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懐かしのアーケード・ゲーム『パックマン』BGMに見られる5連符と微分音 [楽理]

 扨て今回は、有名なゲーム音楽に使用されている5連符と微分音について語る事にしますが、そのゲーム音楽というのは今から40年以上前にデビューした『パックマン』に用いられているゲーム音楽となるので、多くの人々に知られているであろうゲーム音楽に「5連符」やら果ては「微分音」などが用いられていたのか!? と俄かに驚かれる方も居られるとは思います。小難しい音楽の要素も、実は親しみのある音楽に潜んでいたりする物です。

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 私が5連符という物を音楽で実感する事になったのは、細野晴臣のソロ・アルバム『泰安洋行』収録の「蝶々San」での林立夫のドラム・リフが最初でありました。8ビートと3連シャッフルの中間の様なずんぐりと鈍ったグルーヴに耳を研ぎ澄ませ、それが5連符の [3:2] スウィング比となるメトリック構造であるという事を知るには数ヶ月は要したでしょうか。




 そうした考究の過程に私は既にパックマンの5連符に遭遇していたのでありますが、パックマンの「コーヒー・ブレイク・ミュージック」というカット・タイム(2/2拍子)での16小節長となるショート・ジングルのそれが5連符で形成されてという事が判明するのは、それから15年以上経過していた事でありました。

 とはいえ、その15年という長い年月の間に5連符が用いられている曲を一切見つける事ができなかったという訳ではありません。例えばYMO関連に限定するだけでも、「テクノポリス」での [technopolis] というヴォコーダーでの字母吟詠= [T・E・C・H・N・O・P・O・L・I・S] が1拍5連符の6つ刻みである事を発見したり、高橋幸宏のソロ・アルバム『サラヴァ!』収録の「Elastic Dummy」での坂本龍一によるシンセ・ソロもやはり5連符の7つ刻みで入りますし、YMOのアルバム『テクノデリック』収録の「Stairs(階段)」でのアコースティック・ピアノ・ソロにも2拍5連や小節線跨ぎの2拍5連などの使用を見付ける事ができました。

 こうしてあらためて振り返ると、坂本龍一のフレージングには5連符を多用していた事があらためて伺えるのでありますが、それらの楽曲をパックマンよりも先に耳にしてはいても、それが5連符と認識できる様になるには私自身の音楽的素養がより深まる事を必要としていた事もあるので、楽曲との出会い≠音楽的構造を読み取る事という訳でもあります。

 5連符に関してはブログ内検索をかけていただければ、他の記事を幾つか引っ張って来れますのでその辺りをあらためて参考にしていただければ之幸いです。










 話を戻しますが、時を経て90年代に差し掛かり音楽制作の低予算化でプライベート・スタジオやプリプロが浸透してきたという時代です。そこでチマチマと音楽をミクロレベルで追究できる環境が整って来た時に私がAKAIのS-3200XLを入手し、付属ソフト「M.E.S.A.」を用いてMacへオーディオ をインポートしてからの事でしたので、5連符とは到底考えにも及ばなかった楽曲構造のそれにはあらためて驚いたものでした。

 私が嘗て「M.E.S.A.」を使用していた時期は、スタインバーグの Recycle! がリリースされた頃でもあったので、オーディオ素材のインポートを楽しんでいた頃でもありました。YMOの「ジングルYMO」という曲の冒頭を半速で再生すると「ヒロミちゃ〜ん!」と呼ぶ女の人の声が判別可能となるのもこの時期の事でありまして、Macという音楽環境に没頭してしまわざるを得ない発見がソフトを通じて沢山あった物です。










 不思議な物で「ジングルYMO」の冒頭で聴こえるライド・シンバルを模した音も、原曲のテンポがあまりに速い為に単純に「ピーチクパーチク……」という風に聴こえてしまいそうですが、実はゆっくりにすると「ターン、タンタ、ターン、タンタ」という3連符によるスウィングのリズムなのです。パックマンの「コーヒー・ブレイク・ミュージック」も同様に、5連符が速いテンポによって本来ならずんぐりとしたリズムに対してスウィング感を生じている、という点が今回のキモとなります。


 前置きが長くなりましたので茲から楽曲解説に移る事にしますが、本曲はカットタイム(2/2拍子)で書かれる二分音符≒168ですので、四分音符換算だと「336付近」という事を意味する物で、相当に速いです。




 カットタイムで書かないと跛行リズムが要求している歪つなそれを、非常に音価の細かい音符が歪つな感じを視覚面で均してしまいそうになるので、こうしたカットタイムで書いた方がより伝わりやすいかと思います。

 一方で調号は第3線以外にはセミシャープが充てられ、第3線にセミフラットが充てられているという状況ですので、自ずと《変ロ長調が1単位四分音高い》という状況という事になります。

 そうして全体的には5連符で埋まる様になっておりますが、ノート・イネガルでの「ルレ」というリズム体系は、5連符の [3:2] のスウィング・レシオの事を言います。メロディー冒頭は5連符の [1:4] で始まっているので、このスウィング・レシオをルレとは呼ばないのは注意をしてほしいと思います。この [1:4] での [1] の部分は装飾音の長前打音の様に解釈するのも良いかと思います。

 ルレのリズムが現れるのは2小節以降となるのですが、[3:2] の構造を聴くと、それまでの急かされる様ないびつなリズムから少し落ち着きを取り戻す様な拍節構造に聴こえるのも不思議な所です。開始冒頭で目くらましに [1:4] を表し、後続小節である程度の落ち着きを取り戻そうとする乙張り感の演出に貢献していると思われます。無論、その《落ち着き》とて完全な平衡ではなく歪つであるのですが(笑)。

 4小節目での2拍目では [1:1:3] という構造から [2:3] が見える様に、ルレを逆にした逆付点の型が見られる所にも、本曲が常に平衡を見出さずに切迫感を伴う歪つな感じを演出したいというそれが見て取れるのです。

 それらのメロディーでの拍節構造が、比較的穏やかなベースと微妙にズレを生ずるのも興味深い所です。特に7小節目2拍目でのベースは、32分休符を挟み込んだ [4:1] 構造となる「半付点」の比率が出て来るのも、メロディーとのズレを生じ、ベースのそれは実質的に「10連符」構造とは雖も、異なる拍節構造で僅かなズレを生むポリメトリックの様な状況を示唆しており、同小節3・4拍目でのベースの《平滑な》八分音符下行フレーズは明確に、メロディーの5連符の拍節構造に対してポリメトリックを生んでフレーズを締めくくるという訳です。

 とはいえ1拍10連符とやらをMIDIデータとして分割すれば自ずとお判りになりますが、完全に2分割できるという事は《5パルスの半拍5連符は八分音符の歴時と等しい》ので、わざわざ1拍10連符での1パルスに相当する32分休符で示される休符を挿入するというのは通常の記譜面からみれば過剰な書き方であるものの、歴時の上でも「5」を必要とする箇所でも [4:1] (※ [1] は休符)として表しているという事を読み取っていただければ幸いです。

 非常に手の込んだ8小節であり、その歪つ感にもドラマがあります。楽曲制作プロット(計画)の段階で、こうした歪つ感の乙張りがどの様に分布させるのかは織り込み済みであろうと思います。音階的にもブルージィーにして「歪つ」さを際立たせ乍らも、そのブルージィーさが卑近にならない様に跛行リズムとポリメトリックを忍ばせる技巧に畏怖の念を抱かざるを得ません。

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