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MPS期ジョージ・デュークの名曲『Mr. McFreeze』譜例動画解説 [楽理]

 故ジョージ・デュークのキャリアに於て私がとても注目するのは、MPSレーベル在籍時代、フランク・ザッパのマザーズ・オブ・インヴェンション参加時代、その後のジョン・スコフィールドのソロ・アルバム『Loud Jazz』参加の頃が最も愛しているのであり、何よりMPS期とザッパとのプレイは水を得た魚のように凄まじいプレイを聴かせているので、数十年に亙る今も聴き手を魅了するジョージ・デュークにはただただ感服する事頻りであります。

1976SKA.jpg



 MPS期とザッパ参加時代の頃の特徴的なプレイとしてはローズとアープ・オデッセイの2つをメインにしている事が当時の音をより一層印象付けておりますが、クラビネットやオルガンでのプレイも聴かせる事があります。

 MPS期のアルバムで誉れ高きアルバムのひとつとして『The 1976 Solo Keyboard Album』(以下『1976SKA』)が後年CDリリースとなるのですが、これはLPでは別のタイトルとしてリリースされていた物でもあります。

 CD再発となってウーンデッド・バード(Wounded Bird)レーベルからあらためてリリースされる事になるのですが、日本国内でウーンデッド・バード版権所有のCDが再発される様になって来るのは2010年代中頃位になるもので、よっぽど大衆に知られた〈リリースしても販売が見込める〉物ではないリリースにこぎつける事は難しい状況であった感は否めません。

 前述のソロ・アルバム『1976SKA』の冒頭を飾る曲こそが今回譜例動画制作となった「Mr. McFreeze」であり、アラ・ブレーヴェ(=倍テンポ)で奏されるクラビネットの高速フレーズに度肝を抜かれるのでありますが、多くの人々が本曲を聴いた場合、そのクラビネットのフレーズの拍節構造を16分音符と捉えるのは難しい程に速いという事をまざまざと見せつけられる事でありましょう。

 二分音符=95ca. という表記の意味は「二分音符が1分間に凡そ95回のパルス」という意味なので、四分音符換算だとの場合「四分音符≒190」という事になるので、その速さがあらためてお判りになるのではないかと思います。

 スウィング・ジャズやビバップでは四分音符換算でのテンポが300を超える様な表記も見られる事がありますが、この手の表記をするジャズメンは四分音符表記の譜読みの方を好むというタイプに見られる物で、アラ・ブレーヴェ(ジャズ界隈ではカット・タイムとも呼ぶ)で捉える人は意外に少数でもあります。

 ただ、カット・タイム表記はチック・コリアや日野皓正の楽譜では結構確認したりする物で、高速フレーズを得意とする人はカット・タイムで得られる音符を詰め込んで表す事の出来る情報量を好むのか、カット・タイム表記を苦手としない奏者も居ます。

 今回の「Mr. McFreeze」でも表記についても憂う側面があったもので、仮に32分音符主体で表記してしまうと、その凝集した音符の譜面(ふづら)の前に楽譜としての音符以外のパラメータが埋没しかねないと判断し、曲中での多彩なメトリック・モジュレーションが存在する事を鑑みれば矢張り茲はカット・タイム表記が相応しいであろうという判断から2/2拍子表記とした訳であります。

 それではあらためて譜例動画冒頭からの解説に入りますが、譜例からもお判りになる様に十六分音符のパルス1つ分の弱起(アウフタクト)で入るというのがミソであり、このテンポで16分音符を採るのは結構苦労するのではないかと思います。




 扨て、クラビネット・パートのアウフタクトからタイで伸ばした直後の符頭には合計3音のレット・リングが附与されているのがお判りかと思いますが、本曲でのレット・リングの状況をあらためて正確に詳述しようと思います。

 レット・リング表記は大別して

① 符頭に示したレット・リング付き符頭の音高が、後発の同じ音が鳴らされるまで伸ばす
② 符頭に示したレット・リング付き符頭が示す音価を超えた歴時を発するも、後発同音まで伸ばす必要はない

という表記方法がありまして、厳格なまでに前者の方法を採る必要はなくレット・リング表記そのものは奏者の判断に委ねられるのが実際なのです。

 抑も、レット・リングを施す事によって楽曲の持つ魅力的な響き〈それが従前から耳にして来た演奏を毀損しない〉として、過剰なレット・リングが和声的溷濁に陥らない様にする配慮も必要とされるという、ある程度曖昧な要素が許容される表記です。

 楽器によっては音の響きの持続が短いものもあるので、レット・リングのそれが必ずしも後発の同音まで伸ばすという事を意味している物ではありません。

 本曲でのレット・リングの状況を視覚的に表すと下記の様なピアノ・ロール画面の状況となります(ピアノ・ロール上のMIDIデータはベタ打ちで組んでおり譜例動画のデータとは異なります)。

McFreeze_Beta-uchi.jpg


 他方、レット・リングという表記を用いずに、17世紀辺りまで遡っての「正確」な表記を施すとなると次の様に表す事が可能となります。

McFreeze_Analysis_Leland.jpg


 こうして見れば、レット・リング部のそれは上行&下行アルペジオである事が判りますが、楽譜としては正確な表記であるものの峻別を難しくしてしまうのは言わずもがな。本曲に限らず、アルペジオ表記が簡略化されて行く様な不文律の道を歩んだのもあらためてお判りいただけるかと思います。

 指番号を振っている事からもお判りになる様に、右手親指で [f] を掛留し乍ら人差し指・薬指・小指を使ってアウフタクトで打鍵していた鍵盤を再度「撫でる」様に弱々しく離鍵を急がずに打鍵を繰り返しているという状況だという事を示しているのです。

 ですが、本曲の場合レット・リングを施さずに四分音符で掛留させても良いのではないか!? と思われる方も居られるかもしれませんが、どうもアウフタクトからタイで結んだ四分音符だと綺麗すぎる様に聴こえるのです。ですので、私の解釈はレット・リングとした訳です。

 因みに、上行&下行アルペジオ表記はきちんとした表記法があるものですが、実際に使われるのを今の時代で見るのは相当少ない例だと思います。過去の私のブログ記事でデイヴ・スチュワートについて詳述した事があり、当該記事で次の様な譜例を載せたのであらてめてご確認いただければ幸いです。

Arpeggio-Updown.jpg


 楽曲冒頭のコードに目を移すと「E♭m9/A♭」というⅣ度ベース型の分数コードとなっておりますが、この曲の最大の特徴は後続コード「A/G」に進行する事で露わになります。

 2小節目の移勢(シンコペーション)では冒頭のアウフタクトが十六分音符であった事とは打って変わって八分音符となる事も重要な注意点であるものの、コードの持つ最大の特徴とは先行和音である分数コードの上声部と後続和音の上声部の進行を見ればそれが [es] → [a] と三全音進行しているのがお判りでありましょう。

 他方、先行および後続和音の下声部同士を見れば [as] → [g] と短二度(半音)下行進行している事もあらためてお判りいただけるかと思います。

 つまる所、本曲の最大の特徴として現れる冒頭の2コード進行のそれは、三全音と短二度で組み合わさる分数コード同士での進行により、半音階社会を象徴する2種の決定的な音程である三全音と短二度が組み合わさっている事でクロマティシズムを最大限に強調する流れとなっているのであります。

 2コード進行の過程でのクラビネットのフレーズの実際は分散フレーズでありますが、2コード間の和音構成音が半音階社会を標榜するという訳です。

 あくまで、2コード進行を俯瞰した時にクロマティシズムが強化されるのであり、各コード上では分散フレーズとなっているので局所的にクロマティシズムの世界観が常時現れるという物ではないものの、コード進行のそれが「予期せぬ方向」へ進んだ印象となるのはそれが半音階社会を目指しているからであります。

 譜例動画ではシンセ・ベース音を加えておりますが、原曲の楽曲冒頭ではシンセ・ベースが無い事はお判りいただけるかと思います。私の譜例動画では、曲中盤で現れるシンセ・ベースとヌドゥーグ・レオン・チャンクラーのドラムが現れるシーンとの折衷を狙っている物なのでご容赦いただければと思います。

 4小節目でも2コード進行自体は同様ではあるものの、右手パートが左手の音域まで下行をして来るのですが、大譜表では段が別れているのであらためて注意をしていただきたい所です。

 つまるところ右手の下行フレーズが左手の方まで及んで来るという状況なので左手で移勢して弾かれている二重付点二分音符のそれにレット・リングを附しているという意味は、二重付点二分音符の歴時=二分音符+四分音符+八分音符よりも長く採られて伸ばされた音が、右手の下行フレーズが左手打鍵まで及ぶ所まで伸ばして欲しいという欲求の表れという意味で附しているレット・リングですのでご注意いただきたいと思います。

 また、右手の下行フレーズ過程に於てクレッシェンドという漸強松葉記号を充てているのは、当該範囲では弱めてから次第に強く奏するという事を意味して充てているので、強めの演奏だけの惰性に陥らずに抑揚を付けていただきたいと思います。

 7小節目2拍目弱勢(※この「2拍目」は小節内2つ目の二分音符の位置を示すので、その二分音符の弱勢という意味は、四分音符換算で4拍目の位置の意)で生ずるコード「F♯7sus4/B」はあくまでも茲ではsus4コードのⅣ度ベースとなっているのですが、後に現れる同様の箇所ではベース音やコードが微妙に変化するので注意が必要です。私自身、譜例動画初稿時ではそれすら忘れてしまい、全く同一のコードを当ててしまっていた程なのでお恥ずかしい限りです。

 8小節目最初のコードは付点八分休符を置いての「Em7(♭13)」です。マイナー・コードに短六度相当の音が付与されるのはレアなシーンではあるものの、意外にも多く存在する物です。ただ本曲の場合七度音も添加される状況なので、短六度ではなく短十三度=♭13th音が付加音の状況となり斯様な表記にせざるを得ないのでご容赦下さい。

 譜例動画初稿時では、デモ側のヴォイシングに [c] 音を充てる事すら忘れてしまっていた為にコード表記を単純に「Em7」としてしまっておりましたが、違和を覚えあらためてデモを確認したらコードを割愛していた事に慌てて気付いて譜例と共に修正したという訳です。

 13小節目では、従前の「F♯7sus4/B」として奏されていた所に [dis] 音が更に付加されるので、コード表記は「B11 omit7(on E)」という仰々しい表記にしてしまっておりますが、判りやすく言えば「A△/B△」というポリコードの状態を想起した上で、B音から起算した短七度相当にある [a] 音が省略された状況という事を示している物でもあるのです。

 コード表記での「omit」表記の多くは「omit 3」「omit 5」だと思います。ジャズ・ギターのヴォイシングではドミナント7th系で、コード表記として7thがあるにも関わらずヴォイシングの実際では7th音が和声的には無く、線的(フレージング)としてミクソリディアン或いはそれに準じたオルタード系の音を奏する「モード」を想起させる事の注意喚起として、7th音が無いのに7thを明記したコード表記があったりします。

 今回の場合はそれとも異なり、モードとして7th音の存在を喚起しつつもコード表記のみならずヴォイシングの上でも完全に「omit 7」として省略を促しているものの、これにてミクソリディアン或いはそれに準ずるオルタード系のモード想起を棄却させる物ではない表記として表しているのです。

 7th音が省略されているからと言ってもそれは〈和声的な伴奏の方から7th音を省略せよ〉という意味で書かれているに過ぎず、線的に奏される時に背景のコードが短七度を棄却したからといって決して長七度音相当の音が得られるモードを勝手に充てて良いとしている物ではないので、短七度の関与はモード的に忘却してはならないという事の裏返しでもあるという事に注意が必要な表記です。

 14小節目の上拍(※2つ目の二分音符拍頭)からは、それまでの「Em7(♭13)」上で上行の全音音階を生ずるので、コード表記としては「Em7(♭13)」であるものの、線的には実質「E7alt」とでのオルタード・テンションが生じているという解釈をすべき状況であるのは明白です。

 実は譜例動画2度目のリテイク時では、同箇所で私はコード表記として「Em7(♭13)」の後に「E7alt」を充てておりました。

 しかし、全音音階が生ずる箇所のそれは和声的な響きではない非和声音を生ずる物でしかないので、「E7alt」という実質的な状況を念頭に置きつつも、和声的には「Em7(♭13)」を掛留させた複調状態での「E7alt」という状況を生んでいる例なので、和声的解釈として「E7alt」という解釈は複調状態を消してしまう事になるので、あらためてこうした解釈とした訳です。

 無論この「複調」状態が意味する状況は、音階に短六度音を有するモード=自然短音階(エオリアン)を維持しつつ、もうひとつのモードとして全音音階(ホールトーン・スケール)或いはオルタード系となるEリディアン・マイナー [e・fis・gis・ais・h・c・d・e] の第5音省略のモードをスーパーインポーズとなっている複調の状況などを視野に入れる事が可能となります。

E_Lydian_minor.jpg


 オルタード系と注意書きをしているのは、私自身「オルタード・スケール」という存在を否認している立場であり(※スーパー・ロクリアンとしてなら是認)、オルタード・テンションを纒う系統のモードは一義的ではなく他にもあるが故の書き方であるのであらためてご注意下さい。

 15小節目でのオクターヴ・ユニゾンが1オクターヴ上昇時にはオクターヴ・ユニゾンをやめているという所も特徴的な物として念頭に置いておきたい所です。

 譜例動画としてはあらためて冒頭からのフレーズを繰り返すので説明は茲までとなりますが、ジョージ・デュークの高次な和声感を題材にするならば個人的には「Faces in Reflection No. 1」なども何れは取り上げてみたいと思っております。譜例動画とするにはいつになる事やら(笑)。

 曷はともあれ、半音階社会を標榜し、複調というスーパーインポーズをさりげなく辷り込ませているという心憎い状況をあらためて堪能していただけれ之幸いです。