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KORG 01/Wとウォルター・ベッカーを絡めたハナシ [スティーリー・ダン]

これまで左近治は、ウォルター・ベッカーの2ndソロ・アルバム「サーカス・マネー」リリースを機に、堰を切ったようにアレコレ語っているワケでありますが、今回もまあ一応ベッカー関連に絡めていこうかな、と。

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楽理面での解説も含めて、私にとってはウォルター・ベッカーの1stソロ・アルバム「11の心象」は、まさに邂逅だったと言えるアルバムだったワケでありますが、ベッカーの特徴的な和声はベッカーのワン・アンド・オンリーのものでもなく、そのような和声だったら数は多くはなくともそれまで耳にしていたことはありました。が、ベッカーという人はそっちの世界にドップリとハマっているためか、特徴的な和声の使い方が実に巧みなんですな。

それには、メロディック・マイナー・モードやハンガリアン・マイナー・モードから構築される和声の世界を深く理解していることは最低限の条件でありまして、後にベッカーの巧みな業を知る前に私自身がベッカーの毒ッ気にハマる予兆めいた作品に出会っていたことが功を奏していたのかと思います。

特に判りやすかったのが、スティーヴ・スミスのソロ・アルバムの中の1曲「Please Don't Feel Bad」という曲。

この曲は正確には

「FIAFIAGA (Celebration)」 Steve Smith & Vital Informationというアルバムに収録されているものであり、トム・コスターやフランク・ギャンバレが参加していたりするアルバムで、スティーヴ・スミスが使うソナーの12プライ時代のシグネイチャーの音が聴けるアルバムでもあります。

しかしながら左近治はスティーヴ・スミス聴きたさにこのCDを入手したのではなくて、実はこのアルバムに収録されているトム・コスターの書く「The Perfect Date」という曲が聴きたくて手に入れたんですな。




その「The Perfect Date」という曲の出会いは、KORG 01/Wそのものだったのであります。


01/Wというのは発売当初はFD(=フロッピーディスクドライブ)はSMFに対応しておらず、発売後僅か数ヶ月程度でバージョン・アップしたと思います。で、SMF対応にめでたくバージョン・アップした時にKORGのデモ演奏としてトム・コスター本人が打ち込んだ曲「The Perfect Date」というのがありまして、打ち込み作品ながらも非常に私の好きなタイプのフュージョン曲だったので、最初は01/W専用の曲だったと思っていたのですが実はそうではないということが判明してCD探しに奔走することに。

ただ、当時はトム・コスター名義のCDを探すのも困難だったのですが、その後スティーヴ・スミスのソロ・アルバムに収録されているということを知りCDを入手したというワケであります。

幸か不幸か、01/Wはリリース直後に買った左近治でありましたがCDを入手するのには2年以上経過して、94年に突入。米国W杯が開催されていた夏場で(バッジオがPK外したあの年。余談ですが、ダノンがユーベのスポンサーだった頃が好きな左近治)、この時期にCDを入手できたことで、その後のベッカーの「11の心象」を耳にするのに適度なワンクッションとなってくれたのだと思うんですな。

で、そのCDの1曲目に収録されていた「Please Don't Feel Bad」は、今の時代に聴くには少々機械的過ぎるようなギター・カッティングを模したシーケンス・フレーズのリフ。しかしこのリフを巧いこと解体してその後メロディが入ってくる辺りには代理和音をあてはめて、その「代理」がまさにベッカーそのもののアプローチに近いものがあったんですな。

判りやすく言うと、オーギュメンテッド・メジャー7thやオルタード・テンションに内在するマイナー・メジャー7thを当てはめてくる、と。ロック的なリフなのに、実にさりげなくそういうコードをちりばめている、と。

いわゆる5度系のリフを使いながら(解体)、平行移動(フレット移動)を使いつつ、モードチェンジを巧みに演出していて、それを分析してみると「ああいう」和声感を演出する、と。

正直、「The Perfect Date」をようやく手にした喜びよりも、「Please Don't Feel Bad」という曲に出会ったことの方が得るモノが大きかったというワケであります。

まあ、今を思えばこの94年というのはベッカーに限らず非常に多くの良質な作品に出会えた年でもあったんですが、Mac関連の話題も持ち込むと、当時はそれまで使用していたIIciから8100/80AVを欲していた時ですか。

以前にもニルヴァーナの「In Bloom」を例に出して、ロックのアッパー・ストラクチャー・サウンドやら7度の活用など述べたことがありましたが、ロック的なリフのアプローチというのは調性を多様にする要素が満載なのに、自身の音楽的裁量の狭さがソコへの世界へ辿り着けることができなくなるという偏狭的な食わず嫌いロック好きを生んでしまうのが多いのが現実(笑)。

かくいう私もニルヴァーナというバンド名を初めて知った時というのは「アシュ・ラ・テンペル」を連想して、自身の貧しいボキャブラリーは健忘の彼方でどんなバンドなのかと興味がわいたクチではあるんですが(笑)、せっかくのロック的なアプローチをプラスに活かせない人達があまりにも多く、色んな方面で7度の覚醒が起こっていたにも関わらず、そういう所に無頓着な人があまりにも多いのは今も昔も変わらないのが残念でありますな。

さりげない毒ッ気のある曲を紹介しながら楽理面で解説していけば判りやすいのではないかと思い、左近治はついつい力説してしまうのであります。加えて、この手の題材に挙げた曲は概ねリリース用の曲として制作していたりもしますんで、てめえの制作状況も兼ねて同じ土俵で語っているだけとも言えるんですけどね。