SSブログ

YT IS GONE [YMO関連]

 高橋幸宏逝く。70歳。2023年1月11日午前5時59分脳腫瘍による誤嚥性肺炎で死去。あらためて心よりご冥福をお祈りします。今を思えば、暮れに「Drip Dry Eyes」を題材に拙筆ブログおよび譜例動画を投稿しておいて良かったと思っています。ユキヒロよ、さらば。

YT.jpg




 ツイッターでは、坂本龍一によるツイートで灰色の画像だけを示す投稿がありましたが、あの画像は網掛け66%(ブラックの濃淡として66%のグレーアウト)という設定だと推定されるものです。

 その数値「66」が意味するのは高橋幸宏の誕生日が6月6日であろうという事と、半音階でのトータル・セリーに於ける総音程音列の総数である事が同時に判りますし、細野晴臣御大の作品である「Gradated Grey(灰色の段階)」という名曲に関わった坂本であるからこそ、自身も闘病生活で《明日は我が身》という事をあらためて痛感したでありましょうし、灰色の《階段》を登りつつ、彼岸を渡っての新たなる生まれ変わりという、死と生との両義性を持たせた坂本らしい表現だったのではないかと思います。




TotalInterval_TotalSerie.jpg


 印刷屋というのはフルカラー1677万色(4色刷)の取扱いであろうとも、実際にはグレーの網掛けのみならず単純な色合いで済む様な印刷物の色をかなりざっくりと均すのが通例です。

 勿論そこには特色を使わない限りというシーンになりますが、CMYK各色10%ずつの値で丸め込むのが常。これでクライアントから文句が言われない限り校了となる。インクのメンテナンスの為ですね。IllustratorやPhotoshopなどアドビ系の編集が主なデザイナーというのはコンマ以下の数値を要求したりしますが、印刷の実態とは得てして10%に丸め込んでいるのが実状。

 そうした中にあって66%というのは印刷の世界でもまあ「異端」な数値であり、滅多に起こらない事だからこそ、そうした数値を態々選んで喪に服すという、細部にまでデザイン性の配慮を施した坂本龍一の画像のそれにはあらためて感服頻りであります。

 それと同様に「66」という数値は先述の様に、半音階「1〜12」までの数値を全て足した数の総数でもあります。トータル・セリー(総音程音列)をやった人には《成程ね》とピンと来る数字でありますが、半音階の各音に1〜12の音を振ると下記の様に、

1+11=12(短二度+長七度)
2+10=12(長二度+短七度)
3+9=12(短三度+長六度)
4+8=12(長三度+短六度)
5+7=12(完全四度+完全五度)
6(増四度/減五度)

12+12+12+12+12+6=66
という風に、5つのオクターヴと1つの三全音との総数が66という訳です。

 つまり、《全ての音程を使い果たした》=人生の幕を閉じたという意味も含んだ上での「66」という数を充てているのもあらためて坂本らしい配慮であると思えるのです。

 全ての「音程」を使い果たしたとも言える高橋幸宏。ドラマーであるのに歌い、作曲もし、シンセを操る。こういうドラマーは後にも先にも現れないでしょう。レコーディングのエフェクト・テクニックや同期&クリックの導入など彼の代名詞の様に言われますが、何と言っても彼は和声感に充実したドラマーだったという事に殫きるかと思います。コードに強いドラマーという意味ですね。

 音を使い果たしてしまった事で「休止符」である長休符を《奏する》事になっただけなのかもしれません。四次元からはアクセスができない異次元の姿が休符に見えるだけなのかもしれず、何にせよ四次元に生きる者には誰にも判らぬ世界なのでどうしようもありませんが、病歿されたとは雖も非常に大きな爪痕を残して行かれたのではなかろうかと信じて已まない所です。




 私は先日、私が好きな高橋幸宏の楽曲を取り上げてみましたが、ツイートのツリーを追っていただければお判りになる通り、全部で11曲を例示しました。1〜10位の他に「0位」を用意した訳ですが、この「0位」が私にとって最も好きな楽曲と言えるもので、それがYMOの「Stairs(階段)」であります。

 実質11位である10位として最初に挙げた曲が、アルバム『What, Me Worry?』収録の「All You’ve Got To Do」であります。日本人離れした楽曲ですが、意外に取り上げられる事が少なく過小評価されてしまっている向きがあります。

 この「All You’ve Got To Do」の凄さは、ドラムレスのイントロだけでも凄いのですが、キーはニ長調(Dメジャー)でありつつも実質的には下主音を採るのでDミクソリディアンであります。内声が提示するそれが、主和音である「D△」を掛留させ乍ら下属音=本位四度音を聴かせる事で、実質的なハーモニーは「D11」=「C△/D△」を生ずるのですね。

 約言すれば「add4」のサウンドを聴かせる訳ですね。そうしてドラムが入りイントロを続けると、コードは「C△7」となり先行の原調基準では「♭Ⅶ」へ進んでいる訳です。メロディーは [fis] 音を2音続けますが、この同度進行を採る2音を単なる《C△7上の♯11th音》或いは《リディアンの特性音》として片付けてしまってはいけません。

 拍頭から2音続く [fis] 音の正体は、拍頭が倚音、その次の2音目が下接刺繍音という風に解釈するのが正当な物です。これら2音が共通するのは「和音外音」である訳ですが、原調となる主和音=「D△」の重要なメジャー3rd音の余薫なのですね。その余薫を別のコードから聴かせる訳でして、高橋幸宏という人はコードにしてもドラムにしても、心の中に残る余韻と余薫をとても重視する人であるので、それが巧みに使われている事をあらためて評価せねばならないのです。

 旋律から和音外音を取り除いてしまえばそれらは分散和音=アルペジオになってしまいます。和音外音というのはリニアモーターカーで言えば推進力に必要な反発力の様な物であり、メロディーを推進させる為に必要な要素である訳です。和音外音があまりに強固で居座ってしまえば、強烈な不協和として耳に残るだけにしかなりませんが、巧妙な使い方だと牽引力が増してメロディーに弾みが付くのです。

 倚音も刺繍音も、和音構成音に進みたがる訳ですので [fis] は [g] という和音構成音に帰着した訳ですが、和音からすれば「C△7」の基底部となるトライアド部分の5th音に帰着した訳で、和音の側からすれば根音から見た「一旦」の宿場町とも言える状況であり、この宿場町は音楽的には「極点」のひとつである訳です。

 その極点の例示が早々と姿を見せた時、極点から回帰先となる主音を目指そうとする訳です。こうした弾みが「予見」となって旋律に弾みが付いて形成される訳です。ですので、旋律は主音の方向へ下行して行く訳ですね。

 ニ長調からすれば「C△7」というコードはノンダイアトニック・コードに過ぎないのですが、一応 [d] 音をモーダル・トニックとするDミクソリディアンでの音組織による「♭Ⅶ△」という和音に違いありません。この「C△7」をコモン・トーン(共通音)とする調へとAパターンでは転調する訳です。

 通俗的にはそのコモン・トーンをピボット・コードと呼びますが、近親調への転調というのはジョン・レノンのそれと同様に非常に巧みに使いこなしている訳です。高橋幸宏の作曲センスというのがあらためて窺い知れるという物です。ドラマーですからね、この方は。

 本曲のサビは五度でハモりますが、メインメロディーは低音部を歌いコーラスが高音部を「4度音程」を採って歌われます。《五度と四度のどっちなんだ!?》と思われるかもしれませんが、《低音部が属音を採る時、高音部が主音を採る》という構造なので、主和音の [ド・ミ・ソ] が転回して [ソ・ド] と成っている時の「四度音程」という訳ですね。然し乍ら和声的構造は「五度」である訳です。

 同時期、細川たかしの「北酒場」が大ヒットしていた訳ですが、この曲のサビも細川が属音を歌う時、コーラスが主音を歌っている状況です。私は、《同様の構造なのにこうも変わる物かねえ》と当時から音楽の妙味にあらためて深く首肯しておりましたが、私個人としては高橋幸宏の世界観の方が好きであります。

 本曲を私が好む理由は他に、ジェントル・ジャイアントの「Talybont」にも重ねているからでもあります。楽曲が似ているというのではなく、ミクソリディアン・モードを主体とする線運びに英国情緒を感じているからであります。




まあ、四の五の言っている前に私自身もあらためて「All You’ve Got To Do」を追懐し、今回イントロ部分だけをBFD3とMODO BASSを使って追悼デモとしてYouTubeの方でアップロードした次第です。どう弄っても好い曲である事を再確認しました。




 高橋幸宏逝去の報道はニュースでもかなり取り上げられておりますが、楽曲はというと「Rydeen」が筆頭に挙げられており、偶に「中国女」がかけられていたりする位なので、TVメディアで「All You’ve Got To Do」が流れる事は先ず無かろうかと思うのですが、なかなかの佳曲ですので、あらためて是非とも耳を傾けていただきたいと思わんばかりです。合掌。

共通テーマ:音楽