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鉄道マニヤに捧ぐ 首都圏主要鉄道会社の踏切音に使用される微分音 [楽理]

 今回は踏切の警報音を採譜するとどういう風に表す事ができるのか!? という側面で語る事としますが、採譜に於て重要な事は、楽譜の音符が持つ音高・歴時(音価)ばかりではなくテンポも非常に重要な要素となります。

 ブログ初稿時に於ての譜例動画ではテンポを示さず、微分音記譜に伴う音高を重視した物でありましたが、当初の譜例に付与した幹音からの微小音程の増減の数値や微分音変化記号の誤りもあり、それらを修正する際にテンポもこの機会に明示しておこうと思い、ブログ終盤ではYouTubeにアップした譜例動画をあらためて例示しておきましたのでご確認ください。


 踏切の警報音は周囲への警告である必要がある為、周囲で能く使われているであろう楽音の音律に溶け込む様にして馴染んでしまう様な音であってはなりませんし、環境音も低次の整数倍で協和しやすいという状況まで勘案すれば、協和音程(特に8・6・5・4・3度)などにも溶け込まない様に作られるべきであろうかと思われます。

 嘗てはエドガー・ヴァレーズが用いたサイレン効果も、巷に能くある音律体系の間隙を縫う様にして存在可能であるという事から用いられた物であり、ペンデレツキに依る『ヒロシマの戦没者たちへ(広島の犠牲者に捧げる哀歌)』の作品内に用いられる四分音クラスターのグリッサンドにも、注意喚起を孕んだ独特の効果を生み出す為に用いられているであろう事は容易に推察に及びます。

 北朝鮮からミサイルが飛んで来るぞ! と民衆を四つ足(※四つ足・四つん這いは動物の4本足=畜生を示す差別用語)にさせつつ避難訓練を慫慂し、為政者たちがそれを「風情」として高みの見物としていた意地の悪い無意味な避難訓練に用いられたミサイルの警報音も、間隙を縫う様にしてリニアにピッチがスウィープして漸次変化する様に施されていた音でありました。

 扨て、踏切警報音はテンポや音高は非常に僅かながら踏切の場所に依ってはその地域の電圧の微妙な変化を受けて増減すると思われます。採譜をしようと録音した地域や時間などで微妙に異なると思いますが、その変動幅は相当大きなテンポの揺れ幅やピッチの変更にならぬ様に配慮がなされているでありましょうが、採譜にムラが生じてしまう可能性はあるのでご承知おきを。

 鉄道会社や国土交通省とて恐らくは踏切警報音を楽譜のそれよりも物理的な周波数で音波を管理・登録しているのでありましょうが、飽くまでも楽音と捉えて楽譜上にて表す事を目的としている物で、各鉄道会社の管理設計者や国交相に訊ねた訳ではなく、私の耳での採譜である事も付け加えさせていただきますのでご容赦のほどを。

 譜例の各先行小節はA=440Hzを基準に採譜をした物であり、後続の小節は最低音が十二等分平均律に収まる様にしてコンサート・ピッチを移高して採譜した時の物です。デモそのものは全く同様にして2小節が繰り返される様にして再生されます。

 但し、私が今回制作したデモの方はNI Massiveのオシレータ「Sin-Square」の波形のみを使って「LPF2」というフィルターで濾波させているという設定で制作しております。京急を除いて2オシレータを用いており、京急は3オシレータを用いているという訳です。尚、リバーブは薄く付与しております。

 譜例の各音符に付与される数字の多くは、幹音(=変化記号の不要な正位位置で示される音)からの増減値としてセント数を用いておりますが、一部の譜例では十二等分平均律での嬰変種の変化記号からの増減を用いている箇所もあるので、その辺りは本文にて解説しておりますのでご容赦ください。


 JRの場合、先行小節の最低音は [f] よりも1単位八分音高い音であり、最高音の方は五分音(≒三十一等分平均律)で用いられる変化記号を用いた上で [g] よりも60セント低いという状況を表した表記です。それが後続のA=448Hzでは、低声部が幹音に収まる為、高音部のみが微分音変化記号で表されるという事を意味しております。両声部の相対的な音程は115セントとなり、通常の半音よりも少し広めの微小音程となる訳です。


 小田急電鉄の踏切音はパッと聞きならば3度音程でありますが、長三度と短三度の間の中立三度の近傍を採っており、これも又、協和的に響く3度音程としても長三度や短三度に靡かない様に工夫が施されているという事が判ります。先行小節の低音部は [c] よりも45セント高く、高音部は [d] よりも167セント高いという事を意味します。相対的な音程としては367セントという事を意味します。 


 扨て、今回の譜例では取り扱わなかった東武線の踏切警報音の多くはポリテンポで鳴らされており、異なるテンポ同士が重なり合う様で重なり合わない(恐らく素数のテンポを用いている)様な工夫が見られ、踏切の音も他の踏切と異なり多様な部分音で組成されておりますが、残念乍ら今回の採譜で例示できるソースを持ち合わせていなかったので、首都圏の主要な鉄道会社の踏切のみを採譜したのが下記に示す譜例集という事になります。

 
 そういう訳で本題に戻りますが、相鉄と京王は非常に音高が近しくこれらはほぼ誤差の範囲に収まる位に酷似しております。唯、相鉄の方がやや濾波が浅い(=フィルターが開いている)様に収音されていたのでありますが、周囲の環境との反射音とも相俟って特定の倍音が強調されている事も考えられるのですが、兎にも角にも酷似している事には間違いありません。

 相鉄の方はテンポ「≒131.2」、低音部が [f] より1セントというA=440Hz基準で見ても誤差の範囲で収まるほどに収まる範囲なので、これを「ゼロ基準」にして新たなるコンサート・ピッチを見立てても無粋である(そもそも踏切は電圧やらの影響を受けやすい環境音)事も踏まえて後続小節の音律も同様にして表記しました。相対音程としては「120セント」となります。


 京王の方はテンポが「≒132」。相鉄との違いは音高よりもテンポの方が差異が大きいのですが、テンポとてほぼ一緒と言える違いかもしれません(笑)。唯、私の耳では京王の方が「硬い」感じに聴こえるのは、倍音が強調される様に聴こえる訳です。間接的な反射音同士の強調や再生装置の違いからこうした印象を与える事もあろうかと思います。相対音程としては「117セント」です。

 
 東急は2種類を採譜し、1つ目は「東急435」としました。この理由は、コンサート・ピッチを435Hzに採ると非常に好ましく低音部が収まるからであります。それでもA=440Hz基準では低音部が [es] よりも6セント低いという意味ですが、幹音 [e] からは106セント低いという事を意味します。高音部が [e] より1単位十分音相当の21セント高いという事を意味します。

 低音部のみ幹音 [e] からではなく [es] からのセント数を採ったのは [es] が435Hzでの平均律に収まるそれを440Hzで採っているという事を強調したいだけで特に意味はありません。A=435Hzを基準に採れば自ずと低音部は「±0」ではあるものの、一応他との整合性を採る為に幹音からの「-100セント」として表しているので、両者のそれはより明確化するであろうとも思った訳です。両者の相対音程は先行小節が示す「227セント」となります。先行小節と後続小節との音程差が合わないと感じられるかもしれませんが、低音部がいずれの音律でも「変ホ=E♭」で示される事で後続小節の表記が割りを食っているだけの事です。


 東急457では、低音部が [es] より22セント低く高音部が [e] より33セント低いという事を先行小節で示しております。東急435の先行小節のそれと同様に [es] として幹音ではない所からこちらも採っているのはご容赦を。A=457Hzでは低音部ではなく高音部の方に基準を合わせてピッチを採っております。東急ではこうした細かな違いでピッチを探っているので他の警報音のそれとは採り方が異なっているのですが、高音部の「ゼロ」セントというのも [es] からのもので、幹音 [e] から採れば「-100」である筈ですが、このあたりの違いも留意していただければ助かります。相対音程は「289セント」となります。


 京急は、これまでの他の警報音と異なり2音ではなく3音が明確に鳴らされており、トーン・クラスター状態となっているのも特徴です。内声部が両外声よりも若干音量が低い様ですが、きっちり3音鳴っております。初稿時は全く違った譜例が上がっており失礼しました。3音の各音は微小音程ではあるも短二度同士で音程形成されている事もあり、これも幹音からのセント数の増減ではなく半音単位からのセント数の増減値を付与しています。

 先行小節でのA=440Hz基準での低音部は、[cis] より5セント高く内声部は [d] より50セント高く、高音部は [e] より8セント低いという事を示しており、低音部を基準に採り直すと内声部は [d] より58セント高く、高音部は「±0」という風になります。下二声部の音程が「145セント」上二声部の音程が「42セント」となり、上二声部のそれが「柔和」(=大きいデチューンとも言える)に響くのでありましょう。各音程は非常に狭いものの、下二声が半音よりも大きめ、上二声が半音よりも小さめとなっている状態ですが、短二度音程同士を伸張・縮減していると考えての「短二度」と表現したのでその辺りはご注意ください。


 各譜例での冒頭小節はA=440Hzとして聞いた時の音高状況です。次の小節は、各譜例での低位の音高を基準にコンサート・ピッチの基準を採り直した物となります。フォントはEkmelosを中心に、一部はKh accidental を用いて記譜したという訳です。余談ではありますが、EkmelosやBravuraフォントには三善アクセントもフォント・グリフとしてフォント・スロットに用意されているので便利な楽譜用のフォントであります。

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 こうしてあらためて確認すると、踏切警報音の多くは六分音が非常に多く用いられている様であり、四分音・八分音が次点として使われている様です。踏切の音には微分音が多く用いられているのだという事があらためてお判りいただければ之幸いです。