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ハイパーな音世界においても叙情的に(4) [楽理]

今回も前回の続きとなりますが、話題を少々飛躍させてみて、より親しみやすいコード進行のパターンにおいて「アウトな感覚」の一例というものを語ってみようと思います。
まあ、ジョン・コルトレーンで有名なコルトレーン・チェンジやらバルトークの中心軸システムやらというのは、共鳴度の高さから生じる音の集団が元の調性との近似性によって得られる情感が、通常の関係調や近親調とは別の部分でも得られるという所が最大の魅力であるワケで、ただ闇雲に縁遠い調的な関係を無理矢理理論に結び付けたモノではないので、この辺りを誤解してはいけないのでありますな。まあエドモン・コステールの言う調的な重心というのも非常に頷けるモノでもありますし、ひいては長調の平行調(短調)から生じるトニック・マイナーの協和度という所からも、例えばCメジャーの重心が「E」にある、というのもとても頷ける部分なんですな。

まあ、シンメトリックに扱うのであればチャーチ・モードで見ればドリアンになるワケですが、音階というのはどこかに「偏り」を生じさせることで、その「偏り」そのものが「情緒」というものであるのではないのかな、と私は感じているワケであります。


四度進行とやらは私にとってはドラスティックなコード進行だと形容します(笑)。四度進行ではないいわゆる三度跳躍の型というのはそれよりも劇的ではない「移ろい」の進行だと私は形容します。夏から冬に行くのではなく「秋と春」みたいな。決して春から夏や冬から春へ、というモノではなく(笑)。

例えば、冬至から前後に60日離れた両者の「日」の季節感はどういう違いがあるのか!?とか、春分の日の30日後と秋分の日の30日前の季節感の違いとか(笑)。そういう「違い」というモノを形容したいのでありまして、カレンダーを一月ずつキッカリ半年後とかの違いとか、きっかり5ヶ月進行させるとか、そういう違いとはまた違うモノだと言いたいんですな(笑)。

いずれにしても、そのような形容は私の主観であるためどうでもイイんですが、私の場合は、「進行」というドラスティックなものでもなく、親和性を基にして次のコードへ「移ろう」(まあ、進行ではありますが)という形にしてみたり、また他のシーンでは「並立」させたりするワケであります。いずれにしてもそれらの使い分けの根拠は、「移ろい」というドラスティックな変化よりもやや緩い感じを肯定的に「親和性」と捉えているワケでありまして、このような親和性というのは特にバルトークやコルトレーンを引き合いに出さずとも、異なるモードを垂直レベルで対位的に導入した時の「移ろい加減」とやらで、主音そのものが変化することのない「親和性」やら過去に例を述べてきているのでありまして、いわば色んな根拠を基にした応用例みたいなものなのであります。

まあ、今回は手っ取り早く、ごくありふれたコード進行を例にどのような「遊び感覚」を得られるのかというコトを例に出しながら語ってみようかと思います。



ichirokunigo.jpg


譜例は、Key = C majorで典型的な「イチロクニーゴー」パターンで、I△9→VIm7→IIm7→V7というコード進行なので、C△9→Am7→Dm7→G7というコード進行になっております。



キーがCメジャーであるにもかかわらず1小節目でCリディアンを想起するのは、こういうフレーズは別に珍しいものでありません。ただ、少々「クロスオーバー感」が許容されるようなポップス関連ならば、こういう応用もOKというシーンがあるでしょうが、厳密にダイアトニック感を限りなくキープさせることが最優先とされるタイプの楽曲だとヘタにリディアン当てるよりもCメジャーで対処した方がイイ場面もあるとは思いますが、左近治ブログをお読みになっていただいている方で、この辺りでつまずく方は無粋なコトだと思うので(笑)、念のために語っておきますが、今回のこの一例ではCメジャーではあるもののCリディアンを当てているということをまずご理解願いたいと思います。


そうして2小節目のAm7に入ると、最後の4拍目ではCm7の分散フレーズが出てきます。つまり、Aマイナー上で短三度上のマイナー・コードの分散フレーズをインポーズさせているワケですね。ここのスーパー・インポーズで生じるBbは、ヘタするとAフリジアンを想起しかねないものにもなるため、背景のコードには十分注意した上で乗っけないといけないと思います。


それでは「基軸」という観点から今回のアプローチを見るとしますが、語弊はあるとは思いますが私が「基軸」という事を楽理的側面で語る時は次のようなことを意味しております。


●ドミナント7thを想起しうるその音程的位置関係
●ドリアンを想起しうるその音程的位置関係


ドミナント7thの想起という意味はある意味方位磁石のN極みたいなモノでして、自分の現在の立ち位置を見計らう基準点のような意味合いです。
ドリアンを想起するという意味は、先ほどのドミナントの位置とやらを把握しつつ、同時に自分自身を「謙遜」するかのようにチョッピリ曖昧感を持たせるための基準と言いますか(笑)、基軸をキッカリ備えつつも、どこにでも飛躍できる準備のための基準と言いますか。これはミラー・モードを用いたりする上でも少なくとも私には重要なコトであります(笑)。とはいえ感覚的に扱っておりますが。


で、今回のデモに用いている曲の調性はあくまでも「Cメジャー」なのでありますが、トニック・メジャーにリディアンを当てはめるのは何も珍しいモノではありません。ただ、リディアン基準で見ればドミナントを想起しうる音程的な位置は本来のGではなく「D」にさせて「基軸を移ろわせている」というワケであります。

次に、2小節目の4拍目ではAm7上でCm7の分散フレーズを弾いております。Cmを基とするフレーズにCのトニック・マイナーかCのドリアンなのかという風に、別の基軸を持たせるという観点だと基軸は幾つかの可能性があるということになります。私の場合、今回はここで「Cドリアン」を想定しているので、Cドリアンから見たドミナントの位置は「F」になります。


さらに、3小節目の2拍目からDm9上でFマイナーを乗っけているというアプローチにしているため、Dm9上にムリヤリ乗っけたFマイナーのフレーズというのはFドリアンを想起しているので、そっち基準でドミナントの位置関係を見れば「Bb」というコトになります。そうして3小節目の4拍目ではEジプシー・マイナーを乗っけているワケですが、これもEをトニック・マイナーと見立てて短音階を「変化させて」Eジプシー・マイナーを見立てているので、そのドミナントの位置は「B」という所を想起しているのであります。


そして、最後の4小節目は本来の調性であるドミナント7th上の全音上のAリディアン・オーギュメンテッドを当てはめているワケでありますが、Gの半音下のメロディック・マイナーを当てはめていると考えることができます。Gの半音下であるF#メロディック・マイナー基準でそちらの世界のドミナント7thを見出すと、C#の位置にドミナント7thを見出すことができます。


というワケで、Cメジャーのイチロクニーゴーの中でどれだけ基軸をフラ付かせる情感を持ち込むコトが出来るか!?というコトを語るワケですが、私とて闇雲にフラ付かせようと画策しているワケではありません(笑)。


初歩的なモード奏法というのは、如何にして調性から外れないか、またはノン・ダイアトニック・コードに即座に対応して如何にして他調の拝借からも外れるコトなく対応できるか!?という所から覚えていきます。例えばセカンダリー・ドミナントが出現する時でも、そこに現れた「他調の世界観」を見抜いて即座に対応する、と。つまり、長短各々12種類のチャーチ・モードのダイアトニック・コードを覚えていって対応するようなものです。そこでも収まりきらないモードというのは多くはナチュラル・マイナーに収まらない短音階の変化系(=ハーモニック・マイナーとメロディック・マイナー)であったりするのですが、メロディック・マイナーの世界観というのは一般的には縁遠く、ジャズ系の様式であらば避けては通れない情緒なワケですな。

ただ、いずれにしても「他調の拝借」というコトは、元々あったドミナント7thの位置からは違う所にドミナント7thという中心軸を一時的にしろズラすこととなるので、この「基軸のブレ」を読み取ることが重要なワケであります。

今回のデモというのは、「果たして基軸をブレさせる必要があるのか?」と思わせんばかりの単純なイチロクニーゴー・パターンなワケですが(笑)、「基軸のブレ」具合というものを取りあえず確認してみましょうか。


そうすると、トニック・メジャーの所ではリディアンを想起しているのでハナからズレた所に基軸を置いているワケですね。4小節をずっと追ってみると・・・!?



D → G → F → Bb → B → C# (※ DからGに行っているのはAm7の部分のコト)

という風に「基軸」をフラ付かせているコトと言えます。

単純にCメジャーの調性から外れずに弾いた場合は「基軸」というのは常に「G」の所にあるので、その「G」からコレだけフラ付かせているのでありますが、闇雲にフラ付かせればイイものでもなく(笑)、元の調性との関係を重視しながらも、外れた方の軌道に乗っかっていてもソコでは「音楽的に」基軸を進行させていっているという意図がお判りになっていただければな、と思います。


でまあ、この4小節の一連の循環コードでありますが、コレが例えば8小節、16小節・・・と続いた時に、常に今回と同じように「基軸」をフラ付かせていてもそれは工夫が足りないと言いましょうか(笑)、もうちょっとメリハリが欲しいのも事実でありまして、例えば最初の4小節は目一杯ダイアトニック感出して4小節のG7でオルタード感演出しながら、5~8小節目で今回のように基軸ブレさせてみたり、9小節目以降はまた所々メリハリ付けながらソロを取る、という演出具合が重要なコトとなってくるワケでありまして、多少なりともフラ付かせ方覚えたからといって常にフラ付いちゃってるのも聴き手には飽きさせかねないので、この辺のメリハリというか、大局的なノリを感じながらフレージングできるような術を身に付けるコトが重要になってくると思われます。


とまあ、Cメジャー・キーのイチロクニーゴー・パターンにおいて、いつまでも基軸がGにベッタリのありきたりなアプローチで弾くよりも、基軸のフラ付かせ方という例を今回このように取り上げたのであります。そこにはスーパーインポーズやらミラー・モードやらポリ・モーダルな世界観からの拝借によるものでありますが、結局のところはドミナント或いはドリアンの「位置取り」というシンプルな基準で見立てているというコトを説明したかったのですな。

例えばジョージ・ラッセルの提唱するリディアン・クロマティック・コンセプトというのは「リディアン基準」で見立てているワケで、その見立て方にも色んな見方があるってぇモンです。

いずれにしても、あらゆる音楽において調性を拡大しようとする試みがあって、その見立て方が他とは違う基準を構築するという意味においてはリディアン・クロマティック・コンセプトというのはただ単に別の角度の基準のひとつでしかないワケでありまして、コレばかりがジャズのアプローチではないのであるのも事実であります。

いずれにしても色んな「見立て方」を有している方がフレージングというボキャブラリーは増えるのでありますし、リディアン・クロマティック・コンセプトを知らずとも同じ音を使うコトは可能です。


まあ、今回の話題で最も声高に語りたかった部分というのは、ドミナント7th上において全音上のリディアン・オーギュメンテッド或いはドミナント7thの半音下のメロディック・マイナーのスーパー・インポーズだったワケですが(笑)、G7から見れば長七の音をも使うコトになるワケですね。

この特徴的な音を嫌悪するならば避けて(オミットして)アプローチすればよろしいでしょうし、仮にこの特徴的な音を用いたとしても、スーパー・インポーズがもたらしてくれる特異な音並びがその雰囲気をより助長して許容してくれると思います(笑)。この手の「特徴的な音」というのはハミ出ている音ではあるものの、ジャズでは珍しいものでもありません。


ドミナント7thの半音下のメロディック・マイナーを当てて、F#メロディック・マイナーを想起したとする。しかしF#というハミ出た音はオミットするというアプローチを採りたい人の方が多いでしょうから、ドミナント7thの半音下を見立てているにも関わらずその主音をオミットするんじゃあなかなか伝わりにくいだろうというコトもあって、ドミナント7thの全音上のリディアン・オーギュメンテッドを用いるという風に解説しておりますので、その辺りの配慮というのも伝わってくれればと思います(笑)。


まあ、このドミナント7th上における半音下のメロディック・マイナーのアプローチというのは、背景にある「G7」という和声にも制限を与えて「Gメジャー・トライアド」にとどまらせてしまえば、下声部にGメジャー・トライアド上声部にF#のメロディック・マイナー同時にマイナー・メジャー7th系のコードを与えることができまして、過去にも左近治はこのアプローチはグリーンスリーヴスのジャズ・アレンジにて披露したコトがありましたが、下声部にドミナント7thやメジャー・トライアドで上声部に色んなsus4を持ってきたりするという左近治のよ~くやるこの手のアプローチというのも、今回のスーパーインポーズにあてはまる一例でもあります。

この手の響きを欲する背景というのが、ジェントル・ジャイアントのケリー・ミネアーのような対位的な手法によるモノでもありますし、ウェイン・ショーターにも多く見受けられるアプローチでありまして、「希薄なドミナント感の演出」というのが共通する部分だと思います。それを導入するには仮想的なドミナントというのは勿論描いているんですけどね。


モードの手法が発展して、常套句に収まらない「特異な」ジャズの世界というのはもはや楽理的側面を語らなければ避けては通れない部分がありまして、ココが判らないジャズ・ファンというのも実際には多いのも事実です(笑)。

基軸をカッコ良くフラ付かせるのがこーゆー世界に必要なコトだと思うワケですが、ジャズの世界であっても常套句オンリーの基軸ベッタリな人が多いのも事実でして、この辺を嘆いているのが左近治でもあります(笑)。