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アナログ・シンセ時代を懐かしむ [プログレ]

 今でこそCPUパワーをふんだんに活かしてアナログ・シンセ独特の「揺らぎ」をシミュレートしてソフト・シンセとして蘇らせる事が礼賛されているワケでありますが、世にまだアナログのシンセしか無かった頃など、チューニングを安定させる事すら一苦労したもので、YMOの時代にあれだけの機材を導入し乍らピッチを整える事だけでも相当難儀したのではないかと思います。電源というのは実際には不安定なもので、100Vが常に一定しているワケではなく多い時も少ない時もあってかなり変動していたりするものです。


 私がそうした時代を生きて来た中で喉から手が出るほど欲しかったのはMTRです。宅録程度のモノではなく本当に高級なMTRが欲しかったワケですね(笑)。カセットMTRだって音質稼ぎにバリピッチを最大にしてみたり色々方法を探ってみたモノです。MTRではなくとく普通のカセットデッキですら同じ機種であっても固体差でピッチが変わるのは当たり前。故に友人・知人の間でのカセットに録音した大事なやり取りはバリピッチが付いているMTRをカセットデッキとは別に所有して、曲の前にはキャリブレーションの為のテストトーン(A=440Hzのサイン波信号)を必ず録音したモノです。こうしないと、誰かが必ずチューニングを頓着せずにに録音してしまったりする事で音が合わなくなったりするので、そういうトラブルを避けるために色々手段を講じたワケですね。
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 ケリー・ミネアーが残したゲーム音楽用のデモである音源のミニ・ソロ・アルバムが海賊市場では出回っているのですが、これはほぼ本人の暗黙の了解の上で流通している様なモノでして、私もジェントル・ジャイアントの公認ファンクラブ団体を通じて入手したモノでした。

 画像に見られる金属製ケースに収められたミニCDですが、裏ジャケに明記されている様に、このパッケージングでは世界で10枚しか作られていないという事なので結構稀少性があるのだなと今更乍ら痛感しているのでありますが、音質に関してはオフィシャル・リリース出来るほどのクオリティにはないと言いますか、厳しい面はあるもののf特を見てみると結構上の周波数まで出ているので単にミックスが偏っていたりする位の程度なのかもしれないと思うワケですが、意外にも叙情的な曲が多く、且つ良い曲があるのです(笑)。

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Really Don't 435Hz(≒▲19.57セント@440Hz)
Heavens Tear 435Hz(≒▲19.57セント@440Hz)
You Make Me Very Happy 432Hz(≒▲31.77セント@440Hz)
Living in a Restrante 431Hz(≒▲35.78セント@440Hz)
Never Asking 437Hz(≒▲11.84セント@440Hz)


 全5曲収録されているワケですが、曲の基準ピッチは列挙した様にほぼ全てが統一されておりません。これはケリー自身が基準ピッチに無頓着とかそういうレベルではなく、バックがアナログ・シンセ・オンリーなので、おそらく使用キーボードが最もチューニングが安定している所で録音したので、その都度ピッチが変わったのではないかと思います。とはいってもアナログ・シンセにクロマティック・チューナーは必需品であったので、どういう意図があってこれほどズレているのかは判りませんが、ズレ幅を大きくする事で曲そのもののコピーをされる事を防止したい意味もあったのかどうかは判りませんが、録音時のテープスピード(バリピッチ含む)にも起因していたりするのでしょうが真相は掴めておりません。

 おそらくは、流出しているデモのそれはマスターからではなくデモテープからのモノで、そのデモテープ自体が様々な状況下で録音されたモノで機種やバリピッチやらが統一されていないのは、スケッチの様にストックしてあるデモから集めて制作したものではないかとも推察可能ではあります。

まあ色んな理由があろうともファン心理面からすれば貴重な音源であることには間違い無く、まずはこれらの曲についてザックリと語ってみようかと思います。アルバム全体に用いられているドラムのトラックはおそらくDMXと思しき音であります。


 「Really Don't」はGGらしいギミックが施されております。冒頭のシンセのフレーズは譜例1の様に「あたかも」シャッフルのリズムの旋律で聴こえて来るのです。
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 それはシャッフルを刻んでいると3連符1つ分の音価でその後拍節がズレて聴こえるようになるため「ハチロク」系のリズムである12/16拍子を想起するのですが(拍節がズレる時のその後の小節は11/16に聴こえたりするギミック)、それを表しているのが譜例2であります。
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 しかし、実際はそうではないというのがドラムが入って初めて判明するのでありまして、譜例3の符割が本当の形だという事が判るのであります。
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 曲そのものはアナログ・シンセの音(機種不明)の懐かしさのイメージが大きく、曲自体の印象はごく普通のマイナー・キーの曲で可もなく不可もなくという印象ですが、パッと聴きは坂本龍一の「フォト・ムジーク」の印象を投影してしまう様な感じでした。


 「Heavens Tear」は、本作では最も素晴らしいと思える曲で、GGファンでなくともこの曲は名曲扱いするのではないかと思いますが、印象としてはGGのアルバム「The Power and The Glory」収録の「Aspirations」にとても似ている所があります。サビにはアルペジエイターを用いたアレンジを聴く事ができるので、おそらくJupiterシリーズのシンセ(4・6・8)を用いているのではないかと推察します。但しOB系の矩形波と三角波の混ざった独特の音もリードで聴くことができるのでシンセは色々使っているようです。


 「You Make Me Very Happy」の冒頭はドラムだけで始まるので、これがダリル・ホール&ジョン・オーツの「I Can't Go For That」になんとなく似ているので、私はこのドラムの音にDMXらしさを感じる最大の理由です(笑)。曲としては初期スティーリー・ダンというかベッカー&フェイゲン時代を思わせるような情緒があります。バタ臭さとアンニュイな雰囲気な同居がそう感じさせてしまうのでしょう。

 
 「Living in A Restrante」は冒頭のシンセのリフがレゲエ風のリズムであり乍らスローなシーケンスがどこかウルトラヴォックス風にも感じてしまうのですが、SEに用いている音はシンセや金物系の音のリング・モジュレーションをかなり緻密に弄っていてリング・モジュレーションらしさを感じさせないほど巧みにSEとして演出しているのが素晴らしい点です。


 「Never Asking」ゆったりとしたfour on the floorで鳴らされるキックに英国風ポリ数稼げないシンセ・リフのそれに、その後のアーバンな世界の訪れを感じさせる曲調ではありますが、調性をわざと希薄に聴こえさせる所がどことなくGGのアルバム「Octopus」収録の「Think of Me With Kindness」を彷彿とさせてくれます。

 まあ、こんなワケで突然ケリー・ミネアーのソロ音源について語ってみたワケですが、先日チラッとツイッターの方で呟いていた事もあって今回取り上げるコトにしたワケであります。滅多に語る事もないと思うので折角ならこの機会に語ってしまおうという事で。