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Planet D'Rhonda/ドナルド・フェイゲン 「Sunken Condos」考察 [スティーリー・ダン]

 ジェイムス・テイラーやザ・セクション、アティテューズ等嘗てのダニー・クーチを彷彿とさせてくれるようなイナタい感じの曲に調性がフラフラしていて、その調性の収まりの無さは落ち着きが無い物とは全く異なり、新しい営みの地へ足を踏み入れた時の周囲の感触を楽しんでいるかのような、それこそ自分自身が死んであの世の住み心地を吟味しているかのような物にも投影できるかもしれませんが、あの世の感想をこの世に持ち込む事は出来ないため、この世で味わっているとすればそれは目の前の現実を受け止める事ができぬまま自身が痴呆状態に陥ったり、或いは自分自身が正当化を貫き現実を直面できぬまま多重人格者になってしまった姿とか、廃人となってしまって現実の世界に意識が戻って来れない様なシーンすら投影できるかのような曲なんですな。
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 おそらく主人公の思い描いていた世界とは異なる方へ現実が進行していったのは間違いの無い事でしょう。思い描いたストーリーの展開ではないものの、新し世界もそれほど居心地が悪くなさそうと受け入れつつあるような世界を表している様に感じるのです。

 曲そのものは一貫してほぼブルージィーなドミナント7th系主体のコードですが、4分58秒過ぎ辺りからそれらのリフに対してバイトーナル・コードと想起可能な音を忍ばせてきます。それらは一連のリフにオルタード・テンションを交えつつ、次の様に展開されます。

 例えば次の様に、G7(#11、13) -> A△/F△(※FM7に♭13thを付加した和音と同一)という風に他の場面でもバイトーナルをB♭△/G♭△という風に使って来ているのはお判りでしょうか。

 何はともあれこの曲におけるギターのプレイが秀逸であるという事。フェイゲンが「Soul & Rock Revue」というライヴにてドリュー・ジングというギタリストを抜擢して、その後のSDのツアーが「アライヴ・イン・アメリカ」とライヴ盤に参加している様に、アウトサイドなプレイはもとよりジャズ語法の豊かなプレイを見せてくれるというそれに次ぐ、しかもスタジオ・アルバムでこれほどのプレイの余地を与えるのは相当フェイゲンも心酔しているのであろうと推察に容易いワケですが、SD関連の人達の曲を演奏した経験がある方ならお判りだとは思うんですが、旧来のジャズ語法のそれとは異なる複雑なコード進行を忍ばせているので結構「遊びにくい」類のコード進行が多かったりするのがSDの曲だったりします。大抵カヴァーされやすい曲は「遊びやすい」曲なんですね(笑)。

 アライヴ・イン・アメリカのツアー時にNYにてギターがパット・メセニーでSDを弾いたというギグがあったそうですが、残念乍らこの時のハナシは色々な所で伝説化されておりますが、音源にはなっていない様ですね。いずれはこの音源が陽の目を見る様になってもらいたいと思わんばかり。とまあそうした期待に相応しいプレイが「プラネット・ドロンダ」にはあるという事を言いたいワケであります。


 曲全体としてはブルージィー感覚で聴く事ができるものの、移ろう先は近親性の希薄な調域を選択しているのが本曲の特徴ですが、リフ自体がシンプルに構築されているので追従しやすい類のモノではあります。どこか「Black Cow」の冒頭のリフを感じさせる所もあったり、ダニー・クーチの「Up Jumped The Devil」っぽさも感じ取る事が出来ます。今作「Sunken Condos」の特徴はアルバムを通して嘗ての70年代中期のイナタさがあった頃の西海岸系の音を感じ取る事ができるのが懐かしさを感じるひとつの理由でしょうか。


 今作の総括としてみると、一般的な目線で見ても「Miss Marlene」は名曲と言われる様になるでしょう。これほど酔わせる曲はあのビッグ・アルバム「ナイトフライ」を凌ぐ位、曲の質が高いと思います。楽理的側面で見てもウォルター・ベッカー同様マイナー・メジャー9thを使っていたり、オーギュメンテッド・メジャー7thを使っていたり、カヴァー作では「Out Of The Ghetto」のブリッジに於いてポリ・モードのアレンジを見せていたり、随所に調性を嘯くアレンジが施されているのが顕著です。勿論こうした近年のフェイゲンの手法はSDの「Everything Must Go」の辺りから顕著なのですが、ベッカーの「サーカス・マネー」がそうだった様に、聴衆に対する聴きやすさからの提示があって、そこから発展させているという工夫が見られる様に思います。故にサーカス・マネーやサンケン・コンドズは聴きやすくもあり、高次な響きも同時に聴く事ができるアルバムに仕上がっているのだと思います。

 2012年に発売されたCDは、本記事投稿時点ではまだ2012年10月末でもあるものの、かなり新譜の当たり年でありまして近年ではCD投資額はかなりの出費になった今年でありますが、出費にグチをこぼしたくなる様なモノではなく、買って良かったと思える作品が多かった物も事実。とにかく2012年は色んな方面でビッグ・ネーム絡みの新譜は多かったと思います。それだけレコード会社も色々企てている事の表れでもあるのでしょうが、アナタ達が売りたい物を「Z商品」の様に売り付けるのではなく、マイナー作品も含めた上で顧客が欲する物を察知して「売る」というアンテナを鋭敏にしてほしいと思わんばかり。なかなかリリースされない名作とて抱えているレコード会社なワケですから資産を巧く活用してもらいたいと思わんばかり。

 因みに「Z商品」というのは、CD販売に関わる人から聞いた物で、CDを取引するにあたって有無を言わさず仕入れを強要される商品の事でして、通常返品が利かない商品なのだそうです。「どうしても返品したくなったらどうすんの?」と訊ねた事があったんですが、色んな策があるようでして「不良品」にしたり、他の受注増をお願いされる時の駆け引きにしたりと色んな手段があるようです(笑)。かなり昔に聞いた事ですから、背帯に「Z」マークが付いてる商品って最近は目にしないので他の名称に置き変わったりしているのかもしれませんが、国内のCD商取引なんてこういうモノです。売りたくもないCDは特定アーティストの宣伝のために「出荷量」を競うがあまりに利用されたりしてきた背景があるワケで、そうしたランキングが無意味になりつつある現在、音楽の経験が浅い消費者ですらもホントは騙されたくないのが本音なんですよ。音に五月蝿い人が選んで行くCDを手にしたいという、本物志向というのが低年齢化しているのがココ数年で顕著な事に目を背けてはなりません。

 低年齢層でそうした変化が起こりつつあるのは、情報が行き届く様になった事も踏まえ、善し悪しは別としてYouTubeなどが貢献している所もあるでしょう。レコード会社のフレコミが信用されなくなってきているワケですな。アナログしか流通していないような商品に目を配ってリリースしてみたり、従来以上に動向に目を配る必要があるのではないかと思う事しきり。フェイゲンの今作は間違い無く、そうした方面の動きを更に加速させる事をあらためて痛感させてくれる商品に成り得る作品のひとつでありましょう。マニア層にも新参層にもどちらにも効果がある訴求力のある正統な作品という意味です。

 よほどの作品がリリースされない限りは2012年発売新譜では間違い無く私的ランキングトップに位置付けされる「Sunken Condos」でした。