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ナチュラル・ハーモニクスと微分音 [楽理]

 最近はエレキギター/ベースの教則本の類に目を通す機会が無くなって来たモノの、嘗ての時代の様に、5フレットと7フレットのナチュラル・ハーモニクス同士を「ドンピシャ」で合わせてしまう愚行チューニングはあまり遭遇しなくなった様に思えます(笑)。


 そりゃそうです。第3倍音は約2セント程ズレている譯ですから、5フレットと7フレット同士でドンピシャでハーモニクスを合わせてしまうと、元の弦から1本弦が遠ざかる度に2セントずつ合わなくなっていってしまう譯ですね(笑)。つまり、ベースで喩えるならば仮に1弦(G弦)を調弦して2弦と合わせる時に5フレットと7フレットのハーモニクスで合わしてしまうと2弦はこの時点で2セントほどズレる。同様に3弦、4弦と合わせていってしまうと、1弦から遠い弦は6セントもズレてしまうのでありますね(笑)。2セントもさること乍ら6セントのズレって相当なモノであります(笑)。


 こうした5フレットと7フレットのナチュラル・ハーモニクスで合わしてしまう愚行を重ねたまま弾いてしまえば純正律と平均律のどちらも「不完全」な側面を受け入れる事となる譯でありますが、そもそも純正律とやらが真正な扱いを受けてしまうのは、単純な整数比で音程を生ずるからでありまして、この「単純な整数比」こそが強固な調性感の出自なのですね。この「強固な調性感」とやらを暈したくないあまりに時代は数多くの調律を探った譯ですが、時代は調性の厳格さを捨てるのでありますね。すなわち、単純な整数比よりもオクターヴを1200セントという風な「等分」に俯瞰する事を是とした譯であります。

 純正律とやらを既知の1200セントで見渡そうとするのは本来なら愚かな行為であります(笑)。但し、1200セントで見渡す事が判りやすいため、平均律とどれほど乖離しているのか!?という事を比較する為には必要な事ではありますが、平均律よりも僅かに違うため、純正律や等分平均律以外の調律に對して特定の音を「微分音」という見方をするのは最早正気の沙汰ではありません(笑)。

 単純な整数比で済ませる事のできる平均律以外の調律で生ずる音程は、平均律と比較してどれほどズレていようとも、その僅かなズレを微分音とするのは間違いです。微分音という見渡しは抑も「等分平均律」が前提にあって、その体系で既知の「完全音程」を等しく砕く事から端を発する音なのだという事を重要視しなくてはならないのです。


 微分音という空間に皮相的理解しか持たない輩というのは、微分音が生ずる事に於いて既知の調性システムに乗っかる体系の音樂という地盤に支えられて偶々発生した微分音に註目するという風にしか註力できないモノであります。喩えるならば、ハ長調の体系を持つ樂音に微分音が撥生し、その音に註目するだけという行為。これは微分音という音を「差別視」しているだけの事であります。


 微分音という物を差別視しないのであれば、音符に変化記号が与えられるor与えられないなど無関係なのです。言っている意味、よく判りませんか!?

 本位記号(=ナチュラル記号)すらも必要としない音の表記というのはハ長調/イ短調の為の表記なだけであり、微分音にしてみたら或る音に對して臨時記号を使ったり本位記号を使う体系こそが煩わしいモノなんですね。本来は異名同音など必要なくなるのです。然し乍ら音樂の共通理解として必要な体系は、樂音が7つの階名を利用している所から端を発しているので、そのヘプタトニックという仕来りは必要としない音程の所に「全・全・半・全・全・全・半」という風に半音を与えられてしまっている体系から、その音に對して「臨時記号」を使ったりしているのですが、その先に調的な世界から逸脱している微分音の空間の音樂を扱う際、こういう世界では調性すらも必要としないのでヘプタトニックの律された表記すらも本当は足枷なんですね(笑)。ですから微分音を取り扱う際、本当なら嬰変など無関係な音名が与えられた方がよっぽど中立的に扱える譯です。四分音という空間を必要とする体系で嬰変無関係な表記体系があるならば、既知のc、d、e、f、g、a、b(h)という音に對して臨時記号は疎か微分音記号を態々逐次与える事すら煩わしくなるという意味ですね。


 それでも微分音を取り扱う音樂が既知の体系を利用しているのは、做品に對する共通理解を反故にしてはならないからであります。つまり、音樂をこっぴどくやってきている者からも理解不能な体系を押し付けて樂音そのものを再現不能に陥れてしまうような表記では本末転倒になりかねないので、既知の体系をどうにか利用しつつ表している事でもあるのですね。亦孰れ微分音に関して語る事もあるとは思うので今回はこの辺で留めておく事にして本題に入る事に。

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 折角ナチュラル・ハーモニクスについて語っているので、ナチュラル・ハーモニクスの代名詞と呼べる曲を取り上げる事にします。その代表的な曲というのがジェフ・ベックのアルバム「Wired」収録の「Blue Wind」(邦題:蒼き風)です。私としては邦題の方の「蒼き風」の方が馴染みが深いので珍しく邦題の方で語って行こうかと思います。
Wired_F.jpg



 「蒼き風」で顕著なのはヤン・ハマーがドラムを叩いて(オーバー・ダブ)いたりするのが特徴でもありますが、何と言ってもイントロの11thコード(=ナチュラル11th音という本位11度音を用いるポリ・コード)が顕著ではないでしょうか。イントロのキーはAメジャーである物の「変格」化されたAメジャーである為Aミクソリディアン由来で想起した方が宜しいでしょう。そして本テーマのキーがEメジャーと轉調しているのでありますが、曲冒頭のイントロ→本テーマのブリッジにはAメジャーのサブメディアント・メジャーである(本来なら平行短調である六度が長和音に轉じているという意)F#△に行く所も實にお洒落だったりします。11thコードを仰々しく使ってはおらず曲最後のフェルマータでのヴォイシングは一聴するとA7sus4の様ではありますが実際にはC#音が付加されているのでsus4由来ではありませんし、同様にDsus4に對して恰も長七の音を付加してベース音Aを弾くという分数コードでもありませんし、11thコードの示唆的な使い方は疑いの無い所ですので今一度ご確認いただければ之幸いです。


 CDタイム2:13付近のギター・ソロに於いて開放弦でのナチュラル・ハーモニクスを用いたジェフ・ベックのプレイを聴く事ができるのですが、それは次のような指板の位置に指を触れて出されているハーモニクスという事があらためてお判りになるかと思います。


BlueWind_JeffBeck2.jpg

 圖の上段に見られる指板上で表している菱形の数字は、圖中下段のリズム譜の数字に對應させたもので、指板の6弦外側に示している除数は、倍音の整数次を示しているモノであります。12フレット上で現れるナチュラル・ハーモニクスは二次倍音という事を意味しています。

※ト音記号内2音目の自然七度を示す微分音変化記号は、ベン・ジョンストンのアラビア数字「7」を用いる物とは異なるラミ・シャヒン氏の表記に基づくものです。

 この例で示している6弦で生ずる9次倍音(菱形7番の数字)は、F#音なのでして實際のプレイもこの通りなのですが、私が過去に見た事のある某バンドスコアではコレを9次倍音としておらず、5弦で生ずる6次倍音のE音としてしまっているモノを見た事がありますが、どう聴いても6弦の9次倍音ですので混同せぬ様ご理解いただきたいと思わんばかりです。


 實は、今回声高に語りたいのは6弦上で生ずる7次倍音(菱形4番の数字)なのですが、中段の五線譜で表している通り、既知の体系ではこの7次倍音は平均律より約31セント程低いとはいえ通常は「d音」で表す音ですが、私は今回この7次倍音を短七度方面ではなく増六度由来の音として取り扱うので、短七の音がほぼ1六分音低い音としてではなく長六度の音がほぼ2六分音程高い音と表すという表記に倣う為に必要な微分音表記を与えておりまして、態々C#から31セント程高い微分音記号を用いております。この記号が六分音体系とも少々異なる独自提案としての表記である事はご理解下さい。六分音絡みとも少々変化をつける為に敢えてこうした表記をしているモノなので、一部で広く知れ渡る六分音体系の表記とは少し変えているのでご註意を。

 1六分音程も低い音をEから見た短七の音と見るか増六の音と見るかは扨て置いても、多くの人は短七の音として許容しているのが實際でありましょう。しかし、この31セント程低い音を許容できるのは偶々短七に近い所で現れるから許容できる幅が大きく捉えられるモノであるのが現實で、こうした31セントほど低い音が完全五度や長三度方面に現れる音だとしたら印象はまるっきり違います。調体系(=調性)に収まる世界観での音程への受容というのは、完全音程と協和音程の近傍に在る時というのは非常に印象が異なるのでありまして、微分音を微分音なりの印象を備えるというのは、調的社会に乗っかって微分音を点在させる世界観とは亦異なる世界観である、という事を強調したいからこそ今回この様な例を出したワケであります。

 ついでに語っておくと、下記のようなポジションでハーモニクスを出すとAメジャー・スケールを得られます。弦を移せばDメジャー・スケールを同様に得られますね。
02AmajorScale_Harmonics.jpg


 
 つまり、調体系+微分音という微分音を新たな色彩として調味料の様に施す世界観と、調体系など無関係に異名同音や臨時記号すらも無意味な微分音という体系での音空間の彩りは全く異なる物である、と言いたいワケであります。こうした区別をしておかないと、微分音を扱う意味でも、その先の理解への重要な欠落を生じてしまいますので最大限の註意を払って念頭に置く事が肝要です。


2021年12月19日追記

 あらためてYouTubeの方で、ジェフ・ベックのギター・ソロのナチュラル・ハーモニクスを使った箇所などの拔萃となる譜例動画を制作したので、その解説も併せて追記する事に。




 このギター・ソロは第7次倍音が使われる事により「自然七度」が現れる好例なのですが、悲しい事に、この自然七度という「微分音」という使用の実際が語られる事は先ず無く(笑)、ポピュラー音楽の中でも稀有且つ顕著に用いられる例が全く語られようとしないのは残念な所です。

 加えて、これだけ有名な楽曲はバンドスコアとして流通してはいても、低次の純正音程比として弦長の整数比のポイントをノードとして押さえる必要のあるナチュラル・ハーモニクス独特の演奏法はピッタリとフレット上に合致しない事に依り微分音という音よりも奏する音の「デリケートな位置」に向けられる傾向が強く、フレット近傍の位置を《仮想的に》小数点第1位の数字を充てたタブ譜を用いて「初めて」表されている重要な微分音=自然七度のそれが、第一に必要な作業がノード・ポイントへの注視が第一に注意を向けられてしまうという訳です。そうした背景が手伝って微分音の認識が忽せになってしまっている実態が、微分音の使用曲として周知されない一因となっていると推察されます。
 
 従前から披露してきた図版内で示している自然七度の部分で用いている微分音変化記号は、今回の譜例動画の方では他の変化記号に変えました。従前の表記はラミ・シャヒン氏に倣った表記であり、譜例動画での表記はアーヴ・ウィルソンやHEWMノーテーションという純正音程を取扱う表記に倣う物です。

 今回の自然七度表記は数字の「7」をひっくり返した様な形になるのですが、これそのものは約32セント程下げるという事を意味しているので、調号が幹音 [d] を [dis] に変化させる様な派生音を意味してはいても、その音が現れる楽譜の線・間で別の変化記号が生じた今回の様なケースでは決して [dis] から約32セントを下げるのではなく、幹音 [d] から約32セントを下げるという意味になるのであらためて注意していただきたい所です。

 ロマン派ほどの古い時代になると同度で生ずる派生音の表記は、本位記号を重複して充て乍ら本位記号の右側に変化させたい嬰変の変化記号を付与させる事がありました。ピアノの初学者は特にこうした時代の作品を習得する為、嘗ての慣例を今猶使おうとする人もおりますが、現代流の記譜法はそうした昔の慣例を使ってはいないので、私自身今回の表記は現代流の記譜法を選択したという訳です。

 譜例動画は弱起小節を除いた小節から1小節目と数えますが、自然七度は2小節目2拍目弱勢から奏されます。タブ譜でのフレットは便宜的に「2.7フレット」と示されますが、フレット楽器に2.7フレットというのは物理的に生じないのであくまでも「概念的」であるという事はお判り下さい。なぜなら、ナチュラル・ハーモニクスに於けるノード・ポイントというのはフレットと無関係であるからです(※12・9・5フレットなど2・4・8・16…倍となる振動数に伴うフレットとノードは両者の合致という標榜でフレットが打たれる)。

 タブ譜の方でのハーモニクスは、符尾側に白丸を振って表しておりますがタイ以降の音に付与していない意図はお判りいただけるかと思います。

 4小節目からは5&6弦上での第8次倍音のノードを示す為に概念的な「3.2フレット」が表されるという訳です。自然七度でのハーモニクスでのノード・ポイントでもそうでしたが、こうした概念的なフレットの表記は市販の楽譜でも同様の数字を充てている事でしょう。私の経験では、ジャコ・パストリアス「トレイシーの肖像」、タラス(ビリー・シーン)「NV43345」でもそうした概念的なフレット数字を見た事がありますが、ナチュラル・ハーモニクスのノード点を概念的に表されている事への注意点はあらてめてお判りいただけるかと思います。

 ギター・ソロは6小節の拔萃で終わり(笑)、最後はメイン・リフでシメとなる訳ですが、6/4拍子が現れた後に出て来る「4/4拍子」は敢えてコモン・タイム=「C」表記ではなく数字で示しております。もしも、本曲をオリジナル通りの尺で採譜したとするとコモン・タイムが現れる箇所は、ヤン・ハマーの奏するイントロのハイハットの4拍子のみに成立し、以降は「4/4」として書かれる事を意味します。今回の譜例は拔萃した私の選択部分こそが最初ですので、コモン・タイムが最初に示されているに過ぎません。

 メイン・リフのコードは今回示す様に、「Gadd9 -> A11 omit5」こそが正確にハーモニー状況を表していると言えるでしょう。8小節目のベース・パートで5連符や付点16分音符が出現するのは、オリジナル後半以降で跛行感が現れるベース・フレーズを模倣した物です(笑)。

 同様にして14小節目2拍目弱勢でのシンセ・ブラスは「Rotary stop」と表されておりますが、これはムーグを重ねて録って後にミックスした音をレスリー・スピーカーにブチ込んでいると思われるからであり、終止部でロータリー・スピーカーを止める事がオリジナルでも聴かれるのでそれを反映させてみたという訳です。

 ベースは下主音でその後終止しますが、私はこの「残尿感」みたいな終わりは結構好きです(笑)。今回こうして譜例動画を制作したキッカケになったのは、iZotopeが無料で頒布する事をアナウンスしたTrash 2の歪みのクオリティが頗る良く、基本音を毀損する事のないコシが得られる事で私の重い腰が上がったという訳です。

 Trash 2はシンセ・ブラス&レスリー・スピーカーのパートとギター・パートにも使っておりますが、このシンセ・ブラスはArturiaのmini V3です。ベースに使っているシンセはmoog Modular V3です。ギターのパートがArturia DX7 Vであり、オペレータのひとつを自然七度が出る様に「7.00」のRateを設定しており、自然七度以外の箇所ではこのオペレーターのレベル自体をゼロにしているという訳です。