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投影法 壱 [楽理]

【和音の重畳】

 今回のブログ記事が示唆する事は、和音を著しく重畳させた時の取り扱いと捉え方に関しての事であります。


 3度音程堆積型の和音は、単音程を超えて複音程というオクターヴ領域に音符という枝葉を纏う際、それはテンション・ノートを附与する事を意味し、その複音程にある音をテンション・ノートと呼ぶ訳です。つまり、9度音が聳えている時点でそうした呼ばれ方をするのでありまして、九の和音を生じているという事は、下と上に五度音を共有し乍ら夫々トライアドを形成している(根音・3rd・5th音と5th・7th・9th音)事になります。


 「複調性」というのはそうした複音程に視野に入れた時点で情緒が齎されるのでありますが、今回は十三の和音、つまり属十三だけではない全音階の総和音の状態を先ずじっくりと観察する所から始めてみたいと思います。


 今回の譜例fig.1はハ調域で生ずる全音階(=ダイアトニック)上で生ずる総和音を現しているのですが、茲で少し予備知識として過去にも語った事のあるF・リストの「不毛なオッサ(枯れたる骨) S.55」にて用いられている「フリジアン・トータル」を思い出してみましょうか。
Hybrid01.jpg

 リストの用いたフリジアン・トータルは15度まで積み上げます。15度音は根音と重複するのでありますが、聳えさせ方としては「ホ・ト・ロ・ニ・ヘ・イ・ハ・ホ」という風に8音を積み上げた形であります。



 今回の私の総和音はそれに倣いつつ、重複する15度音を省略した上で全音階の総和音として、各音階固有音上に生ずる総和音を次の様に列挙しております。

ハ音が根音の総和音・・・アイオニアン・トータル
ニ音が根音の総和音・・・ドリアン・トータル
ホ音が根音の総和音・・・フリジアン・トータル
ヘ音が根音の総和音・・・リディアン・トータル
ト音が根音の総和音・・・ミクソリディアン・トータル(属十三の和音 ※本位十一度包含の類)
イ音が根音の総和音・・・エオリアン・トータル
ロ音が根音の総和音・・・ロクリアン・トータル

 という風に名称を與えて語る事にします。


 全音階の総和音はそれぞれヘプタトニックの全ての音を3度累積している和音なので、和音機能としてみると、トニック、サブドミナント、ドミナント全てを包含してしまっている為、調的構造からしたらトンデモないカオスな状況であるとも言えるのです。なにせ、先の7種の総和音、どれを選択してもトニック、サブドミナント、ドミナントを包含してしまっているのですから、「全部込み状態」のそれらに果たしてどれほどの差異感があるのか!?と懐疑の眼(=耳)を向ける事は必至であろうと思います。


 しかしそうした懐疑的な思考は、あくまでも聴き手が「調性」を強く示唆する社会を意識していればこそであり、全音階という調的な情緒とは異なる、少なくとも半音階社会に近しい状況を見越した状況であるならば、こうした総和音の使用は充分に「アリ」なのです。


 全音階的社会の枠組みで見ると疑問に思えるかもしれませんし、根音が違うだけで「和音構成音は全て同じ」という和音をどう使いこなすと言うのか!?と思ってしまう事でありましょう。

 「和音構成音は同じ」という所が非常に興味深い所なのでありますが、和音構成音としては同じであっても、この場合は「基底音」が違うのであります。

 全音階に於けるカデンツという和音の相互交換(進行)は、和音構成自体に「隙間」があるため、その隙間は次の和音の為の勾配として使ったり、調性の示唆する間隙(かんげき)を示唆しているのが実際であり、その空間を次の和音が巧みに使う事で「進行感」と「調性感」が充たされるのであります。

 Cメジャー・トライアドの「ド・ミ・ソ」という構成音には無かった和音外音(時には同一音として前後の和音間で一部の音が共有されたりもします)の「音脈」を埋める様にして「ファ・ラ・ド」を使い、「ソ・シ・レ・ファ」で更に先の2つ目の和音の和音外音の音脈を用いつつ、ここで「全音階」が確定するのであります。そして「シとファ」の至近距離にあるダイアトニックな音である「ド・ミ」に夫々「勾配」が付いて、進行感は更に弾みが付いて一件落着、というのが通常の仕組みです。


 
 扨て、総和音の「和音外音」は何処に或るのか!?

 全音階しか視野に入っていなければ、和音外音は他調の音脈となります。しかも、和音としてダイアトニックである全ての音を使っている以上、和音の基底音は違えど構成音が同じ和音では閉塞感が伴っている訳です。その「閉塞感」の最たるものは、全音階前提で「ドレミファソラシ」の全ての音を使っている(それらの音を単に3度音程で組み合わせとして少し変わるだけ)という事であるからです。

 然し乍ら、閉塞感を払拭する振る舞いというのも存在します。取り敢えず他調の音脈は茲では先ず取り挙げずに、総和音としての振る舞い、又は五声体以上での重畳しい和音の振る舞いについて今一度語っておく事にしましょうか。

 7声全てを使わずとも、累積が重畳しい類の和音を使えば少なくとも2種の和音で全音階は網羅する事は可能でありましょう。換言すれば其れはカデンツではなく、モーダルなコード進行であります(I類・II類)。

 そういう「モード的」な解釈というのは、実は方法論がモード・ジャズではなくとも、コードに対するモード想起として断片的にそれが他調由来のモード解釈という解釈によって、一時的なモード解釈はします。しかし、こうした他調由来のモード解釈というのは通常、ノン・ダイアトニック・コードの和音のキャラクターを用いて他調由来の世界観を導こうとするのが殆どであるものの、和音の振る舞い(=茲ではノン・ダイアトニック・コードの和音キャラクターの意)に頼らずにモード的性格を断片的に使うとしたら、それは一体どういう事なのか!?というと、

 例えばDドリアンというモードを映じている時にG#音が現れるのは、モードを遵守していれば先ず出現はしない逸脱した音であります。しかし、Dドリアン上ではF△、G△というメジャー・トライアドが出現しても一向に構わないのでありますが、モーダルな性格を出すにはそれらをハ長調域でのサブドミナントやドミナント的に使う事を極力回避する様にして、F△→G△という平行の響きの方を強く推進した方がモーダルな雰囲気を醸すことになるでしょう。

 この、調的な性格を打ち消すモーダルな性格をより強く出すには五声体やら、少なくとも3度累積型の和音であるならば九の和音つまり9thコードやそれ以上の累積を伴う11、13度の和音を使った方が、次の和音への「平行」としての挙動によって、全音階的な仕来りでの閉塞感を打破する性格が現われて来ます。

 つまり、重畳しい和音というのは、それらが前後に組み合わさって多様な平行や反進行(※実際には並進行になる事が多い)を伴わせる事で、全音階組織は一気に超越する世界観を誘発するのであります。とはいえ、和音が重畳しく聳える総和音では和音構成音の何れもが旋律の音を赤裸々に示唆している為、ある声部の動きに対して別の声部(それらの声部は総じて総和音の和音構成音である)が反進行をすると、隙間無く埋められた他の和音構成音に衝突するという閉塞感と、衝突した後も和音の体が大きく変化しないという差異感の稀薄な姿を見せるものです。とはいえそれは、ダイアトニックに遵守した動きでの事であり、ノン・ダイアトニックに眼を向けると多様な動きが見えて来る様になります。
 
 それ故に例えば、Dドリアン上でG#音という「想定外」の音が現われたシーンを例にして仮にそのG#音に和音を付与するとするならば、何もF△→G△という風にカデンツ由来の進行に従うばかりではなく弱進行方面のG△→F△→E△という風にパラレル・モーションを起こしても問題はない訳です。そこでE△という和音の3rd音でG#音を生じ、Dドリアンと複調的に出来しているというだけの事であります。G#音がG音の可動的変化というだけの体としてモード想起するのであれば、Aハーモニック・マイナーのモードとDドリアンが併存している状況が、少なくとも瞬時に現われた状況と見做す事も出来るのです。


 ※もうお判りでしょうが、先のG#音にE△を充てて平行進行させるとスパニッシュ・モードが見えてきます。スパニッシュ・モードはフリジアンをスケールトニックとする第3音G音がとG#に可動的変化を起こして併存させたモードであるのです。

 扨て、総和音を今一度振り返って、総和音の構成音が「倒置」となる様な部分を考えて見ることにしましょうか。では、再度譜例fig.1を見てみることにします。

 アイオニアン・トータルに於けるルート(=C音)が15度音に置換されたとした場合、それは構造的には「ホ・ト・ロ・ニ・ヘ・イ・ハ」という風になり、結果的にそれはフリジアン・トータルと同様です。つまり、アイオニアン・トータルの根音がフリジアン・トータルの最高音として「倒置」された結果に依る「進行」という風になります。

 同様にフリジアン・トータルの最低音を15度音へ倒置すれば、ミクソリディアン・トータル。同様の根音から15度音へと倒置を繰り返すと、ロクリアン・トータル→ドリアン・トータル→リディアン・トータル→エオリアン・トータル、という風になるというのが、全音階組織での総和音の「倒置」なワケです。

 加えて、3度音程累積型のコードは、各音程の半音数は「3乃至4」なのであります。つまり、総和音の各3度音程間は3か4である訳でそれらの2つの音程の組み合わせでしかないのです。これらの数字が各和音の連結間で数字の組み合わせが静的乍らも変わる事で、先の様に「アイオニアン→フリジアン→ミクソリディアン・・・・」という風に全音階を1周していたのですが、それが「静的」だったのはダイアトニックを遵守していたからに過ぎません。ノン・ダイアトニックに世界を拡大すれば、その「3と4」の動きは非常に多様になる事は図示する迄もないでしょう。

 和音の凝集の在り方が既知のコード体系に縛られる体系ではなく、半音階ならば12音を巧みに使う様な(決して無調というセリエルを用いた物とは異なり)観点で和音を凝集した場合、ピッチ・クラス・セットと呼ばれる、マトリクスに音を抽出した体系を和音として使う考えも視野に入れる事ができます。そうしたピッチ・クラス・セットも視野に入れ乍ら、「不協和」という体系の特性が「対称(シンメトリカル)」「均齊」という様な構造を持っている事を思い起こすと、ピッチ・クラス・セットの中には、和音構成音の各音程に、対称性や均齊を伴う状態に遭遇する事があります。寧ろ、和音が凝集している状況こそ、各音程間に対称性を見出す事は容易となる事でありましょう。

 例えば、ハ調域の7種の総和音のドリアン・トータルとリディアン・トータルを見るだけでも、対称性は見事に現われます。

 先ずはfig.2の図を見ていただければ判り易いと思いますが、ハ調域でd音を中心に見ると、その音並びドリアンという構造の音程は、対称形が現われているというのは緑色の数字(半音の数)を見れば一目瞭然でありましょう。つまりドリアン・トータルは「3・4・3・4・3・4」という風になりリディアン・トータルは「4・3・4・3・4・3」となるわけです。他の総和音は断片こそ等音程や等比形が生じるものの、こうした綺麗な対称性のある構造は出て来ません。
Hybrid02.jpg

 つまり、マイナー・トライアドを基底和音とするドリアン・トータルは、いわばマイナー13thです。マイナー13thは結果的に属七の断片であるトリトヌスを包含する(これに拘らず全てのダイアトニック・トータルはトリトヌスを包含している)からこそ、「通常」の調体系ではトリトヌスを包含するのであれば基底和音の本来の体を阻碍する為にアヴォイドとなるのですが、モーダルな社会を示唆し、マトリクスな和音から生じた和声構造として見做すのであれば、その和音体系を便宜的に簡潔に表記するならばドリアン・トータルは偶々Dm7(9、11、13)と為しただけの事であります。

 いうなれば、この和音表記は調的社会に則った体系ではあるものの、ダイアトニック・トータルの為に便宜的に使った物或いはモーダルな様相を背景に匂わす事までも見渡した上で許容する、という理解の下でこの表記を取り扱うという風にすれば、特段問題は無い訳です。和音表記などそんなモンです。重要なのは和音の構造そのものを理解する事です(つづく)。