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通奏低音・根音バス・仮定バスと付加4度 [楽理]

 扨て、久々のブログ更新となりましたが、これまでの流れではジャズを引き合いにしてドミナント7thコードを一義的には捉えない「多義的解釈」の必要性に伴い語って来た物でありまして、今回もまだその流れを引き継ぐ事になります。


 西洋音楽の方から見れば、そうした多義性のあるドミナント7thコードの在り方というのは「偽終止」に括られる事になるでしょう。処が偽終止というのは、殊に所謂「藝大和声」と呼ばれる類の和声学ではそれを是とはしません。勿論それを厳格に是としないのは機能和声を厳格に扱い、その上で機能和声という枠組みを後世に伝える為に生徒ばかりでなく指導者をも育む目的も兼ねての事なのであります。

 とはいえ藝大和声のみから偽終止を学ぼうとしてもそれは無理があるってぇモンです(笑)。処が、音楽理論方面での権威的に映るその和声学(=藝大和声)は、それさえ学べば凡てが身に付くとばかりに盲信してしまう者が居るのも事実。判然言いますと偽終止の世界は、それこそ各自の音楽的素養の習熟が増さない限り、基本的な音楽的性格に「抵抗」を示す性格のある側面なので体得は難しいものであるのです。

 機能和声の方面ですら曖昧な音楽的感覚を持っている人が偽終止に対して心の何処かにわだかまりを抱いたまま音楽書を手に取って思弁的に偽終止を学ぼうとしてもそれは無理なハナシってぇモンです(笑)。


 習熟に浅い人ほど物事の理解に焦燥感ばかりを募らせ、理解そのものがインスタント(付け焼き刃)的になりがちである事はおそらくそんな人でも自覚はしている筈です。それを相容れないのは恐らく自身の根拠の無いプライドが許さないというのが実態であるのが往々にして能く見受けられる物です。


 ジャズにある程度好意を抱く人は、その和音の響きや調性感を仄かに嘯く衒いの感覚やらに惚れるからでありましょうし、背景にある和音や他の楽器パートが奏するフレーズの「余薫」から感じ取られる断片的な調性をも遥かに超越する和声外音(※インプロヴァイズ中の)の音楽的ボキャブラリーに魅力を感じるからであると思います。これらが陳腐に感じられるのであれば最早ジャズではない筈です(悲しい哉、現今のジャズ界隈はそうなりつつあります)。

 ジャズにそういう魅力を見付けた人が何故「調性」とやらを今一度再確認させられる必要があるというのか!? と、中には抵抗される人も居られるかもしれません。しかし、ジャズとて音楽を知れば知る程、ツー・ファイヴ・ワン進行の過程にて、Vの所でIの音を先取りする事は「禁忌」なのか!? と問われれば、それを真っ向から否定する事など到底できない事でありましょう。実際には解決先の音を先取りしたり、V度上での本位十一度(=ナチュラル11th音)を「sus4」として解釈して演奏される例も珍しくはありません。


 まあそうしたメリハリの弱いV→I進行のそれは、調性の性格を決定付ける為のV→Iという(トライトーンが直近の隣接するダイアトニック・ノートへ進行する)性格が弱められているのであるのですから、極言すれば「II度・V度・I度」の和音が一緒に併存していても代用できる事を意味します。つまり「IIm7→V7→I」は「I」というまばゆいばかりの素朴な素顔を敢えて使わず「IIm7→IIm7/V」でも代用できる事にもなります。「IIm7/V」というのが構成音的には「V7sus4に長九度音を附与した」音と便宜的に見る事が可能でもあるので、これは「sus4」という世界観の拡大解釈でもあるというのがジャズの特徴部分でもある所です。

 そうは雖も「IIm7/V」は決して「V7sus4(9)」なんていう表記であってはならないぞ、というのが前回の私の記事だった訳ですね。



 一応西洋音楽界隈での知識を敢えて語っておくことにしますが、西洋音楽での低音の取扱というのは下記の3種類を挙げる事ができます。


●通奏低音(Figured bass、Through bass)
●根音バス(Fundamental bass)
●仮定バス(Supposition bass)


 通奏低音の他にももっと言うと低音と捉えなければ通摸倣という体系も挙げたい所ですが、先のベースの取扱で言えば通奏低音が歴史的には古く、数字が振ってあって、その数字は音度の意味であり、それに準じた形で奏でてくれという、自由度の与えられている物です。

 その通奏低音というプレイの過程にて上声部の和音外音を奏する状況も無かった訳ではありません。そういうシーンを現今社会に置き換えれば、ペダルポイントや分数コード(=onコード含)、複調などにも投影する事はできます。とはいえ茲にて重要な理解は上声部の和音外音の音脈を奏する、という所です。

 ラモーの時代になった時の根音バスと仮定バスというのは、例えばG7の英名B音が最下声にある場合は、根音バスがg音、仮定バスがh音という解釈になります。

 が、V→Iに於ける場合の「仮定バス」とは、V度の下方3度・5度に仮想的に生ずる音脈の事を指す物でもありまして、V度上にてe音を発した時の仮定バス、又はV度上にてIの音つまりc音を低音で奏した時のバスを「仮定バス」とも呼んでいるのです。

 時折仮定バスは根音バスと混用されてしまいますが、近年ではジャン・ル・ロン・ダランベール著『ラモー氏の原理に基づく音楽理論と実践の基礎』(春秋社)にて之等の件は詳述されております。

 そして、当時のダランベールはルソーの音楽論に倣った形で師であったラモーの和声論に対して反駁を繰り広げるようになった訳ですが、先の仮定バスについてダランベールは、V→Iプロセスにおけるcの音などを他調への転調という風に位置付けてしまったり、偽終止への習熟が甘い事を先の著書では同時に詳述しているので、結果的に調性の解釈が更に時代を進む事になると、やはりラモーの根音バス&仮定バスの論述があらためて重みを増す様になった、という訳です。


 例えば、ヒンデミット著『作曲家の世界』p147〜148では、ラモーの根音バスの件を語っているのですが、和訳の興味深い記述を見出す事ができます。ヒンデミットに依る言葉でラモーの根音バスをして「調性の進行」という風に述べられている部分があるのですが、私はこの部分は、調的な飛躍の表現と根音バスの更なる「遠方」の音脈への拡大を意味する物と捉えて居り、根音バスという体系の中の更なる「仮定バス」の意味にて語っているのであろうと私は思っております。原著を読んでいないので残念ですが、文脈からすると、fundamental bass とsupposition bassの違いを判って居られる方なら、仮に原著でfundamental bassと語られていたとしても、ヒンデミットの謂わんとする事はsupposition bassの方だと類推する事が可能なのであります。

 「調性の変化」というのも実に暗喩めいた表現でもありまして、例えばヒンデミット著『和声学 第二巻』の35頁では

《ある音階の各音が半音階的に変化すると、新しく得た音を和音の構成部分とすることができ、音階特有のものと見なされる》

という一文があり、同著の中でも最も重い一文であるのは疑いありません。つまり、オルタレーションされた音を和音構成音の一部の音脈として見るという判断なのであるので、例えば、トリスタン和音の弱勢にはある最終拍の音符も和音構成音として見立てる「拡大された」解釈は、こういう所とも結び付くのであります。


 扨て、ジャズの場合はV度上の本位11度音を便宜的に固定的なsus4(※=三度音に戻らない四度音)として扱うという事は、和音進行を「薄める」という事でもあります。つまり下方五度進行(※私はこれまで敢えて下方五度進行を「四度進行」と語っております)がドラスティックではなくなり、先述の様に「IIm7→IIm7/V」という様な状況をも生むという事を語っていた訳で、その意図はお判りいただけるでしょう。つまり、上声部はペダル(掛留)でベースだけが動的に動いている状況である訳です。

 換言すれば、ベースの動きが進行感を醸している訳で、上声部は「静的」な状況であるのです。静的な状況が常に持続されているならば、そこから生じるフレージングは、和音構成音だけならば分散和音(=アルペジオ)ですし、和音外音をさりげなく忍ばせ(経過的に)れば、結果的には旋法的なフレージングの連続という風になる訳です。

 こうした状況に「動的」な弾みを付けようと、和音進行が実際に無い状況にてフレージングが和音進行を伴う様なフレージングを忍ばせる様になったのがバップでもあり、そのバップから生ずる他調からの目まぐるしさを回避して、一つのモード(ひとつのモードの中に備わる共通音=common toneを利用して画鋲の様に留める)として捉える世界観がモード・ジャズとして生じて来た訳でもあるのです。


 音律がまだまだ不揃いな頃から歴史を辿ってみると、属和音は属七となりますが、七の和音は属和音でしか許されていなかったのでもあります。それは全音階は「いびつ」だったからでもあります。

 その音律が「均され」ていくようになると、ドミナント7th系の和音というのは多義性を齎したと考えれば宜しいでしょう。実際には弱進行が起因材料ともなっているのでしょうが、それは属和音の機能的な稀釈化の表れとも考える事が出来るからこその素因と見る事が出来るのです。


 扨て、茲で本位11度音と言いますか、所謂「附加4度」タイプの用例を幾つかピックアップする事にしますが、私が己の人生にて最も意識させられる事になったのは、ブラッド・スウェット&ティアーズ(以下BS&T)の同名2ndアルバム収録の「God Bless, The Child」を例に挙げる事ができるしょう。それが次の譜例です。
GodBlessTheChild.jpg

 キーはGメジャー。Gのメジャー・ブルースと言えば宜しいでしょうか。つまり七度はブルー七度で概ねGミクソリディアンで処理される所のアレです(笑)。

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 扨て、冒頭の和音に「G7(11)」とある様に、これはドミナント11thコード、それもシャープ11thではない和音で、附加四度でもある訳です。



 山下邦彦著『坂本龍一の音楽』では、附加四度のそれを「イーノ・コード」(=ブライアン・イーノ)という風に呼ばれておりますが、私はブライアン・イーノのどの曲を指しての事かはまだ確認していないので、それについては語る事ができませんので、「附加四度」と私は呼んでいる訳でもあります(嗤)。


 この附加四度は、YMOのアルバム『Service』収録の坂本龍一作の「Perspective」の結尾がそうです。この附加四度というのは、古典的な和声学では禁則であり倚音、偶成和音扱いとなるでしょうが、その響きを形容するならば──まぶしい太陽を直視できないものの太陽の心地良い「輻射」を感じるかの様な──そういう快い感じがするのです。
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 そのまぶしさは決して真っ昼間でもない。地平線に近付いた時の太陽でもあるかもしれません。とにかく直視しようとしても眩しいから斜に構えた時の太陽が周囲を照らす時の美しさと輻射という様な感じですね。

「今日は暑かったな」とか「今日は一日お天気で良かった」という様な、それこそ調性がそこに存して呉れる事の有り難み(平時は調性を直視する事が卑近《ベタ》に感じて忌避するにも拘らず)を、これ見よがしの四度音が調性への直視を遮って呉れるので、恥ずかしさが和らぐとでも言いますか。まあ、親近者に面と向って謝辞を言えないもどかしさや、それを伝える事の恥じらいみたいな感じとでも言えば判っていただけるでしょうかね(笑)。そんな感じが附加四度にはあるのです。


 先のBS&Tの「God Bless The Child」にしたって、キーがGとはいえG7(11)→B♭△7(on C)というコード進行であり、各コードのそれは「直視」していないのですね。私はこの曲に附加四度と二度ベースの用例を識る事が出来たのは今も感謝しているのです。それは本アルバム収録の「Spinning Wheel」という余りに有名な曲が縁となる邂逅だったのでもあります。「Spinning Wheel」の冒頭のシャープ9thのトゥッティ、同類のトゥッティの完全四度4音累積のトゥッティ等、のっけからはサティのジムノペディの変奏といい、多くの点でもとても勉強になるアルバムの一つであった事に畏敬の念を忘れた事はありません。


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 同様に附加四度の好例を挙げるとすると、松原正樹のソロ・アルバム『Been』の同名曲「Been」であります。高音弦からアップ・ストロークによるピックのエッジを立たせた和音は余りにも美しい音世界でもあります。

 こうした附加四度系にある音楽の7度音の使い方は、総じて「短七度」の音になるのは、仮に附加四度系に長七の音を使うと、附加させている四度=本位四度と長七度とてトリトヌスとなり、トニックとしての響きを疏外しかねず下方五度の方を見渡そうとする牽引力が生ずるからでもありましょう。ですからドミナント7thコードが多義的にスタティック(静的)にデン!と構える、進行しないドミナント7th的雰囲気のそれが安定する為、七度は短七となるのでしょう。


 亦他にもピーター・ゲイブリエルのアルバム『IV』収録の「I Have the Touch」も附加四度を伴うアッパー・ストラクチャー感を醸す好例であるでしょう。



 ギターが附加四度と附加二度を巧みに使い、ゲイブリエルの高潮点は六度も唄う。これにて、地平線の向うまでを鳥瞰しようとする雄大さが溢れて来るのです。附加四度が齎す世界観というのは、従来の視点があからさまに変化するかの様な、それこそ人類が空の行き交いという手段を手に入れた様な世界観に私は投影してしまうのであります。人間が自力で空を翔べはしないのだけれども、空に行く事は可能とした、そういう時代だからこそ音楽界では相応しい響きが生じたと言っても過言ではないと思います。短九度が附加されるケースだってある訳ですからね。もちろん「附加」が意味するのは、和声的に七度が無いという事を意味しております。旋法的に経過音としての七度音が和音外音として生ずる事はごく普通にあるでしょうが、この辺りの意味はきちんと理解されていないと、私の謂わんとする事はまるっきり理解できないと思いますので御注意を(笑)。
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