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木陰で見つめるかのように [楽理]

扨て、先のドミナント7thコード関連から引き続いて、色んな楽理面の話題を語って行こうと思うワケでありますが、まあ、左近治は一般的には「縁遠い」感じの和声を好むというのはご理解いただいていると思うのでありますが、とりあえず私自身の和声の捉え方というものを語ってみようかな、と思います。

「アタマ、イッてんじゃねーの!?」とかまでは思われたくはないんですが、仲間内からですらも左近治はヘンな和声好むようでありまして(笑)、そんな世界観演奏させて表現しきれないようだと、左近治のバンドじゃ腓骨やアゴ、いくらあっても足りないくらいスポ根丸出しのスタジオ風景という側面もありまして、自由奔放に見える世界観であっても、そこには厳格なモノがあるんですな。

例えば、左近治がよ〜く使うコードで、Cをルートとするのだとこんなのがありますね↓「E7sus4/C7」とか

「Bsus4/C7」などなど。

これらのコード表記は、あくまでも「便宜的なもの」なのでありますが、先の例の前者のコードだと表記的には上四声、下四声となってはいるものの、上声部と下声部では共通する音を用いておりますので、一応七声に収まるようにはしているんですな。

一般的には和声というのは七声を最大としているのは、その時点でモード・スケールが確定されるからでありますな。勿論、特殊なモード・スケールを扱えば7音以上の音を導入することは可能ではあるものの、和声的にそれ以上用いると「解」を導くことができにくくなってしまうようなモンなのでしょうか、まあ、よっぽど特殊な響きを演出しようとしない限りは、やはり、いかなる変わった情感得ようとも和声的にはそういった変わったなりの世界観を表現するには最大で七声がやはり望ましいのでありましょう。

近親婚など、互いのDNA配列が酷似するためにうまいこと融合されずに混乱起こしてしまったりする例など。音においても、あんまり多すぎても破綻してしまうようなモノに例えられるかもしれません。

とゆーコトで、便宜的に表記しているコードと実際のそれを混同してほしくはないのでありますが、いずれにしても先の例のハイブリッド・コードはすべての手の内明かしたりはしませんが(笑)、それなりのルールはあるんです(笑)。

もはやこーゆー世界を知ってしまうと色んな解釈もできるので、私の場合は著名なアーティストを引き合いに出して色んな方向から同じコトを語っているだけに過ぎないのかもしれませんけどね(笑)。

過去のハーフ・ディニミッシュト9thやらマイナー・メジャー7thコードでの「穿った見方」や、ドミナント7thでの11th音の扱いやら、ミラー・モードの導入やら、ミクソリディアンとエオリアンのハイブリッド・モード・スケールやらの観点など、同じ音を違う角度で分析しているようなモンでして、その辺りの共通項というのは、昔から私のブログをお読みになっている方はお判りになっていただけるのではないかと思っております。

ま、どこの馬の骨かも判らぬような左近治の一例じゃあ、どーにもこーにも信頼性に欠ける!と懐疑的になられる方もおられると思いますので(笑)、その辺りの件、わたくし重々承知した上で著名な方の例を挙げてみようかと思うワケでありますな(笑)。とゆーコトで渡辺香津美師匠のお出ましです。


振り返る事1985年のコト。この年の4月に左近治は人生初のCDプレーヤーを手にした時なので非常に記憶に残る年でもあるんですが、大概の音楽コンテンツなどリリースはまだまだLP優先の時代でありましてですね、CD化される方がまだまだ珍しかった時代というのがあったんですよ。

で、この年にリリースされた渡辺香津美のアルバムは「Mobo Splash」というアルバムがありましてですね、いわゆるMOBO III(モボサン)というトリオで活躍していた時期だったんですな。スタインバーガー期の頃ですね。よ〜くフジテレビの深夜でライヴやってたりしてたモンです。CDより小さいんじゃねーの!?と思わせるような径の小さなシンバルをハットに使ってたりしていた村上’ポン太’秀一と、グレッグ・リーとのトリオですな。

んでまあ、そのアルバム収録の曲に「師走はさすがに忙しい」という曲がありましてですね、毛がサンボーンもといデヴィッド・サンボーンが参加している曲なんですが、この曲は1985年の秋頃に刊行されたギター・マガジンでもかなりの誌面を割いて譜例と共に解説されていたような記憶があります。まあ、ギター・マガジンが声高に語っていた部分はギター・ソロ9小節目辺り(1小節目は全休符というセンスが渋い)の異弦同音を使うストレッチ部分だったと記憶しているのですが、当時のギター・マガジンは疾っくにちり紙交換屋さんに持ってかれてしまったので左近治の拙い記憶を辿るしかないんですが、今回左近治が語ろうとする音についての根拠などは語られてはいませんでした。

まあ、そのストレッチの運指による異弦同音の巧みなフレーズの後に続く部分は譜例はなく、確か「それまではAマイナー一発系なんだけどメジャー3rdの音使ってます」みたいな本人の注釈コメントがあったように思えます(※常にAマイナー一発ではなく、数小節ごとにモード・チェンジしている曲なので誤解のなきようご理解ください。まあ、ジェフ・ベックの「Star Cycle」的なモード・チェンジと思ってもらえれば原曲をご存知ない方にもお判りいただけるのではないかと)。

その「メジャー3rd」音を使う根拠と、アウトした音というのがギター・ソロの17小節目(CDタイムで4分03秒〜4分06秒辺り)という所に今回注目してほしいんですが、確かに独特の「情緒」を持ったフレージングをしていて、コレが実にキモチいい(笑)。

例えばここはA一発系(メジャー3rd音を使っているのでありますが、Aマイナー表記というご本人のコメントに沿った上という解釈をします)なんですが、確かに経過的に「A7」と解釈してもおかしくはないんですが、私は当時から、ここを「A7(#9)」とはせずにAマイナーに拘る所に穿った見方をしていたんですな。これらの謎解きに結果的にそれから10年ほど要したようにも思えますが(笑)。


じゃあ、ここの「Aマイナー」という部分をですね、その5th音を仮想的なルートと見立てて、左近治のよ〜く使うハイブリッド・コードを当てはめてみまひょか。

「D#sus4/E7」という風に。


すると、渡辺香津美のフレージングと、ご本人がAマイナーにこだわりつつもAから見たメジャー3rd音を使うという根拠がなにやら見えて来ると思います。


勿論、ご本人のアプローチが私と同じハイブリッド・コードを見立てているかどうかは判りません(笑)。おそらくAミクソリディアンと想起した上でのミラー・モードを使っているんでしょうけどね(ミラー・モードをハイブリッドで用いる)。

そのミラー・モードを和声的に解釈すると、私のような便宜的なコード表記でも、その和声の特徴的な音程関係による分子と分母というのは自ずと「ああ、ミラー・モードか」的な解釈がスムーズになるとでもいいますか、少なくともウチのバンドのメンバーは、私が口を酸っぱくしながら腓骨やら大腿骨蹴飛ばしているコトもあってか、今ではよ〜く理解してくれております(笑)。

私自身も、このような世界観においてはハイブリッド・コードだけの側面ではなく、ミラー・モードやらマイナー・メジャー7thが出現するモード・スケールまたは他の一般的ではないモードなど、これまで色んな側面をこうして語っているワケでありまして、今回のハナシまで及ぶのに1年半以上要しているんでしょうかね(笑)。

まあ、それくらい濃密に語らないと、この世界観というのはなかなか覚えてくれない人も多いので、こうして舐め回すかのように語っているワケなんですわ(笑)。


1985年にCDプレーヤーを手にして「Mobo Splash」に出会い、その後LPでウェイン・ショーターのアルバム「アトランティス」を入手。「The Last Silk Hat」のCDタイム3分ジャスト付近の世界に心持ってかれ、それから数年経過してチャップマン・スティックを入手して、練習用にステップス・アヘッドの「N・Y・C」というトニー・レヴィンの参加するアルバム収録の「Well...In That Case」という曲の方にハーヴェスト期のソフト・マシーンのアルバム「Softs」収録の「Ban-Ban Calivan」に似てるなーという親近感を得たら、その頃のソフト・マシーンの音と「Mobo Splash」には私なりの共通項を有しておりまして、そこからアナリーゼが強化されたようなモンでしょうか(笑)。

それらの音の魅力を目の前に、私はまだまだそれらに手をあぐねているだけで、使いこなすなど出来ずに苦悩していたワケですな。どうにもこうにもモノにできないという、理解不足から来るもどかしさがあったモンでした。

現在のような解を得るにはその後のウォルター・ベッカーのアルバム「11の心象」に出会うまで待たなければならなかったのでありまして、故に私はウォルター・ベッカー御大の先の「Circus Money」リリース時には少々力が入ってしまったというワケであります(笑)。

まあ、こういう自分の和声感の共通項とやらをブログでせっせと語っているワケでありますよ。

ちょっと一風変わった和声的な魅力などたった一言では語りきれるモノではなく、時には、そんな和声との邂逅には人生を左右するほどの影響力というモノがあったりしますからね(笑)。そう易々と語ってしまって通り過ぎていってしまうようでは、あまりに原曲に対して失礼だなと思うところがありまして、ついつい冗長ブログになってしまうんですなー。


あらためて「見えないモン見ちゃってるんだね、このヒト」みたいに思っていただければ結構です(笑)。薬物の分子構造ではなく、音の構造に魅力がイッちまってるんですわ(笑)。

和声を色んな側面から分析するのは、左近治にとっては星明子が飛雄馬を木陰で見守るようなモノとお思いになっていただければな、と(笑)。今のご時世、学校の校庭付近でこんなコトしちゃダメですよ(笑)。良識ある方は、この辺キチンと遵守してくださいね♪

重要なことは、「見えないモン見えちゃってる」のではなくて、耳の習熟度が浅いがゆえに「受け流す」というのが、ごく一般的な見解なんですけどね、実は(笑)。その辺の本屋で誰もが買えるようなコード理論の本とかで知った気にならずに邁進してほしいな、と思う事しきりであります(笑)。

メロディック・マイナー・モード覚えた所でまだまだその辺で収まるようでは、二昔ほど前のハーモニック・マイナー完全五度下覚えたインギー信奉者となんら変わりないんですよ(笑)。

「おめー、ウリ・ジョン・ロート好きだったんじゃねーのかよ!?」とまあ、左近治の時代においてもそうして寝返ってしまった同級生も居たりしたモンですわ(笑)。

文章量がついつい多くなってしまう左近治でありますが、その辺のヒントとやらは多く鏤めているつもりなんで、その辺ご理解いただければコレ幸いですな。