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平行調とのディープなカンケイ [楽理]

今回はちょっとばかりアヤシイ感じのタイトルにしちまいましたが(笑)、まぁ、前回エリザベス・シェパードの楽理的側面を声高に語っていた部分の続編みたいな形でハナシを進めていこうかなと思っているワケであります。平行調というのは、譜面で表すと同じ調合で表される長調・短調の関係だということはお判りだと思うのですが、今回語るのはですね、例えば音楽方面で語られることの多い次のような稚拙なタイプのモノとは異質な側面ですのでその辺は誤解のなきようご理解ください(笑)。例えば!?


「この曲メジャー(=長調)なんだけど、次のパターンから平行調(=マイナー)に転調するよね!」


もうこの手の人達は相手に出来ないので、そのまま葬り去ってもらいたいものなんですが(笑)、私自身この手のケースを過去に散々批判したコトもありましたが、平行調へ行くのをなにゆえ「転調」と呼ばないのか!?という事はそちらでご確認していただくとしてですね、平行調と呼ばれる長調と短調が混在するシーン(先のような例とは異なる)というモノは実は存在します。その辺の導入ケース以前に親和性の高いスケール外の音というのを掘り下げていってみましょうか。

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ディグリー表記で言う所のI△7というコードがあったとします。これはトニック・メジャーであり、それがメジャー7thコードだという事を指しております。仮にトニック・メジャーが「I△7 (9、13)」という表記があったとしたら、五度圏の円で示される半円の中に収まる6音という音の抜粋という世界の音を用いているワケで、完全五度の累積から生じる親和性の高い音を選別しているが故に構築されている和声だという事が言えるワケであります。これは今一度前回のエリザベス・シェパードで用いた五度圏の図を確認してもらえば一目瞭然だと思います(前回の図だと時計的に言えば1時の部分、つまりB△7 (9、13)と見ていただければスンナリご理解いただけるでしょう)。


で、この親和性の高い音の内、トニックからみた9thと13thの音を対極に置換することで、調的な世界からもニュートラルなアウトサイドな世界の音を結果的に使うことになっている世界というのは実は多様な世界観を生み出しているというコトが前回語っていた部分ですね。


まあ、既にお気付きの方もいらっしゃると思うんですが、「I△7 (9、13)」というコードの9thと13th音を対極に持って行ったコトで生じる音を羅列してみると、結果的に「オーギュメンテッド・スケール」という6音音階(=ヘクサコード)を生むこととなりまして、この音階は短三度→半音→短三度→半音・・・という繰り返しで構築されるシンメトリックな音階を生じるワケですな。まあ、この点に既にお気付きの方がおられるのではないか!?と言ったワケですな。


前回にも語ったように、確かにメジャー7th上で生じる#9thやb13thという音は、b13thならまだしも#9thは積極的に使用しづらいモノでもありましょう。しかしながら、ココを肯定的に捉えないとなかなか巧く身に付けるコトもできないかと思いますので、今回はその辺を深く語ってみようかな、と。


メジャー7th上でb13thを扱うことのできる根拠、というのはウォルター・ベッカーの件でも触れたように他にも色んな見立てで生じさせる事は可能ですが、今回の見立てというのは、より現実的な側面で「なにゆえ呼び起こせるモノなのか?」という事を論じてみましょうか。


仮に判りやすく、キーがCメジャーだっとします。すると、Cのトニック・メジャーであるC△というコードから見た「b13th」というのは「Abであり異名同音はG#」というコトになります。

本来なら縁遠く感じるこの音というのは実はそうではありません。例えば平行調の「Aマイナー」という世界におけるドミナントはエオリアンの世界を維持するのであればドミナント7thに変化させることなく四和音は「Em7」ですが、ドミナント7thに変化させた時というのは3rd音を半音上げて「E7」とするワケですね。ココで変化させた音というのはすなわち「G#」。

「G#」という音を呼び起こせるというのは別に縁遠い音を呼び起こしているワケでもなく、実は長調という世界の側からこの音を導いた時というのが現代の和声構造における「短調の世界の拝借と混在」でありまして、別のシーンでは二声で一方がGミクソリディアンの旋律、もう一方がEフリジアン・ドミナント(ハーモニック・マイナー完全五度下)という風にすることで「混在」した世界こそが、ようやくメジャーとマイナーの併存と呼べるワケです。

このような世界観を現代のコード感で用いるとするならば、キーがCメジャーの曲においてG7が出現する所に「E7とG7のハイブリッド・コードを弾く」という事で生じる音と思ってもらえばイイでしょう。


しかし、平行調との世界をただ単に「ほぼ」無意識に行ったり来たりするのはともなく、ハイブリッド・コードを用いて平行調それぞれのドミナント7thをハイブリッドで用いる、という曲はそうそう出会うことなく音楽聴いている人が殆どだと思うんです(笑)。しかしながらクラシックの世界ではこんなの珍しいモノでもない多旋法的な扱いで、これを明示的に用いることで、たかだか平行調であろうとも初めて「CメジャーとAマイナーの混在」と言える世界なんです。

あるパターンでE7が出て来て、他のパターンでG7が出てくるというのは違いますよ(笑)。あくまでも垂直レベルに和声を捉えた時の世界ですからね(ここでこういう誤解をする方は私のブログを読まれる方ならまず存在しないと思いますが念のため)。


たかだか平行調の関係であろうとも、そこには多旋法的なポリ・モーダルの世界というのは存在するワケでして、平行調との関係にないモードを用いて和声を構築すれば実に多様なモノとなる、というのは過去にも語って来た通りであります。


で、ハナシを元に戻すと、とりあえずトニック・メジャーの「I△7 (9、13)」という構成音のそれは、完全五度の累積から生じた親和性の高い音、つまりC音から5回完全五度重ねれば生じる音だという事も同時に確認していただきたいのですが、この程度の回数で完全五度を重ねるというのは普通に存在することでありまして、こうやって重ねて行くことで世界のペンタトニック・スケール(=五音音階)は構築されていているワケで、チェレプニンがチェレプニン音階を作るスタート点にもなっているワケですな。これは近々語ることにしますが(笑)。


まあ、こういう「G#音」の発生の根拠を列挙するならば他にも例はありまして、先述にもチラッと語ったフリジアン・ドミナントという変格の世界を背景に、今度はスパニッシュ・モードが発生したりします。こういう側面からも「G#音の発生」というのはCメジャーまたはAマイナーという調において何も突飛なモノではないというワケなんですな。


そもそもAマイナーの属音をドミナント7thとして変化させるのは、トライトーンを生じさせて三全音の内声に強固に向かうベクトルで解決を迫っているというよりは、Aマイナー・スケール上の第7音を主音へ半音の隔たりを生じさせることで(=導音)、背景の四度進行とともに解決させる動きであり、メジャー(=長調)の世界のドミナント7thとはまた少々動きが異なるワケですね。

無論、ドミナント7th音の5th音をオミットした上でトライトーンを上下逆に展開してV7→IV#△という、トニックと裏(=対極)にある方へ解決させるという、三全音の平行の進行を用いる技法もバルトークの中心軸システムから学べる興味深いモノもありますが、いずれにしても先ほどから語っている「G#音」の発生というのは、作為的な発生ではあっても決して人工的ではない有機的な変化なのだと思っていただければよいかと思います。


そんな有機的に生じた音を肯定的に拡大解釈すればこそ、オーギュメンテッドな姿が見えて来たり、メロディック・マイナー・モードの姿が見えて来たりするのが大変興味深いところなのであります。


メロディック・マイナー・モードのダイアトニック・コードを形成させた場合、ドミナント7thと称される類の和音は第4・5音をルートとする部分に現れます。


仮にAメロディック・マイナーという音列があって、平行関係にあるCはCリディアン・オーギュメンテッドなワケですが、Cから基準に見立てると増五度であるG#を属音となるよりも、あくまでも調的な吸引力で考えると、Eをルートする所がドミナント7thとしての役割がウェイトを占めるものであり、結果的にココに吸引力を求めると、平行関係にあるAメロディック・マイナーの属音の拝借ということで、Cリディアン・オーギュメンテッドというのは、そのまま扱ってしまうと通常のドミナント7thのドミナント・モーションという動きの吸引力に引っ張られてしまうというものを意味します。

この吸引力、というものに補足されることがないように扱ってこそ、メロディック・マイナー・モードの本来の情緒を巧く扱うことが出来るようになるわけで、ある意味では、この吸引力から逃れながら独特の情緒を得るフレージングというのはセンスが問われる部分なのであります。ただ単にスケール・ライクに音を羅列した音運びにしてしまうと吸引力(つまるところ、通常の音世界の情緒)に引っ張られてしまう、というコトを意味しているのであります。


そういう強い力からも解放された音達が、ようやく自由なフレージングを見せている時が半音階的発展を遂げている実際でありまして、そういう姿に魅了された人というのは一旦味を覚えると忘れることなく自転車や水泳をマスターしたかのように、その魅力を焼き付けるワケです。この情緒に気付けない人というのは正直なところまだまだ未習熟な人達と言えるワケであります。


さらにハナシを進めていきますが、完全五度を5回累積する前に生じるステップとしてその前に完全五度を3回累積した部分を注目してもらいたいワケですが、例えばC音から完全五度を2回上方に累積すれば長九度音程を生みます。3回累積すれば長13度音でA音を発生させます。

同様にさらに13度音を発生させればF#音を発生させ、これが今日のハーフ・ディミニッシュと呼ばれるトリスタン・コードを生み、さらに13度音を発生させEb音を生み、これは今日のシャープ9thと称されるいわゆる「ジミヘン・コード」というコトにも至っておりまして、この辺りはバルトークの世界観がジャズの礎にもなっているという部分でありますが、ジャズは無闇矢鱈に12音の音を使おうとしているのではなく、共鳴的な部分からの情緒を利用しつつ半音階的発展をしようとしているモノであることがあらためて判ると思います。無論、バルトークはジャズという音楽が発生する以前からこういう世界観を身に付けていたということがあらためて認識することができるのでありますが、取りあえずハナシを今一度戻して、CメジャーのC音から13度音を発生させた世界、つまり「A音を生む」所からもう一度語ることにしましょうか。


「I△7 (9、13)」というコードをCのメジャー・キーに置き換えるなら、このコードネームは「C△7 (9、13)」となります。そこで9th、13thを対極に持って行ってしまうとどうも扱いづらい人が出て来ます。

※エリザベス・シェパードの件で語った時の五度圏の図を今一度確認していただくとして、その図を例にすると、それを時計的に見た場合今現在ココで語っている所は「8時」の所です。で、8時から時計回りに1時までの範囲に収まる音を拾っているという事を意味します。


この8時から1時までの範囲に収まる音の集まりを長三和音を母体とする構造として見てみると、C音から完全五度を累積しているというのが判りますが、A音(11時)に基準を持ってくると、その8時から11時の間の内側に重きを置いた短三和音、つまり「Am11 = Am7 (9、11)」を形成するようになり、Cから上方に完全五度を累積した世界というよりは、比重が変化するかのように形成させれば完全四度累積の構造として見立てることも可能となります。そしてその完全四度累積による「情緒」は、完全五度累積が時計回りへの牽引力があるとすると、完全四度累積の場合は反時計回りの牽引力として逆の視点で五度圏を見立てることが可能となります。


例えば、ドミナント・モーションの「解決感」の本質というのは、そこに生じている倍音が基音へ安定性を求める所に端を発しているワケですが、倍音というものの存在は避けて通れないものでありまして、長三和音であればその和声を構築する構成音と倍音は補強し合う関係で「安定的」であると形容できますが、短三和音というのは根音のそれが結果的に先述のように完全五度累積のベクトル以外に完全四度累積のベクトルを生じるように、倍音との補強関係も長三和音のそれとは希薄になり、結果的に四度を「逃げ水」のように追い求めるような世界を生じるとも形容できます。

リーマンがこのような「逃げ水」的な要素を「下方倍音列」と提唱したように、本来存在しない音に結論を導くのは確かに突飛な事かもしれませんが、現代においては短和音の性格というのはあらためて「逃げ水」的要素を認識せざるを得ない事実を目の当たりにしているという事を受け止めつつ理解しなくてはならないと思うワケですな。

まあ、私のよく言う短和音の持つ「まどろみ」という表現も、このような現実の事を指しているワケであります。


ハナシを戻しまして、完全五度累積で生じている音たちのルートを長和音ではなく三度下の短和音にした事で、そこには四度累積の世界観を生じることにして「Am11」というコードを得たとします。

例えば、モード・ジャズの多くに四度累積の和声をよく耳にするのは、色んな調性を持つ旋法的なそれが、背景の和音の3rd音がジャマをしないための配慮というのもひとつの県警でありますが、基本的にはこの四度累積というのは完全五度の3回の累積に伴う13度の発生と主軸の置換(短三度下方)にすることで生じる逃げ水的な四度累積のベクトル、というものが強固に備わっているが故に生じる事例だと思うのであります。それはハービー・ハンコックの代表曲のひとつである「処女航海」のそれを聴いても明らかです。


例えば、E音をベース・ペダルに上声部はAm11系の四度累積を保った和声構造を構築させるとします。内声にAm11の構成音やらで杓子定規に扱うのではなく、その内声を対極、二次対極にある音に置換させて結果的に「アウトサイド」な音を得る、という手法のひとつに中心軸システムをベースとしたモードの技法というのがモード・ジャズの初期の手法であると言えるワケですな。

その後、ドミナント7thコードのトライトーンを生じさせている2つの音、例えばE7ならG#とD。この音にハイブリッドな和声を生じさせるようにsus4や増三和音を配置させたりして発展させているのは何も突飛なコトではなく、中心軸システムを例にしても、共鳴度の高い世界に呼応すべく世界観であるのだという事をあらためて認識することができるのであります。


つまり、十二音技法のそれがあらゆる力関係から束縛されることのない「無重力状態」であるような世界観と形容するならば、中心軸システムに合致するそれは結果的に半音階を得てはいても調的な情緒や偏重具合はどこかに求めている世界観であると形容することができます。無論、ミュージシャンの中にはそんな区別をすることなく、中心軸システムに当てはまる世界であっても調性を中立的にしようとする試みがあってプレイしている人も多いことでしょう。しかし、現実にはやはりどこかに情緒を得つつ音を拡大させて半音階を得ている世界観に分類されるのが圧倒的なのだという事を意味します。ジャズは決して無秩序でないのでありますよ(笑)。


短和音上で遊ぶやり方としては、過去の記事で手前味噌ではありますがこの辺りを参考にしていただければな、と。

とりあえずハイパーな音選び

譜例