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隷属支配からの解放 ~分数コード~ [楽理]

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 扨て、今回はドナルド・フェイゲンのソロ・アルバム「Kamakiriad」に収録の「Tomorrow's Girls」という曲を題材に楽理的方面を語って行こうかと思います。以前にも「Tomorrow's Girls」のイントロには「謎の音階」(=エニグマティック・スケール)の断片的使用が見られるという事でも何度か取り上げたりしましたが、今回はさらに1曲という風に的を絞って語ることにしてみたワケです。


 このアルバムはウォルター・ベッカーが薬物依存から解放された直後のプロデュース業としての復帰作であり、プロデューサーはウォルター・ベッカーなのでありますが、私がこれまでウォルター・ベッカーのソロ・アルバム「11の心象」「サーカス・マネー」と聴いてきていると、この曲の特徴的なイントロや音のシンプルな解体やアレンジの妙味を判断すると、非常にベッカー色の強い作風となっていて、本来なら二人の共作なのかもしれませんがベッカーがクレジットを譲ったかの様にすら聴こえる位にベッカー風味なのであります。

 嘗て「Kamakiriad」がリリースされた直後は、この曲は色んな雑誌でバンドスコアやらを見た覚えがありますが、私はそれらにきちんと目を通していたワケでもないのでそれらの五線譜の解釈を今回倣っている訳は毛頭無く、それらをお持ちの方で今回私の解釈が加わることで理解に迷いが生じてしまうようでありましたらその辺りはご容赦願いたいと思います。


 というのも、おそらく「Tomorrow's Girls」の特徴的なイントロのコード表記などは分数コード或いはオルタード・テンション混じりの表記を選択するのが一般的だと思うのですが、私の解釈としては先述の様に、「謎の音階」からの抜粋という風にダイアトニック・コードを形成していく事が重要ですので、その抜粋から生じるポリコード、という狙いを明確にするためにコード表記においては後述のようにしていきますのでご容赦願いたいな、と。


 その特徴的なイントロの「謎の音階」の抜粋というのはEオーギュメンテッド・トライアドとF#メジャー・トライアドの組み合わせに依る六声の和声を根幹に据えた解釈であり、原曲ではこれらの和声を六声もガメるような使い方はしておりませんが、「断片」として確認することができます。今回私がケークリにおいて施しているアレンジは「ガメた」使い方であります。
 これら2つのポリコードの主従関係を見てみると、F#メジャーの側が下声部Eオーギュメントの側が上声部として想起することで原曲のイントロのド頭部分を想起することができるのですが、原曲のイントロ6小節目の部分ではEaugへ移ろわせるコトで一旦F#という世界からの「解放」とでも言うべき進行がありまして、これは私には明確なコード進行というよりもF#メジャーとEオーギュメントとの仄かな移ろいだと解釈しておりまして、明確な進行とは違う、ベース音として選択するべき音の上と下との隷属支配関係を単純に入れ替えたモノとして理解しているのです。

 つまり元の姿をポリコードとして「Eaug/F#△」という分数の形で見た場合、原曲6小節目では単一の和声として「Eaug」が明示的にシンプルに選択され、その後7小節目にはBdim△7という是亦特徴的なコードが現れて来まして、ディミニッシュM7thはジェントル・ジャイアントのDesignの時にも現れたので記憶に新しいかと思いますが、先の「Design」と今回の「Tomorrow's Girls」での使われ方は非常に似ているので覚えてもらいたいものです。

 「Design」の時に説明したディミニッシュM7thというのは、通常ディミニッシュM7thはそのルートの3度下に「真の」根音を見出すことができる使われ方が多く、それはドミナント7thを母体とする#9thまで重畳させた五声の体の簡略形として想起し得るモノとして説明したワケです。「Design」のそれも3度下に真のルートを見出すことは出来るのですが、その簡略型の方の用法も色濃い部分があるので今回覚えておいてほしいと思います。
 今回出て来た「Bdim△7」は3度下にG音を見出して「G7(#9)」の一部という風に判断するのではなく、「Bb△/Cb」という風な解釈で捉えていただきたいのであります。
※ブログアップ当初は「Bb△/B」という風に、上と下のスケールディグリーはバイトーナルからの見つめ方でそれぞれ異なるという見立てから表記しておりましたが判り辛いので今回の様に修正しておきました。

 Eaugという増三和音はベースがE音だからこその表記ですが、長三度音程に依る等音程の三和音なのでG#aug、Caugという見方も同様に可能です。つまり、こうした増三和音が「止り木探し」として後にBb△に収まったとすると、CaugからBb△へ収まるという姿が音程的には最も近しい関係であるとも理解可能ですし、Eaugからの収まりとして考えると、違いに対蹠関係にある音程での収まりとも見ることができます。

 私としては「二度」という音程関係にある「Caug -> Bb△(上声部のみ)」という収まりの体で見立てる事を推奨します。で、増音程を包含するポリコードの場合、今回の場合はF#△とEaugという三声ずつの和声ですが、それらの音を和声を使う際、ベース音としての隷属支配関係を希釈化させる使い方も可能だという事を言いたいのであります。

 つまり極論すると、六声が一塊であればF#もEもどちらがベース音であろうと、どちらでも好きな響きを選別可能と呼ぶに等しい選択肢を持つことが可能なのです。

 例えば、今回の原曲では下声部にF#△を想起しているワケですが、上声部にF#△を追いやった「F#△/Eaug」という風にして分母と分子を入れ替えてしまう想起も増音程を包含する時のシーンとして呼び込むことが可能なのだと言いたいワケです。この使い方を覚えると下声部に短三和音が来るポリコードの体をマスターする事ができると思いますので今回あらためてポリコードの体を述べているのはそういう狙いがあったからでして、ジェントル・ジャイアントの「Design」で出現したディミニッシュM7thの体は3度下に実態を探るばかりではなく(※D#dim△7=D△/Eb)今回のように「長三和音+短九度ベース」想起する事が可能なのです。

 こうした例から痛切に理解していただきたい事は、ディミニッシュ・メジャー7thという体を見付けた時に、その音から更に3度下に音を頼って属七の体を見出してしまうのは決して間違いではないのですが、属七の体を発見する事は「調性ありき」の姿を見付ける事と等しいのでありまして、こちら側の姿を強調して見付け出してしまうと、まだまだ調性の荒波から脱することのできない束縛力で音楽を聴いてしまっている可能性があります。
 もうひとつの方向、すなわち今回のように「長三和音+短九度ベース」というある意味ではペレアスの和声の断片とでも言うべき方向をも見出している事が重要でして、ポピュラー音楽において稀にではありますがディミニッシュ・メジャー7thが出現する数々の曲において、ペレアス系の方を向いた使い方なのか、属七の体からの抜粋なのか!?という風に吟味すると即座に理解できるんですね。つまり、「Tomorrow's Girls」の方では3度下に属七の体を見付けることのない、ペレアスの和声の抜粋側の用例として判断することができるワケですな。

 属七の体とやらは多くの状況に於いて、こびりつくほどそのしつこい牽引力を見せつけるモノです(笑)。オルタード・テンションで「変装」しようとも結果的にそっちの形を見出してしまっていると、調性がクッキリハッキリという側の情感に心持って行かれてしまうのがオチなのです。

 では左近治の場合、先ほどのような「Bdim△7」というコードはどのように認識しているのか!?というと、「Bb△ (on Cb)」という形がとても明確に聴こえていて、3度下に根音を見出す「G7(#9)」の簡略形という推察可能な体も実は判っていますが「ほぼ」無視しているような感じで聴いています。例えて言うなら、ハナシをしたくもない鼻つまみ者が私と懇意の人と共にしていて会話をせざるを得ない時の様な感じ。向こうは悪気はないので隙あらば私に声をかけてみようと今か今かと逡巡している所を見計らい乍ら、こちらはそういう時にわざと目を合わさずその場を離れる時にチラ見程度にやり過ごす、みたいな感覚と言えばいいでしょうか(笑)。認識はしているんだけど視界に入って来て欲しくないようなそれに似た感覚ですね。そうやって聴こえてきています(笑)。


 とまあ、「Tomorrow's Girls」というのはイントロのこの部分だけでも非常に有用だったりするワケですが、聴けば聴く程ベッカーの手法に酷似しているワケです。しかもベッカーさんのkinkyでハイパーなのはこれだけに留まらず、ギター・ソロに於いてもキレキレのハイパー感覚を披露してくれます(笑)。
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 「ベッカーはん、何してはりまんの?」ってな具合で変な音ぶつけて来ます(笑)。あのエグいコードですね。因みにあのギター・ソロのチューニングは私は次の様に推察するのでありますが、つまり、1・2弦は3半音(=3フレット分)ドロップしてチューニング。それを次の様に弾いていると考えております。ゲージはおそらく.010から始まるモノだと思います。


 調号は変種調号でフラット5つというBbマイナーで表記しておりまして、これから察するとベッカーさんとやらはBbマイナーの世界から見た長三度音と長六度音をぶつけて来ている様に聴こえて来ます。これまで出版されて来ている楽譜がどのように対処していたのかは判りませんが、おそらくBb7でのM3rd音と#9th音を使うような解釈で記譜しているのではないかと思いますが、これは違います。れっきとしたバイトーナルな世界を呼び込んで弾いているのです。


 私の解釈は次の通りでありまして、下声部Bbマイナー(変ロ短調)、上声部Cメジャー(ハ長調)というバイトーナルの世界を想起しているという風に考えております。元々の調性がBbマイナーというのは当然とも言えますが、もうひとつの調性をハ長調とする根拠は?という問いに対しては、「それが最も収まりが良いから」という風に答えておいた方が無難でして(笑)、あくまでも私の経験に依るものなんですが、バイトーナルの世界に於いて下声部に短調が在る時という場合、上声部の調性は下声部の調域から上主音の音程関係に在る長調というのが非常によく収まる体系なんです(笑)。勿論、この方法論だけに固執する必要は無いのでBbマイナーという調域外のD音とG音を包含する音を含む調性で組み立てる事など他にも可能性は幾つもありますが、多くの面で収まりが良いのがこの場合はハ長調なんです(笑)。次にEbメジャー(変ホ長調)とかありますが。まあ長二度関係でのこうした組み合わせは奇しくもバルトークのミクロコスモスの103番なんか正に好例でして、あれも下声部Amで上声部がB△だったりするんですね。バルトークってミクロコスモスに於いても結構バイトーナルを駆使しているので、きちんと吟味して楽理面を追究してほしいと思わんばかりです。

 次回はバイトーナルの世界でのもうひとつの調であるハ長調を想起する場合における多くのメリットを語って行く事としましょうか。

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