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ポリフォニック・ポルタメントの逡巡 [プログレ]

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 嘗て、坂本龍一のソロアルバムB-2 UNIT収録の名曲「riot in Lagos」について語っていることがありまして、Aメロのそれはバイトーナルだという事を述べておりましたが、これについては少々加筆が必要かもしれないと思いあらためて今回述べることにしました。


 坂本龍一本人による監修のスコア「04」にriot in Lagosが掲載されておりますが、Aメロのそれは完全五度音程を平行に保っているだけの(つまりシンセサイザーのオシレーターのひとつを5半音下にズラしてハモっているリード音)音として記譜されているのですが、実際にはそう単純な音には聴こえず、バイトーナルのように聴こえて来るのがriot in Lagosの良い所なのですが、つまり、これにはシンセ特有の機能についてまず語らなければならないと思います。


riot in Lagosのスタジオ・オリジナルのリード音は何を用いているかは不明ですが、おそらくポリムーグ、プロフェット5辺りが当時の代表的な使用楽器だと思われますが、これらのシンセの中でも特徴的なのが「ポリフォニック・ポルタメント」なのであります。


 そもそもポルタメントとは、ある音からある音へスムーズに音をつなぐ様に演奏することでありまして、フレット楽器や鍵盤楽器でなければ自ずと音程間は隙間の無い滑らかな音程となって聴こえるようになります。シンセの場合大概は「モノフォニック」で動作させてそのポルタメント効果を得るモノで、シンセサイザー自身がモノフォニックだとしても複数のオシレータを備えていた場合、単音で弾いていても複数の音を平行にハモらせることは可能なワケですが、ある音からある音へ、という鍵盤の動きは複数のオシレーターから見ても結果的に平行なので、ポルタメントの効果は全く変わらないのでありますが、元々がポリフォニックなシンセの場合はこうしたポルタメント効果がモノフォニックのそれとは違う動作になってしまう事があります。


 例えばポリフォニック・シンセにおいて中央ドと中央ドから長三度高いミの音を二声で鳴らしていたとして、そこからオクターヴ上のドとオクターヴ上のファと弾いて、先の二声の音との連結は、それぞれ等しくない音程幅をポルタメントして来なければなりません。移動先の和声が突如三声になってオクターヴ上のドとオクターヴ上のファとオクターヴ上のラという風になった時でも、その三声に対してどういう風にポルタメントして来るかというのは機械が考えることなく動作していたのがアナログ・シンセサイザーの時代です。それでも各音は異なる音程幅を動いて来るので「ためらい」があるかのようなポルタメントの効果があったりするものです。
 デジタル・シンセとなるとそのポルタメントの「行き先」の決定付けが難しく、モノフォニックだったらポルタメント出来たのですが、ポリフォニック・ポルタメントをデジタル・シンセで初めて実現したのはローランドのJV-80が最初だったのであります。


 ここまで経緯を説明すればお判りになるかと思うのですが、riot in Lagosの逡巡するかの様なポルタメントを含んだ二声の音は、明らかに平行に五度を保ったシンセリード音ではなく、バイトーナルに聴こえる逡巡したポルタメントが齎す複調感が備わっているのであります。故に、スコアでは単純に五度のハモりで掲載されてはいても、私が以前「バイトーナル」という事で語っているのはそうした理由があるからです。誤解してほしくないのは、どんなシンセでもポルタメントの「利き」は同じではなく、機器特有のクセを備えていたり、同じ機種でも個体差はあったりするものです。本人監修ではないスコアで違うハモリをしている様に見掛けたりするのはポリフォニック・ポルタメントの動作の「逡巡」をどうにか捉えている姿だと思えば宜しいかと思います。そうした「逡巡」がバイトーナルな雰囲気を齎していて、これは決して偶然ではなく、氏本人もスコアを監修しようとも「聴けば判るだろ」という認識で、実際にはきちんと複調を計算した上での設計だと思います。


 アナログ・シンセの場合、発音そのものはモノフォニックであってもオシレータが複数あれば平行和音を生む事は可能です。但し、オシレータのピッチを半固定化してしまえば相互のオシレータの音程差は常に同じでありまして、内部回路的な動作で仮にポルタメントの動作を複数備えた回路を各オシレータにアサインする設計となっていようとも、出て来る音が常に平行を保っていれば「逡巡」は起こりません。ポルタメントの逡巡が起こる可能性というのは鍵盤の後発優先を是とする回路に由来するものであります。そこでモノフォニック発音において鍵盤の演奏そのものにおいて本当なら単音弾きで済ませられるものの、一部に五度や四度のハモりを運指に加えた場合、ポルタメントの効果途中にそうした「ハモりの運指」が来てしまうと、後発を優先する為にポルタメントがそこで終わったり、鍵盤ではポリフォニックを打鍵していても実際には僅かなズレを回路が検知して次のポルタメントの行き先を探るワケですね。こうしたポルタメントの「途中の仮定」にある逡巡が多様な音の交錯があって、バイトーナルな風味に聴こえるワケです。これがriot in Lagosの良さですね。


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 ポリフォニック・ポルタメントが最大限に活かされている曲と言えば、今も昔もU・Kのエディ・ジョブソンに依る「Nevermore」を挙げなくてはならないでしょう。ギッチョンギチョン、ギャフンギャフンギャフン!・・・とか弾いてる、リボン・コントローラ付けたCS-80もシンセ冥利に尽きるほどのプレイをかませてくれちゃってるアレですね(笑)。

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 アラン・ホールズワースが参加してイントロはアコギを弾いているんで珍しいと言われますが、実はホールズワース先生は多様なアコギのプレイをソフト・マシーンの「収束」収録の「Gone Sailing」や自身のソロのヴェルベット・ダークネなどでは結構アコギを弾いていたりするんで興味があったら是非とも耳にしていただきたいプレイですね。「Last May」なんか特に。アレ、12弦の1~2弦が主弦のみ4~6弦が副弦のみとか昔聞いた事がありますが本当でしょうか?後年のピックのアタックが嫌いという逸話があるんでアコギのプレイは望ましくないなどと思われてしまっていますがそんなコトありません(笑)。
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