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梵鐘の音を採譜 [楽理]

 今回の記事は、2021年8月現在にてTV放送されているバイトルPROのCMの件なのでありますが、ロケ地の梵鐘の音が非常に心地良いので採譜をするに至ったという内容となります。

 EXILE TRIBEのTHE RAMPAGEが出演しているのが大きな特徴で、その名も「鸞平寺」。勿論これは架空の名前であり、実際には千葉県市川市の「中山法華経寺」との事。

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 30秒CMの内、鐘を撞く音に加えて鐘に頭をぶつけて鐘が鳴るという2種類の音を採譜したという訳ですが、遉金属音。高次の純正音程の塊であり、擬似オクターヴとなるパーシャル(部分音)もかなり潤沢に鳴っております。




 金属という材質は形状にもよりますが、高次の純正音程やオクターヴを超越する螺旋律体系となる部分音が多く含まれます。前者の場合は若い数字の自然数(整数)比とはならない自然数比となる音程の事で、後者はオクターヴ回帰とならない倍音構造が潜んでいる状況を見る事ができるという訳です。尚、下記の動画は「ポリゴノーラ」というオクターヴ回帰しない楽器を用いた演奏例であります。




 螺旋律の場合、低次の自然数比となる振動よりも金属の構造や形状が起因している「その構造物にとっての安定的な振動」が優勢となる事で、通常の単純な振動比よりも複雑な状況で「物体の安定的な振動」が現れる事を耳で聴いたり、場合によっては視覚的に振動を確認する事ができるという状況があるという事を意味しているのです。

 そうした螺旋律は概してオクターヴ回帰をしない体系の音律にある為、直線平均律法(=Linear Temperament)とも呼ばれるのであり、身近な例としては木琴・鉄琴あるいはチューブラーベルの音には、螺旋律由来の部分音が包含されている物です。

 勿論、低次の整数比が優勢となる部分音が際立つからこそ楽音に利用できる訳ですが、どこかそうした楽音から「逸れる(はぐれる)」様な音が混ざっている様な印象を抱いた事はないでしょうか!? これこそが螺旋律の部分音を含む状況を薄々と感じ取っているという訳です。

 そうした逸れた音というのは通俗的には「音痴」に聴こえる音なのでもありますが、音痴の様には聴き取る事はない低次の振動比が多くの部分音に際立って分布している事で、絶妙な音色として成立する訳です。

 加えてパーシャル=部分音というのは、純音という音叉の音の様な状況を除けば存在する音の殆どは「複合音」と呼ばれ、何が複合なのかというと部分音が複数存在しているが故の呼称なのであり、音色を形成しているのは多くの部分音が複雑に分布しているからなのであります。

 そうしたパーシャルには、自然倍音列で知られる整数次倍音として現れるものであり、これ以外に非整数次倍音という物も含まれる訳です。非整数次倍音の多くは、概して先述の様な螺旋律の体系が関与している物です。

 また、楽音として広く利用される楽器の多くは鋼鉄の様に堅牢な構造体ではなく、低次の協和的な振動数が優勢に響く様に考慮されているのであり、本来な高次倍音はそれほど多く望めない様なヴァイオリンでも、馬の尻尾の毛の細さが高次倍音の付与に大きく関与しているという物であります。

 ピアノとて堅牢な構造物の様に見えるかもしれませんが、広い音域を鳴らす為に必要な構造として物理的な大きさや重さに反映されているに過ぎず、倍音成分に於てはそれほど多くの高次倍音が現れる訳ではありません。

 寧ろ、堅牢な構造物からすれば楽音として多過ぎる部分音は不要とばかりに、際限のない高次倍音が鳴る様には設計されておらず抑制しているとも言えるのが現実です。

 シンバルは丸い形状だからこそ本来なら直ぐに減衰してしまう様な高次倍音が安定的に振動しているという状況であり、四角い形状となれば潤沢な倍音分布とはならず抑制された音として設計されるものです。

 またシンバルの場合は、見た目は単に円い物であっても叩き方が悪かった事で目に見えない歪つな反りを生んでしまう事があり、この僅かな反りや歪みで全く高次倍音が鳴らなくなってしまう所謂「死んだシンバル」となる事もあります。

 扨て音楽界で梵鐘というと、黛敏郎が「涅槃交響曲」で東大寺をはじめとする日本のいくつかの寺院の梵鐘・半鐘を採譜した事が有名でありますが、採譜の時点では微分音で細やかな分析を施しつつも、実演では12音律の半音階に均しているのが実際であります。




 スペクトル楽派よりも先を行く試みでありましたが、こうした「複合音」への欲求はシェーンベルクが提唱していた「音色旋律」に帰着する試みなのであり、勿論スペクトル楽派のそれも同様に音色旋律に帰着する物であるのです。

 そうした音色旋律もミュージック・コンクレート=具体音楽にヒントがあるのですが、凡ゆる現象を音楽の素材にするという事の「具体化」。これこそがミュージック・コンクレートの真髄であるので1900年代初頭のこうした大きな潮流を経た上での音響側面の具体化の萌芽が現れ、現在に至っているという訳です。

 音響状況の具体化とは、音響を分析したのち異なる音源で「再現」する事になります。西洋音楽というのは《世界に普く存在する楽器を用いて何時々々でも再現可能》として存在しているので、指揮者が読む総譜には詳らかな料理のレシピの様な方法論が明記されています。

 そうした方法論は、狙いとなるオーケストレーションの再現の為の物です。DAW環境に喩えるならば凡ゆるオートメーションやプラグインの設定が書き込まれている事に等しい方法論が書かれているので、電力を必要としない楽器であるならば、指定された方法論に基づいてオリジナルの再演を試みる事ができるという訳です。

 茲で重要なのが「再現」というキーワードです。ジャズ/ポピュラー音楽ですら、オリジナル通りの再演がライヴでは難しいというのは素人でも感じる事があります。

 歌っている本人もバックで演奏しているメンツも変わりなく、使用機材も殆ど同じであるにも拘らずスタジオ録音オリジナルと同じ状況に聴こえるライヴを耳にした人はまず居ないでありましょうし、その差異に違和感を抱いてしまう人すら居る位です。

 オリジナル・メンバーそのままに演奏してもオリジナル通りになる事が無いという再現性の難しさは西洋音楽とて同様です。それを逆手に取って指揮者の思い描く匙加減でオーケストラを統御して、他の再演物とは異なる魅力を引き出すという事がオーケストラの再現の実際ですが、大きく逸脱してはならない物も感じ取って仕立て上げる必要がある訳ですね。

 DAW環境では、あるお気に入りのプラグインのメーカーが倒産してしまい新たなるOSの環境で動作させる事が出来なくなり再現性が失われるという事も往々にしてある事でしょう。場合によっては停電で使えなくなったり、制作環境そのものが故障してしまいDAWを使う事ができず、それをどうにか再現可能な方法論すら知らないという使用者の方が大多数であろうと思います。

 西洋音楽を学ぶ事の長所はこうした音楽的方法論を会得する所にあります。再現の為の方法論を知るという事は音楽的素養を高める事になり、多くの器楽的状況を知らなくては不可能です。それは音楽理論や音楽学にも言えるので、深く音楽を学びたい若い方は是非ともジャズ/ポピュラー音楽方面の教育体系ではなく西洋音楽体系を学ぶ音高・音大で音楽を学んで欲しいと思う事頻りです。


 本題に入り、バイトルPROのCMに使われる梵鐘の採譜について語って行く事にしましょう。まず最初に述べておかなくてはならないのは、私自身が現地の中山法華経寺に赴いて収音した音を採譜しているのではなく、あくまでもTVCM内の音を採譜しているのだという所です。

 なぜそこまで強調しなくてはならないのか!? というと、私はCM制作スタッフの方々を疑っているのではありませんが、CM内の梵鐘の音が実際のものかどうかは現時点では判然としないからです。

 収録時に梵鐘を鳴らす事のできない何らかの理由が起きて別の梵鐘を当てている可能性もゼロとは言い切れません。

 YouTubeにアップされている他の中山法華経寺の梵鐘も聴いて比較してみましたが、強く撞く事でCMのそれよりも高次倍音が潤沢で、低域の音が優勢ではないので一聴すると「高く」聴こえてしまうのです。単に高次倍音のエネルギーが増しただけではあるのでしょうが、私が現地に赴いた訳ではないので断定する訳にも行かないのです。

 ですので、私が採譜をしたのはCM内の「鸞平寺」であるという事はご容赦願いたいと思います。

 扨て、この梵鐘は非常に「音楽的」に響いている音でありまして、楽音に用いる事が可能なほどのパーシャル(部分音)に満ちていると思います。

 私が採譜したのは2種類の梵鐘それぞれ8つのパーシャルを拔萃しての採譜となっております。これらの拔萃したパーシャルは、それらが複合音としての梵鐘の音の全てなのではなく《主要な》パーシャルを拔萃した上での結果であるという事も同時にご理解願いたい所です。




 これら2つの梵鐘の各パーシャルの上限/下限となる音域の範囲内では、実際の梵鐘に存在する2つのパーシャルを割愛して8つの主要なパーシャルを抽出しております。

 即ち、音域内に存在する更に2つのパーシャルを含めれば本来10個のパーシャルを分布させて表す事が出来たという訳です。

 割愛したパーシャルはそれぞれ「ピッチが揺らぐ」という状況のパーシャルでした。概ね上下に30セントほどブレた音として存在する訳ですが、このピッチの揺らぎを形成せずとも、他のパーシャル同士で得られる「うなり」(=ビート)で、梵鐘という状況のゆらぎのある音は表現可能だったので割愛したという訳です。

 また、そのピッチの揺らぐ部分音を実際に配した所で、逆にそのパーシャルが際立ちすぎてしまい、ミックスレベルを変えても複合音としての状況が却って薄っぺらい音になってしまったというのもあり割愛したという訳です。

 物理的現象から勘案すれば、そうしたピッチの揺れは鐘本体の構造的なゆがみが生じているからでありましょうが、エフェクターとしての周波数シフターやリング・シフターとかを使えば勿論再現性を高める事は可能ではあります。

 然し乍ら、今度はそれを楽譜に反映するとなるとLFOの揺れ具合の拍節構造や音価や漸次ピッチが揺らいでいる状況のそれを表すのは今回の譜例では、その状況ばかりに重きを置く様な譜面(ふづら)になる事も避けたという訳です。

 割愛してもそれほど違わぬ要素でしかない音まで詳らかにして譜面を読みづらくしてしまう状況を避けた方が、こちらの作業工数としても非常に短くて済む(笑)事もあるので、割愛したパーシャルがあるという訳です。

 それらの楽譜の上限/下限の音域内のパーシャルとは別に、上限の音(=パート1となる高音部)の更に高い音域外には、更に数十個のパーシャルが分布しているのが実際の梵鐘です。唯、こちらを同様に割愛しても主要な8つのパーシャルさえあれば「ほぼ」大方のキャラクターを掴める音となるので音域外となるパーシャルも割愛したという訳です。

 譜例で統一している書法は、HEWMノーテーションという拡張ヘルムホルツ゠エリス記号を用いており、実際に使っているのはHEJI2というフォントです。最近でも坂本龍一の「participation mystique」の記事中にて語った事もありますが、HEWMノーテーションというのは基本的に「純正音程」を取扱う為に作られた記号なのでその辺りはあらためて念頭に置いていただければ助かります。

 尚、各音符に付されている数字は「幹音」からのセント数の増減を意味しております。楽譜上では長号および変化記号の不要な音からの値です。中には「-199」セントを表しているものもあるので、

《殆ど全音下(200セント)なら全音下の位置で書けばいいのでは!?》

と疑問を抱く方も居られると思いますが、純正音程を取扱いつつHEWMノーテーションを使う場合、軸足となる音度が隣接の音度に跳越して表さざるを得ない状況が多々生じます。幹音があくまでも基準となる以上、調号が作用させる変化音は無視して幹音から数える事になりますのでご注意のほどを。

 扨て、純正音程というのは平均律の場合はオクターヴとユニゾンしか遭遇しない事になります。ピアノの場合は平均律の標榜しただけのストレッチ・チューンが実状ですので、前述の音程とは異なる音程での純正音程を耳にする機会は意外と少ないかもしれません。シンセサイザーならばすぐに取扱えるので興味のある方はお試し下さい。

 ひとつ誤解してはならないのは、純正音程を取扱うからと言ってその音律は「純正律」という訳ではありません。純正音程を取扱いつつ純正律と呼ばれる音律ではない音律を取扱うのは通常「純正調」と呼びます。理解の浅い人や言葉の持つ意味に重きを置かずに何の拘泥もしない人は純正律を純正調とも呼んだりする事もありますが、純正調と純正律は全く別物ですのであらためてご注意いただければ幸いです。

 となると、今回の譜例動画は「純正調」なのか!? というと確かに純正調の方に括られるべきものです。処が梵鐘の一撃で調判定を下せるものではないので「純正調」と厳格に括るのは今回は避けた方が宜しいかと思います。単に純正音程と呼んでいたのは、調判定するまでに及ばないからなのです。

 とはいえ今回の譜例動画の調号には変記号が4つの変種記号=変イ長調/ヘ短調を思わせる調号で書いております。

《調判定を確定できない状況で純正調とも呼ばないそれに、調号を確定しているのは何故なのか!?》

という疑問を抱かれる方はとても賢明であろうと思います。調号を充てた理由を述べる事にしましょう。

 2つの梵鐘の譜例にある ‘same as sixth overtone’ という注釈を着目していただきたいと思います。1つ目の梵鐘は6番目のパート、2つ目の梵鐘では5番目のパートに充てております。

 この注釈の意味は「第6次倍音と同様」という意味です。何某かの基音が存在した上での第6次倍音という上音ではないのです。但し、

《基音を想定した時の第6次倍音の位置と同様》

という意味なのです。

 本譜例動画での最低音はいずれも8番目のパートの音です。これは、この梵鐘という「複合音」の最低音に違いはないのですが、楽音に用いる上方倍音列に合致して生ずる部分音の集合体ではないので、オクターヴ回帰をもしない金属という構造物特有の「安定的振動」で生じた螺旋律の塊となっているのが実際の姿です。

 但し、これらの部分音の中で最も楽音に相応しい振動として判断した場合、それが ‘same as sixth overtone’ の注釈を充てたパートであるという意味なのです。

 基音を想定するとなると、譜例の最低音よりも七度相当低い位置に現れる「A♭」= [as] が、架空の基音という事を意味しているのです。

 この架空の基音は音波の因果関係として実際に低音域のエネルギーとして現れます。こうした現象で最も音響心理学方面で知られているのが「差音」ですが、電子工学的に言えば「ヘテロダイン共鳴」として上部だけではなく下部に現れる共鳴も知られております。


 最近では下部共鳴として現れるエネルギー量を視覚的に見る事の出来るプラグインやアプリケーションがあり、取扱いやすいのはMelda ProductionのMMultiAnalyserの ‘DEHARMONIZE’ と ‘DECAY’ のパラメータをそれぞれ100.0%にして下部共鳴のエネルギーを視覚的に判別可能とする所でありましょう。

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 上図にてカーソルが当てられている箇所こそが、先述の架空の基音です。因みに私はこの測定結果に基づいて架空の基音を明言しているのではなく、先に8つのパーシャルを拔萃した時のピッチ分布を確認し乍ら「純正完全十二度」をハンドラベリング的に類推した上でデータを導き出した後にこうして確認してみたら予想通りの結果を得られたのでありまして、決してこうしたツールを先に使って導いている訳ではありません。

 またここでの下部共鳴は、架空の基音よりも更に低位にエネルギーが山を作っている事があらためて判ります。その山のピーク(=中心周波数)にカーソルを当てたのが次の画像です。

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 ご覧の通り、38.51HzというベースのE弦開放よりも半音ほど低い所にピークがあるのが分かりますが、なだらかな山は、その山の範囲内にも下部共鳴が分布している事を同時に示しております。

 この様な下部共鳴はSygytのOvertone AnalyserもしくはVoceVista Videoを用いても、より音楽的に確認する事ができます。次の動画はOvertone Analyserを用いて梵鐘の下部共鳴(=ファンダメンタル)を視覚的に確認できる物です。




 Overtone Analyserの画面にある鍵盤の方を見ていただくと、下部共鳴の領域であるA1近傍とE♭1近傍の鍵盤が赤くハイライトされる事が確認できる事でしょう。鍵盤の下にある五線譜でも同様に推移を確認する事が可能であるという事を示しております。

 私が採譜したパーシャルの内、第1次差音の第6次倍音に相当する所に鐘のパーシャルの存在という事を証明できれば、その採譜に用いた調号と、その調号から想定される主音(=A♭)との純正音程比として示す事になるHEWMノーテーションの示すそれが正しいという事を同時に示してくれる物なのです。

 無論、全てのパーシャルは純正音程比に完全に合致するのではなく、実際には物理的な振動状況からピッチは揺らいでいます。故に純正音程として鳴るであろうパーシャル群もピッチが僅かに揺らぐのが実際です。

 とはいえ、鐘の構造にゆがみが生じる事なく振動したと考えた上で《こうした純正音程比で鳴ろうとするであろう》という風に音高を弾き出しているという訳です。HEWMノーテーションは純正音程比を示すものではありますが、鐘の物理的振動が純正音程をも揺らすと考えていただければ良いかと思います。


 扨て、2番目の梵鐘は鐘に頭をぶつけて生ずる複合音を採譜した物ですが、第1パートの注釈には ‘same as septimal fourteenth’ と書かれておりますが、つまるところ純正音程「14」という波長と同様のパーシャルであるという物で、所謂「自然七度(しぜんしちど)」の1オクターヴ上の音が最高音として現れているのが特徴的であり、自然七度の音脈がこうしてスムーズに現れるという事が金属という構造の堅牢さを能く表していると言えるでしょう。

 このセプティマル14thという純正音程比を今一度Overtone Analyser上で確認する事にしましょう。

 架空の基音は「A♭1」近傍にありました。これを振動比「1」とするなら「A♭3」は2オクターヴ上の「4」となります。この自然七度は「G♭4」近傍に現れる筈ですから、これより1オクターヴ高い「G♭5」近傍がセプティマル14thという事になります。

 こうした事を勘案すると、あらためて2つ目の梵鐘が鳴らすパーシャルの最高音が自然七度由来の音として現れている事を確認する事ができるでしょう。

 2つ目の梵鐘は、1つ目の梵鐘よりも「より協和的」に聴こえるかと思います。全音階的に勘案すれば通常は七度音程というのは不協和音程に括られます。処が純正音程比となると「協和的に響く不協和音程」と変貌を遂げるのですから、これこそが純正音程比の魅力であると言えるでしょう。

 それは即ち《不協和を協和に変える》という純正音程比のマジカル的要素をあらためて確認する事となるのですが、ロックおよびジャズ・ロック系統を聴いている人なら先ず所有しているであろうジェフ・ベックのアルバム『WIRED』収録の「Blue Wind(邦題:蒼き風)」でのE&A弦開放弦でのハーモニクスのみを用いたギター・ソロがありますが、このハーモニクスのソロに自然七度が使われており、私の過去のブログ記事でも語った事があるのであらためて参照いただければと思います。




 純正音程比を標榜しつつ、僅かにピッチが揺らいでズレてしまったという事でも新たなる音響的色彩という効果は十分に得られる物であるので、微分音に興味を抱いた方は臆する事なく試されるのも良いかと思います。

 世知辛い現今社会では、梵鐘のそれを「騒音」と聞く人も居る位ですので微分音の心地良さを語る以前に思慮深い発言をしなくてはならないのかもしれませんが、おそらく梵鐘を不快とする方というのは音量や低周波の音を不快に感じているのであろうかと思うのですが、精神状態が関与している事は大いにあるので、音に対する嫌悪感ばかりを感覚に植え付けずに体得していただきたいと思う事頻りです。

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