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Simoon / YMOの32分12連符に依るSE [YMO関連]

 今回はYellow Magic Orchestra(以下YMO)の1stアルバムに収録される細野晴臣作品のひとつ「Simoon」の楽曲冒頭SE3小節の内の3小節目「のみ」の32分12連符が顕著なSEを採譜したので本動画について詳しく語って行こうと思います。

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 楽曲の本編部分を採譜するのであれば嘸し有り難がられるであろうにと思う事頻りではあるのですが、私が今回この1小節に拘った理由は他ならぬ尨大な音の情報量にあるからです。

 無論、そうした音の情報量の多さを呼び込む事となった要因のひとつには複合音の各部分音を声部分けして表した為に楽譜としての情報量が1小節とは思えぬ程までに凝縮されるようになった所にあるという訳ですが、その凝集する情報量こそ私が狙った意図でもあったので、そうした「意図」の部分を客観的に捉える人々にも詳らかに伝わる様にしない事には理解し難いであろうと思い、たった1小節の中にも存在する音楽的な魅力をお伝えできれば之幸いです。

 それにしても本曲のイントロを採譜するにあたり、あらためてオリジナルのシンセ音およびその音の良さにあらためて驚かされたものでありまして、先ずひとつに発音リリース(音量エンベロープADSRのリリース)のキレの良さを挙げる事ができます。

 オリジナルのSEは恐らくオーバーハイムのSEMにピンクノイズを混ぜ、2系統に分岐した並列信号のそれぞれに異なる周波数を充てた2基のリング変調を施しているのではなかろうか!? というのが私の見立てなのでありますが、兎にも角にもその発音のキレが凄いのです。

 そのような発音のキレの良さがあるからこそ、オリジナルのそれは音価がべらぼうに速かろうとも休符の存在が際立つのです。

 無論、エンベローブのリリース次第でそれは幾らでも編集可能ではあるものの、リリースが急峻過ぎると是亦不自然な音になる物でありまして、その辺の塩梅を図ると今回のデモはこの辺りが私の精一杯の編集となってしまいました。YMOのお三方および松武秀樹にはあらためまして恐懼の念に堪えません。

 私の今回のデモはNIのMassiveで 'Sin-Triangle' 波形を用いた物に過ぎず、キレの良さだけを求めてMassiveを選択したという訳ですが、フリーのSurgeでも良かったかもしれません。但しSurgeの場合だと妙にデジタル臭さが出て来るので今回は避けたという訳です。

 また、オリジナルではリング変調(リング・モジュレーション)が掛けられているのが顕著であるのですが、おそらく2系統の帯域に分けられて異なるリング変調がそれぞれ掛けられているのであろうと推測します。

 その理由として、リング変調というのは抑も「リング変調する側」が持つ周波数の値に対してターゲットとなる音を通過させると、その設定された周波数とターゲット音との元から存在する周波数に対して「加分・差分」の周波数が付与されて出力されるので、その加分・差分が楽譜上では「折り返し」がある様に現れるからであります。

 そうした事から、リング変調用の分岐信号は1系統ではなく2系統という推測が成り立つのですが、加分・差分の変調後の周波数は、人間が取り扱う音律上に対して綺麗に鏡像化される訳ではありません。

 音律というのは周波数上では対数的(エキスポネンシャル)に現れる訳ですので、リング変調の設定周波数値が例えば500Hzだとしてターゲット周波数という元の音に800Hzの音のみ存在している状況を想定するとリング変調後は「1.3kHzと300Hz」の音が500Hzに対して合成される事になり、音律として準えて出力される訳ではなく周波数の数値に対してリニアに加分・差分が生ずるだけなので、必ずしも特定の設定周波数を境に「上も下も」全く同様の「音程差」で変調される訳ではありません。

 周波数帯域がピアノの高音部以高に匹敵する周波数帯域であれば、リング変調の加分と差分の上下の開き具合は微分音であっても上下で添加される音との相対差はそれほど大きくはありませんが、周波数が低ければ低いほど10Hz否、場合によっては1Hzの差は上下で全く異なる位に違う物なのです。

 例として10Hzをリング変調の為の設定周波数にした時に100Hz(※ピアノのG2付近で中央ハ音より1オクターヴ+完全四度ほど低い音)の信号の入力があれば上に110Hz、下に90Hzを生じます。周波数差 [100 : 110] の相対音程は約165セントですが周波数差 [90 : 100] の相対音程は182セントとなり、この差は音楽的に非常に大きな差です。

 他方、10Hzのリング変調設定周波数が2kHz(※ピアノのB6〜C7近傍で中央ハ音より3オクターヴほど高い音)に作用した場合は上下に2010Hzと1990Hzを生ずる分ですが、周波数差 [2000 : 2010] の相対音程は約8.63セントであり、同様に周波数差 [1990 : 2000] の相対音程は8.68セントであるに過ぎません。

 周波数帯域によって1ヘルツという基準が全く異なるという事はお判りいただけたかと思いますが、今回採譜する事になった「Simoon」のSEの複合音の部分音(=自然および非整数次倍音を含)を表記する為にはどうしても微分音表記を用いるのは不可避でありました。

 しかも多岐に亙る微小音程を有する変化記号のフォントが必要であり、色々と試行錯誤した結果行き着いたのが 'Kh accidental' フォントを用いる事に落ち着きました。

 このフォントの最大の特長は12・18・24・36・40・48・72・80・96・144ET(=等分平均律)を網羅して表記が可能なので、それらの音律で生ずる単位微分音およびそれらの僅かな近傍値(3スキスマ≒5.861セントまたは1.5サヴァール≒5.979セント未満に収まる値)をも包括して表示できる事で、大概の微分音は表記可能となるのが利点でもあります。

 Khフォントは作者のブログにて頒布およびElbsound studioにて販売されているので、興味のある方は入手されてみてはいかがでしょうか。

 私が譜例動画でKhフォントを取扱うのは初めての事ではなく、過去にも坂本龍一のアルバム『B-2 UNIT』収録の「riot in Lagos」でも用いた事があるので見慣れた方も居られるのではなかろうかと思います。




 扨て、32分12連符の4拍構造として示す事となった本譜例動画でありますが、32分12連の最小の単位としてのパルスで1小節を眺めると、そこには12個のパルスが4拍あり、更に12声部あるという事で12×4×12=576個のパルスが1小節内に犇めき合っている状況を採譜している事となる為、これらの音の多さを編集するのは実に骨が折れたものでした(笑)。

 作業工数としてはカウントしていなかったので正確な工数は把握しておりませんが、1日数時間ほどチマチマと手を付け乍ら10日程は要したでしょうか。作業工数に於て最も手間が掛かったのは、上下の両端の声部で連桁を表す他は総じて五線を跨いで包括した連桁とした為、これで作業工数の7割は持って行かれた様なモンです。Finaleを使って30年以上経過する私でも、まあ兎に角厄介でした。

 大譜表および複数声部の楽譜に対してひとつの連桁に纏めて俯瞰する様な楽譜表記法は意外と多いものです。譜面〈ふづら〉として一瞥した時でも視覚的に非常に峻別しやすくなります。況してや1小節内でこれほどの音符の量を書くとなれば、連桁を纏めて跨いだ表記を選択する事という事は、より「音楽的」と言いましょうか。再現する作業としては合理的な判断として斯様な表記法に収斂するのではなかろうかと思います。

 私がイメージしていた譜面〈ふづら〉としての表情は、バーバラ・コルブの「Appello」の楽譜でした。水平連桁で徹頭徹尾ひとつの連桁が大譜表を跨いで表す。こうした現代譜っぽい楽譜の表情を形成しようと企図した結果が今回の譜例動画という訳です。




 実質的には2.4秒未満の1小節にも、どれほどの音楽的なドラマと音楽の醍醐味が隠されているのか!? という事を語ろうかと思います。

 本曲の拍節構造は32分12連符が「主たる」音符でありますが、出だしの2音のみ32分12連の3つ分のパルスの [7:5] 構造となっているのが大きな特徴です。

 畢竟するに、出だしの32分12連のパルス3つ分の音価を拔萃し、それら3つのパルスを「12」という尺度にて想起すると、元のパルス3つ分は12のパルスへと細分化する想起という事になります。その12個のパルスを [7:5] にするという訳です。以降は平滑な32分12連符という拍節構造となっております。

 とはいえ、普通に聴いた上では最初の2音がほんの僅かな [7:5] のスウィング・レシオと成っているという事に気付けはしないでしょう。私がそれに気付いたのは、IRCAMのTS2にインポートして1/4倍速に遅めて再生して初めて判明したのですから、YMOのお三方がMC-4を駆使するにあたって斯様なギミックを忍ばせていた事に40年以上の歳月を経て気付かされる訳ですからあらためて彼等の緻密な作業に驚かされます。

 1小節目1拍目冒頭に於て斯様な拍節構造である事を鑑み、合計12声部の最高声部と最低声部で2組の連桁の「網目」が視覚的な即断に少しでも貢献できる様にしたので、全てをひとつの連桁にまとめる事はせずに上と下とで連桁が定規の様に見えるかの様な工夫をしたという訳です。

 そうした工夫から先述の「Apello」を参考にしつつも、ひとつの連桁に纏める事に至らなかったという訳です。ですので、上の声部に準則する拍節構造では [7:5] の音価による構造が現れますが、一瞥しただけではそれが32分12連3つ分のパルスからの構造だというのが判別しづらいであろうという所で、下からの連桁が32分12連3つの休符で補強する為、判断の手助けとしているという狙いがお判りになっていただければと思います。

 あまりに細かい音符なので音を追いづらいかもしれませんが、32分12連のパルス3つ分の音価は16分音符のパルス1つと等しい音価だという事を念頭に置いてもらえれば比較的容易に捉えられるかと思います。

 各音符こそ複合音のリング・モジュレーションが齎す微分音が鏤められて仰々しく目に飛び込んで来るかもしれませんが、各音符に付した数値は幹音からのセント数を示している物で、この表記そのものに慣れてしまえば以降の音符も普通に追う事が可能かと思われます。

 斯様なリング・モジュレーションの状況を譜面の上であらためて理解におよぶとなると、例えば2拍目の第7&12番パートの微小音程での順次進行、3拍目の第10番パートでの同様の線運び、4拍目の第8&10番パートというのは、夫々の音の「分水嶺」となるリング変調の設定値となる音がイメージ出来るかと思います。

 リング・モジュレーションで筆頭に挙げたい作品はシュトックハウゼンの「マントラ」でありますが、シュトックハウゼンの場合「ミクストゥール」「ミクロフォニーⅡ」でもリング・モジュレーションを用いておりますが、リング変調のそれが実際の音としての美しさや独特の世界観として特徴付けられているのは「マントラ」を挙げない訳には行かないであろうと思います。

 今回私が採譜に用いるのに連桁の採り方を参考にしたのは先述のバーバラ・コルブの「Appello」という訳です。あらためて「Mantra」もこの機会に耳にされてみるのは如何でしょうか。




 思うに「マントラ」の発表は1970年。同時期の米国西海岸でのポピュラー音楽では、ザ・セクションというダニー・クーチ、リーランド・スクラー、クレイグ・ダーギー、ラス・カンケルという錚々たる顔ぶれのバンドを編成して1stアルバムにはマイケル・ブレッカーもゲストで参加している名アルバムを発表するのが1972年の事。

 その1stアルバムの1曲目を飾る「Second Degree」でのダーギーのローズのソロが矢張りリング変調を施している絶妙なソロなのでありますが、おそらく当時の音楽界に於けるリング変調の妙が其処彼処に波及していたのではなかろうかと推察するのであります。後にも先にも、ローズのエフェクトでリング変調というギミックはなかなか耳にしないので、音楽界で「マントラ」の影響があったのではなかろうかとついつい推察してしまうのであります。

 単体エフェクトとしても黎明期であろう、そういう時代の研ぎ澄まされた手法には「マントラ」は固より「Second Degree」の凄さを50年近い時を経た現在に於てもあらためて痛感させられます。




 尚、今回用いた譜例動画の譜面に用いた音部記号に説明をしておこうかと思います。本譜例動画の第1〜4番パートはト音記号の上部に「15」という数字が付与された音部記号でありまして、これはクインディチェージマ・アルタ(=2オクターヴ上げ)用のト音記号としてSMuFL規格でも用意されている物です。Finaleで編集となると次の様にフォントをアサインします。

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 同様にして譜例動画第5〜9番パートの音部記号であるト音記号上部に付与される「8」という数字が示す様に、オッターヴァ・アルタ(=1オクターヴ上げ)用のト音記号として表している物で、Finale編輯は次の様になります。

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 斯様な注意点を念頭に置いて確認してもらえれば、仰々しい譜面にも臆する事なく対峙できるのではなかろうかと思われます。