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リング・モジュレーターをキング・クリムゾンの楽曲に学ぶ [サウンド解析]

 今回のテーマはリング・モジュレーターでありまして、その原理は実に簡単。入力した信号に対して設定した周波数との加分と差分を合成して出力するという物です。

 仮に、入力信号440Hzに対して設定周波数を330Hzとやれば、互いの加分=770Hzと差分110Hzが生成されるという訳です。結合音に於ける加音と差音をそのまま電気信号として実現させる事に等しい訳です。

 原理的には非常にシンプルなのでありますが、多くの入力信号というのは単純な信号ではなく非常に複雑な部分音=パーシャルをふんだんに含んで組成されている「複合音」という状況であり、複合音の対義語が純音である事を思えばあらためて純朴ではない複雑さがお判りいただけるかと思います。

 設定周波数というのは「変調」の為の設定です。この変調こそが「モジュレーション」という言葉なのですが、まあ、小難しい事を考えずに凡ゆる音をリング・モジュレーターにブチ込むと、設定周波数何如では予想を遥かに超える、原音のイメージを全く変えてしまう程の音へ変容してしまう事など珍しくもなく、加分の成分は概して金属音の様な音にも聴こえたりと非常に多彩な音へと変化します。

 今回は、そんなリング・モジュレーターをキング・クリムゾンの某曲に学ぼうというのが本記事の趣旨なのでありますが、私が今回取り上げる曲はアルバム『Beat』収録の「Sartori in Tangier」という曲であります。

KingCrimson_Beat.jpg





そのデモ曲は既にYouTubeにアップロードを済ませているので、下記デモを参考にしていただければ幸いです。




 あまりに予想できない音を生成するが故に、効果音(SE)の飛び道具的にも用いられたりするのですが、加分・差音の双方で生成される周波数を緻密に計算した作品の代表例を挙げるとするとシュトックハウゼンの「Kontakte」や「Mantra」などを挙げる事が出来るでしょう。







 シュトックハウゼンのリング・モジュレーター活用は他にも多岐に亙るので挙げれば枚挙に遑がないのでありますが、変調後の周波数生成を偶然に頼った様な音作りとは対極にある所で設計されていた所に畏怖の念を抱かずには居れない限りです。

 扨て、クリムゾンでのリング・モジュレーターで最も顕著なシーンと言えば、エイドリアン・ブリューに依る「Elephant Talk」でのグリッサンドを用い乍らのSEを挙げなければならないでしょう。84年の日本への来日ライヴでも、マイクスタンドに台を取り付けてリング・モジュレーターをリアリタイムに操作していた事をついつい思い浮かべてしまいます。

 アルバム『Discipline』『Beat』『Three of A Perfect Pair』での所謂「ディシプリン期」でのニューウェーヴ&ニューロマンティック調な楽曲はオーソドックスなアンサンブルを好む旧来のファンからは非難轟々でもありましたが、楽曲のアンサンブルは扨措き、ハーモニー観は矢張り期待以上の世界観を構築しており、中でもトニー・レヴィンのチャップマン・スティックが最も活躍しているのはアルバム『Beat』であるというのが特徴のひとつです。

 そうしたアルバムに収録される「Sartori in Tangier」というのは、矢張りスティックの良さが前面に押し出された楽曲の一つであろうかと思われます。




 私の今回のデモのイントロ部のスティックには高域ノイズが「シーシー、サーサー」と乗っており耳障りで五月蝿いかもしれませんがその辺りはご容赦下さい。リング・モジュレーション活用の為の解説動画でしかない急拵えだった物で。元々このMIDIデータは商用着信音時代の物でした。

 動画の解説でもお判りになる様に、リング・モジュレーターを使ってのSEは《ジュッワーン!!》と言わんばかりの音であり、原曲でもこうした音が使われているのを模倣したという訳です。

 このSEに酷似する音は嘗てのローランドGR-50のプリセットにも使われておりました。1UラックにDIN13ピンを接続するという、GK-2コントローラーとピックアップを用いるタイプで80年代の終わり頃にリリースされていた物でしたが、クリムゾンのそれは年代を考えてもGR-50を使用しているとは考えられず、ローランドが独自に用意したプリセット音色であるのは疑いのない所でありましょう。

Roland_GR-50_GK-2.jpg


 私は偶々、ドラムのフィルにリング・モジュレーションを通している時に発見したのであり、周波数設定値もスウィープさせていなければ発見できなかったテクニックですので、あらためてラッキーな発見だったとつくづく思う所です。

 また、こうした打楽器のリング・モジュレーション活用というのは立花ハジメが使用していた「アルプス1号」がヒントになっていた事でもあったのですが、83年の7月に神奈川県民ホールの小ホール(キャパは400人位)にて立花ハジメのライヴを至近距離で観る事が出来たのが功を奏したのでありましょう。

 狭いハコで名の知られた人達を観る事が好きだったので、先のライヴの数日後の渋谷公会堂では高橋幸宏がゲストであるのは事前通知されていたにも拘らず私は神奈川県民ホール小ホールでの鈴木さえ子のドラムを堪能していたという訳です。立花ハジメのアルバム『Hm』の頃です。まあ概ねこういう小規模のライヴというのは後になって貴重な経験となる事は判っていたので、今猶行って良かったライヴのひとつとして数える事ができます。

 立花ハジメのアルバム『H』など、今聴いても冒頭の「IF」などレコメン系の、それこそアクサク・マブールやらヘンリー・カウを思わせる様な音に聴こえますし、当時のYMO周辺のリスナーだとレコメン系にはそうそう食指が動く事はなかったであろうと思う事頻りでもありますが、何にせよ良いアルバムである事は間違いありません。

H.jpg


 立花ハジメのアルプス1号まで引き合いに出しましたが、通常はリング・モジュレーションを用いる事で得やすい音というのは金属的な音なのであります。最近のモジュレーションの凝ったシンセですと、更に変調させる為の波形として矩形波やら特殊なモジュレーションを備えたリング・モジュレーションというのもありますが、私の個人的なアイデアとしては、リング変調の設定周波数が「キー・フォロー」追従してくれる物が欲しいと思っております。

 つまり、12等分平均律でのキー・フォローとなれば、半音刻みに沿ったリング変調設定値が「2^(1/12)」の値で追従するという事ですね。.sclファイルから音梯数を読み込んだ上でマイクロチューニングに於けるキー・フォローが可能という風になれば鬼に金棒だと思うのですが、どこかのシンセが実現してくれたら良いなと思っております。

 他には、SurgeやMelda Productionのリング・モジュレーションは結構細かく追求する事のできるパラメータで個人的には好感を抱いておりますが、今回の様に変調周波数を「スウィープ」させる事で得られる結果の重要性もまた見逃せないポイントですので、リング変調を試される方はありとあらゆるソースをブチ込んで見てトライすると好い事ありますよ、という事をお伝えしておきたいと思います。

 尚、余談ではありますが本曲で用いているチャップマン・スティックのベース部に16分音符のシングル・タップ・ディレイをかけており、メロディ部はJC-120のインパルス・レスポンスを通してデモを作っております。但し、ベース部にはLFOやエンベロープ・フィルターとはならない固定での急峻なフィルターを介しております。

 トニー・レヴィンのスティック音は本曲ではLFO固定のフェイザーは用いていない様ですが、アルバム『Discipline』の頃では「The Shelterling Sky」では特に顕著であろう、フェイザーを使っている様です。それも通常のフェイザーではなく、EventideのPS101の様にLFOおよびエンベロープがリトリガーさせる事のできるタイプ(=PS101しかないであろう)のフェイザーを用いている様です。

 スティックのベース部の信号音にフィルターを通して中域を太らせた上でシングル・タップ・ディレイを通してディレイ音にLFOを揺らせたPS101を用いているのではなかろうかと推察します。

EventidePS101.jpg


 上掲画像のPS101のパラメータのプリセットとして、私は「Sartori in Tangier」とはしておりますが、本曲ではPS101を用いてはおりません。あくまでも参考になれば之幸いです。

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