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属和音上の完全11度音 [楽理]

 久方ぶりに和声面に於いて本格的な話題になりそうな予感がするのでありますが、今回の記事タイトル。とても作為的かもしれませんが、機能和声および音楽理論への理解が浅い人にはオススメしない方面の事を語って行く事となるのでご注意いただきたいと思います。


 属和音、まあ属七とも言われますがポピュラーな方面で知られているのはドミナント7thという名称です。これはトニックへ解決する際モードスケールとして策定されているヘプタトニックの中に半音音程が含まれていて、ドミナント7thが含有する音の内2つがモードスケール内の半音音程という「坂」を巧く滑って次の和音の構成音へ「着地」するという動きが「ドミナント・モーション」と呼ばれるのでありますが、機能的な枠組みの社会においてもこのドミナント・モーションとやらはベッタベタのベタとばかりに取り扱われるようになり、機能はどんどん稀釈化するようになるのは2世紀程前の事と覚えていただいて差し支えないと思います。

 よもやそれほど昔の時代においても属七の機能は希薄になっていたのだと再認識していただければ良いのですが、今日知られている所のオルタード・テンションという属七の和音上の「変化音」の枠組みというのは、変化音が齎す他調への呼び込みと同時に変化音が入る事で生じる平行五度など想定し得る調性内での音は逸脱しているモノなのでそれらは結果的に平行五度という「知覚されやすい」音程の動きとは別の調性の情緒が平行五度の性格を稀釈化する事で、複調性や多調という逸脱した世界観が発展していく様にもなったワケです。


 声高に申しておきたい事は、いわゆるナチュラル11th音という属和音上での完全11度音の出現というのは属和音の機能が稀釈化する時代の頃から存在していたのであります。


 そもそもドミナント7th上でのナチュラル11th音というのはアヴォイド・ノートです。ドミナント・モーションにおける解決先の音を先に使っているので「アヴォイド」なワケですね。

 その「アヴォイド」とやらも、単一の調性の枠組みという社会に於いては確かに必要な基本的な理解ではあるものの、音楽作品の構築が和声的なルールも軈ては逸脱していき、複数の調性を併存したりする事で、単一の調性からの枠組みでは収まりきらない世界観が生じて来る様になり、その先には調性すら無くなる世界観へ行き着こうとするワケですが、重要なのは、単一の調性の枠組みを超越して和声と調性が拡大していった事が重要な事なのであります。


 ジミ・ヘンドリックスの「紫の煙」におけるシャープ9thと言えば、これはドミナント7thにシャープ9thを加えた音であるというのはジャズの語法に詳しくない人でも知っている基本的な知識のひとつだと思います。

 属七の機能が稀釈化されていた時代には先のシャープ9thコードに於けるメジャー3rd音を省いて属和音を形成していたりする事も珍しい事ではありません。メジャー3rd音を省いてしまえばKey=Cでの属七の和音のシャープ9thコードはG7(#9)となるワケですが、メジャー3rd音を割愛すると「Gm7」と等しくなってしまいます。平行長調でこのルールは逆に面白いかもしれませんが、平行短調の属和音上でメジャー3rd音を省くと、折角の属七への変化から基のエオリアンの社会的枠組みに逆行してしまう様な物ですからコレは逆に興味深い事でもあります。E7(#9)がEm7と同様になる、と。


 そういうのはほんの一例でして、オルタード・テンションというのは基の9・11・13度音との変化音だというルールは今も昔も変わらずでして、♭9thと#9th音を和声的に併存させる事は無いのも同様で、ナチュラル9thとその他の9度のオルタード・テンションを「和声的に」併存させる事も無いモノで、こうしたルールは今も昔も変わりないワケですが、仮にそうした音達が「併存」している状況を見付けたとしたら、それは単一的な調性の枠組みではなく多調方面に目を向けるべきシーンだという事を申しておきたいと思います。


 ドミナント7thに於ける完全11度音というモノも、昼間に星が見えるかの様な(例えば皆既日食で星が見える)状況として遭遇した物と理解すればよろしいでしょうし、アヴォイドと徹底的に教え込まれた音社会とやらも実はそうした音がいけしゃあしゃあと存在する状況など幾らでもあるという事をまずは理解していただきたい事なのであります。

 加えて次のステップとして必要な理解というのは、そうした逸脱した音社会で構築された実際の「音」というのをきちんと覚える事も重要でして、そうした響きを拒絶するのではなく理解できる方へ耳を習熟させていくという事も重要なのであります。


 ジャズの語法に慣れた人なら、あまり見慣れないような音の構成もオルタード・テンションを包含した属七の断片を見付ける事は容易だと思います。それはジャズの語法に慣れているという事が大きな理由ではなく、オルタード・テンションを数多く重畳させて建設した和音というものは、単純な調的枠組みから使えるダイアトニックの音以外をも用いた音で構築された音であり、そうした複雑化されたルールに慣れている事が大きな要因なワケでありまして、EdimM7というコードを見付けてもおそらくはC音を省略したC7(#9)からの断片なのではないか!?という事を見抜いたりするのはそうした複雑化された社会の枠組みに慣れているからなせる技のひとつでもありましょう。

 然し、大半のジャズの枠組みでも完全11度音を扱う事は少ないので、ナチュラル11thを包含するタイプの属七の和音があったとしても属七を母体とするような和音の名称で表記したりする事は返って混乱を招く恐れがあるので、表記には細心の注意が払われ、おそらくはポリ・コード表記の類でその場をやり過ごす事があったりするかもしれません。

 完全11度音を包含しているタイプでは、5th音・根音・完全11度音・7th音という風に完全四度音程の重畳の断片を見付けて来やすくなるため、完全四度累積の等音程和音の断片を見出す事が可能となります。勿論これはマイナー11thコードでの拡大解釈よりも柔軟な発想の転換とも言える見方であるとも言えます。


 三声体に依る完全四度等音程和音というのは、2番目の音を根音とすればsus4コードであり、譜例のfig.1というのはE♭sus4とFsus4であるという事がお判りになるかと思います。
P11th.jpg


 こうした全音違いで生じているsus4を併存させた場合、両者はある1音を共有している事となるので、先の場合はB♭音を共有している事となるため5声体の和音に変化するという風に捉える事もできます。

 この5声体をドミナント7th系の和音の断片として見立てた場合どのような例があるのかというのがfig.3~5の例なのですが、まずはfig.3から語って行きましょう。


 fig.3の例ではB♭音を根音に見立てた時のドミナント7thの体を想起した場合ですが、勿論通常のドミナント7thと違うのは完全11度音を包含しているという所です。でもコレは属七の抜粋というよりもFm7に対してB♭音を配置させた「Fm7(onB♭)」という性格の方が色濃く出るタイプの和音だと思うワケですね。勿論属音を強く想起させておいてこうした和音へいざなう、という方法論もあって然るべきだと思いますしこればかりが答ではありませんが、ドミナント7thを強く想起させるには少し難しいかもしれません。


 fig.4ではC音をルートにしてfig.1での音からC7系のドミナント7thを想起している場合ですが、5th音と3rd音が省略された形となるのでB♭7sus4に対してonコードでC音を得ているような響きになりそうです。5th音はもとより、ドミナント7th系の音として成立させたい事を先に思えば、3rd音が欲しい所なのです。


 fig.1での「E♭sus4とFsus4」から得たのは「Fm7(onB♭)」「B♭7sus4 (on C)」という事となり、C音をルートとするドミナント7th系の形を見出すには他の脈絡がありそうだという事がお判りになるかと思います。


 そこで今度はfig.2を確認していただく事にしましょう。ここでの例は「B♭sus4とCsus4」のふたつの完全四度等音程三声体に依るモノで、fig.6を確認していただければ一目瞭然ですが、先のE♭sus4とFsus4からそれぞれ下方に完全四度累積の拡大を行ったモノと言えます。

 fig.2で生じているE♭音を異名同音として解釈するとfig.5の形式が得られ、これはC7(#9)から3rd音をオミットして完全11度音を付加した物だという事がお判りになるかと思います。


 扨て、今回の完全11度音を得る事に依る真の狙いについて語りますが、お気付きいただきたいのは属和音上でトニック方面の音を向いている音を包含させるという事はその時点で「複調」的要素を高めていると言えるのです。ポピュラー音楽の形式でも「IV/V」や「IIm7/V」という類の形式がある様に、下声部は和音としてではなく単音の分数コードの響きであるものの、こうしたコードの性格の「泣き笑い」「狐の嫁入り」「苦笑い」というような情緒というものをもっと強く推進させると上と下とのハーモニーが分離しているような情緒にもやがて遭遇する時があるかと思います。

 そんな響きを強く意識しない時には、fig.1の応用で生じたfig.3・4は分数コードっぽい響きを強化するモノであり、fig.5は複調性の在り方を強化する音の類でして、自身の備える和声の嗜好具合や偏向度に於いて、和声の認識具合というのは各人様々であるかと思いますが、両者の違いを強く意識していると和音の捉え方に対して鋭さが増すかと思います。


 以前にもマイナー6add9th系のコードはsus4を包含していると語った様に、sus4の断片というのは色んな所に存在して、それは複調性を齎す方面の重力をも連れて来る時があるという風にお考えいただくと判りやすいかな、と。


 松平頼則著の近代和声学に於いて譜例489、490の例ではシマノフスキの例を引き合いに出して、それこそその属13の和音は原曲では3度ベースであり属和音の完全11度音を包含しているタイプであるという事がお判りになるのでありますが、近代和声学でここでの重要な理解のポイントはその属和音としての体は、下の長三和音に対して全音違いのマイナー・メジャー7thを包含している体と理解した方が後の多調についての理解が深まるでありましょう(E♭メジャー・トライアドを下方にD♭マイナー・メジャー7thという解釈)。


 マイナー・メジャー7thという和音はチャーチ・モードでは出現しない和音です。ハ長調とヘ短調を併存させるとヘ音を共有している時それぞれのトニックはFマイナー・トライアドとCメジャー・トライアドであり、これが併存となるとFmM9という5声体の和音を生じ、Fマイナー・メジャー7thを包含している事になると解釈できるので、マイナー・メジャー7thという和音が生じている時は、単純に短調が旋法的に変化したものではなく、複調性が齎す事で生じた音と理解すると、和音の解釈に幅が拡大され、とても複雑な構築を伴った解釈が可能になるという事を言いたいワケです。


 複調や多調が必ずしもマイナー・メジャー7thを呼び込むという意味ではありません。複調を意識した時のその時点で生じている和声的社会の枠組みを通常の和声体系とは異なる視点で、扱いにくかろう複雑な音社会を咀嚼するには判りやすく解体して吟味すれば理解しやすいという意味なのです。


 「見かけ上」の属和音の形式とやらはあくまでも見てくれの上だけで判断して、複調を視野に入れると解釈を広げられると言いたいのであります。

 先のfig.1を「Dsus4 + Esus4」と置き換えてみましょう。双方の和音はハ調の調域でも満たされる音です。その和音に対して「曲解」すると色んな調的解釈を拡大させる事ができまして、ハービー・ハンコックの「処女航海」に於いてなど良い練習材料となって解釈を拡大させていく事ができるのではないかと思います。ドミナント・モーションの不要な音楽でどういう想起をするか!?という事はとても重要な事だと思います。

 同様のコードは3度の累積から生じさせる事も可能ではあるんですが、3度の重畳というのはほんの少し累積させただけで調の呪縛に囚われ易いが為にバレバレになりやすいのですね。ですから二度や四度の累積から「曲解」させるワケです。そうする事で音社会は様々な色を見せてくれるというワケであります。