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投影法 伍 [楽理]

 先のfig.7を今一度見てみる事にしますが、Aハーモニック・マイナーとCハーモニック・メジャーの2つの旋法にはハ調域の断片を使い乍らエンハーモニック(異名同音)の音同士「G#とA♭」を巧みに連結しているのはお判りかと思います。
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 両者の旋法何れもC音をスケール・トニックとして見立てて音程関係を見て比較すると、第5音と第6音間に増二度が発生するか、第6音と第7音間に増二度が発生するかどうかの違いだけであり、残りの音は幹音という訳ですね。つまり、増二度が並進行する状態で、そこに進行感を生む訳です。


 また、fig.7cにある通りA♭△7aug/Bdimという和音は基底和音をC△/Bdim7という風に見立てても、基底が非常に不安定な状況であり、これがまた次への進行を暗示している等音程を齎しているというのもあらためて気付いていただきたい部分です。

 僅かな並進行を伴わせる事で多様な和音の連結に依る進行感は生じるのでありまして、一般的な用法に置き換えれば、分数コードに於いて巧みな連結を行なう事に及び腰になる必要は無い訳です。単一のヘプタトニック組織内で音組織を維持しようと閉塞感に陥る必要は全く無いのであります。和音の凝集は全音階的な社会にある調性感を齎すのではなく、茫洋としたモーダルな雰囲気を強く匂わせる世界観であるという事を今一度再確認しておく必要があるかと思います。


 扨て、これ迄はドリアンやダブル・ハーモニック・メジャーなど、旋法のそれ自体が上行&下行形共に対称性を持っている自発的な対称性に依って投影法の音脈を呼び込む物を中心に取り上げてきましたが、先述にも語っている様に、投影法となる音脈は、なにも基から存在するモード・スケールが対称的でなければ生じないという訳ではなく、どんな旋法にもその音脈はあるのです。但し、その音脈は、対称性のあるモード・スケールよりは弱い力なので、それをきちんと呼び込むには、総和音的な概念にて全音階的和音進行を阻碍させる必要があるかと思います。何れにせよ投影という形での鏡像関係の滲み出る力が少々弱かろうとも起こり得るのは確かなのであります。


 例えば、Cアイオニアンの鏡像はCフリジアンです(C音を共有している場合。CアイオニアンとEフリジアンが鏡像になるのは互いにメディアントを共有しているからです。茲ではスケール・トニックを共有した鏡像関係として語っています)。Cアイオニアンは全てが幹音の状態な訳ですから、Cフリジアンで生ずる派生音(=変化記号を伴う音)は、Cアイオニアンの世界の中でどういう風にすればそんな派生音たちの音脈を呼び込む事ができるのか!?という風に考えれば投影法の呼び込み方という事をなんとなく理解しやすいかもしれません。

 すなわち、仮にCアイオニアンの仕来りの中で「ド・ファ・シ」という和音を使ってみる事にしましょうか。不等四度ですね。「ド・ファ・シ・ミ」としても不等四度です。更には、「ラ・レ・ソ・ド」を使って「シ♭・ミ♭・ファ」と連結させてみましょうか。こうした時のシ♭とミ♭の出来〈しゅつらい〉はラとレからの並進行であり、ソからファは反進行という事で、Cアイオニアンとは異なる音脈を呼び起した事になります。とはいえこの例ではCフリジアンを生んだ訳ではない事に注意して欲しいのですが、Cアイオニアン体系の外にある音脈を呼び込んだ事を理解していただければと思います。


 そこで今度は、対称性を持たない旋法を発端とする投影法を例に挙げる事にします。とりあえず投影法における重要な音脈となるのは、全音階的な雰囲気を棄てる(調性感を稀薄にする)為の手法であり、そうした音脈から生ずる均齊・対称性は、不協和音が齎している紋様のひとつだと捉えていただければよいかと思います。この理解が重要です。つまり、均齊・対称性のある物は等音程和音やら等比数列も視野に入りますし、以前にも例に挙げたSupratonic Scaleというマルチ・オクターヴ然り、メシアンのM.L.T.然り、半オクターヴ、長三度&短三度等音程、ホールトーン・スケール、半音階など全てそれらに括られる「均齊」を伴う物ばかりであります。
 Supratonicスケールの様な、半音階をも旋律的な横の線として対称性のあるテトラコルドとして組立てた見方が可能なのであるのは、半音階の組織が「和音」(=半音階の総和音)として連なっている状況があったとしても単に単音程内に和音を凝集させた転回として同一視するのではなく、単音程の内の凡ゆる音程(短二度・長七度・長二度・短七度・・・など)を駆使して鏤める様にして「母和音」として形成せしめた一つの例がF・H・クラインの物が次の様な物で、和音構成音的に見れば総和音というのはどの音を基底にしようとも構成音は同一でありますが、響きを全く異にするのは言う迄もなく不粋な事であります。
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 すなわち、構成音的としては同一であっても、基底音が異なりつつ各構成音の音程によって趣きも変えるのが全音階的和音体系のそれとは異なる部分でありましょう。全音階社会ではドミソもソドミも同じ和音ですが、全音階的総和音という飽和状態から半音階の総和音に至る迄の和音の凝集というのは、アブストラクト(形容し難い)な世界観が横たわっている訳です。「形容し難い」という表現は、既知の全音階的世界観に馴れた所から見た時の瞠目を示唆した表現であります。

 尚、余談ですが、単音程は1オクターヴ以内の意味なので完全八度を含みます。複音程というのは完全八度+単音程という風に括る事が出来ます。短23度の場合は完全八度+完全十五度+短二度という風に、幾つかの完全音程に分けた上で(完全八度×3に短二度を加えた見方でも構わない)見立てる必要があります。


 扨て、対称性を持たない旋法の投影法で非常に興味深いものの一つにミクソリディアンとエオリアンという二組を挙げる事が出来ます。fig.8を見てもらえば一目瞭然でして、譜例上段はGミクソリディアンを挙げています。Gミクソリディアンと同様G音を開始音として音程構造を下行形に投影すると、Gエオリアンが生まれます。
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 これら旋法の投影法で得られた音群を合成するとfig.9の様な音列を生ずる訳ですが、つまりGミクソリディアンとGエオリアンを併存させた場合、長旋法的性格を持つ物と短旋法の性質を兼備しな両性具有的な旋法となるのであります。これはチック・コリアもチック・コリア・エレクトリックバンドの1stアルバム収録の「King Cockroach」にて使っているアプローチであり、以前にも私のブログで語った事がありました。つまりは投影法に依拠するアプローチを用いているという訳であります。
Hybrid09.jpg











 チック・コリアの方のアプローチは1つの短和音上にて、その和音内に於いて♭II、♭V、I という相互置換を行ないます。仮にFm9上ならば「G♭、D♭、F」という風にそれらを基底とする和音をFm9上で相互にマトリクスに連結させるアプローチを採ります。それらの3つの音を基底音とした和音をチック・コリアは

♭IIでは硬減長七の5th音オミット →
IではFm9となるので長九度音から9・7・5の分散を充て、Iの5th音に対して♭Vの硬減和音の3rd音を共有する様に応答(接続) →
♭Vの硬減三和音の5th音オミット →
Iの7th音からrelativeに7・5・3・1という分散

 というアプローチを採っています。過去のブログでは茲まで細かく明示はしませんでしたが、それは、何時かこのように細かく語る事があるだろうという事でその時は詳述しなかっただけの事であります。

 硬減三和音や硬減長七の音形を採用する意図としては、硬減三和音を生ずる体系はジプシー調をスンナリ視野に入れる事ができます。ジプシー調は先にも語った様に、ダブル・ハーモニック・メジャーという対称性のあるモードを包含している訳ですので、投影法に於いてこうした対称性を用いるのは至極当然のアプローチであります。亦、硬減長七というのはヘプタトニックで生じさせるのはかなり恣意的な操作が必要で、硬減長七の簡便的な呼び込みは2組の主導全音音階(=リーディング・ホール・トーン・スケール)がトリトヌスで生じているケースを考えた方が自然でありましょう。

 主導全音音階は以前に私がユニヴェル・ゼロのアルバム『燐光』収録のアルバム同名曲「Phosphorescent Dream」を語った時の「UZPD」というPDFで詳述した事があるので記憶にある方もおられると思いますが、つまり、Cリーディング・ホール・トーンとF#リーディング・ホール・トーンの併存という形が最も簡便的で整合性の取れた形であろうと思います。
UZPD.pdf

 もう一方で、「恣意的」なヘプタトニックを考えるとすれば、色んな体系で見てもなかなか遭遇しない旋法なので今回私は便宜的な名称を与えてしまいましたが、それがfig.10のCディミニッシュト・メジャー・スケールです。
Hybrid10.jpg

 つまり、Cメジャー・スケールの第5音のみ半音下がるという、派生音は第5音のみという形式です。このディミニッシュト・メジャー・スケールをモードとした場合、主音を根音とした四声体の和音は硬減長七の和音を生じます。つまり=CM7(♭5)と表記しておきましょう。加えてCディミニッシュト・メジャーの第3・4・6・7音つまり「E・F・A・B」でも実際には硬減長七ではなくB音は同義音程としてですが、出て来る和音としては硬減長七と同じ響きの和音が得られます。但しディミニッシュト・メジャーの第4音上で恣意的に構成させた硬減長七は、少なくとも硬減長七と見做すならば他の旋法由来、つまり複数の旋法を生ずる事になりますので、単一の旋法の組織としては考えられなくなる為、それは「複調」性を見る事になる訳です。


 投影法にある状況で複数の旋法を合成して見渡す事のメリットは、総和音に於いて和音外音の音脈を探る事と同様になります。

 通常、我々が用いている調性社会での全音階という仕来りに於いての和音の在り方というのは、通常は七の和音までの体系で考える事が是とするのは、複音程にまで及ぶ和音はコード体系でこそ能く見掛けるようになりましたが、本来は複調性を匂わせている物なのですが、和音が齎す響きそのものが複調的な脈を創出する様には使わずにしている事が一般的であるだけでありまして、七の和音までの四声体としてダイアトニック・コード群を作った場合、それぞれのダイアトニック・コードの構成音の外にある音が「和音外音」なのであります。

 ハ長調という調性において、トニック・メジャーとして「ド・ミ・ソ・シ」が在るとすると、和音外音は「レ・ファ・ラ」です。しかし、基底和音の体を疏外する事なく11度音を附与しようとすると、ノン・ダイアトニックである#11th音という和音外音を生んでしまう事となります。つまり、ジャズ/ポピュラー体系は、調性の統一感よりも、一時的であっても和音の体を壊さずに世界観を拡大させる方を選択している事が判ります。これは単純に和音に依拠する世界観である為です。ジョージ・ラッセルは和音に依拠しただけの世界観と調性感の統一とを同一視してしまった事が最大の誤りだったのです。

 和音外音とはどうある可きなのか!?という事を考えてみましょう。調性を遵守するならダイアトニック・ノートが必ず和音構成音の外にある訳です。では、全音階の総和音の和音外音はどこにあるのか!?これはノン・ダイアトニックな音であり、少なくとも単一の調性ではなく複数の調性にまたがって半音階的世界を俯瞰した見方で和音外音を求めて行くという事になります。つまり、和音の凝集によって仄かにノン・ダイアトニックの音脈が滲み出て来るという欲求は、調性遵守の為ではなく、複調性を強固にさせる音脈であるという事に理解が及べば取り扱いがし易くなるのではないかと思います。勿論それと同時に和音の響きに対して熟達度を増さなければなりませんが。

 
 ジャズ的な要素を強めようとするならば、ノン・ダイアトニックな音を求めます。単なる和音構成音の外にある和音外音は通常はダイアトニックの音であります。ですから、投影法という風なアプローチを採る。それは「概念的」にでも充分機能する事なのであります。わざわざ投影させた側を物理的に鳴らした音を背景にして和音外音を選択する必要はないのです。


 扨て、先のGミクソリディアンとGエオリアンをハイブリッドさせると、その中にどういう体系が生ずるか!?という事を語っておりましたが、そこに「硬減長七」を見付けるという事は忘れてもらっては困ります(笑)。

 C音を起点としてC音を根音とする硬減長七を与えたとすると次のfig.11aの様になります。因みに数字の「0」は茲でのCになる訳ですが、これはピッチ・クラスを用いた番号の附与なんですね。音名表記にするとどうなるか!?というのがfig.11bという風になります。またfig.11bでは同時に、赤い音名で記した音名が、先のGミクソリディアンとGエオリアンのハイブリッドの音組織を示した物として図示しているのであります。
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 扨て、fig.11bから硬減長七はどういう風に含まれているのでしょう? それを探る前に、fig.11bを今一度見てみると、半音で寄り添いつつ対蹠点が現れるのが非常に多い構造だという事は一目瞭然です。対蹠点はつまりトリトヌス=三全音が現われているという事を意味します。

 つまり、GミクソリディアンとGエオリアンからのハイブリッド構造からはfig.12の様に3組のトリトヌスが包含されている事になります。
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 そんな3組のトリトヌス。おそらくセロニアス・モンクだったらfig.13の様な感じで弾くでありましょう。少なくとも右手パートに関しては(笑)。一応、このモンク風の譜例もGミクソリディアン+Gエオリアンのハイブリッドに倣ったモード想起というのはお判りいただければ幸いです。
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 扨て、Gミクソリディアン+Gエオリアンのハイブリッド構造では、3組のトリトヌスはもとよりfig.14の様な長三度等音程=オーギュメンテッド構造をも確認できます。このオーギュメント構造を頼りに各3音に対して七度音を附与したやり方で確認してみましょうか。
Hybrid14.jpg

◆BM7augまたはB7aug
◆E♭M7aug
◆G7aug

 全てのオーギュメント和音に対して同じ七度音が附与される訳ではなく、長七度音か短七度を付与するかという事になっているのが判ります。つまり和音に依っては七度音に「可動性」が伴っているのであります。G音に対しては長七度音の附与は許されない状況(Gミクソリディアン+Gエオリアンのハイブリッド構造から見たノン・ダイアトニック)であるからです。折角長三度等音程の構造があるにも拘らず、どの音に対しても長七度だったら長七度が等しく附与される訳でもなく、短七度だったら短七度!のような統一感の無さが、このハイブリッド構造の「唄える」情緒なのでありましょう。

 しかし、統一感のある均齊構造というのは、硬減長七を見付ければ次の様に示す事ができます(つづく)。