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京急ドレミファ・インバーターの採譜 [サウンド解析]

 扨て今回は、一部の京急車輌のモーターに用いられている発進時に音階を奏でる通称「ドレミファ・インバーター」と呼ばれる音を採譜した譜例動画をYouTubeにアップした事もあり譜例動画の解説をする事に。車輌やモーターなどの詳細な情報は本ブログでは述べませんので、あくまでも「楽音」として聴いた時の音楽的な側面から分析するのでご容赦下さい。

 鉄道に詳しい方に依れば2020年7月現在、発進時に音階を鳴らす車輌はかなり減っている様でありますが、今回私が模倣したそれは、上大岡駅構内で羽田空港行を聴く様な状況を模倣した物です。私が嘗て「環境音」としていつか役立つであろうとiPhone片手に録音した物を元にして制作したのが今回の譜例動画という訳です。

 一般的に、この発進時の音階は「ファソラシドレミファソ」という風に論じられている所がありますが、結論から言ってこれは謬りです。固定ドで言えば「ファ ソ ラ シ♭ ド レ ミ ファ ソ」というGドリアンであり、ヘ長調での主音から上主音の上行形──移動ド読みでは「ヘ長調のドから1オクターヴ上のレ」という風に順次進行するGドリアンの第7音が前打音の様に装飾音的に奏される旋法というのが正確な解釈となります。

 もう少し音楽的に掘り下げると、Gドリアンのモーダル・トニック(フィナリス)[g] の全音下方にある音は、固定ド読みでは「ファ」である音なのですが、これをサブモーダルトニック(※ドリア旋法の第7音)とした場合、先の謬見は、本来ならば変化している派生音=「B♭」を「シ♭」という状況を省いて説明してしまっている為よもやFリディアンがオクターヴ上でリディアン・スーパートニック(※リディアン・モードの第2音)としての [g] で終止するかの様に書かれてしまっているという風に受け止められそうな訳ですが、実際に「標榜する所」はGドリアンなのであります。


 扨て、私はなにゆえ「標榜するところ」とわざわざ注意喚起するのか!? と言うと、Gドリアンというのはあくまでも「その様に奏でよう」という風に目指している音階に過ぎず、実際にはそのGドリアンが微妙な音高変化を施されて誇張される謂わば「擬似」Gドリアンというのが是亦正しい姿なのであります。

 それをあらためて擬似Gドリアンと称するならば、擬似Gドリアンの第5音以降は微分音という微小音程的にイントネーションとして誇張され、終止する音は最早 [g] よりも49〜65セント高い所の音を鳴らしている為、実際には「ソ」よりも「ソ♯」に近い音が鳴らされているというのが実状なのです。

 下記の譜例は、左側が正統なGドリアンを示しており右側が京急のドレミファ・インバーターの漸次音高変化を音階にして並べて表した物です。第5音以降の微分音変化記号はYouTubeでの譜例動画を参考にしていただければ判りまますが、ヴィシネグラツキー流の変化記号を使って表しております。

Pseudo-G Dorian.jpg


 ですので、音楽的に言えば、その擬似Gドリアンの上行形は [g] 音で終止せずに微分音の世界での増八度に着地している事になるのです。増八度の先行音となる上方の第7音も、一番最初の前打音的に奏される [f] 音とオクターヴ高い物ではなくオクターヴよりも僅かに高くなり、上方の第7音は [f] よりも54セント高く採られるのが実際なのです。

 十二等分平均律の世界での増八度という音程は物理的には短九度と等しい広さではありますが、微分音を視野に入れた時の増八度とは、短九度よりも狭い音程となるので注意が必要となります。

 加えて、上行順次進行を採る過程で現れる第5音の実際は、本位音 [d] よりも17セント高く、第6音は [e] よりも33セント低く、第7音は [f] よりも54セント高くなっており、擬似Gドリアンの開始音となる最初の5音 [f - g - a - b(=B♭) - c] こそがA=440Hz基準での音律に合致しているだけで、後続の4音が中立音程となる微分音に変じているので「擬似」Gドリアンとしたのはそうした背景に依拠した呼び方である訳です。

 とはいえ一般的には、微分音という半音よりも狭い音程差に拘泥する人は殆どおらず、非常に僅かな音程差には無頓着どころか脳が修正してしまう事もあるので「擬似」Gドリアンというフレコミで呼ばずともGドリアンで実際には話が通ずる事でありましょう。

 唯、厳密にはGドリアンを標榜しつつ第5音以降が微分音なのだと知っておけば充分な知識であろうかと思います。況してや微分音的な知識を身に付けたとしても、本来なら間違っている「ファソラシドレミファソ」という音並びに於て肝心の「シ」は「シ♭」であるという表記すら丸め込んでしまう人が微分音の知識を皮相的に文面で得た所で、従前の「丸め込んで」感得して来た耳が微分音に拘泥する事もなく「ファソラシドレミファソ」として知覚してしまっているならば、微分音の知識をどれだけ得ても知覚と一致させるのは極めて困難であろうかと思う所頻りです。

 そうした側面からも「ドレミファ・インバーター」に関する音楽的な分析にはとても熟慮する必要があるので、より一層の注意が必要となる訳です。

 尚、Gドリアンはヘ調移動ドで音階を読まれる事となるので、その階名は「レミファソラシドレ」となります。

 ですので先の謬見が「ファソラシドレミファソ」というのが固定ドに於ける派生音を省いて表現してしまっている物であると即座に類推に及ぶのはこうした理由からであります。加えて、その正しい移動ドの「レミファソラシドレ」が下の第7音から前打音的に順次進行で上行形を始められた「ドレミファソラシドレ(in ヘ長調)」という訳なのであらためて注意が必要なのです(初稿時の譜例動画は前打音を省きましたが、正確を期すために前打音を省く事を取りやめました)。

 加えて、一番最初の前打音的である [f] 音は後続音である [g] 音が鳴らされる時も実際には響いております。ですので譜例動画の方ではレット・リングで表しているのですが、パッと見では後続音へのスラーにも見えてしまいかねないので注意して欲しい点であります。

 レット・リングはこの音だけに付与しているのではありませんが、他のレット・リングの延音具合は先の音と少し解釈が異なるので、その辺りは追って後述します。


 それでは譜例動画に沿って解説する事にしますが、ドレミファ・インバーターを「楽曲」として捉えた時、テンポはどの様に推移しているのか!? という解釈はなかなか判然としない点であり、フリーなテンポであるカデンツァとしての解釈をする事も可能ではありますし、色々なソフトウェアに読み込ませてオーディオの状況を示す物は幾つかあります。

 私自身色々探ってみた所、最も釈然とするのが譜例動画に示す通り四分音符=109.0909という値がしっくり来るので斯様な解釈となりました。




 テンポ解釈(※ピッチ解釈とは異なる)として私が当初試したのは、Transcribe! や Hit 'n' Mix の Infinity 4.7に加え、AudioSculptでのIRCAM beatでの分析など色々試しましたが、最終的にはAudioSculptで部分音(パーシャル)分析でSDIFファイルに出力した後、OpenMusicにSDIFをインポートしてSMFファイルを作成。その後一旦四分音符=60上でのMIDIファイルを作成し、それをLogic Pro Xに読ませてbpm=60という尺にグリッドに対して無秩序に配置されるMIDIノートが上手い事「音楽的な」グリッドとしてテンポ置換できたのが先の数値であった訳です。

 これは偶然でもあったのですが、109.0909という数値が「テンキュー」とも読める事で京急の開発陣が 'Thank you' という意味を忍ばせているのであろうとも思えたので、この数値に確信を持ったという訳です。

 Infinity でのテンポ数値は私の録音した環境音を読み込ませると「162BPM」として表記されるのですが、上行順次進行のあの流れを見れば大凡そうした速いテンポではない事は明白であるので、テンポは参考にせずドレミファ・インバーター部分をMIDI出力および Infinity では大雑把であるもののピッチの揺れ具合をピッチ・ベンド・データ出力も可能な事に伴いそれをLogic Pro X に読み込み、外連味豊かな大雑把なピッチ・ベンド・データを編集し、それが今回の NI Massive の音として聴かれる訳なのです。

 尚、テンポ解析の為に AudioSculpt を使用したものの、AudioSculpt で可能な 部分音抽出→SDIF出力→OpenMusicインポート&SMF出力 という手順は踏まず単に AudioSculpt 上で視覚的に捉えた部分音の集合体をトーン・クラスター的に私が選別するという匙加減が介在しています。

 環境音に備わるノイジーな状況が単なるセミトーン・クラスターという風にもせずに間引きされたクラスタリングを反映させる為に、譜例動画での'Sculpture 1'パートではセミトーン・クラスターを表示しつつも'Sculpture 2'パートではトーン・クラスターの表記ではなく敢えて通常の符頭を用いて表記しています。

 その際、同度の本位記号と変化記号が併存する音があり、それらを上声部・下声部に分けて同度由来の音頭を表しています。

ですので、'Sculpture 2' の高音部譜表では上声部と下声部で [h・b] が併存しておりますし、同様に低音部譜表でも上声部と下声部で [g・ges] が併存して本位記号と変種変化記号が併存しているのは斯様な理由からであります。

 声部を分けずに書いてしまうと、先行する記号よりも後続の記号の方が勝ってしまう事となるので、注意して読まないとそれらが上声部・下声部に分けて書かれている事は峻別しにくいですが、あくまでも「併存」を意味しているのでご注意を。

 更に附言しておきますが、'Sculpture 2' パートに於て2拍目の各音符に振られているレット・リングは直後の後続音までの延音という意味ではありません。

 これらのレット・リングは、後続の3拍目で現れる十六分音符の歴時の音のデュレーション一杯々々まで延ばしていただきたいレット・リングですので、先述のレット・リング表記とは少々意味合いが異なるので併せて注意していただきたい点であります。

 1小節目の 'Sculpture 1' の高音部譜表下声部ではセミトーン・クラスター、つまり白鍵と黒鍵の両方を「隙間なくして」半音階のクラスターとして示される表記であるのですが、セミトーン・クラスターの部分は C5〜C6までに及ぶ半音階全ての音がクラスターとなっている必要があります。

 続いて、セミトーン・クラスターに随伴してクラスタリングの半音上方に追加される半音階であるにも関わらず態々上声部に [des] を付与している理由は、セミトーン・クラスターを上第3間まで伸ばしてしまうとセミトーン・クラスターの慣例的な表記では [d=D♮] までクラスターが及んでしまう為、それを [des] までで終えたい事に依る表記に加えつつ、上声部 [des] は下方のクラスタリングよりも「より器楽的」に鳴らしたい音である為こうした表記をしているのです。

 
 こうした「器楽的」な意味合いは、結果的に歯抜けとなる間引きされたクラスタリングでも、それが単なる「ノイジー」な集合体の音という風に鳴らされては困るのでQ幅の狭いパラメトリック・イコライザーを通過させて、適宜「器楽的」に聴こえる辺りの周波数のピークを作って鳴らしているのです。

 その注意書きとして譜例動画に明記した6種のフィルターとは、'Sculpture 1' パートにてパラメトリックEQを用いたセッティングにするという事を明記しているので下記の画像を併せて確認してみて下さい。

KQ-02-02PEQ.jpg


 174Hzと275Hzとの関係を「音程差」として見ると、275Hzから見た大全音×2(≒408セント=ピタゴリアン長三度)下方に174Hzがあると理解してほしい設定となり、174Hz自体が、A3=220Hzとは約406セント下方にある近傍値でもあるのです。

 加えて275Hzよりも半音高い周波数ポイントの自然七度上方に510Hzが存在する事となり、510Hzよりも1オクターヴ+50セント高い所の「増八度」として1050Hzが存在し、これらの周波数設定を斯様に施して初めて効果音としてのそれが際立つ様になるので是非ともお試しあれ。

 余談ではありますが、長三度音程はピタゴリアン長三度よりも純正長三度(≒386セント)への牽引力が強いのではないのか!? と思われる人もおられるかもしれませんが、純正完全五度を「Ⅴ(1Ⅴ)」とした時、その音程の4つの累乗「4Ⅴ」は702×4=2808セントであるので、その数値を単音程へ還元するならば2400セントを減じれば良いので「2808-2400=408セント」を導く事となり強固な五度共鳴の連鎖でその因果関係を強固にするのですから、一概に純正長三度の音脈に対して共鳴の強固な力が導いている訳でもないのです。

 扨て、'Sculpture 1' の音色設定としてはプリセット音色の 'Anti Matter Clouds' のADSRのパラメータとDELAYをカットしてポリ数を増やす程度の編集を施せば充分であるので、興味のある方はプリセットとの差異を確かめ乍ら設定してみて下さい。

KQ-02-01Sculpture.jpg


 音色設定としては 'Sculpture 2' も、プリセットの 'Air Machine' のADSR、DELAY、ポリ数程度を編集した程度にすぎず、レット・リング表記の音を3拍目拍頭の十六分音符デュレーションの終端まで採っていただければ再現可能であるので、このトラックにEQを施す必要は無いので再現するのは楽でしょう。

KQ-03Sculpture.jpg


 注意点として、'Sculpture 1&2' の各トラックは、設定したポリ数の最大値=16音を超えてしまっている為、これはLogic Pro Xのミキサー画面上でOption+クリックでインストゥルメント・トラックをドラッグ&ドロップすれば同様のセッティングが増やせるので、エフェクト・スロットのフィルター(PEQ)設定も同様にコピーすれば同一セッティングを増やす事ができるので、各トラックを上手い事半分程度に分散させて再生すれば宜しいかと思います。

 更に、NI Massiveを使った 'Additivmix I' パートは、このトラック名が示す様に、ひとつのオシレータに 'Additivmix I' を選択すれば良いので非常に簡単に再現可能と思います。ベンド量の設定に気を付けて微分音が示すセント値どおりに設定すれば再現可能です。なおセント値の増減値は、幹音からの値ですので、「-67」というのは幹音より1単位三分音または2単位六分音低いという事を示した数値という事になります。

KQ-01Massive.jpg


 2小節目の結句した増八度音の過程のビブラートの実際は、楽譜で示すそれよりも不正確に上下にずらしておりますので、あくまでも楽譜通りにきっかりに微分音を採らずに僅かな微小音程でのゆっくりとしたビブラートとして入力すれば宜しいかと思います。

 ビブラートのそれは然程正確さを期する必要はないので過程の音に破線スラーを充てているのです。唯、終止音の最後の方は僅かに高めで音が切れる様に尻上がりな感じにしてみて下さい。

 これらのトラックに対して、バス送りのリバーブを1つ用意します。BusトラックにSpace Designerをアサインする前段に下記の様にEQを挿入してHPFとして1ポール(6dBカット)の曲率0.71のカーブでカットオフ周波数1.2kHzに設定した上で、後続にSpace Designerを挿入して下さい。

KQ-04-01-HPF.jpg


 そうして後段のSpace Designerでは、「01 Large Spaces>07 Indoor Spaces>3.4s_Cathedral」のインパルス・レスポンスを選択した上で、下記画像の様にパラメータを設定して下さい。

KQ-04-IR_SpaceDesigner.jpg


 IRレスポンスのサイズを1.5倍に引き伸ばしてまで残響を稼ぐ理由は、前段のHPFでローカットを試みているからであります。《カットし過ぎではないのか!?》と疑心暗鬼になられる方も居られるかもしれませんが、プレート・リバーブの前段に挟むHPFのカットオフ周波数で1ポールの2.2kHzという設定とて珍しくありませんし憂う必要もありません。

 なぜなら残響とは、反射をしていない直接音が持つ複合音の最も低次の純正音程が最終的に残ろうとする姿が「残響」の姿なのである訳でして、最も低次の純正音程というのは直接音が持つ複合音の中に含まれるパーシャル(部分音)の「1:1」の音程比である訳で、これに準ずる様に残響として「残りやすい=響きやすい=共鳴しやすい」音程比は純正音程に準ずる事となる訳です。

 但し、直接音に対して間接音である残響音がエネルギッシュに響かれてしまうと音を濁らせてしまいますし、況してや直接音に対してプリディレイが短すぎると直接音を強調し過ぎてしまい、多くのアンサンブルに対しての残響となると不向きなのです。

 基本的に30ミリ秒未満のプリディレイというのはアンサンブルの少ない打楽器や、ソロ・スピーチに於ける子音の強調として残響音をやや多めに付与する事に有効な手段であり、直接音と間接音とのダブリングとして認識されない程度にハウリング防止として10ミリ秒程度のディレイを挟むことでハウリングを防止するという方策でショート・ディレイは功を奏しますが、楽音の中でのボーカルのそれに対しては母音が発せられる50〜60ミリ秒以上のプリディレイを、直接音に対してダブリングに聴こえない様にして施し乍ら、低次の部分音成分をカットさせて「薄く・淡く」かけるのがBus送りリバーブの重要なセッティングなのです。

 こうした背景からリバーブ前段のHPF挿入は非常に重要なものであるという事がお判りになると思いますが、Space Designer本体の 'Filter Env' を用いてフィルタリングを施す事も可能ですが、茲ではSpace Designer のパラメータをアレコレ説明するという主旨ではありませんので、そうした説明までは致しませんのでご容赦のほどを。

 
 扨て、今回の様な音響を複合音として解析して手軽に譜例として表す事ができるのはAudioSculptとOpenMusicばかりでなく、同じくIRCAMソフトウェアのOrchidsで次の様に瞬時にアナライズさせる事が可能なので、クラスター部分がどういう構造になっているのか!? という事を漠然と掴む事が可能でもあるので参考になれば幸いです。

KQ-OrchidsAnalysis.jpg


 耻し乍ら、私が最初にOrchidsを知ったのはまだまだ数年前の事でありまして、前身のOrchidéeを酒井健治さんから教えていただいた事に端を発します。

 同氏がOpenMusicを用いて元モーニング娘。の高橋愛さんのインタビューをNHKの番組で受けていた時のMacの映像として映っていたのがOpenMusicであった事を、当時のツイッターの遣り取りで教えていただき、その後Orchidéeを教えていただいたといういきさつがあった物でした。

 その後同氏は次に挙げる論文『エクリチュールの強度』(ベルク年報〔16〕2013-2015 p.57-58,68)でOrchidéeの使用をあらためて論述しており、同様に 'Automatic Orchestration in Practice' (Carpentier, G., Daubresse, E., Garcia Vitoria, M., Sakai, K., & Villanueva, F. (2012) Computer Music Journal, 36(3), 24–42 MIT Press) でもOrchidéeおよびその前身のソフトに関して詳述しているので、興味のある方は参照されたし。


 処で、なにゆえ環境音の採譜に拘るのか!? と疑問を抱く方も居られると思います。採譜に拘る理由は再現性の為という点に尽きるのでありますが、たとえ元の音が環境音であろうが器楽音であろうが西洋音楽の根幹にある物は地球上の何処に言っても入手可能なほどに普遍的な楽器を用いつつ音楽共通の語法(記譜法など)も用いて、楽譜に書かれる音以外の註釈などに基づいて指示通りに奏する事で「再現」が可能になるという事を標榜する物であり、その「再現」とやらが行われる度に全く異質な物であってはいけない程に拘ると言っても過言ではないでしょう。

 そうした西洋音楽の再現性の追求を世俗音楽と比較するならば、後者の「再現性」とやらは何とも寛容だと思いはしないでしょうか!?

 例えばスタジオ・アルバムとして録音された作品をライヴで聴く場合、使われる楽器や人に変わりが無いとしても出て来る音がスタジオ録音と遜色ない演奏という物に遭遇する事はまず無いかと思われます。西洋音楽の場合、勿論ホールの残響や楽器編成に加え、指揮者の意図するアンサンブル形成にて差異はありますが、再現性を重視した時のそれは世俗音楽とは比較にならない程忠実でありましょう。

 こうした厳格な取扱い方を知ると、再現性の為に許容される偶発的な要素が邪魔に感じてしまう様になり、幸か不幸か、こうした厳格な再現性を企てると瑣末な部分にも拘泥する様になるという訳です。

 また、そうした細かな要素も看過できない要素となる為、楽譜に示される情報は概して多くなって行くのも常であります。その表記の為には多くの記譜法のスタイルを体得する必要性が生じ、自身のスキルを高める事に貢献し、作者の個性が存分に発揮された楽譜の記譜スタイルに対応する事が可能となるのであります。

 翻ってDAWのGUI。例えばピアノロールにしても、開発メーカーやソフトが変わればインターフェースそのものは同じなのに見映えが変わるだけで異質な感じになってしまいますが、手慣れたツールをノートブック型のPCやMacBook片手に持ち運びさえすれば、世界の何処へ行こうが再現できるではないか! と宣う方も居られるでしょう。

 然し乍らそうしたDAW喚叫というのは悲しい物で、そもそも停電になったり電力が無ければお手上げです。

 GUIとして広く知られるピアノロールとてDAWやDTMが発端なのではなく、19世紀に練習用の為の紙のロールにパンチング穴が開けられており、それを再生する事でピアノが奏されるというオルゴール的な構造が発端なのであり、結局は西洋音楽由来の手法なのであります。

 この様な理由から採譜という行為に一定以上の重みを痛感するが故に、環境音を楽譜に如何にして反映させる事が出来るか!? という事への欲求の高まりがこうして表現されるのであります。

 とはいえ、ブライアン・ファーニホウの手法やスペクトル楽派に依る環境音などの採譜などと比較すれば足元にすら到底及ばないレベルではありますが、同時に音楽の愉しみのひとつとして採譜の妙味を味わっていただければ幸いです。

 尚、今回用いた記譜用フォントは、音部記号や基本的な部分(符頭や旗など)はTaneyev、臨時記号はEkmelos(早いもので、2020年7月下旬現在でバージョン2.10となっています)ですが四分休符のみSonataを使ってFinaleで編集しております。

 あらためて今回の採譜に最も役立ったのはAudioSculptでありますが、AudioSculptで複合音となる環境音の状況をパーシャル(部分音)解析をしてSDIF出力させた訳ではありません。あくまでも個々のパーシャルを視覚的に確認して分布を参照するのに留めております。

 参照程度に留めている理由は、AudioSculptに読み込ませるユーザー側の任意の設定具合にも関係しているものの、少なくともデフォルトでの 'Partial Tracking Parameters'(部分音分析用パラメータ設定の意.以下PTP)ではトラッキングを取りこぼしてしまう事は能くあるので過信はしていないという事でもあります。

KQ-AudioSculpt.jpg


 他方、Melodyneに同じソースを「ポリフォニック」のアルゴリズムを用いて分析させると、トラッキング精度は非常に高く表されております。尚、画像での赤くハイライトさせている音が前打音的に奏される [F4] の音であります。

KQ-Melodyne.jpg


 Infinityで読み込ませてみると、デフォルトの 'General' というアルゴリズムで分析させると矢張り感度が優れているのか、前打音として埋もれている [F4] に相当する音はきちんと捉えられております。

KQ-05-Infinity.jpg


 Melodyneと同様の分析をさせるには少なくともPTP設定ペイン内の 'Amplitude Threshold' を「-90dB」、'FFT Settings' 内の 'Fundamental Frequency'(下限周波数)を「20Hz」として分析させて、初めてトラッキングし損ねていた前打音的開始音が正確に現れて来ます。

KQ-AudioSculpt-PTP_setting.jpg


 すると、前打音の [F4] は2セント低い所から12セント低い所まで推移し、+2セントまで誇張したら-22セントまで下がっているという事が判りますが、この辺りは後続音の [G4] に埋もれている部分で変化しているので、茲まで再現する事はしませんでした(笑)。

KQ-AudioSculpt2.jpg


 斯様なソフトウェアの技術を使う事はあれど結局は、採譜者に依る感覚(=耳)の匙加減が反映せざるを得ないというのが正直な所です。

 例えばこれが、トーキング・ピアノとかで多くの部分音を必要とする様な音響ソースなのであるならば、先に挙げた様なソフトウェア群に全面的に頼る必要があるかもしれませんが、ソースによっては、それが器楽的にも聴こえる様な状況であればあるほど、器楽的に振った判断が必要なのかもしれないとあらためて感じさせてくれる実験でもありました。

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