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チック・コリアに見るドゥアモル和音と多調和音 [楽理]

 扨て、今回はツイッターでも呟いていた様にドゥアモル・コード(=dur-moll chords)について語る事とします。


 ドゥアモル和音というのは、エルネ・レンドヴァイ著の「バルトークの作曲技法」にて詳しく掲載されているのでありますが、短三和音と長三和音で形成される六声のハイブリッド和音の事なのでありますが、その互いのメジャー・トライアドとマイナー・トライアドは、マイナー・トライアドより二全音上に長三和音が離れている必要があります。

 つまりCマイナー・トライアドがあった場合、Eメジャー・トライアドを与えるという事になるのですが、ドゥアモル和音の興味深い所は、それらの構成音同士を見た時に興味深い事が判ります。

 Cマイナー・トライアドの構成音はC、E♭、Gとなり、Eメジャー・トライアドの構成音はE、G#、Bとなります。

 こうして見ると、互いの構成音に対して「半音」で寄り添い合い乍ら形成されている事が判ります。短和音側の「根音の半音下」に音が在る以外は、短和音の「他の構成音の半音上」に音が隣接している事が判ります。

 長三和音の各構成音同士が半音で寄り添い合って形成されている和音もあります。ペレアス和音ですね。Cメジャー・トライアドを与えた時のBメジャー・トライアドが併存する状況です。この場合Cメジャー・トライアドの構成音はC、E、Gとなり、Bメジャー・トライアドはB、D#、F#となり、Cメジャー・トライアドに対して「平行」という状況で半音で隣接されている所が特徴で、隣接具合は先のドゥアモル和音と違う事があらためてお判りいただける事でしょう。


 先日私のデモ曲で、事もあろうに初音ミクに唄わせた中にドゥアモル和音を忍ばせたのは記憶に新しい所ではありますが、ドゥアモル和音の話題を引っ張りたいがための前フリでもあったワケですな(笑)。

 但し、折角の高次な響きの和音も私が作る初音ミクとなると胡散臭さが増して器楽的に学ぶ心理すら失せてしまいかねない方もおられるでしょうから、説得力のある著名人の使用例を挙げて行く方が宜しいかなと思いましてですね(笑)、その辺を取り上げていこうと思うワケです。ただ、これだけの著名人の使用例が既に20年近くは世に流れているにも関わらず、ドゥアモル和音の実際やら多調の使用例やらと、ポピュラー音楽はもとよりジャズ界でも認知されていないのが残念な所です。まあジャズ界ってぇのは大半の世界では単一の世界観で終わってしまってますからね。よっぽどの人のではないと突き抜けて行かないモノですが、今度は楽理も知らぬライブラリ自慢だけの輩が肥えぬ耳を駆使して唾棄するのが関の山なんですよ。そうして葬り去られてしまう高次な作品が一体どれだけあるものか!?と私は問いつめたい所です(笑)。

 楽理への拠り所が無いからこそアーティストの人脈やら相関関係やらライブラリ自慢になってしまうというのはそれはそれで悲哀な側面なのかもしれませんけれど、ショップ開ける位の所蔵品を以てしても、音楽の根幹とやらをきちんと認識できる耳と脳さえあれば無駄銭費やす事なく高次な作品を手にする事ができるワケですよ。但し無料とはいきませんけどね(笑)。


 んなワケで、今回はドゥアモル和音について語るワケですが、ツイッターでも呟いていた様にスティーヴ・ヴァイ絡みだという事で、是亦クセのある名前なんで、どっぷりジャズに浸かってしまっている人からすればヴァイの名前聴いただけで興味を失せてしまっている方も間違いなくいらっしゃると思うんです(笑)。「事もあろうにスティーヴ・ヴァイかよ!」なんて思っている人、間違い無く居るでしょうねえ。私のフィルタリングは常に辛辣なモノでありますな。

 スティーヴ・ヴァイを毛嫌いしようとも、この人が居ればジャズ界の方でも箔が付くんじゃねぇか!?ってぇんで、スティーヴ・ヴァイとコラボしていたのがチック・コリアってぇんですから、こいつぁてぇへんだ!と驚いていただくと助かるんですなー。
Song_of_WSS.jpg

 
 そのコラボが実現したのが「The Songs of West Side Story」というCDの事でありまして、時は1995年に遡る事となります。サンレコさん辺りのCDレビューでほんの少し触れられていた様な記憶がありますが定かではありません(笑)。このアルバムに参加するスティーヴ・ヴァイとチック・コリアのジョイント・ギグが凄いのでありまして、CDライナーには「Jazzer vs Rocker」と堂々たるネーミングで煽られております(笑)。ジャザーってイイなぁ(嘲笑)。他で聞いた事ないですわ(笑)。毛唐の方々もなかなかやってくれます。


 先のアルバムの13曲目と14曲目に注目なのでありますが、クレジットは下記の通り。



13 「Prelude to the Rumble」

Chick Corea : acoustic piano





14 「The Rumble」
(Conceived as a "Rumble" between Jazzers & Rockers by David Pack)
fearturing Steve Vai's Monsters & Chick Corea Elektric Band

Steve Vai : guitar
Simon Phillips : drums
John Pena : bass
David Paich & Greg Phillinganes : synthesizers
Lenny Castro : percussion

Chick Corea : rhodes, synths
Dave Weckl : drums
James Earl : bass
Frank Gambale : guitar
Eric Marienthal : sax
Joe Porcalo : percussion





 こうして見ていただくとお判りになる様に、14曲目の「Rumble」のメンツのそうそうたるや凄いモノです。右chがロッカーで左chが「ジャザーのみなさん」なんですが、ソロを取る時はパンのパノラマがセンターに移動して来たりするので結構配慮されております。

 私は、2012年に発売されたフュージョン・シンジケートにはコレに匹敵或いは凌駕する物を求めていたんですな。蓋を開けてみたら非常にガッカリしたモノでしたが、私と同様にガッカリされた方で「ザ・ソングス・オブ・ウェスト・サイド・ストーリー」をお聴きになっていない方は是非この機会に耳にして欲しいと思います。


 「Rumble」という曲は、実はチック・コリア・エレクトリック・バンドの1stにも同名曲があるのでややこしいのですが(なにせ本アルバムではチック・コリア・エレクトリック・バンドというクレジットでの参加)、曲は全然違います。「どうせランブルだろ!?」なんてタカをくくっているとエラい目に遭います。


 でまあ、そうした演奏の凄さの前に顕著なのが、バイトーナル&多調をふんだんに活かした前奏曲をアコピのソロで聴かせてくれるのがチック・コリアに依る13曲目の「Prelude to the Rumble」なんですね。

 この曲の出だしは「A♭△/Em」というドゥアモルの和音が見えて来る調域でフレージングされております(和声的にドゥアモルを用いているのではありません)。つまり変イ長調とホ短調が併存しているフレージングをしているという事です。その複調感は、複調という曲想を経験した事の無い人でも調性が逡巡するかのような虚ろで朧げな調性のフラつきを確認できると思いますので、バルトークのミクロコスモスを耳にするよりも遥かに判りやすいのではないかと思います。どことなくラヴェルっぽい感じで始まるのも特徴的でしょうか。特にラヴェルの「水の戯れ」に似た空気感を想起するのではないかと思います。


 この前奏曲が40秒程進むと、譜例1に用意した様に面白い和声連結の技法が見られます。
Prelude_to_the_Rumble1.jpg

 冒頭からA♭メジャーとEマイナーの調性の併存で始まっていたワケですが、その調域の長・短の三和音を抜粋して「A♭メジャー・トライアドとEマイナー・トライアド」を形成して譜例の様にヴォイシングさせた時、A♭メジャー・トライアドをC音を最高音とした時の転回形でヴォイシングさせた解釈という事になるのですが、それぞれの長短の和音のトップ・ノートは、次のコードに対して「倒置」となって「たすきがけ」の様になっているのがお判りになるかと思います。

 つまり、40秒以降は和音の世界観は「嬰ト短調とハ長調」に変わるのですが、実は譜例の2小節目でお判りになる通り、上と下の音がひっくり返って和音の体系が変わっただけで内声は維持されているという倒置が演出されている世界観なんですね。こうした倒置の技法によって和声の在り方にメリハリを与えるのは、ジェントル・ジャイアントの「Design」の時もケリー・ミネアーのアイデアとして引き合いに出した事もあった様に、こうした興味深い高次な和声の実例を耳にする事ができる好例なのであります。


 こうして見ると、曲冒頭のドゥアモル和音の使い方というのは、メジャーonマイナーからマイナーonメジャーという倒置に加えて調域を二全音上に移調させている物だという事が判ります。仮にA♭△/Emが二全音上方へ移調するとC△/G#mが形成されますが、それに加えて分子と分母がひっくり返る「倒置」が行われているワケですね。このさりげなさは実に巧みなのでありまして、先のDGからリリースされたチック・コリアの「大陸」よりも判りやすい世界観の例だと思いますので、研究されたい方は是非耳にしてほしいと思います。複調や多調感を養いたい方にはマスト・アイテムですので、この曲を知らずに向こうの方から複調・多調感を植え付けてくれるという事を受動的に待ち構えているだけでは、その後得られる様になるまで相当の年月を費やしてしまうだけだと思いますので、この辺りを巧く会得するだけでも和声感覚の遠回りは軽減されると思います。平たく言やぁコレを知るか知らないかでその後が全然違うよってコトですわ(笑)。



 で、この前奏曲の一番最後では譜例2の様に4つの調域を利用したポリトーナル・コード(=多調コード)を確認する事ができます。4つの和音はEメジャー・トライアド、Gメジャー・トライアド、A♭メジャー・トライアド、Bメジャー・トライアドという構成になっておりますが、2種類のエレクトラ・コードの併存という風に見る事も可能ですね。譜例2の最下段の発想記号はソステヌート・ペダルです。本来はこうした譜例でのトレモロではありませんが、下段から順にカデンツァで弾いていただければお判りになるかな、と。4段に分けて書かなくていけなかったのは見づらくなってしまう為でもあります。調域を示したモノではありません。4段目以外はトレモロという事ですね。4段目をペダルに3&2段目同士のトレモロにその後2段目&1段目とのトレモロという風に弾いていただければよろしいかな、と。
Prelude_to_the_Rumble2.jpg

 本来なら2段目と3段目を「あたかも2連符」でのトレモロ表記に加えて、そこに1段目&2段目のあたかも2連符のトレモロ表記を加えれば一番しっくりと来る表記なのかもしれませんが、和声面だけを垂直レベルで捉えただけのモノなので、その辺りはご容赦願いたいと思います。