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拡大されゆく音楽の世界のまとめ [楽理]

 先日、ツイッター上にて楽理面でのやり取りがありまして、私のほうもついつい力が入って突然長文ツイートを呟いてしまったのですが、その時のツイートというのは、私がこれまで語っている事の要約でコンパクトにまとめたモノだったので、折角なのでブログの方でも披露してみようということになり今回披露するコトに。
 要約したツイートとはいえかなりの長文であるのは確かですが、その長文ですら私のブログを要約したものなワケですから如何に長々と語っているのかがあらためて判るかもしれません。パラノイア扱いされる方も居られるとは思うんですが、まあ私のコトをアレコレ穿った見方するのは構いませんが、音楽には真摯に向き合いましょうね、と(笑)。

 というワケで、後述の斜体文が先日ツイッターで呟いている文章で、そこに補足してある画像だったり文章だったりして区別しております。



|調性音楽の枠組みから考えた場合、例えば五音音階というのは幾つかの音列の種類があるものの琉球音階を除くペンタトニックは、総じて完全五度音程を上方に四回累乗させたものに分類されます。

5pentatonic_scales.jpg
かねてからチェレプニン音階の組成を取り上げて語っているように、五音音階とは完全五度累乗の形式に収まる体系から生じております。但し、五音音階そのものに調性は無いと分析しているのはバルトークの素晴らしい研究から導かれた解です。


|教会旋法に収まるヘプタトニックも完全五度音程を六回上方に累乗させた形式に収まります。

コレはわざわざ譜例にせずともドレミファソラシドを羅列すれば自ずと理解できることでしょう。Cメジャー・スケールの場合、F音から完全五度を六回累乗させればいいのです。


|通常の調性の枠組みというのは半音階12音から7音をうまい事抜粋してきた形だと仮定すると、その枠組みにあてはまらない「調性外」となる音は自ずと5音となりますが、残る5音も実は別の方角から完全五度音程を累乗させた領域が「陰」として形成されています。但し無闇やたらと「陽」の世界に現れても折角の世界観を疎外しかねなくなるのが通常の調性の空間でのルールなのです。

上方で生じている通常の調的社会というのは、その情感は大別すれば長調と短調、それに加えてトニック、サブドミナント、ドミナントという情緒が付随されます。トニックやサブドミナントやドミナントという情感は、調的に中心的役割のある主音へ偏りを生じ、その中心的な位置からの他の音が倍音列と一致と不一致のせめぎ合いから生じているものが「情感」を作り出すコトを忘れてはなりません。


|しかし調性の枠組みでも時には嘯く様な音楽的な技法が流行するようになり、その頻度が高くなる程調性外の音が頻発化している音はある一定の音を特別視して抜粋していたりする姿を確認できるようになります。


 古くから旋法的に「嘯く」ことはありました。それが変格旋法です。Cのブルースをやりてぇ!と奮起してCのブルースハープで純朴に吹こうとするバカは居ないでしょう(笑)。Cドリアン=tonal in BbやCミクソリディアン=tonal in Fつまり、BbとFのブルースハープを使って「嘯こうとする」、この行為そのものが旋法的な嘯きなのであります。


|五度音程の上方への単純な重畳は従来の調性システムの牽引力に捕捉されやすいものです。元の調性の姿の断片と嘯いた調性の断片が垂直的に重なる事は、発展的な対位法音楽にはごく一般的な事で、こうした時に生じる和声システムは従来の枠組みを超える事が多々あります。

 調的社会における「アボイド」とは、属七の和音の体を包含してしまうこと。ハ調域にてEm7からb9thを与えてしまってはG7を包含する。故に短和音上においてb9thは自身の3rd音からの重畳による属七の体の領域の調を向いてしまうのでアボイドであるという意味。つまりトライトーンの形成がどうのこうのと言っているのがアボイドだと思わせるのが早計なのは、増四度と減五度の区別も付けられない輩が皮相的に「トライトーンを作ってしまうから」と単純な理解に済ませないために「属七の体を包含してしまうことがアボイド」と、愚かな連中に配慮した表現にしているワケですな。きちんと語ってくれている理論書というのは「属七の包含」という風にきちんと語っているのはその本の素晴らしい所でありますが、同様に私が素晴らしいワケではありません。だって私は愚弄していますからね(笑)。



|併存している多用な空間に誤魔化されない様に元の姿を追うと、それぞれがどういう姿だったのかという事が明確になりますが対位法という手法がそもそも聴覚の錯覚の様な物なので、その聴き取りを強化するには経験が必要とされます。|併存した社会は、完全五度音程の上方への累乗社会からの断片&残された調域が「上方への累乗」として捕捉されぬ様に存在しうる社会からの断片、というに成立して考えられます。


上方の調的社会に補足されぬように音を使っていても嘯きそのものの体系は見破られてしまうモノです。そうして「7音の社会」は全て見破られた状況が「枯渇」という風に表した場合、更なる拡張を求めて調域外の音を呼び込もうとしたりするものです。しかし、既に成立している調的な社会の振る舞いは堅牢なので、これを誤魔化しつつ他の音を利用し乍ら嘯くことは簡単なことではありません。


|音階が階段だと仮定して、その階段を画用紙に描いてハサミで「長音階」という階段を切り抜いた場合、切り抜かれた側は残された5音ですが、この音が巧みに使われる様になるのは対位法音楽の発展を待たねばならなかった訳です。

 割符そのものも平均律になったコトで割符の片方もオールマイティーに使える状況を生んだと理解するとわかりやすいかもしれません。

|長音階の「階段」という歯型は長音階の第3音を主音とするフリジアンの下降系と合致します。この下降系の歯型を利用した嘯きが始まる様になり、結果的に長音階の平行短調の5度音からの下降音形は長音階の上方への階段の歯型と一致します。Cメジャースケールの歯型はAナチュラルマイナースケールの第5音からEフリジアンの下降形の歯型と一致します。

この件に関しては、エッティンゲンやフーゴー・リーマン関連でブログ内検索をかけていただければ自ずと理解できることでありましょう。

|短三和音の5度音から下降形を見出したとすると次のような応用例でも歯型がマッチするようになります。長音階の歯型は同主調の5度音からのフリジアンの下降形CメジャーとGフリジアン、長音階と下属調短調の5度音からのフリジアンの下降形CメジャーとCフリジアン|これら最後の例、CメジャーとCフリジアンは併存する世界がC音を共有している形であり、共有している音から等しく上と下に完全な鏡像形となる音程構造を生み、上方の調的牽引力に捕捉されない下方の牽引力を生み出します。結果的にそれは上方の倍音列を鏡像として投影しているシステムに等しいので下方倍音列と言われます。これはシステム的な牽引力なので実際に聴こえる訳ではありませんが、枯渇する調性社会の枠組みから巧みに嘯いてきて獲得しようとする調性外の音への欲求と等しい音なのです。無理解の輩はこれをオカルト化しておりますが、よもや対位法音楽をオカルト化しようとは一体どういう人間がネットで「嘯こうと」しているのかと思うと残念でなりません。


 まさにフーゴー・リーマンのコトでありますが、前にも紹介したように、現在こういうコトにきちんと書かれている本はスザナ・クラーク著の「Music Theory and Natural Order」ですね。下方倍音列って「ナチュラル・オーダー」なんですよ。誰ですか、オカルトとか言っている馬鹿は!?(笑)。