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分数コードから得られる情緒の例 [スティーリー・ダン]

 今回は骨休み程度に色んな分数コードに触れてみようという話題にしようと企てた所でありまして、ついでに簡単なデモを披露してまおうと思います。今回用意する分数コードの類のデモというのは、私がエレクトリック・ピアノの音作りをする際に、その音質を色んな和音のヴォイシングでどのように聴こえるのか!?という、客観的判断に用いているラフなデモ曲を使った演奏なのであります。


 今回のエレピの音はローズでありまして、左右へのローズ独特の矩形っぽいけど丸っこいトレモロと高域のきらびやかさと艶を与えつつ、低域ではイナタさを演出可能なエグみのあるローズを演出したいため、そうした音作りのために簡単なデモにて判断しているというワケです。

 鍵盤に限らずどんな楽器でもアンサンブルに溶け込ますと注力していた程の音のキャラクターが見えて来ずに埋もれてしまったりとか色んなシーンに遭遇する筈です。ベースだって自分一人だけで練習に没頭していると、離弦の際のフレットノイズすら忌避したくなるほど耳につくモノですが、アンサンブルに入るとこうしたフレットノイズをオートメーションを使って消す事も可能なんですが、あまりに消し過ぎて生っぽい演奏の醍醐味が失われたりすることも多いモノです。


 今回のデモでは先述の通り、きらびやかなローズ独特のツヤとステレオ感とエグみを両立させる所に狙いはあるものの、単純なコード進行のそれとは別に分数コードで上と下が多少分離している様なハーモニーの時のローズの音質に狙いを定めているデモでありまして、デモに用いている曲は分数コードだらけです(笑)。まあ脈絡が希薄な「あてこすり」的コードも散見してしまうかもしれませんが(笑)、実は狙いはきちんとあるので、このコード進行に対して今回はヒマなのでメロディを付けてみたというワケです。
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 扨て、今回のデモに用いている分数コードというのは珍しいモノではなく「よく見掛ける」類の物だという事はお判りいただけるかと思います。それだけ他のシーンでも遭遇しやすいコードだという事ですが、実際にこうして凝縮させてみると、上と下の分離はやがてどこかに収斂しようとしているのか、Dマイナー亦は平行長調のFメジャーを結果的に強く感じてしまうと思います。勿論、一箇所だけ「A7(♭13)」というDマイナーへの属和音を用いているが故により強固に感じられるのかもしれませんが、他の局面に於いてもやはりどこかDマイナー若しくはFメジャーの感じは付いて回っている様に聴こえると思います。「分数」として上と下が分離して稀釈化している様ではあってもやはりどこかでまとまる、という。


 譜例1段目の2つ目で出て来るメジャー7thの2ndベースのカタチというのは、分数コードを体得するという点で言えば義務教育で例えるなら小学校5年生レベルでしょうか(笑)。譜例1段目の3~4小節で「IIm7/V」の形が全音で平行して現れるのは「いかにも分数コード!!」的な感じではありますが、過去にも述べている様に「IIm7/V」系の和音は「IV6/V」系として耳で覚えた方がイイことあるよ、とあらためて私は述べておきます(笑)。じゃあなんでそういう表記にしないのか!?というと、朧げに見えて来る調性への配慮からなんですね、コレが(笑)。

 つまり、先述のDマイナーとFメジャーという調性以外のハ調の調域も考慮に入れているからこのような配慮になるのです。先のコード進行に置き換えるとDm7(on G)ではハ調の調域、そして全音上に平行に進行してEm7(on A)となるとニ長調の調域となって、先のDマイナーの同主調(=Dメジャー)への移ろいを意味している事となります。

 調性はおろか転調感も希薄であるのは分数コードを多用しているからであるとも言えますが、実は簡単にやり過ごすと勿体無いコードが他に存在します。それが譜例1段目2小節目に現れるコードB♭M9(on D)で、これはメジャー9thコードの3度ベースではあるものの、コレを単純に3度ベースと判断してしまうと面白味が欠けてしまいます。ではどのように使うと醍醐味が増すのか!?というのが次の通りです。


 メジャー9thコードの3度ベースの醍醐味は、最低音を3度ベースにしてそこから上に7度上の音で「左手7度」を形成した上で、上に根音と7th音と5th音を配するのが醍醐味のひとつなのであります。つまりB♭M9(on D)とやらをこのヴォイシングに倣った場合、左手がDとCという7度を形成した上で右手は下から上に「A・B♭・F」や「F・A・B♭」という風にすると醍醐味が増すという意味です。つまりこれは一見するとDm7に短六(=短十三度)を加えた音に等しくなり、スティーリー・ダンではこの音を使う時、Dmを母体として考え短六の音を使う時はDから見た5th音をオミットするのがSDらしい所であります。特にディーコン・ブルースのイントロでは顕著でしょう。今回のデモでは私は右手の方を「A・B♭・D・F」と、D音を上でもガメてますけど(笑)。


 因みに余談ではありますが、ディーコン・ブルースのイントロでは簡便的に表記で知られている所ではCM7 -> Bm7#5 -> BbM7 -> Am7#5という「#5」という表記が少々腑に落ちない所があったりするんですが、他にも♭6 omit5という風にも表記されたりする事もあったりします。この手の表記は海外出版物に多いモノでして、いずれにしても上声部は四度和音(Bm7#5を例に取れば上声部はA・D・Gの四度累積等和音に対してベースがH音)なのである事が興味深い所だったりします。


 「Bm7#5」という表記を先の例に倣って上声部がDsus4で下声部がBだとする見立ても可能ですが、これらの4音の構成音の最低音という隷属支配関係を無にして構成音そのものを平衡状態にしてあらためて和声を考えてみると、「B、D、G、A」という構成音から最もふさわしい体は長三和音を包含する体と言えるので、体が治まりやすい形としては「Gadd9」と見立てた方が良さそうで、B音をベースに持って来るのであれば「Gadd9(on B)」が本当は一番しっくり来るのかもしれません。和音解説の方の例「2」をご覧になっていただければ一目瞭然でしょう。
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 但し、一部に四度累積の等和音を示唆していたりする(=二度和音の現れ)ので、3音で「寸止め」となっている状況で四度の等音程を更に拡張させるとなると四度の累積の牽引力は下方に向ける事が可能になるので「A・D・G」の下方に完全四度音程が現れると、次にはE音が発生する状況になり、さらに累乗させるとE音の下にB音が発生します。和音解説の例「1」の事です。

 その姿は四度等音程の「近親的な」累乗からの断片の姿とも言い換える事ができますし、形成が曖昧であるが故に他の調性由来という事も稀釈化されている構造なので調性感の希薄化が高まり「モーダル」な雰囲気を醸し出しますし、想起するモードも幾つかの可能性を秘めているので、実はとても有効な稀釈化された方法論とも言えるでしょう。

 稀釈化が齎す物は、つまり、メジャー9thの3度ベースとして表記されていてもB♭M9亦はB♭M7を包含する形での方向で見てしまうと返ってつまらない想起になってしまう事を意味しているのでありまして、D音を最低音にしたら、そこから七度の方向を強固に意識する事が重要になってくるのです。D音を3度ベースではなく、あたかも根音と見なして九度方向を見渡すと本来のB♭から見た増四度のE音が視野に入って来ます。この音とB♭音は三全音の音ですが、これを巧く活用できる様になるとフレージングに幅が出て来ます。


 例えば、マイナー・セブンス・コード上でドリアンばかり想起してしまうと9th音と特性音である長六度では三全音を生じないので、本来の短六を使い乍ら長九度との三全音を使いこなすのは、ジャズ的語法では絶対に使いこなせるようにしなくてはいけない事です。9thと短六の三全音の醍醐味まで視野に入れてそれをメジャー・コードが母体でも活用できるようにすると幅が拡大するという意味なのであります。

 短和音を母体に5th音が半音上がるモードというのは幾つかのモードを想起する事が可能ですが、一般的には扱いづらいであろう「謎の音階」を当て嵌めると、単純な世界から一気に半音階が鏤められる世界観が得られます。

 仮にBm7#5という体を得ようと試みてE♭エニグマティック・スケールをモード・スケールを導いた場合、E♭エニグマティック・スケールの第5音をルートとする四声体のダイアトニック・コードを導いた場合「Bm7#5」を得られるコトになります。
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 ディーコン・ブルースのイントロの流れでは「Bm7#5」というのは構成音こそハ調の調域で済むはずなのに、こうした縁遠い筈のモードも想起する事で一層音の可能性が飛躍するのであります。


 こうした例から私が導きたい事は、短和音を母体とし乍ら♭6th或いは5th音が半音上がっている状況を拡大解釈して、通常のモード想起では縁遠い音を呼び起こす可能性を見出す事が可能だという事なのであります。マイナー・コード上では通常ならばドリアンを充ててアドリブしてしまいそうな所を♭6thやら#5という注釈が与えられていた場合、ドリアンの語法に慣れきった者からすれば「どマイナー」とばかりのナチュラル・マイナー・スケールを想起したりしかねません。ナチュラル・マイナーを使わざるを得ない状況であっても9th音との三全音をフレージングに活用すると、この三全音はドミナント7thのトライトーンとは異なる類の情緒を得られるので、フレージングに幅が出ます。私が最初にこうしたプレイを参考にしたのは、マーカス・ミラーが参加するデイヴ・ヴァレンティンのソロ・アルバム「Land of the Third Eye」収録の「Astro-March」での終盤のジェフ・ミロノフに依るシングル・ノートのプレイでしょうか。


 とまあ、分数コードから得られるフレージング感覚という物を吟味したくなる様な方向性で語ろうとしていたワケですがお判りいただけましたでしょうか。譜例2段目ではその先にはペレアス仕込んでたりとしておりますが(笑)、このデモで一番配慮した点はパンチ感が出ない様にブリックウォール系のプラグインを仕込ませた所でしょうか(笑)。

参照ブログ記事