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今昔ポリ・コード論 [楽理]

 扨て、今回はTwitterの方でも呟いていた事なのですが、とりあえず「九の和音」についてもう少し語っておこうと思い、所謂ポリ・コードの類を述べていこうかと思います。


 最近私が話題にしていた事は、バップ・フレーズに依る「動的」な進行の活用と、モード・ジャズのそれに見られる類の「静的」な和音進行の事だったので記憶に新しいかと思います。しかしそれら両者ともに特徴的に語っていた事は次の通りなので、その辺をお間違えないようにご理解願いたい所です。

●バップ・フレーズによる「四度進行」の想起は、実際にアンサンブルに生じている和声的空間とは別の組織をプレイヤーが仮想的に想起してフレージングに「動的進行」の弾みを付けている点。これは、プレイヤーが動的な和音進行に沿って愚直にその進行に従って奏している類のプレイとは全く異なる物です。


●モード・ジャズによる「静的進行」は、機能和声に於ける各機能を循環しない所に最大の魅力があるものの、その音組織から想起されるヘプタトニック(=7音組織)を遵守するばかりでなく、それらを超越する音脈をも生ずる方法論に飛躍する事がモード・ジャズの最大の醍醐味であるというのが最も重要な点であります。


 という風に、両者の方法論というのは愚直なまでに既知の体系を遵守しているのではなく、応用的に付随させている方法論を伴っているのが最大の特徴なのであるという事は、これまでの私の説明でお分かりいただけているかと思いますが(笑)、こうした理解が伴っていないと「機能和声」型の理解に留まったままだと思いますので、機能和声タイプの体系から逸脱しようものなら総じてオカルト扱いしちゃう様な人に成り下がるのは自明でありましょう。


 例えば、これまでにも例に出してきたハ調域に於ける「Dm7→Dm7 (on G)」などに見られる静的な和音進行に出来《しゅつらい》する「Dm7 (on G)」というのは、「ツーonファイヴ」とも呼んだりするのですが、やや形を変えれば「F/G」「F△ (on G)」「F6/G」「FM7 (on G)」「F△/G△」という類にも姿形を変えて表される事もあります。これら5例の内一番最後の六声のタイプを除くそれらは「2ndベース」と呼ばれる類の分数/オン・コードであります。

 それらはなぜ「セカンド・ベース」なのか?野球の話題に突然なった訳ではなくてですね(笑)、つまるところ、基底和音から見た時の9度音を最低音にしているという所が特徴的な訳ですね。しかしそれは決して「9thベース」ではない。その理由は!?

 9th音とはオクターヴ内という「単音程」には生じません。生じるのは、オクターヴ組織を超えた所にあるのでそれは「複音程」にある音です。しかし、それが基底音つまり最低音として「転回」する以上、複音程は単音程に変容させて呼ぶ必要があります。故に基底和音側からみた複音程の音を最低音にする時は単音程にして呼ぶ必要が生ずるので、9度音は2度音と呼ぶ事となり=2ndベースと呼ぶのです。つまり、基底音=最低音として呼ぶ際、複音程で呼ぶのは適切ではないという事が爰にあらためて判る訳です。


 今回は2ndベースうんぬんを語るだけではないのですが、2ndベースとて形を変えた物として説明してきた様に、「ツーonファイブ」からの変容として取り上げていた訳です。扨て、その「2 on 5」とやらを今一度繙いて、これが西洋音楽史実的にもきちんと体系として備わっていた物であり、何もポピュラー/ジャズ界隈の特権ではないという事をあらためて語っておく必要があるかと思うので今回こうして語る訳です。


 抑も、近代和声以前の和聲學に於いての「九の和音」とは、属和音にしか許されないものでした。つまり、副七(=属和音以外の七の和音)の和音に付与される事はなかったのでありました。しかし時代も進み、九の和音は多様化するのでありますが、その多様化が生ずるのはドビュッシーやラヴェルを筆頭に挙げられる様になるのですが、そうした方面を詳悉に語って呉れるのは、シャイエやケクランなのでありますね。

 で、そうしたフランス方面でも先の例の様な「2ndベース」の型(=九度音が最低音)が用いられたり、属和音が包含する同音が七度跳躍したりして「九度」の音は顕著になったりもしたのです(九度音の用法は他にも多数あります)。

 所謂「硬い和音」、概ね四声体以上の和音の響きの熟達に甘い人は、垂直的な和声感ばかりではなく横の線として生ずる「七度」の音程的跳躍に対する「唄心」にも乏しかったりするものです。つまり、属和音という基底和音の3度音は「導音」な訳ですから、茲から七度跳躍する音程への理解を深める事も示唆した上での私の先の説明だった訳で、決してこればかりではありませんよ、と注意を促していた訳です。


 ところで、属和音を基底和音とした九の和音は、属七に長九度を付与する「長属九」と属七に短九度を付与する「短属九」がありますが、今回の「ポリ・コード」の好例として取り上げるのは前者の「長属九」の事でありますので注意されたし。


 さて、茲であらためて「長属九」とやらをハ調域において今一度確認してもらう事にしましょうか。それが次の例です。
2on5.jpg


 長属九とは、この譜例の画像ファイル名が示している様に、実は「2 on 5」でもあるのです。こうした解釈は西洋音楽史にきちんとありまして、ポピュラー/ジャズ界隈に靡いたモノでは決してありませんし、私が勝手に解釈している物でもありません(笑)。つまり、下声部という基底和音に属和音という長三和音が坐し、上声部にII度上にある短和音があるという訳です。つまりこれは現今社会に於ける「ツーonファイヴ」と変わらない物なのです。

 この譜例中のII度上の和音の呼称に於いて、何やら聞き慣れぬ「上主和音」と名付けているのは、これは私左近治が勝手に銘々しているのではなく、新興音楽出版社刊厚生音楽全集第3巻に基づいての物であります。処が先の厚生音楽全集では副和音の名称にて、上主和音(II度上)、中和音(III度上)、上属和音(VI度上)、導和音(VII度上)と名付けており、特にVI度上に生ずる和音の名称「上属和音」という名称は気を付ける必要があります。

 その理由は、シュステーマ・テレイオンという大完全音列が生ずる際、主音から純正完全五度「下」に生ずる音を下属音と呼び、他方、主音から純正完全五度「上」に生ずる属音を「上属音」と呼ぶという風に扱う書物もあるので、これとの呼び名の混同に注意が必要であるが故に先の様に注意を促していた訳です。然し乍ら、元々「聞き慣れぬ」語句であったのだからこの際作ってしまえ!という考えであっては決していけません。その作ってしまおうとする動機の出来は、体系を全く重んじない己の探求力の乏しさが齎す動機にしかすぎず、聞き慣れぬ物であるが故に体系を掘り起こし「顰に倣う」必要があるのです。しかし、折角顰に倣う必要がある言葉に、混同しやすい呼称であるので注意されたし、と私がこの様に声高に叫ぶことは口煩い事であるのでしょうか!?それをスノビズムとも罵られ度くはありませんし、こういう事を単なる喧伝としてしか映らない様では何を学んでも己の感情の振れ具合だけで善し悪しの烙印を付けられてしまうだけであるので迷惑至極でもあります。物事を学ぶにあたって己の感情次第で理解が左右してしまう様なら学ぶことそのものが不向きであるとも言えるでしょう。


 まあ、横道に逸れてしまいましたが、「2 on 5」という和音構造はドミナントからサブドミナントへ逆戻りしている様に「閉塞」的な進行とも言える訳です。そりゃあそうでしょう。響き的には「お天気雨」の様な感覚に陥りそうな響きなのですからそれはそれで不思議な響きに感じる人も居られるでしょう。その不思議さの中にあっても、先の「2 on 5」が上声部と下声部で夫々共通音を持ち合いつつ、成立しているとも言えるのです。この共通音が「relative」への動機の見渡しであり、チャーリー・パーカーのそれに繋がるのです。

 即ち、濱瀬元彦著『チャーリー・パーカーの技法』からは、ジャズ方面ばかりでなく、西洋音楽のこうした所にも結びつける事のできる知識を備えた上で解釈していないと陥穽にはまりかねませんよ、とあらためて念を押しておきたいのであります。先の著書の刊行直後の馬鹿どもの喧伝、ご覧になった方も少なくはないでしょう(笑)。


 扨て、今度は複調も視野に入れておきたい流れでもあるので、以前に増15度の和音の例を出した事もあって、その和音を元にして軽く作ってみたフレーズの譜例をTwitterにも投稿しておきましたが、こういう音で耳を馴らしておいていただければ幸いです。
fuqucio.jpg


 大譜表上段で生ずる調号無しの時の調性は、ハ調のモルドゥア(=混合長旋法=Cハーモニック・メジャー)であり、他方下段で生ずる調号無しの時はイ短調であるので、その点だけ注意されたし。