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主観的偏重を生ずる音程 [楽理]

 先日、テリー・ボジオのチャイムやゴングを使用して微分音を操っている動画がamassを通じて流れていた為、YouTubeにアップされていた動画を見ると、特に1:33〜の部分のそれには心地良い和声感を得る事が出来たモノでした。




 当初私がTwitterで呟いていた記譜には誤りがあり、今回記譜している後続和音の最低音(D音より5単位十二分音低い微分音)を1単位四分音低い音として記してしまっており、最初の図版の編集に誤りがあったにも拘らず己の作業をその後確認する事も無くアップしていたという始末。然もヴィシネグラツキー流の微分音表記に自分自身が慣れておらず、そちらに注視してしまう事で四分音律にもある表記を今度は疑う事なく見過ごしてしまっていたという物。実に嘆かわしい失敗です。
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 楽譜編集ソフトのFinaleを使う際、その作業用フォントが別売のNovemberフォントで且つフォントに附属のテンプレートを用いてピッチベンドを併用し乍ら入力すると三分音や四分音表記が行えるのですが、それ以外となると一旦ごく普通の12平均律の楽譜として入力を済ませた後に任意の変化記号を微分音表記に変えているのが通常の作業です。それに加えて四分音記号自体を自分自身見慣れてしまっていて、それを編集するのを忘れてしまった事に端を発したケアレス・ミスだったという訳です。

 先の譜例での四分音符で表している先行和音のニ音より1/6♭としている音と、後続のニ音の5/12♭の音は、実際には同一音として処理して掛留でも良いのではないかと思いますが、ピッチの揺れがそうさせてしまうのか、こういう記譜で移ろう様に表したいという私の欲望もあってある意味脚色&歪曲はしてはおります(笑)。

 こうした2つの和音の前後関係を抜きにして両者を倒置させると、よもや12平均律に均した時の次の様な和音にも聴こえるかもしれません。ペレアス和音の3度下に更に類推できる音があるかの様に振る舞うという和声的秩序を。
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image-a4168.jpeg 何れにしても、ペレアス和音が包含している和音の情緒やらは以前にも語っている為今回詳述はしませんが、この「均した」和声は、マイケル・フランクスのアルバム『Time Together』収録の「Summer in New York」のそれの型と同一タイプの響きである事もあらためて認識しておく必要があるでしょう。

 ボジオのそれは微小音程を纏った物であり完全なる同一の型とは言えないでしょうが、均して知覚してみれば決して縁遠くはない響きであるのも事実です。
 

 とまあ、微分音表記をするにあたっても実は舞台裏では一寸したせせこましい作業がある物だと共感していただければ幸いなのですが、伊福部昭著『管絃楽法』をお持ちの方はあらためて確認していただければアロイス・ハーバ流の表記とヴィシネグラツキー流の記号とは異なる事が一瞥でお判りになる事でありましょう。ハーバの方は以前にも私が載せた事があるのでお判りになるので、今回のそれとは全く異なる記号だという事がお判りになる事でしょう。

 ハーバもヴィシネグラツキーのそれらも八分音表記を用いていないのが共通する所なのでありますが、微分音とて三分音・四分音辺りがある程度知られている程度で、それとて作曲者毎に表記が異なる世界でもあります。故に全世界で統一・体系化されているとまではいえないのですが、「認知」という事が齎す共通理解にて用いられているのが微分音記号であります。
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 そういえば2年程前位にFacebook、Twitter双方で大学名は失念してしまいましたが、その大学の一論文にて四分音のドイツ語読みが新たに作られたとばかりに喧伝されていた物でしたが、私自身はそれが今後使われるかどうかは懐疑的であったので同意はしていなかったのであります。まず1単位四分音上下での表記でしか知らされていなかった事への疑問ですね。四分音体系となると3単位四分音上下の変化記号に対する名称嵌当も視野に入ります。

 又旧くは90年程前に、パウル・ザッハー財団所蔵のヴィシネグラツキーとゲオルギー・リムスキー=コルサコフとの書簡で用いられているそれには、変種1単位四分音の音名には「-et」をドイツ語音名に倣って書かれており、嬰種には1&3単位四分音の音名として「-it」「-ist」を充てている訳で、こうした歴史を無視して新たに整備される事は無いだろうという確信から来る疑念でもあった訳です。
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 仮にa音から1単位四分音低い場合は例外的に「at」なのですが、h音より1単位四分音低ければ「het」な訳です。他方、嬰種のf音より1単位四分音高い音は、「fit」であり、3単位四分音高い音は「fist」なのでありますね。猶、この際G.リムスキー=コルサコフが用いている変種の1単位四分音記号(1/4フラット)は「q」の様な記号を用いているのも注目すべき点でありましょう。次に挙げる譜例を見ていただければ自ずとそれらの音名はどの様に附与されているかはお判りになるかと思います。余談ですが、この微分音表記用のフォントはNovember2を用いて居りますが、今回用いた1単位四分音低い変種記号と普段使っている四分音用のそれとの違いにNovember2附属のPDFでは「Turned flat」としか解説はありませんでした。esとdisは実際には異名同音です。因みに「p」に見える変種微分音記号のそれはペルシャ音楽でも使われますけれどもね。私の場合は80年代初頭に小泉文夫著『民族音楽研究ノート』でその表記の存在を知った物でした。

 
 先人の顰に倣った上で体系という物は整備されて行かなければならないと私は考えて居ります。ある意味では微分音体系が周知された物でないからこそ、それを敢えて知る機会に於いて「便宜的に」名称を論文上で嵌当せざるを得なかったのかもしれませんし経緯までは不明ですが、少なくとも過去の実例を無視して新たに整備されるという事だけは無いと私は理解しております。ですからこれ見よがしに喧伝される呟きに食い付かなかったのはあらためてご理解いただいた上で、私がネットで嘘ばかり吹聴している様な輩なのではないという事をあらためて理解していただければ幸いです(笑)。ですので、私の失敗を嗤笑しても構いませんが、嘘を喧伝するかの様に常々ネットで吹聴している輩だとは決して誤解されぬようお願いしたいと思います。


 処で「ピッチの揺れ」が表記を曖昧にしてしまうのは致し方無い部分があるという点も承知しておいてもらいたい所です。というのも私のみならず人間の聴覚というものは、上行と下行とでそれぞれ同じ音程差であっても上行の方を主観的に広く採るという性質があり、微分音などの微小音程でもこうした顕著な点は見られる物という風に言われております。


 他にも、音律に於ける「3度」の採り方で生ずる「主観的な偏向具合の現れ方」というのは狭い方よりも広い方の振れ幅が大きいと知られている例があり、例えば平均律の短三度よりも狭い音低でも主観的に短三度として聴いてしまう人や、平均律の長三度よりも広い音程でもそれを「長三度」と認識してしまうという風に、シュトゥンプフの時代でも既に明らかにされていたのであります。余談ですがシュトゥンプフの門下にあったのが兼常清佐です。その少し前の時代であるヘルムホルツの門下にあったのが田中正平です。その後ウェルナーが十二分音律も視野に入れた細かな音響心理方面の研究を行ったという風に時代を遡る事が出来るのであります。

 微分音という音脈に「きちんと」傾聴される様になる為には少なくとも自身の中で、楽曲の調性感という偏向具合や嗜好度を中和出来る位には半音階的音脈で構築される音楽観を養っておくのは最低限必要な事であると言えるでしょう。というのも「情緒を感ずる旋律」というのは特定の音の振動数の2の冪数(つまり絶対完全音程であるオクターヴ)が強い牽引力を持っており、それに附随する様にして「平易な」振動数比で表される振動数が調的な牽引力を持った音脈となっている訳です。これに就いてはそう遠くない内に詳しく説明する事になるでしょう。微分音ではない通常の全音と半音という類の「大きな音程」が齎す情緒を体得し、これに身を委ねっぱなしにならぬ様に吟味した上で微分音の習熟というのが正しい体得順序でありましょう。

 これらの事を踏まえた上で、微分音への知覚の特性や調性感の禍いという風にも理解しておいていただければと思います。