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Mother Terra(KYLYN)のカウベルの部分音考察 [楽理]

 坂本龍一作曲の「Mother Terra」はアルバム最後の曲を飾るスローなテンポで、シンセ・パッドのクリシェが印象的なイントロでありますが、リフが希薄なので殆どが白玉で構成されている所が一般的にはウケが良くなかったりしたりする物です。処が、バッキングに用いられるシンセのフィルターの漸次変化やフェイザーなどを随所に用いて、特に渡辺香津美のギター・ソロの部分では巧みにシンセ・パッドのフェーダーをコントロールして抑揚を付けており、そういう意味では90年代に入ってからのハウス・ミュージックなどで試みられた、コード進行が希薄乍らも音色を漸次に変化させる手法のヒントになっており、学ぶべき点の多い楽曲であります。


 楽曲冒頭から使われているエレクトリックなカウベルを模した音のそれはショート・ディケイで施されている物の、どこかサイレンやアラートが都市の雑沓を避けた場所で共鳴しているかの様な、胸騒ぎがするかの様な不安感を伴う物悲し気なSEとして個人的には感じております。その「共鳴感」というのもドップラー効果を僅かに含んでいるかの様な共鳴感として捉えているのであります。

 扨て、カウベルという楽器を組成している「複合音」のそれは、純音でないが故に複合音とカテゴライズ出来る物の、器楽的な意味での「和音」という風に聴こうとするのは少々ひねくれた姿勢であろうかと思います。

 無論、どんな打楽器でも、その複合音に含まれる部分音の内、器楽的に聴こえる部分音を拔萃して聴こうとする事は可能ではあります。唯、打楽器はそれが器楽的な協和あるいは普遍和音(=長・短和音)を示唆してしまう様な組成では取扱いに難儀する物で、なるべくなら特定の音高がハッキリとしない方が望ましかったりする物です。

 特に私の場合、打楽器という音を組成する比較的大きく耳に付き易い部分音のそれが、曲の調性が持っている音組織7音の各音(=主音・上主音・上中音・下属音・属音・下中音・下主音 or 導音)の何れかに溶け込む事ができない音であれば使わないで欲しい、というスタンスで聴いていたりする物です。

 とはいえスネアが長調・短調のいずれの主音、上中音或いは属音にチューニングを合わせたり、共鳴を敢えて音組織に溶け込ませるチューニングも多々有ります。音組織からズレた類の組成法は結構難しい物でありますし、特定の部分音が耳に付く状況であれば却って楽曲の音組織のそれらから「調子外れ」の様にも聴かれる危険性があるので難しい所なのです。

 とはいえカウベルとて12等分平均律での12音全てが440Hzのコンサート・ピッチに合わせて用意されている様な状況は極めて稀でありましょうし、多くの場合はカウベルの「器楽的な」部分音を殺して(=減衰を早めて)使われる事が多いのではないかと思います。共鳴感を殺す為にカウベルにテープを巻き付けたりしてミュートするという方法を採られる方は少なくないのではないかと思います。

 処で、調子外れに聴こえさせない部分音で構成される複合音の在り方という事を考察するという意味でのカウベルは、その部分音は微分音が配合されている状況を確認するという事です。この様に考えると、《高がカウベル然れどカウベル》という事をあらためて実感させて呉れる研究材料である訳です。


 私にとってのカウベルを使った曲として最も印象的な楽曲はグランド・ファンク・レイルロードの「We're An American Band」でありまして、冒頭Aメロは《アムロぉ〜、ドボンです!!》にも聴こえてしまう訳であるのでついついニヤリとしてしまう楽曲であります。

We're-an-American-Band.jpg





 それにしても唄メロでのバッキングのギターの16分カッティングが絶妙に格好良い物でありまして、茲までストロークの速いキレのあるカッティングは、ソフト・マシーンのアルバム『Softs』収録の「Ban Ban Caliban」でのジョン・エサリッジに依るプレイと双璧を成す様な好プレイであると思える物です。







 扨て今回、カウベルに含まれる部分音の内、最も重要な部分音となる3音を抜萃して比較してみる事にしました。今回取り上げるのは「We're an American Band」と、トム・スコットのアルバム『Apple Juice』収録「Instant Relief」でのスティーヴ・ガッドのドラム・ソロの物。それらに加えてKYLYN(渡辺香津美)の「Mother Terra」という事で、この「Mother Terra」のみシンセで模した音という事になりますが、部分音を拔萃して適宜編集する事でどのように聴かせる事が出来るかという事があらためてお判りになるかと思います。

Apple-Juice.jpg






 ガッドがソロで用いるカウベルというのも結構十八番のプレイでありましたが、先の『Apple Juice』はトム・スコットのファンのみならず、スティーヴ・ガッドのドラム・ソロやマーカス・ミラーの32分音符を随所に鏤めたスラップ・ソロやドクター・ジョン聴きたさで所有している方が多かろうというアルバムです。エリック・ゲイルやリチャード・ティーもバックを務めているので、面子も結構な顔ぶれです。楽器を嗜んでいる方は特に必聴アルバムの一枚と言えるのではないでしょうか。



 それにしても、当時としてはレコードに収まっているスティーヴ・ガッドのドラム・ソロというのは非常に珍しく、教材とすべくそのプレイからカウベルだけを抜萃してしまうのはあまりに烏滸がましい程ではあるのですが、その辺りをご容赦いただいた上でドラム・ソロを耳にされたい方は是非ともアルバムを手に取って吟味していただきたいと存じます。


 それでは先の3種のカウベルの部分音を次の様に例示する事にしましょう。部分音はそれぞれ3つだけで構成されている訳ではありません。とはいえ主要な3つの部分音を用いる事でかなり似せる事が出来るという事で拔萃しております。

ThreeCowbells.jpg


 譜例の変化記号左横にそれぞれ数字が振られているのは幹音からのセント数です。1番はヴィシネグラツキー流のEkmelosフォント。2番はkh accidentalフォント、3番のEkmelosフォントで表記しております。

 これらの1&2番のカウベルの基本音は変ロ音(=B♭音)の近傍としてのカウベルを取り上げているのがお判りになるかと思います。3番の「Mother Terra」のシンセ・カウベルも変イ音(=A♭)の近傍を基本音とする類のカウベルを模倣し、楽音に溶け込まない様に工夫を凝らした上で微分音でずらしているという事が考えられるという訳です。



KYLYN-f2ed3.jpg


 例えばLogic Pro Xに標準装備されているソフト・シンセES2の3つのオシレータを用いて簡易的にカウベルっぽい音として以下にパラメータが判る画像を参考に設定してみて欲しいと思います。

ES2MotherTerra-Cowbell.jpg


 この様なパラメータで概ね原曲に似た感じになるかと思います。今回の場合は原曲に似せようとする物ではなく、カウベルの部分音の組成を折角確認できたのであるから、シンセ音をカウベルに更に似せる工夫を更に語って行こうと思います。

 ES2の先のセッティングに加えて、エフェクト・スロットにリング・シフター→チャンネルEQという風に接続していきます。そこでリング・シフターの設定例が次の通り。

Cowbell_RShift.jpg


 リング変調させる事で新たなる部分音の組成を狙った物です。リング変調の設定周波数は単に私の好みでこの様に設定しているだけの事で、スペアナを確認し乍らの物ではありません。とりあえずは、シンセでは足りない金属的な部分音の付与が目的だという事です。とはいえ三分音 or 六分音というのは自然七度の近傍を採るので、これだけでも充分な金属音的要素を含んでいるのであるものの、それに加えて非整数次倍音という部分音成分を欲するという事です。

 原曲のシンセ・カウベルは離鍵直前にピッチが僅かに下がる様にピッチ・エンベロープが施されている様です。オシレータ毎にエンベロープを設定しても作り上げる事が可能ではありますが、今回は冒頭でも少し語った様に、ドップラー混じりのサイレンの様な音を遠方から鳴り響いている様な共鳴感を出したいので、ピッチ・エンベロープに頼らずにEQを使いたいと思います。そこで次のEQの設定を見てもらう事としましょう。

Cowbell-EQ.jpg


 このEQ設定で特徴的なのは、Q幅が非常に狭いピークを3種用いているという所です。高域側に設定される2種のピークとしての1820Hzと1600Hzという周波数の幅は約223セントであり、長二度より1コンマほど僅かに高い中立音程を標榜している周波数の幅という事を意味します。この比較的狭い帯域で、いくらQ幅が狭い設定とは雖もこの様に設定すると概ね位相がズレます。リニア・フェイズならば位相のズレは起こりませんが、敢えて位相がズレる事を意図している為斯様な設定で良いのです。

 位相がズレているという事は僅かな遅延差を生じます。そうすると、その僅かな時間差に依って原音と混ざる事で強調される周波数と同時に相殺される周波数が生じる事になります。これで「遠鳴り感」を演出し易くなるので、位相のズレを積極的に活用するという訳です。

 それに加えてもう一つのピークがやや低域側にありますが、それが375Hzでのピーク。これは、カウベルの基本音となる部分音よりも僅かに低い方に作っております。基本音の下側の近傍に急峻なピークを作ると、本来鳴っていた基本音が飽和感を強め乍らピッチが下がるかの様な飽和感を含んで来るので、ピッチ・エンベロープで演出するよりも空気の飽和感として演出が利くので斯様な設定を施しているのです。

 ドラムでやると不快な感じになるのですが、器楽的な楽音の要素の高い打楽器の場合で遠鳴り感や飽和感を演出したい時には敢えて基本音の僅か下にEQで急峻なカーブを作る事で功を奏する事がありますのでお試しあれ。これに長めの残響を付与したりすれば、より物悲し気な状況を演出する事が可能になるかと思います。例えば空襲時のサイレンとか、そういう時の音作りにも役立つかと思います。