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メトリック構造と微分音考察 Venom / Stray Kids [楽理]

 K-POPの制作土壌は自由と多様性に富んでいる。先般音楽番組『関ジャム』出演の蔦谷好位置氏が述べておりましたが、これには私も深く首肯したものでした。私は以前にもブログでK-POP関連について何度か触れた事がありましたが、Stray Kids(以下SKD)の「Venom」を聴いた時には《ケーポ馴れ》している私でも度肝を抜かれたモノでした。

ODDINARY_Stray Kids.jpg




 なにせ、複雑なメトリック構造(拍節構造=metric structure)に微分音を駆使しまくるバックトラックでラップが始まる。ひとたびベースに耳を遣れば《Fセミフラット》という、F音とE音の中間を採る微分音である。まあ、これには魂消たモノでした。

 ラチェットを回しているかの様に細かいな符割から漸次的に遅くなる微分音シーケンス・フレーズのそれは《フィボナッチ数列で段々遅くしているのか!?》とも思った程の可変的伸張を施されたフレーズには、曲を聴き終えた直後にFinaleで採譜して、ただでさえ編集しづらいFinaleで工数が増える事の煩わしさを払拭する程の本曲の魅力には、音楽を志す者の耳目の欲を蒐めた事には間違いありません。まあ、一般的なポップ音楽シーンで見受けられる様な物とは大きく異なる楽曲構造には舌を巻いたものです。

 採譜した楽曲をYouTubeの譜例動画にする事まではせずに手元に育んで行く事を決めたのは、Finaleで複雑な連符構造を入力するには相当な作業工数を要する事もあって自分自身が把握できる程度の採譜(スケッチ)に留めていたのでありましたが、2023年1月29日放送の『関ジャム』にて佐藤千亜妃さんが2022年の楽曲ベスト10での4位に「Venom」を挙げている事に《ああ、この曲は結構一般的に彌漫しているのだ》と確信を得てYouTubeの方で譜例動画を上げる事を決意したという訳です。

 J.Y. Park=パク・ジニョン(박진영)がプロデュースするSKDですが、楽曲クレジットを見ると作曲者の名前は、Bahng Christopher Cahahn, Han Ji Sung, Koehlke Dallas James, Seo Chang Bin の4人が書かれているのでJ.Y. Parkが作曲に関わっている訳ではなさそうです。

 孰れにしても、細かな符割と微分音というのは考察する側の興味を惹き付けるに十分の素材でありまして、連符内連符という複合化された連音符に微分音が使われている点には最大限の注意を払って耳にする必要があるでしょう。

 しかもその微分音も24&27ET(※ET=equal temperament)を使い分けており、通常の12等分平均律と合わせれば3種類の音律を駆使しているという事になるので、今回採譜するのはかなり骨が折れた次第です。

 それでは譜例動画と併せて解説を進める事としますが、譜例に入る前の前提として動画冒頭で注記される内容についても解説する事にしましょう。







 まず《連符内連符》についてですがこれは動画内の注釈通りでありまして、通常「45:x連符=Quinquadragenuplet against 76」という状況で連音符を示す場合、「45:19」という風に《19の母数を45等分しました》という風に示しても良いのですが、基の音符の歴時が非常に短い物である事を喚起する様に「45:76連符」という風に表記しております。これについては後ほど詳述します。

 《27ET》というのは単位音梯が44.4444…セントという風に無理数となる訳ですが、44.44セントに丸め込んだとしても、その数字の并びの魔力めいた法則性を曲作りに用いようと企図しているのでありましょう。何れにしてもこれを倍加した「54ET」まで拡大すれば53等分平均律の近傍となり、単位音梯はコンマの近傍を扱っているという事にもなる訳ですので、コンマに近しい音を変化させた音律を用いているという事が判ります。

 《24ET》というのは四分音を招く訳で、半音の更に半分という状況です。ベースがFセミフラットを奏するので、《ミでもファでもない音》を実感するのでありますが、非常に効果的な使い方なので多くの聴き手の度肝を抜いている事でしょう。

 《シンセ音》については特に茲で語る必要はないかと思いますが、ラチェットを回すかのように聴こえるシンセ音は左右の位相を弄ってステレオ感を出している様です。

 《微分音変化記号》については、今回の譜例動画に用いられているフォントはNovemberを使用しています。十四分音のみIRCAMのOpenMusic用フォントomicronを使用しています。


 扨て、譜例動画解説に入る前に知っておいて欲しい前提があるので先ずは説明しておかなくてはなりませんが、譜例に挙げているパートは2パートのみです。27ET Padと示しているパートでは、24ETが先行して27ETも使っている箇所があるのはご注意いただきたいと思います。

 もう1つのパートは24ET Synth Bassと示したものです。このベース・パートは2小節毎それぞれ微妙にフレーズが異なるのですが、Padシンセのパートの方は2小節を繰り返している状況となります。即ち、Padシンセのパートは1&2小節のみ語る事となりますのでご注意いただきたいと思います。

 加えて本譜例動画でのテンポは、四分音符≒272.71という非常に速いテンポで示しているのは、拍節状況を正確に表す必要性と共に、Finaleでの編集作業の制約から生じた概念であるので、実質的には2小節をひとまとめに1小節とする様な感覚で捉える方が一般的な解釈であろうかと思います。

 そうすると、1小節内で六十四分音符を最小音符として取扱って編集する必要があるのですが、それが単純音符で済むのであれば私もそうした解釈に及んだものの、本曲は64分音符で表す必要がある箇所も連符内連符という状況なので、単純音符を扱う時のそれとは作業の難しさが雲泥の差となる訳です。あらかじめ大きな拍節構造で編集してから音符を50・25パーセントの音価へ縮めるという事も可能ですが、連符内連符が崩れる事を恐れ斯様なテンポ解釈となった訳です。

 ただ譜面を読む事が出来れば好いとする方からすれば、私が何を言わんとしているのかもピンと来ないかもしれませんが、楽譜として精度を上げる事に配慮した方策である事はご理解いただきたいと思います。

 では譜例動画解説に移る事にしますが、Padシンセの拍節状況を詳らかに理解する為には一旦DAWなどのアプリケーション側での分解能は念頭に置かずに、高度合成数を用いた視点から分析しますのでご注意下さい。この理由は、DAWの分解能が「粗い」為、実際の状況を丸め込んでしまうからです。

 それではPadシンセのオリジナル1小節目にある冒頭45:76連符について語る事にしますが、この連音符は4拍子構造から対照させた時、《二分音符+1拍9連音符ひとつ分のパルス》の45等分された連音符であるというのが正体です。

 その連音符全体の歴時を導くには、先行する二分音符も「1拍9連×2」という状況だと考えると合計19個の1拍9連符のパルスというのが連音符全体の歴時を45等分している状況ですので、連符鉤内の比率を《45:19》としても好いのです。然し乍ら、この場合に於ける連音符の正当な充て方は《45:38》と表すのが正当な充て方となります。

 つまり、「45」という連音符のパルスに最も近いパルスを示す音符は《半拍9連》=64分9連=1拍18連という状況ですので、正当表記は《45:38》です。然し乍ら、本曲は更に半分の歴時の細かさで見る必要があるという解釈を採ったので「45:76」としているのです。

 その解釈に至った理由は、38で採る歴時よりも「メゾスタッカート」の状態であるからです。即ち「76」として採ったパルスよりも短い音価で音が鳴っているのです。ですので38という値ではあまりに「長い」ので76という母数の値を採ったという訳です。

 扨て、複雑な連符が多数絡み合う様な楽曲の拍節構造を知るには、1小節や拍子単位に高度合成数の概念を導入した方が拍節構造の実際の増減値を読み取るのが容易になります。

 一般的な楽曲の拍節構造で高度合成数を充てる必要はありませんが、例えば分析する楽曲がブライアン・ファーニホウの「Unity Capsule」の様な複雑な連符内連符を用いている楽曲などには高度合成数を充てる方が楽になるという意味です。




 高度合成数「5040」というのは少なくとも1〜10までのそれぞれの数で割り切れるので、非常に取扱いがしやすくなります。「5040」を四分音符だと仮定した時、9連符だろうが7連符だろうが自然数を導く約数を持っているからであります。「Unity Capsule」などでは「720720」を充てた方が好いでしょう(笑)。

 では、本曲1小節の歴時を「45360」の高度合成数だと仮定してみましょう。そうすると「45:76連符」の歴時は二分音符よりは長い構造ですので、

11340+11340+1260=23940

という値を導く事になり、その「23940」と算出された連音符全体の歴時を45等分した「532」というのが45:76連符の1つ分のパルスという事になるという訳です。

quinquadragenuplet.png


 念の為に付言しておきますが、十六分音符の歴時は「2835」という値になります。自ずと六十四分音符は「708.75」という値になり、六十四分3連符「472.5」よりは長い音価であるという事が判ります。

 斯様な状況をDAWに落とし込んだ場合、例えばLogicですと四分音符が960ティックですので連音符全体の歴時は「960+960+106.6666…」という状況となる訳です。最後の無理数を「107」だとすると「2027」を導く訳ですが、これは45の2乗=「2025」の近傍である事が直ぐに判るので、標榜する所が《連音符1パルスの45倍の所》なのだ、という作者の意図が読み取れる訳です。

 但し、DAWのMIDI分解能では丸め込まれてしまう訳ですね。ですから恐らく彼等は「サンプル」単位で編集して解決しているのであろうと読み取れる訳です。DAW上でのMIDIの1ティックはサンプル単位で見ればかなり粗いですからね。それでもまあ、2ティック以内の差でしたら打ち込んだ所で支障は無いとは個人的には思いますが。

 そうしてPadシンセは同小節3拍目で1拍9連が関与する拍節構造へ移行する訳ですが、この9連符の拍頭は先行の連音符が関与している拍を跨いだ連音符であり、この9連符の2音目から [2・4・6・8] 個目のパルスで発音する様に歴時が変化します。途中で四分音を挟んでいるのも心憎い物です。

 同小節4拍目でのPadシンセは32分3連の拍頭を叛いたDセスクイフラット音と、弱勢16分3連の拍頭を叛いたD音を発するという状況になります。これらの音が奏される中で、細かな休符が介在している事で、音が漸次フィボナッチ数列を追うかの様に間隙が広くなっていき、拍節感が次第に遅くなっていくかの様に聴かされるという訳です。

 2小節目1拍目のPadシンセはポリメトリック構造となっています。1拍9連の構造と16分音符の構造が交錯し合っている様に示さないと端的に表記できないからでもありますが、下向きの符尾が9連符の関与となる音符で、上向きの符尾が16分音符の関与を受けている音符となります。その16分音符側の最後の音が [e] より14セント高い十四分音相当で示す物であり、この音以降の音は27ETという事を示しているのです。

 27ETでの単位音梯は先述した通り44.4444…セントとなるのですが、これは「128/125」の大ディエシスと53ETの大ディエシスの中間を採る音で、2シントニックコンマ=「6561/6400」よりも僅かに大きい所にあります。

 同様にしてPadシンセは同小節2拍目での1拍5連 [3:2] の後部で [f] より5セント低い音が奏され、同小節4拍目では1拍11連 [1:4:6] の [4] の位置で [g] より154セント低い音が奏されるという風に表されている訳です。Padシンセは2小節のループとなるので解説は茲で終えベースのパートを語る事にしますが、先の11連符の歴時はベースにも用いられているので追ってベースのパートを1小節目から説明する事にします。

 こうして奇天烈な連音符が登場して来ましたが、それらは単純音符を除けば奇数連符で占められており、単純音符ですらも独自の奇数連符が単に充填されていると見做しているのかもしれません。それはアルバム・タイトル『ODDINARY』からも判る様に、奇数をイメージさせる物ですので、拍を奇数で捉えて楽曲制作に勤しむという事が伝わって来ます。

 扨て、ベース・パートをオリジナル3小節目から語るとしますが、FセミフラットというA=440Hzに於ける「ミ」と「ファ」の丁度中間となる微分音をそうして入って来ます。Synthパッドが細かな [e] 音のトレモロで入って来た事を思えば、双方を単音程へ還元・転回すると長七度よりも四分音広い ‘over tonal seventh’ という音程を採っている事となります。オクターヴよりも50セント低い状況という事です。

 そのFセミフラットは付点二分音符の歴時として奏されるのであり、全音符ではないという所も心憎い演出です。単に白玉で奏すると歴時としては単純音符に依る偶数の拍を標榜しようとする音楽心理的な側面をも謾いているという訳です。2小節単位で歴時を巨視的に眺めたとしても2小節目の全休符との拍節構造は付点二分音符+四分休符+全休符= [3:5] という拍節構造となっており、奇数の概念が活かされているという訳です。


 3小節目2拍目ですが、1拍目の四分休符を置いてベースは強勢を叛いて奏されているのが一目瞭然であります。これを拍頭だと看做してしまうと、後続の音がどんどんズレて行く事に気付かされる訳です。私もそれに騙され《成程、ベースとキックは僅かに強勢を叛いて入り、8小節内で少しずつ辻褄を合わせるかの様にオフセットさせているのだ》という結論に至ったという訳です。
 
 その強勢を叛いた構造は1拍11連符の1パルス分が背かれ [1:10] という構造となって [10] の部分をタイで括って [4:6] として見える様にしました。この強勢の叛いた演奏はドラムのキックも同様にシンクロしているので、他のパートの高音部の拍節をしっかり追わないと、拍頭はベースおよびキックにあるとばかりに騙されてしまう訳です。

  しかも、「Fセミフラット」から入ってくるのですから、通常の12ETの世界からも叛いて(謾いて)いる訳ですから、これらの思慮深い音の選択には感服する事頻り。脱帽です。音楽を高次なレベルで楽しんで作っておられる事が能く判ります。こうした高次な側面を肯定的に受け止めるK-POPの土壌というのは、制作側も消費者側も含めて称讃されるべき側面ではなかろうかと思います。外から見ても羨むべき状況であると言えるでしょう。

 4小節目は「ほぼ」全休符なのですが、5小節目拍頭で奏される筈の音が先行小節の4拍目へ移勢(シンコペーション)を採って僅かに前のめりに突っ込んで入っている状況となっている訳です。しかもその移勢は、1拍13連符の1パルス分ですので、先に示した高度合成数の値として四分音符=「11340」を充てましたが、これを13等分すると「872.30769230769…」という循環小数を生じるのですが、自然数に丸め込んでも「872」という歴時である事がお判りになろうかと思います。

 6小節目はそのまま全休符となるので説明は省略します。

 7小節目で、充填される音は強勢を採って「辻褄」を合わせて来ているのが判ります。これにより8小節ループとなった時にズレが最小限になる様に合わせて来ているのでしょう。こうして合わせられる事により、8小節長を俯瞰した時、実は中間となる小節は少しずつズレて入っているのだという事が判るのです。

 7小節目でのベースは1拍目の四分休符を置いて、2・3拍目拍頭から入る事になります。これと同様に8小節目も1拍目に四分休符を置いて2拍目から入るという訳です。付点二分音符を採った逆付点の形で記譜しなかった理由は、拍節構造が掴みづらくなるという事に配慮したからであります。

 加えて、この3拍分の充填がある事で、ループを採った時に循環が非常に巧みに形成されている事にも貢献しており、この細やかな対応にはあらためて舌を巻きました。こうした細やかな部分に注力可能としているのは韓国語という言語に秘密があろうかと思います。

 日本語の場合、1音節が明確でありますが、子音は韓国語の方が非常に多彩ですので、リズム面に於てもこうした細やかさが反映されるのであろうと思います。無論、韓国人全員がこうしたリズム感を持っているという訳ではないでしょうが、拍節構造さえ判れば、こうした状況を難なく受容するという下地が言語に備わっているのではなかろうかと思うのです。

 孰れにせよ、日本のJ-POPを制作する土壌と比較すると、ポップスというフィールドでこうした音楽を作れてしまう自由度の高さと多様性にはあらためて目を瞠る物があり、《日本、どんどん衰退しているな》という情況があらためて露わになり、ついつい嘆息してしまうものです。やっぱり、選挙に足繁く通わないと音楽的な感性すらも影響がおよぶのだと実感させられます。