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ときめき☆インダストリアル [散歩]

なんか、今回のブログタイトルは安っぽい萌え~な感じなタイトルにしちまいましたが、別にそういう趣味があるワケでもないので誤解を招いてほしくはないのであります(笑)。私はこう見えても結構自然というかアウトドアは好きなほうでして、若い頃は北&中央アルプスは山登りに出かけたモンでした。そうはいってもアウトドアなスタイルは釣りがメインになるのではありますが、それとは相反するように実はインダストリアルな風景もかなり好きだったりするモンです。

まあ、廃墟なんか見てもゾクゾク&ワクワクしてくるタイプなのでありまして、例えば山奥をバイクやらで駆け抜けていくと、人気など全くない隔絶された空間のような場所に遭遇しているにも関わらず、実は巨大なインダストリアルな構造物に突如出くわしたりして、人の手が入り込んでいたコトにあらためて驚いたり、自分の征服感とやらをモノの見事に払拭してくれる微力さをまざまざと感じる敗北感と、あまりにミスマッチングな自然の深さと巨大な人工的な構造物のスケール感に打ちひしがれる感覚というものは、そりゃもう、目の前にマジンガーZが突如現われた時の「敵」の気分を味わっているような感覚にすら陥ることができるというモノです(笑)。

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まあ、自然に触れ合ってみたいなどと思いを描いても、そんなのは結局一人の人間のわがままでしか過ぎず、実際には普段から触れ合って生活している人たちや動物やらにしてみたら、突然自分のわがままありきの人間が訪れることが歓迎されないシーンだってあるのだと思います。

先も訪れたことのある鶴見川の源流ですが、アレから時間を見付けて「真の源流」探しに足を運んでみたんですが、近くの人に声をかけてみても私があまりに非礼だったとは思わないんですが、真の源流探しで場所を尋ねても少々不親切な方がいらっしゃったんですな。おそらく不親切な人ではなく、おもしろ半分で訪れて汚されたくはないというか、私のように場所を尋ねる人間の多さに辟易しているような感じで、互いに良い思いを抱くことのできない忸怩たる思いというものを味わうことができましてですね、人間の思いというのは自分の利益が他人の損を招くことがあるワケで、自然と触れ合うコトで同じ人間が違うシチュエーションで対峙するとココまで利害関係が露になってしまうのか、とあらためて痛感させられた次第です。

そういう「微妙な」雰囲気を伴う場所というのは、それこそおいそれと子供を連れたりすることなど相手方にも失礼ですし、子供にも大人の事情をまざまざと見せ付けてしまうことがイイことではないと思いますし、いずれにしても、付け届けを持参しても憚られてしまうような場所には普段よりも一層の配慮を必要とするモノなのだろうとあらためて実感したワケですな。

別に鶴見川の源流探しにワクワクしているのは左近治の勝手な欲求なワケですから、他人に迷惑をかけてまで私の欲求を優先しようなどとは微塵も感じておらず、結局私はその場を去ったワケでありますが、正直なところあまり気分のイイものでもなかったですし、それ以上に地域の方々の思いはそれとなく伝わってきた次第であります。

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自然というものを触れ合おうとしても結局は酷な扱いになるのであれば、とことんインダストリアルに自分自身にバイアスかけてもよろしいのではないかと思い、今度は某所でインダストリアルな風景を写真に収めるコトに(笑)。

まあ、左近治の心境としては、キューピーのCM(福山雅治が出てる)でBGMはMouse on the Keysみたいなそんな空間をイメージしているのでありますが(笑)、こういう広大なインダストリアルな空間って、そうそうお目にかかれないので、ついつい写真に収めたわけでございます(笑)。

Mouse on the Keysというバンドは、インプロヴィゼーションを排除してリフを強調して、サウンド面としてのインダストリアルなギミック感と変拍子とジャズのハイパーな感覚を織り交ぜたような、いわばリアルなドラムンベースみたいな味わいがありまして、これまた興味深いモノだったりするんですが、こういう「リフ」という側面で、かっこよさを追究することで、ジャズというのはまた違った方角から本当のカッコよさというものを現代に教示してくれるモノなのかもしれませんな。


公序良俗というものだけは常に同じ方向だけを向いているものなのだろうと私は思ってはおりますが、21世紀に突入した現代社会においては、利害関係というのは人それぞれ異質なものとして分化してしまっており、時には対立関係になってしまうこともあるのかもしれません。敵味方で行動していたワケでもなかろうに、社会のあちこちではヒエラルキーはもとより、横方向の方角ですらも壁を隔ててしまうような利害関係を生むような社会になってしまったのが悲しい所ですな。

ジャズが好きなはずなのに、インプロヴィゼーションを排除しなければならないというジレンマ。かといって音楽が儲からないとなると途端にそっぽを向いてしまうのはリスナーではなく売り手だったという実情(笑)。

他人様の健康を案じてくれているのかと思いきや、人ひとり死ねば翌日から葬儀屋や墓の業者から電話の嵐(笑)。

健康の味方をしてくれているのかと医者を親身に頼っていたら、一方では不健康を逆手にビジネスしている(笑)。イヤな社会になっちまったモンでさあ(笑)。悪気もないのに声を掛けたら怪訝そうな顔をされるのがイヤだから、金輪際そういう経験をしたくないモノだから人間関係はギスギスしてしまう(笑)。自然と触れ合っているとは言いながらも実際にはほんの少し足を伸ばせば文明と隔絶しているワケではない状況にあって、実は人間主体と利害でどうにでもなるという日常がものすごく冷淡だなーとあらためて感じてしまうモノでありますよ。

こういう社会だからこそ機械に心を求めるのも異端なことではないのかもしれませんな(笑)。

まあどんな利害関係が生じようとも、私の目の前に訪れるシチュエーションが「よっぽど危害を及ぼす」ようなモノにでも遭遇しない限り、私は通常はウェルカム状態でありますし、ご不満を抱えていらっしゃる人ならば、ほっぺたのひとつやふたつくらいビンタさせてあげますよ、というスタンスを取っているのが左近治なのでありますが、「人間的」な営みが失われつつある現代社会において、その辺を見限ってしまった人も実はもう既に存在してしまっているのかもしれませんな。くわばらくわばら。