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「さくらさくら」プログメタル・アレンジの微分音楽理的考察 [楽理]

 今回私は何を血迷ったか!? 取り上げる楽曲は「さくらさくら」で、しかもProg Metalアレンジと来たモンだ!

 歌曲「さくらさくら」は作曲者不詳の明治時代の箏曲集に収録されたと言われた物で、意外にも歴史は浅いのが驚きではありますが、雅やかな日本独特の侘び寂びを感じ取る事のできるその線運びには、古来から脈々と受け継いで来たであろう日本の薫りを纏わせたもので、日本人のみならず世界の人々が耳にしても「和」を感ずるのではないかと思います。

 本曲の旋律を「モノディー」(=単旋律の楽曲)として捉えても、多くの人々が脳裡に映ずるであろう「和声感」はそれほど大きく乖離していない事でありましょうし、私の今回のアレンジの様にしても大きな齟齬はなかろうかと思います。

 近年では坂本冬美が歌う「夜桜お七」(作曲:三木たかし)のAテーマ部分でも引用されている程に親しまれている一節ですが、今回私が示したアレンジというのは下記に挙げる様に、

◉下部付加音の取扱い及び遊離的な下部付加音とコード表記解釈
◉十分音に収斂させる高次な微分音の利用

というのが最大のテーマとなっております。




 下部付加音というのは、「onコード」および「スラッシュ・コード」と同様の物です。但し、ジャズ/ポピュラーの下部付加音のそれらの多くは、上方のコードから想起されるアヴェイラブル・モード・スケールに下部付加音が隷属するという形が不文律となっている所がありますが、私が「下部付加音」と述べている時は、複調も視野に入れている状況なので決してアッパーのコードに隷属する訳ではないという事は念頭に置いていただきたい事であります。

 つまり、私の意図する「下部付加音」というのは本曲アレンジに限らず常に複調も視野に入れるという意図があります。これとは逆に「onコード」や「スラッシュ・コード」という通俗的な呼称を用いている時というのは、アッパーのコードから想起されるアヴェイラブル・モード・スケールに準ずる形だという風に捉えていただければ幸いです。勿論、過去の記事をそうした解釈でお読みいただければあらためて紐解ける事もあるのではなかろうかと思います。

 扨て、「遊離的」な下部付加音という状況というのは、別に複調が視野に入っておらずとも、根音やコードの五度音を弾くばかりでなく、根音から「逃げる」かの様にフレージングするという、R&Bにも能くある様なフレーズのそれも「遊離的」なフレーズのひとつであります。

 通常、音価の短い遊離的なベース・フレーズのそれに「onコード」や「スラッシュ・コード」として表記が充てられる事はまず無いでしょう。音価が長ければ別ですが、短い音価で態々そうした表記が与えられる事は無いと思いますし、避けて当然とも思います。

 但し懸案材料として、下部付加音として解釈しうる状況に等しい《音価が長い時》であっても、それを単に「遊離的」な和音外音(非和声音)として片付けコード表記にも与えないという状況があったとしたら!? という事を示しているのが本曲の終止部であります。これについては後ほど詳述しますので、先ずは重要なテーマを前以て知っておいていただければと思います。

 更に、終止和音には微分音を用います。これについても後ほど詳述しますが、縁遠い脈絡の音であるにも拘らず、それを平然と用いる「数学的」にシンプルな脈絡で使用する、という事も大いなるテーマとなります。

 まあ何より、今回私が「さくらさくら」のアレンジを思い立ったのは、単にシンプルなコードのスケール・ワイズ・ステップからの変応を企図していた所に、Eventide社のH3000 Factoryのセール情報がやって来たという事でプラグインを入手したついでに遊んでいた事が発端となったのであり、H3000 Factoryで用いた「ピッチ・デチューン」のそれも、微分音的に見て私もそこそこ頭を捻って用いた数値であるという事も併せて語って行こうかと思います。

 
 H3000 Factoryのセールの報せがあり、トレヴァー・ラビンやスティーヴ・ヴァイも散々弄り倒したという誉れ高きハーモナイザーの名機。嘗てのMac OS 7.5にはシステム・サウンド変更用のボーナス音源としてトレヴァー・ラビンがハーモナイザーを駆使したギターの音が収録されていた事が懐かしくもあります。

 まあ、抑も「ハーモナイザー」という名称自体がEventide社の商標なので、よもや《MXRのハーモナイザー》などと言おうものなら、《カシオのエレクトーン》(※エレクトーンはヤマハの商標)と言っている様な物なので、ハーモナイザーという呼び方は配慮が必要とされる物です。

 とはいえ、私が思い描いていたH3000への願望というのは、ピッチ・フィードバックだった訳ですね。つまり、ショート・ディレイとなるディレイ音のフィードバック毎にピッチが上昇するというエフェクト。

 その上昇幅を1オクターヴに設定した場合、フィードバック回数に沿って1オクターヴずつ上昇するという効果を期待していたのですが、ローランドSDE-3000の様にディレイのフィードバック・パラメータのみ抽出したルーティングが出来ないという事を入手してから知る事となったのが殘念な点。

 30年ほど前ならばBOSSのRPS-10(※BUCK-TICKの今井寿愛用で有名)はおろかヤマハのSPXでもピッチ・フィードバックは可能でありました。但し、フィードバック毎にデジタル領域はエイリアス・ノイズを発生する事にもなるナイキスト周波数を突き抜けざるを得なくなるので、6kHzの高域成分があると仮定したギター音のピッチ・フィードバックを施して3オクターヴ上まで上昇する音を得ようとするならば6・12・24・48kHzという周波数上限値が理論値として必要となり、48kHzの領域をエフェクト音のスループットとして実現させるってえのは無理難題な訳ですね。

 SPX90Ⅱのエフェクト音など12kHzが上限で、同社のREV7ですらサンプルレートは31.25kHzだった事を思えばエフェクト音は15kHz近傍が上限だった訳です(※後発のREV5は20kHzを確保)。

 そうすると、ナイキスト周波数を超えざるを得ない原音成分はナイキスト周波数を折り返して波形が鏡像となった上で超過分の周波数がファンダメンタル成分として現れてしまうという訳で、ブッた切られた超過分の周波数は音楽的に無関係になるので原音を損ねた成分として中低域に跳ね返るという訳です。BOSSのRPS-10は安価乍らも上手い事処理をしていたと思います。

 ピッチ・フィードバックのそれは渡辺香津美のアルバム『Mobo』収録の「Voyage」が典型例でありますが、ハーモナイザーではなくMXRのピッチ・トランスポーザーを使用していたのであります。他にも意外な所ではマッド・プロフェッサーも好んでいたと言われておりました。下記のYouTube埋込当該箇所でのミュート・ギターでのピッチ・フィードバックを聴く事が出来ます。




 上述の様なピッチ・フィードバックについてはH3000 Factory単体では実現できない(複数接続なら擬似的には可能)事があらためて判ったのでありますが、ディレイ音のクオリティーの高さや充実したフィルターとLFOの波形。それと併せてピッチ・シフトの音声クオリティーの高さにはあらためて瞠目した次第です。

 扨て、今回の「さくらさくら」のクリーン・ギターに用いているH3000 Factoryのピッチ・デチューン量は左ch:5.6セント、右ch:-9.9セントという風にずらしており、左右の相対量は「15.5セント」ずらしているという設定値でピッチ・デチューンを狙っている物です。

H3000Factory_example1.jpg


H3000Factory_example2.jpg


 この15.5セントという量は、126/125という純正音程比=13.794766セントに対して 2^(1/43)=2の43乗根≒27.906976セントという微小音程と「3125/3072」という純正音程比≒29.613568の差分=1.706592セントを加えた物です。

13.794766+1.706592=15.501358セント

※上掲の数字導出のヒント、
126/125=((2^7)-2)/((2^7)-3)
43=(5*(2^3))+3
3125=5*((5^2)^2)
3072=3*(2^(2*5))

これらの数値は [2・3・5・7] という4つの低次の素数を用いて導出しているという訳です。同様に、素数=素数×素数 という状況も非常に理想的な値を得られる事に繋がります。例として、アレシボ・メッセージが用いた 1679=23×73 という素数は縦軸・横軸それぞれが素数であるものの、縦軸と横軸の数値を入れ替えた場合メッセージが成立しなくなるという意味がありますが、楽音の場合はそこまで厳密に縦軸と横軸を入れ替えなくとも素数の使用は視野に入れておく必要があります。

※前述の「素数=素数×素数」は誤りです。私は長い事「1679」を素数だと思っておりました。23×73というアレシボ・メッセージの妙味の前に、その「積」自体が「平方因子」となっている以上は素数の前提が崩れてしまうというのに素数の重要な大前提すらも忘却の彼方においやって謬見を晒してしまった上に読み手の方々に誤解・混乱をさせてしまいかねず大変申し訳ございませんでした。YouTubeのコメントでご指摘いただきましてあらためて感謝申し上げます。

尚、1679-10=1669、1679+14=1693、1679+18=1697、1679+20=1699、1679+30=1709 という風に、[-10・14・18・20・30] という値を「1679」から増減させると素数を導くという事を35年ほど昔に試行錯誤をしていた事を思い出しました。という訳で、「理想的」な素数を導く為に参考になれば幸いです。

加えて、「15.5セント」を [7:4] にした9.9セントと5.6セントという2音が形成する音程は、どちらが高位にあろうとも鏡像音程を視野に入れた時、元々低位にあった音に対して「4.3セント」の差が現れます。これはシントニック・コンマを5等分する単位音梯でもあり、こうした因果関係の下で割り出している数値であるという所にも着目していただければと思います。



 ピッチ・デチューンの相対量としてはかなり大きな数値になり、通常ならば1/12コンマ=スキスマから8〜9セントに収まる所が多くのピッチ・デチューンに用いられる量ですが、より大きくしてもおかしく聴こえない(音痴に聴こえない)様に工夫をした結果が15.5セントという量なのであり、これらは純正音程比から弾き出される微小音程を利用した数値という訳です。

 通常、モノラル信号に15.5セントという量はかなりズレが大きく聴こえるとは思いますが、15.5セントの相対量を左右に不等分とするのが好ましいと思います。

 私の場合は15.5セントを11等分した上での左右の比率を [4:7] にしているという訳です。この [4:7] という比率は自然七度を導く比率でもありますので、母数を「11」で割っているという意図はこの因果関係の為でもあるのです。端的に言えば15.5セントを11等分した [4:7] はピッチ・デチューンの魔法数みたいな物として試していただければ、その綺麗さがお判りいただけるであろうと思います。

 一般的にこの相対量15.5セントを聴いたとしても、左右の耳の相対量として知覚している事もあり大きなズレという風には認識しづらいと思います。それでいて綺麗に響かせる事を企図しているという値なのです。

 もっとも、音空間を毀損する事なくエフェクト音が際立っているのは純正音程比に基づいた音を使っているばかりでなく、エフェクト音そのものの品質の高さも貢献しているという事はあらためて声高に述べておきたい点であります。

 
 それでは茲から「さくらさくら」プログメタル・アレンジについてYouTubeにアップしている譜例動画を確認し乍ら各小節の説明をして行こうと思います。




 本曲はアラ・ブレーヴェ(カット・タイム)という解釈ですので、拍子記号は「2/2」となり、連桁は8分音符4つで括った状況が「1拍」という事になりますのでご注意いただければと思います。二分音符=76ca. という事は、四分音符に置き換えれば「四分音符=約152」という事となります。

 加えて、通常ならばタブ譜を用いる事のない私が今回はギター・パートのみタブ譜を作りましたが、楽譜を追っていけば自ずとお判りになる通り、通常の手の大きさでは到底届かない表記があります。それは右手のタッピングを用いる必要があるのですが、タッピングを明確にはしていないので、その辺りはあらためて後述する事にします。またタブ譜での休符は割愛しております。

 1小節目は Am -> G7 という風にコードを充てており、ベースはKoRNのフィールディーの様にローAをカマして来ます。それも飽き足らずG7での弱勢ではローGも出て来ますが、本曲の最低音はローF♯ですのであらためてご承知おきを。

 2小節目のコードも同様に Am -> G7です。ベースはさらにキックとトゥッティを採ってロー・サウンドをあからさまに弾いております。

 因みにローF♯でも下限可聴帯域には収まってはおります。A=440Hzの場合、約23.13Hzですので20Hzより下ではありません。まあ、古い研究では下限可聴帯域は16Hzとする研究もあったのでありますが、正直な所、88鍵ピアノの最低音=A0以下の音というのは、その音程感は第2次倍音に頼っているというのが正直な所であろうかと思います。

 それを聴覚の側が無意識に結合差音として基音を補強しているというのが実際であろうかと思いますし、下限可聴帯域よりも低い「振動」を鳴らせられるピアノというのも存在しますが、それらの基音は実際には「震え」という振動に等しく、やはり偶数次倍音である第2・4次倍音が音程感を形成し、それらの偶数次倍音の内側にある第3次倍音が、それらの偶数次倍音の差分=「1」を知覚の側が基音として補強するという事を強く実感できる事でありましょう。参考までに下記動画はスチュアート&サンズの108鍵ピアノです。




 3小節目の冒頭のコードがAmであるのは措くとして、2つ目が「Bdim/A」としているのは注意が必要かもしれません。何故なら、通常の私のコード表記であるならば「Bm7(♭5)/A」と充てる筈なのですが、茲では敢えてそうした表記を避けているのは確固たる理由があるからなのです。

 その理由が、本曲のベースの下部付加音は「遊離的」であるという事。この遊離的という言葉の意味は、和音本体のコードに準じている物ではない「自由な動き」という意味を持たせている物です。

 それと云うのも、本曲では後ほど現れるであろう「onコード」表記の下部付加音表記の型も用意しております。但し、今回の「onコード」と遊離的に示している「スラッシュ」表記のそれは明らかに違うものであり、前者は上部の和音本体の基底部(=根音・第3&5音)の音を下部付加音にしている場合の表記であり、後者は非基底部(上音の二・四・七度などに相当)している下部付加音を「スラッシュ」の型で表しております。

 まあ、終止部のコードに関しては本来ならば下部付加音として表記しても良さそうな表記を避けて、ベースが《完全に》遊離的な状況と解釈した上で下部付加音の表記すら充てていないという表記もありますが、これらについては追って説明しますのであらためてご承知おきを。

 扨て、同小節3・4つ目のコードは Caug → Bddim と表記しております。3つ目のそれは扨置き4つ目のコードのそれは先ず目にした事がない表記だと思いますが、これは ‘doubly diminished triad’ という事を示しており、日本語では「二重減三和音」(=根音・減三度・減五度『機能和声法』諸井三郎著)と称される変化三和音のひとつです。

 減三度はギターの指板では実質的に2フレットの距離となるので、自ずとその音程に内在する二度音程は短二度という事になります。「Bdim」「Bm(♭5)」の第3音を半音下げるという事になるのですが、これらの表記に「sus2」を用いる事は出来ないでしょう。何故なら「sus2」が暗々裡に示しているのは第5音が完全五度であるからです。

 4小節目のコードは Am -> G♯m -> Bhdim と進行するのですが、注記しておかなくてはならないのは3つ目のコード「Bhdim」でありましょう。これは硬減三和音= ‘hard diminished triad’ を示しているので、通常の減三和音と比較して第3音が半音高くなります。前回のブログ記事での硬減和音のコード・サフィックスには大文字の「H」を用いましたが、これらの違いに特段の意味はありません。

 5小節目のコード進行は Am -> Am△7(on B)-> C6 -> G♭aug△7(on C)となっておりますが、3つ目のコード「C6」というのは、先行和音からの流れからすれば「Am7(on C)」とも表記したくなるかもしれません。そうした表記の方が揃った感じにはなるものの、当該箇所では《6th音相当の [a] が無いのに「C6」というコードを充てる必要があるのか!?》という風に疑問を抱かれる人の方が多かろうと思います。

 私が「C6」を与えている理由は拍頭のコード「Am」の余薫が関与していると捉えているからです。その関与があるからこそ直後の「Am△7(on B)」でも当該箇所では [a] 音は無いにも拘らずそうしたコードを充てているのは拍頭の大きな関与が引き続いているという解釈の下で用いているのです。
 
 こうした拍頭のコードの関与が後続の方へも及ぼしていると解釈するのは、これら3つのコードのコモン・トーン(共通音)が関係しているからです。こうした考えは、ジャン゠ジャック・ナティエの『音楽記号学』にてワーグナーのトリスタン和音の33人による各様の解釈の違いの中でも取り上げられる「関与」の状況であらためてお判りいただける事でしょう。

 そういう訳で、同小節3つ目のコードは「C6」と判断しているのです。単なる [a] 音の関与がある状況で3度ベースでなければ私自身茲は「Am7」とした事でありましょう。然し乍ら、余薫として関与する [a] 音は結果的に後続の「G♭aug△7(on C)」に内含する [b] (=B♭音)へ上行進行を採った上でのベースが [c] なので、Am7よりもC6としての性格を強めるが故にコード表記は「C6」となるという解釈なのです。

 加えて、同小節4つ目のコードとして現れる「G♭aug△7(on C)」下部付加音と上部和音の根音を比較するとそれらは減五度のベースであり、こうした下部付加音はジャズのウォーキング・ベースに見られる様な充て方でもあります。

 6小節目は F△7 -> E7 -> E7(♭9、♭13)と展開しますが、本小節は特筆すべき事はありません。

 7小節目は Am -> Bdim -> Fm -> Bdim と展開されますが、3つ目の「Fm」の出現というのは少々意外と思われるかもしれません。もしもこれが「Fm7」であると、その七度音 [es] が原調のブルー五度(=Amに於けるE♭音)として関与する複調的な因果関係なのですが、[es] が無いので唐突感がより強くなります。坂本龍一作曲の「Curtains」もヒントになっておりますが。







 8小節目は Am -> G♯m -> Aaug/G と展開しますが、4小節目のそれと比較すると3つ目のコードが若干変わり「Aaug/G」としています。通常の私ならば「Aaug7(on G)」などとして七度ベースを強調しますが、本曲での下部付加音は遊離的であるという前提に立脚させているので、こうした表記を採っているのです。ベースが弾く [g] 音の関与を上音は受けていないという判断です。

 9小節目は5小節目と同様なので説明は割愛します。

 10小節目は6小節目とほぼ同様なのですが、コードは F△7 -> E7 -> E7(♯11)という風に3つ目のコードが変化しております。上音は確かに♯11thとなる [ais](=A♯音)を示しておりますが、ベースは [b](=B♭音)を示しております。この理由は、ベースの [b] はあくまで「遊離的」な存在であるので下部付加音という付記を施す意味もないほど自由な動きという意味なのです。

 そうした理由から敢えて「E7(♯11)/B♭」という様な表記も避けており、この遊離的なベースの動きはジャズのウォーキング・ベースでも得られる「遊離的」なフレーズのひとつで現れる音階の「♭Ⅱ」を意図している物です。「♭Ⅱ」を標榜する以上、ベースの表記が主音の増一度「A♯」となる訳はなく、和声の♯11thとの異名同音を併存せざるを得ない状況となります。無頓着な人だと恐らくどちらも同じ音にしてしまうかもしれませんが、茲は厳密にしなければならない所です。

 念の為に語っておきますが、私の云うウォーキング・ベースとはコード・トーンやアヴェイラブル・モード・スケールに準則しただけの事ではなく、アウトサイドなアプローチを必要とする類のフレージングを視野に入れている物です。そこには鏡像関係のフレージングを採る事もあれば、上音のアヴェイラブル・モード・スケールには生じ得ない、基のコードの協和的な音程を埒外の線形へと分割するという手段も視野に入れている事を意味します。

 こうしたウォーキング・ベースのフレージングについては過去に私のブログ記事で語っておりますので、興味のある方はブログ内検索をかけて当該記事を当たっていただきたいと思います。

 ジャズのウォーキング・ベース・フレーズの話題を出し乍らも今回のデモ曲がプログメタルというのは実に撞着している状況かもしれませんが、不協和やアウトサイドを少しでも標榜するのであれば、完全五度や完全四度を歪み系のエフェクトで汚すだけの方策では何の進歩もありませんので、その辺りの「汚し方」というのは色々な方法論があるという事を念頭に置いて下さい。

 そうした汚し方がジャズであろうとロックであろうと、音楽的な意味での協和から逃れようとしている姿に収斂しているという事を最大限の注意を払っていただきたいと思わんばかりです。

 扨て、11・12小節目はコードは全く同一で、Am -> G7(9、13)というコード進行となります。G7(9、13)の部分では、ギターの左手だけではどうストレッチしても無理なポジションがタブ譜に書かれておりますが、右手のタッピングが視野に入ってさえいればタッピングを指示してなかろうともそれで弾かざるを得ない事はお判りだろうと思うので態々明記はしていないのです。

 その右手タッピングを必要とする部分で [c] 音というアヴォイド・ノートが現れます。この [c] は和声的な影響を与えていないので本位十一度(=♮11th)をコード表記に与えていないのです。楽理的にはこの [c] 音は上接刺繍音という位置付けになります。

 そうした刺繍音は他の和音外音=先取音、逸音、経過音など色々な分類があるのですが、そのいずれもが「旋律をより力強くする為の牽引力」という材料で用いられるのが真の和音外音なのです。

 和音構成音だけに頼ってそれらのみを使ったフレージングをしてしまえば単なる分散和音に過ぎません。アルペジオが総じて非力とは言いませんが旋律としては「非力」です。なぜならそれは和声の露呈に過ぎないので、旋律の側から照らし合わせれば線形が非力となる訳です。

 無論、和声だけに心酔するタイプの人というのは旋律を欲する事なく背景のハーモニーを吟味したりもしますが、旋律の持つエネルギーを知っていれば和声的状況だけで満足しうるのは単にひとつの和音ではなく、その前後の和音の配置も熟慮されている必要があります。そこにエネルギーの蓄えられた旋律が合わされば鬼に金棒となるのであり、和声法と対位法の両方を駆使する西洋音楽にはそうした魅力が具備されているという事をあらためて知って欲しいと思います。

 12小節目はリタルダンドの注記があるので、以降はテンポが遅くなって行きます。そうして13小節目は Am -> G7(♯9、♭13)-> G♯dim7 -> F△7 という風に展開されます。これらのコードで最も注意すべきは4つ目のコード「F△7」でありましょう。

 その当該箇所のベース音を能々見れば [g] 音を奏でているので、通常ならば2度ベースの形として「F△7(on G)」或いは「F△7/G」と書く事でありましょう。しかし今回はそうした下部付加音を省いているのです。これは冒頭の方でも示していた「遊離的」なフレージングの結果であるからです。

 ベースの下部付加音を充てた表記もあっても良かろうとは思います。然し乍ら私は2度ベースを強要はしない。単に今回の譜例動画デモが「F△7」上で [g] を遊離的に弾いている、という解釈なのです。正直な所 [h] を弾いても何ら問題は無いのです。それくらい自由(遊離的)な状況を意図した上で強制をしていない表記であるのです。

 そうして14小節目の終止和音「Caug7(25、59、61、451)」という仰々しいテンション・ノートが現れるコードに対して、ベースはまたもや「遊離的」に [b] を弾いているという状況です。

 この状況だけを見れば「Caug7(25、59、61、451)/B♭」という7度ベースの型を充てても問題は無いのですが、私は遊離的な状況を優先した上で [b] を根音とする和音の型を採るのでもなければ、下部付加音を明記するまでもない自由な状況として、これまた下部付加音を明記していないのです。

 但し、テンション・ノートに用いている「25、59、61、451」という数字は、[c] を基準とした上方倍音列に依拠する次数を明記している物です。

 然し乍ら、それら4音は結果的に微分音になるのですが [c] 音上の「25、59、61、451次倍音」というのは単にコード表記の為に則った近傍値に過ぎません。これらの音の因果関係はベースの [b] を基準を因果関係として導いた4音を [c] 音上の倍音列の近傍にコード表記にそぐう様に書いているだけの数字であります。

 それら4音の微分音の実際は [b] を基準としており、「61、67、131、259次倍音」を協和的に響かせる為に並び替えた物で、物理的に低い音高から見れば「259、67、61、131倍音」という順で積まれているという事を譜例動画の方の注記にも書いている様にして鳴らしております。

 これらの倍音は《強い協和》という世界観から見れば音程的には通常の十二等分平均律からはぐれた微分音となります。但し、強い協和となる [64・128・256] 次倍音の近傍3次倍音を抽出している因果関係であります。

 つまり、61次倍音は64次の3次下方の倍音となり、67次倍音は64次の3次上方という事を意味します。同様に131次倍音は128次の3次上方で、259次倍音は256次の3次上方という倍音を抽出しているという訳です。

 前述の《強い協和》という言葉の意味からお判りの様に、これら [64・128・256] 次は [6・7・8] オクターヴの相貌を示している事になるのです。無論、[6・7・8] オクターヴという《かなり上》のオクターヴ相はあくまで「1」を基音とした採り方での尺度である為、基音を「8」や「16」などを採れば然程遠くない因果関係の音程でもあります。

 例えば「16」を基とした時の第5次倍音は64〜128次倍音が分布するオクターヴ相にある「80」ですので、 [64・128・256] 次倍音が分布する相貌というのはあくまで概念的な物であり、実際にはそれほど遠い脈絡ではないのです。

 という訳で、これらの導出となる因果関係はお判りいただけたかと思いますが、結果的にこれら4音の微分音は十分音=60EDOに寄るのです。即ち、十分音か五分音の単位音梯に収まる微分音という事になるので、シンセFXパッドのパートの音符群に振られた数値は低い方から順に幹音から [-80、-20、-120、-40] セントという状況であるという事を示した物なのです。

 また、これらの微分音は60EDO(=60 tone equal division of octave)で得られる音脈なのでありますが、私は今回10ED9WT(=10 tone equal division of nine whole tone)という風にして導出しております。

MTS-ESP_10ED9WT.jpg


 また、本曲の微分音はメシアンの《8つの前奏曲 :第1番「La colombe(鳩)」》の終止部にある平行長十四度をヒントに、それを微分音的に応用した物です。




メシアンのそれらの長十四度平行のそれは、十二等分平均律に収まるものであるもののメシアンの意識には四分音による ‘quarter tonal seventh’ という長七度より50セント高い音が視野に入っている上で十二等分平均律に均されたアイデアなのではないかと思っております。メシアンも四分音を用いた作品がありますが、標榜するアイデアが通常の音律体系に均された結果なのではなかろうかと思っております。

 念の為にクォーター・トーナル7thという音程を次に挙げておきますが、その異名同音としての「減八度」でもあるセミオクターヴも示しておきますのでご参考まで。

Quartertonal-7th.jpg


 尚、今回の譜例動画デモで用いたベース音で最も活躍したのは、PhotosounderのSpline EQに依る急峻なリジェクションでありました。このバンド・リジェクトの後にサチュレーションを加えているという音作りになっております。

SplineEQ.jpg


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