚かな輩も多いので、そういう事は避けてきちんと耳から学び取ってほしいと思わんばかりです。


 扨て、先の例で「F△」がトニックであったとした場合、7thベースである「F△/E♭」というのは想定し得るヘ長調の調性外であるE♭の音が出現している事になりますが、先述にある通り、調性を嘯く事など珍しい事でもないので、Fミクソリディアンを置換して嘯いている、という風にモード奏法を獲得している人はこうしてすぐに想起できるのであります。モード奏法というのは調性外の音に対して瞬時に対応可能な調性へのチャンネルを変えるという能力の事なので、この辺につまずく方は正直な所音楽をやるのは難しいかと思います(笑)。


 扨て、先の様にトニックに対して7thベースを与えるとノン・ダイアトニックの音を生じているワケですが、調性の嘯きとしてはよくある手法のひとつでもあるワケでして、こうした嘯きにはもっと多様な手法があるのでそれらを今回紹介したいのが最大のテーマなんですね(笑)。そこで紹介する際に生じる上声部の和音で「マイナー7thかメジャー6thを扱うか!?」というのを私はキッチリこの際語っておきたい事もあるので。


 例えば次の様な和音で上声部とベース部が四度/五度違いでセパレートされている類のコードネームを見掛ける事は多いとは思いますが、では次の様に表してみましょうか。「Gm7 (on C)」というこの和音は、偶々ヘ長調の調域から見れば「IIm7 on V」という構造です。

 実は私はこの表記を避けるのは理由が幾つかあります。その理由が次の通りです。


● C音とG音の間には構成音など生じておりませんが、その間に3度音「E音もしくはE♭音」を想起可能な状況を招いてしまう。
● 奏者が上声部と下声部を明確に分けた複調や多調の世界を意識しているので、そうした音社会と一般的な解釈との誤解を招かない様に予め分離したルールの下での解釈を要する。
● 短和音は下方に根音バスを求めるような牽引力が強く働くので、Gm7のさらに下方の6th(=13th)方面に三度音を探るのは避けたい。

 というのがありまして、私がもし先の和音の構成音にて表記するのであるならば「B♭6 (on C)」または「B♭6/C」という表記にして、Gm7ではなく同一の構成音のB♭6のセカンド・ベースとして私は表記する様にしております。

 勿論著名な作者が先の様な表記を用いている事もごく普通にありますし、先のドナルド・フェイゲンの新作「Sunken Condos」のアルバム解説においても随所に「IIm7(on V)」の表記が出て来たのもあって、「IV6/V」表記の違いという事も含めて語っていたばかりでしてそれらが総じて間違いではありませんが、私の解釈では各方面に色んな分数コードを生じる可能性があるモノですので、こうしたルールの下で解釈しているのであります。このルールは私のブログでは昔から常に使っていますので、一般的な社会の枠組みとのすりあわせをこの機会に今一度確認していただけると助かります。


 とまあ、メジャー6thという和音という解釈を語ってみたのですが、今回の本題「調性の嘯き」というのは、場合によってはトニックも一時的に姿を変える事など珍しくもありません。FメジャーがFマイナーになってしまったりする事も珍しくありません。用法として一番体得しやすいのはサブドミナントがマイナー化するようなシーンでしょう。

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 今回譜例に示したふたつのコード、最初の小節は左手が二声であるものの、あたかも上声部「Fm7」でベースが「G♭」かのように解釈する人がいるかもしれません。これが私の方面でのローカル・ルールでは異なる所で、上声部は「A♭6」で下声部は「G♭」というA♭から見た7thベースなんですね。6th音であるF音は左手に弾かせているだけの事で。

 上声部をメジャー6thと解釈しているのなら、上声部の根音A♭音から見立てた7th音(=G♭)が下声部に同居してしまうのはマズイのでは!?と疑問を抱く方がいるかもしれません(※7th音が存在し乍ら6th音と等しい音が併存する場合、その表記は7thを包含した13th音として解釈するのが通例なので、上声部から見たG♭は7th音でありF音は6thなので混在させていいのか!?という疑問の意味)。

 しかし、上声部と下声部はあくまで別物なので、下声部が7thの解釈というのはこの場合間違ってもおりません。上声部の含有する音でもない為上声部のメジャー6thという在り方になんら支障を来しません。但し、上声部も下声部も一緒にひっくるめてひとつの和音体系として見立てた場合、「IV6/V」の表記だと上声部にメジャー6th表記を堅持し乍ら上声部から見た時の7th音が下声部に使われているのは納得いかん!という方々もいるでしょうし、それなら「IIm7(on V)」で波風立てないようにするというルールもあったのかどうかは定かではないものの、私から言わせるとどっちも矛盾を孕んではいる表記なのです(笑)。抑が、機能和声に於いて「サブドミナントonドミナント」という構造自体が矛盾した物であり、和声の解決先が逡巡した姿なのですからそれに対して明確な答を得ようとしても矛盾するのは当然の事なのです(笑)。ただ単にポピュラーな方面ばかりで言い争いしていても意味が無い事であり、音を指している先が同一であれば市民権を得ていない何れの語句に頓着してアレコレ不毛な議論を重ねても仕方ないんですよ、ホントは(笑)。


 表記がどうあろうと「こういうコードが好きだ!!」と思ってくれる人はとても素直な方でして私としては嬉しい限りです。然し乍ら、上声部をマイナー7thとしてイメージし、半音上の音をベースに与えて「あたかもマイナー方面のペレアス」をイメージするというのも別な解釈としては必要な解釈でもあります。

 そうして次の2小節目の和音は上声部が「G♭M7(#11) omit5」に対してベース音A♭を与えているという和音です。

 先のブレッカー兄弟の「A Creature of Many Faces」でも出現する「G♭M7(#11)」のおさらいの様に思っていただければ幸いなんですが、今回のはまたそれに対してのベースの与え方が違うので、和声的なバリエーションの違いを体得出来るかと思います。

 「A Creature of Many Faces」での特異な表記は上声部にG♭△下声部にFsus4 =「G♭△/Fsus4」という表記ですが、お気付きの様に和音の構成音自体は「G♭M7(#11)」と違いはありませんが、下で支えているベース音の役割が全く異なるという所に気付いてもらいたいのがまずひとつ。

 それに加えて「G♭△/Fsus4」という和音でのベースのF音の役割は、あたかも「G♭M7(#11)」という和音から半音クリシェで剥離してきた様な音とは全く異なる扱いだという事も併せて理解を深めていただきたい部分だと思います。

 半音クリシェで剥離してきた様な扱いとは異なる「短九度」方面に現れるベースと上声部との隷属支配関係、これはフランク・ザッパの「Big Swifty」でのジョージ・デュークのエレピ・ソロの部分でも嘗て語った事がありましたが、それと同様の「剥離ではない扱い」と理解していただければ幸いです。


 奇しくも今回の譜例で示した和音はスタンリー・クラークのソロ・アルバム「Time Exposure」収録の
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「Future Shock」の様なコードにもなるワケですが、コードだけを抜粋してみると「A Creature of Many Faces」と大きな違いはないのに曲想は全く異なる所が音楽の醍醐味のひとつでありましょう。

  構成音がそれほど変わらないのにこうした曲想の彩りが多彩なのは、以前にも例に示したジェントル・ジャイアントの「Black Cat」などが良い例なんですが、あの曲で示して特徴的な和音は「GdimM7 (on B)」なのですが、構成音を羅列すれば「F#、D♭、B♭、G、H」なので、これはもしかすると上声部に「F#メジャー・トライアド」と下声部に「Gメジャー・トライアドの5th音省略」の形ではないのか!?(=ペレアス和音)と疑う事もできます。

 確かにペレアス和音に近しいものの、下声部のベースの扱いが違う所がまずひとつ。それに加えて仮にペレアスと同様の構成音として下声部にD音を与えてベースにH音を弾いたとしても、それはペレアス和音の音とはまた少し違うという、構成音が同一であろうとも複調や多調や半音階の世界では、「固有の」和音の響きが生じて来るというのも声高に語っておきたい所なんですね。

 半音が集積された音など、構成音が同じであろうとも、その音高にあってこその音というのが確実に存在して来るようになるので、その辺りも視野に入らざるを得ない為、混乱を敢えて承知の上でこうしてわざわざ違いを語っているというワケであります。

 そういう例も踏まえて、上声部のコードから半音下に相当する音が下声部に使われる時、総じてそれが半音クリシェとして下行して出現したモノではなく、短九度を形成して出現する例もあるのだという事をあらためて理解していただきたいのであります。まあ直接耳にすればすぐに判る事なんですが、曲が手元になかったりする人もいたり、音楽理論とやらを実際に音に出して確かめず(音を頭に浮かべる能力があればイイのですが多くの人はそれができないにも関わらず音を出して確かめる事すらしない人が更に多い)、ただ単に文章を読んでいれば理解は後から付いて来るとばかりに丸暗記してしまおうとする人も居るので、提示する側としても実は細心の注意を払い乍ら語っている所なのであります(笑)。