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ウォルター・ベッカー Circus Money Analysis 「Darkling Down」続編 [スティーリー・ダン]

扨て、なにゆえあれから数ヶ月して「Darkling Down」の続きを今更述べるのかというと、この曲のイントロにはベッカーの毒の「シメ」とも呼べる集大成の意味合いもあるのかと思わんばかりの音が鏤められているからです。

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でも、なぜそのことをアルバムリリース当時に左近治は語らなかったのか?と言いますと、他の曲でのエッセンスを抽出してそれを解説していれば、この曲のイントロに説明は不要ではないかと、SDファンやベッカーの毒を各自で研究してもらいたかったという思いがあったからですな。

ここまでベッカーが判り易く提示してくれている以上、この曲のイントロにもはや説明は要らないだろう、と。

とはいえ、アルバムリリースから数ヶ月経過して、やや和声感に乏しい方でも耳には馴染んで来た辺りであろうと思います。だからこそ今もう一度追究しておきたいな、という左近治自身の思いもありましてこぎ着けた、というワケです。

こちとら2ヶ月あまり、この事をブログで発表したくてヤキモキもしていたんですが(笑)、私が述べることなく毒を発見された方も多いとは思います。ただ、先ほども述べたように、「和声感に乏しい人でも耳に馴染みやすい音」というのが今回のベッカーの提示する「優しさ」でありまして、ややもするとあまりに巧みに溶け込んでいるため重要なハーモニーを聞き逃してしまう可能性だってあります。優しさと相反するさりげなさかもしれませんが、この曲のイントロの毒を聞き逃しているような人ならスティーリー・ダンでも聞き逃している音は多いだろうな、と。なにはともあれ、再認識して注力していただければ魅力は尽きないというワケであります。


まずイントロは

AbmM7+5 --> B△7+5 --> F#mM7+5 --> A△7+5 --> Ab△7+5 (13) --> C△ -->C7(+11) --> Fm△9 --> G7sus4



いきなり来ちゃいました「AbmM7+5」。「マイナー・メジャー7thの5th音半音上げかよ!」と思われるかもしれませんが、「E7(#9) omit7」或いは「Em / G#」という表記でもアリだと思います。ただ、ベッカー本人はEのシャープ・ナインスを念頭に置いたモードを使っているというワケではないと思うので、ドミナント・モーションを極力回避するベッカーはおそらくこのコードに当てはめているモード・スケールはD♭ブルース・ヘプタトニック・スケール(=[D♭・E・F♯・G・A♭・B♭・C♭] )を基とするモードではないかと左近治は分析しておりますので、後者の2種類の表記は回避したのであります。

「+5」と表記するには確実に5th音がモードスケール上そのようになっているから用いなくてはならないシチュエーションで行うべきだと思っているので、他のコード表記だと特徴的なモードを示唆する表現力としてはいささか弱い。つまりココでは [G・A♭・B♭・C・D・E・F♯] というGナポリタン・メジャーの第4&5音が半音下がって変応した形としてD♭ブルース・ヘプタトニックの5番目のモードを想起してもらった方が「毒」を堪能しやすいかな、と。

この様な特殊なモードはハンガリアン何某し系統のモード・スケールとの音組織に似る所もあるので、ハンガリアン何某しからの変応を生じたモード・スケールとして考える事も可能であろうと思います。

ただ、ベッカーの場合、上記のDミクソリディアン♭5thという7番目のモードでのC音以外の音はそのままにC音を半音上げたモードも使う時があります。

つまるところ、半音音程が連続して現れるモードスケールというのは、コード表記ひとつにおいてもこの場合なら増4度、完全5度、短6度(=短13度)の違いを明確に表現する必要が出てくるので厳密に扱っているつもりなんですな。

「ンなモード、ほとんどつかわねーよ」なんて嘲笑う方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、F.ショパンの幻想即興曲なんてハンガリアン・マイナー・モードで入ってくるので、ポピュラーで馴染みやすい音階とも言うことができるでしょう。

無論、ハンガリアン・マイナーの第3音が長三度化する変応を伴わせた情緒を身に付けない事には、ハンガリアン・マイナー・スケールの情緒だけを体得する事にしかならないので注意が必要ですが。

5度音周辺の音の魔力、或いはそれに伴って一時的な調性の変化を堪能してさりげない転調感を演出しながら、主軸に戻るというような巧みな「フラつき」などはガレスピーは早期から採り入れていたでしょうし、ショパンが今も健在でジャズをやらせたら恐らくショパンはドミナント・モーションを極力回避したモード・スケールを当てはめた演奏をすると推察する左近治。

ドミナント・モーションの叙情性に打ち勝ってバップ・フレーズに安易に逃げない音選びこそが重要だと思うんで(バップ・フレーズも場合によってはアリですよ)、そういう姿勢をビンビン感じ取ることが出来るアーティストのコンポージングに、左近治はどうしても注力してしまうというワケです。

ベッカーの持つこの「毒」を会得されている人は他に、デイヴ・スチュアートを筆頭に坂本龍一辺りが最右翼になるかもしれません。もちろんディジー・ガレスピー、バド・パウエル然り。意外かもしれませんがハービー・ハンコックもこっちタイプのピアニストだと思います。ギタリストならパット・メセニー。

ビル・エヴァンスだって同じ音を使っていてもドミナント・モーションを殺すバップ・フレーズ回避のモードを示唆するプレイは少ないと思います。出てくる音などほとんど変わらないのに、ここが音楽の不思議な所。ただ、ビル・エヴァンスはどちらの世界にも行くスタンスを備えつつ多くの人に判り易く中立的に提示しているような感じがありますな。


とまあ、ハナシを戻してイントロのコード進行の続き行きますか。

最初の4つのコードは2拍ずつ。全て5th音はオーギュメンテッドですね。5つ目&6つ目の「Ab△7+5 (13) --> C△」は1拍ずつと考えて下さい。この5つ目のコード「Ab△7+5 (13)」では便宜上13th音表記にしていますが、実際には左手で旋律的にF音弾いているだけです。しかし、この一連のコード進行においてココの13th音が実は最も重要な音で、次への進行を強固にさせようという「やさしさ」を備えているんですな。で、Ab音を抜いてCトライアドで連結させる感じ。

ちょっとイタズラ心が出て、哺乳瓶にビール入れて飲ませたら赤ん坊泣き出したのでとりあえず普通にミルク与えるか!みたいな、茶目っ気タップリの感じが演出されているような気がします。ハチミツ与えようとしているワケではないし(笑)、ついついニヤリとしてしまうんですなあ。でもトドメにFm△9で「ヤッパリ使いてぇ!」と言わんばかりに少々未練を残しつつも事態を収束させる、と。そんな世界観をついついイメージしてしまう左近治でありました(※赤ちゃんにハチミツを与えてはいけません。オムツが取れるようになるまでは)。

ウォルター・ベッカーとはドミナント・モーションを極力回避して(場合によっては使います)コンポージングするタイプの人で、ドナルド・フェイゲンは、オルタード・テンションにおいてまたはドミナント7thにおいて、他のメロディック・マイナー系やらマイナー・メジャー7thを内包するようなモードを見いだして使うタイプと思っていただければ、と思います。フェイゲン流の方が一般的にはジャズ的なワケですね。とはいえフェイゲンとてベッカーのようなアプローチのコードを使ったりしますが、その和声を利用した旋律の違いはフェイゲンとベッカーではやはり違います。このお二方の融合がSDなのだなあと思うワケであります。

私の友人にも今作の「Circus Money」にドップリとハマった者がおりまして、彼曰く「Circus Moneyをトコトン聴いて前作を聴いてみたら、なるほどと思わせる音に出会って、前作の印象がまるっきり変わった!」と驚嘆しておりました。そうでしょう。「11の心象」はそれほど魅力あるアルバムだったのですよ。私の和声観の偏狭さを思い知らされ耳が変わりましたから(笑)。「11の心象」というヤツは、ホントに。

今では「11の心象」は廃盤になり、当時の日本国内でのボーナストラック「Medical Science」を聴く事の出来る機会が少ないと思います。iTunes Storeでも配信されているなら、せめて当時のボーナストラックをも含めて配信すると、iTunes Storeとしての役割が大いに貢献できるのではないかと思います。新しいファンには特に触れる機会が失われてしまっているわけですからね。

とはいえ「Two Against Nature」収録の「West of Hollywood」だってiTunes Storeでは配信されてはいませんが、こちらはCDが入手可能なので「欲しけりゃCD買ってくれ!」という狙いなのかもしれませんけどね(笑)。CDすら手に入らないモノへ担当者は目を光らせながら配慮してほしいモンですなあ。こういう重要な所をウヤムヤにするから重要な音をも逃してしまう短絡志向を生んでしまう世の中になってしまうんですよ(笑)。