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空間系エフェクトを用いる時のちょっと一工夫 [DAW]

 今やMacではGaragebandが標準装備されている為より多くの人が音楽制作に臨める環境にあるのですが、何よりGaragebandの上位に位置付けられるLogic Pro Xというソフトの普及度の高さも群を抜いているのであり、GaragebandのみならずLogic Pro Xを用いている方も多いのですが、いかんせんエフェクト接続やらセッティングとなると音楽の実経験がモノを道うので、こうした経験に乏しいと途端に音を悪くしてしまいがちです。

 今回はYouTubeの方で、デチューン系統となる空間系エフェクトの接続・設定例の動画をアップしたので、そちらの動画の解説記事として語る事になるので、動画と平行してお読み下さい。





 空間系エフェクトというのは概ね、原音に対してデチューンという揺さぶりを掛けるタイプのエフェクトの総称であります。残響が付加されるというとディレイやリバーブのエフェクトを挙げる事が出来ますが、これらは空間を彩るも残響系エフェクトという風に分類される物でもあります。また、ディレイのパラメータにLFOという揺らぎを加えるパラメータが付加されている場合は、残響は固より空間系エフェクトとしても機能するのであります。

 LFO=Low Frequency Oscirator=低周波発振の回路を意味する物でありますが、この「低周波」が意味するのは、可聴帯域に及ぼさない下限帯域での低周波という意味なのです。電話を相手にかける際に「プルルルル……」という風にして400Hzのトーン信号が「震えて」いる様に聴こえますが、その震えは7Hzである為、この「低い」周波数は人間の耳の下限可聴帯域外である為に音とは認識できません。唯、「震え」として認識している訳です。ですので、信号上では400Hzと7Hzの2種類の信号が「鳴って」いるのですが、音として聴こえるのは400Hzが震えただけの音という事になる訳です。

 下限可聴帯域というのは16Hzとか20Hzとか研究者によって基準は様々ですが、音楽的用途でのLFOというのは概して最大値を20Hz以下の近傍に採る事が多いかと思われます。これ以上の周波数で発振させてしまえば「低い音」として認識してしまう訳ですから至極当然の事でもありましょう。

 リング・シフターおよびリング・モジュレーターというのは入力信号と自身の発振を加算するばかりではなく、下限可聴帯域外のLFOとして作用させる事も可能となっている事があります。次の曲は井上陽水の名曲のひとつ「Back Side」という物ですが、ローズに用いられているリング・シフターのそれは明らかに下限可聴帯域外からのLFOとして作用させた物であるのは明白です。



 ローズの場合、概してトレモロはステレオ・パンナーとして左右に揺れ動くトレモロ効果として用いられる事が多く、モノラルのトレモロというのはそれほど多くはないでしょう。但し、同じエレクトリック・ピアノ類であってもウーリッツァーの場合は、比較的速めのLFO(ローズのトレモロで用いられるLFOスピードと比して速い)でモノラルのトレモロとして用いられる事が多いかと思います。特に、次に例示する細野晴臣のソロ・アルバム『はらいそ』収録の「ファム・ファタール〜妖婦」での坂本龍一に依るウーリッツァーのそれは、速めのLFO(※概ね5Hzの近傍)でスタッカート気味に奏されているのがお判りでありましょう。



 空間系エフェクトの代表的な物は他にも、コーラス、フランジャー、フェイザー(フェイズ・シフター)、ピッチ・シフターなどを挙げる事ができますが、今回取り上げたいのはコーラス、フェイザー、ピッチ・シフターの辺りの応用例としての「デチューン」系としてのエフェクトの実例を語って行こうかと思います。

 
 基本的に「デチューン」をバンド・アンサンブルで得ようとする場合、最も効果が高いのはシンセサイザーやエレクトリック・ピアノで、次点でエレクトリック・ギターの音でありましょう。シンセの場合、それが3つのオシレータを用いる様な時は、ひとつのオシレータのピッチを標準位置にしておき、残り2つのオシレータをそれぞれ8セント位上下に振ります。そうする事で厚みが増し、特に鋸歯状波でこれをやればトランス系やEDMにはおなじみの、デチューンの掛かったシンセ・リード・サウンドを得る事ができます。ひとつのオシレータをセンターにし乍ら、上と下から同じズレ幅で挟み込むというイメージで音作りをすれば手っ取り早く得られますがこうした方法論は結構古く、インベーダー・ゲームや初期YMOの頃から既に方法論として用いられていた様です。

 そうしたデチューンの掛かったシンセ・リードのピッチのズレ幅は概ね144ETでの1単位二十四分音≒8.333…近傍辺りが目安となる事でありましょう。ざっくり言えば概ね「4スキスマ」というズレ幅を念頭に置いておけば宜しいのではないかと思います。

 扨て、1スキスマという単位は約1.955セントなのであり2セント未満という微小音程であるのですが、これは平均律完全五度と純正完全五度との違いでもあります。つまり、ギターやベースなどで隣接し合う弦の5フレットと7フレットのハーモニクスでジャスト・チューンで合わせてしまうと、夫々のハーモニクスは第次3倍音と第4次倍音であったので、2の倍数となる振動数の方は確かに合う物の、第3次倍音は平均律完全五度より1スキスマ高い訳ですから、5フレットと7フレットの隣接弦でのハーモニクスは1スキスマずれるという事になるという訳で、ハーモニクスでのチューニングは避けた方が良いと言われる所以はこうした所にあります。

 実はスキスマというずれをデチューンの側面から利用するのは非常に好ましい手段でありまして、例えばローランドの名機ディメンションDと呼ばれるSDD-320の1番のプリセットは上に1スキスマ、下に半スキスマ程のピッチでデチューンが施されております。且つSDD-320の最大の特徴はデュアル・モノラルとして非対称なステレオ・トレモロが利いており、概ね、先のデチューンに対して左右のLFO比が5:6として左右別々のトレモロが最終的にステレオで出力されると、SDD-320に非常に能く似たデチューンを得られる物であります。

 そうしたデチューンがどれほどの効果として現われるか!? という事を次に例示するシンセ・ブラスのフレーズを聴いてもらう事にしましょう。始めは延々とノン・エフェクトのシンセ・ブラスのフレーズが繰り返されますが、いずれエフェクトの効果が御判りになるかと思います。それと同時に確認してもらう必要があると思われるのが関連エフェクトのセッティングや接続例ですので、Logic Pro Xを例に語る事にしましょう。



 シンセ・ブラスはステレオ・ファイルとしてオーディオ1Trackにアサインされております。出力先はBus7という風に。挿されるエフェクトはAirwindowsのChannel5 [API] →コンプレッサー→Channel EQで、イコライザーの各パラメータは確認される通り。

 Bus1〜4は全てモノラルにして、各トラックに挿されるピッチ・シフターはBus1&2を各「+2セント」、Bus3&4が各「-1セント」として設定します。これらが示す様に、Bus1&2は1スキスマとしてBus3&4は半スキスマを標榜する設定値だという事がお判りになるかと思います。Bus1&2をそれぞれ左右にパンニングを振りBus3&4も同様に左右にパンニングを振ります。これらの左右に振ったパノラマ情報を他のトラックでも維持させるにはセンド送りの際に「インデペンデント」としてオーディオ・トラックでの設定に割り振っておく必要があります。

 そうしてこれら4つのBus1〜4のパノラマ感は維持される事になりますが、左に振ったBus1,3トラックは一旦Bus5へと出力先としてルーティングさせます。同様に、右に振ったBus2,4トラックはBus6へ出力先としてルーティングさせます。

 Bus5&6は、左右で非対称に動かすトレモロの為の物であり、上下に僅かにデチューンさせた音像を左右で不揃いのトレモロとして演出しないとディメンション効果は得られない為にこうした設定が必要となるのです。Bus5&6に挿されるモノラル・トレモロはAirwindowsのトレモロを使っておりますが、このプラグインの好い所は非常に細かいパラメータとして設定可能であるのです。

 扨て、通常のSDD-320の「1」でのセッティングは概して左右に5:6の振動比となるトレモロで設定しますが、今回例示するセッティングでは6:7という振動比になっている事がお判りになるかと思います。この辺りは左右不揃いであれば2:3でも好ましいと思いますので各自色々試されるのも良いでしょう。こうしてBus1〜4から通って来た信号は不等なトレモロとして処理され、その出力先としてBus7を設定します。無論この時もBus5&6のパンニングは左右に振っておく必要があります。

 こうして信号がまとめられてBus7に入力される訳ですが、画像のセッティングとは異なり通常ならばBus7の出力は「無し」を選択しておくのが望ましいと思います。このまとめられた信号の行方はどうせAux1で入力されて更にまとめられる訳ですから、最終的にはAux1にまとまるので、出力がパラレルになる必要はなくBus7の出力は「無し」としておくのが望ましいセッティングとなります。唯、今回は更に分化させる事を目的としている為、Bus7でも出力先を「St out」として選択しておきます。


 このステップで漸くAux1に全ての信号が纏められた事になります。Aux1に纏められた信号に対してリバーブやコーラスやフェイザーをパラレル・ルーティングとしてのBus挿しエフェクトを得る為のルーティング方法だという事がお判りになるかと思います。今回の例の場合シンセ・ブラスを基にしておりますが、これがエレピとなればデチューン以上にコーラスやらフェイザーなどのエフェクトを欲すると思いますので、それについても語っておきます。尚、余談ではありますが、今回のシンセ・ブラスの音にもデチューンに加えてコーラス、フェイザー、リバーブも例示通りのセッティングでエフェクトが掛かっております。

 10ccの「I'm Not in Love」のローズとかもコーラスやフェイザーが掛かっておりますが、原曲のローズ部分を能々耳を傾ければコーラスはミッドサイドのサイドのみに掛けられているという事がお判りでありましょう。

 ローズのこうしたエフェクトの実際としてあらためて考察すると、ローズそのものの音に対してコーラスは決して直列ではなく分離してエフェクトがかかる必要があり、それと並列にリバーブも附与される事が求められるとなると、Aux1にまとめられた信号からコーラス、フェイザー、リバーブというBus挿しエフェクトの重要さがあらためて判る事でしょう。



 リチャード・ティーに代表されるコーラス&フェイザーは、ライヴではどうか扨措きフェイザーは特に「エクスプレッション」的に付加される物なので、決して直列にコーラスとフェイザーが掛けられている訳ではない事は「Just The Two Of Us」や「Virginia Sunday」などを聴けば瞭然です。










 フェイザーをエクスプレッション的に用いる時、それが深めにボリウム・ペダルで踏まれると意外にもLFOスピードが速めの設定である事が同時にお判りになるかと思います。その辺りについては後ほど縷述しますので、先ずはコーラスのセッティングを語る事にします。

 こうした件を踏まえると、Bus8がコーラス用としてのトラックであるという事が重要であると同時に、「I'm Not in Love」の例の様にミッドサイドのサイドにコーラスが附与されている状況をも視野に入れれば、サイドにコーラスが掛かる様なセッティングを載せる事でより広く応用が利くかと思います。

 Bus8での接続順は、コーラス→EQ→Gain という風にしております。この際ミッドサイドのサイドという状況を作り上げるのはEQパラメータにあるプロセッシングのメニューから 'Side only' を選択する必要があります。加えて、その後段にGainエフェクトを挿入しており、そのパラメータとして左右の信号を反転し且つ右チャンネルの位相を逆相にしている理由は、こうしたミックスがモノラル再生された場合の事を考慮しての事なのです。

 コーラス系統のエフェクトでは多くの場合、左チャンネルに原音が振られて右チャンネルにエフェクト音が振られるという安直な疑似ステレオでステレオイメージを形成させるのがオーソドックスな手法として罷り通っています。再生される装置はステレオばかりではなくモノラル再生の場合もあります。その際元々の左チャンネルというのが優先される様に選択される事が多く、モノラル再生の場合大概は左右ミックスではなく左チャンネルを優先される事となります。そうすると、味気ないオーソドックスな処理のエフェクトはエフェクト音として処理されずに原音に近い素朴な音が聴かれる様になるのですが、エフェクトが大きなイメージを持っている時にこうした再生は却って制作側の意図に反した状況として耳に届く事になりかねません。

 これらの状況をとりあえず回避するには、あらかじめステレオ・ソースの時から左右を反転させておき且つ右チャンネルの位相を反転させておけば、右チャンネルに原音は位相が逆相となって届く訳です。この音が右チャンネル優先のモノラルで聴かれる時はエフェクト音が潤沢に聴こえる様になり、左右ミックスとしてモノラル再生される時は原音が逆相となっている為、エフェクト音の側にダブ付く原音のスペクトルが相殺されてエフェクト音として耳に届く事になるので、エフェクト感を維持した状況を維持する事が可能となる訳です。これらの配慮からGainを挿しているという訳です。

 また、空間系エフェクトでLFOをふんだんに用いている類の物を使う時視野に入れておきたいのが交流電源の周波数です。マイク録りの多い方は特に、その環境下での交流電源周波数を念頭に置くべきであろうと思います。実際に多くのオーケストラでは会場での交流電源周波数を熟知しており、照明や電圧変換などで生ずる高圧線起因のハムノイズなども視野に入れ乍ら、その周波数が演奏と馴染まない様にしてオーケストラのコンサート・ピッチを決める事もある位なのです。『ソニック・メディテーション』の著者ポーリン・オリヴェロスはそうしたハムノイズを「ドローン」として位置付け、楽音に必要または不要なドローンを分類した上で、それらに無頓着な奏者や、ドローンの発生有無を詳らかにチェックするそれを自著p.73に述べていたりします。

 50Hzと60Hzでは315セント程も違い、平均律短三度よりも僅かに広い物です。また東日本のような50Hzの方がより十二等分平均律の12音梯に近く靡いてしまい、それもコンサート・ピッチが440Hzであれば12ETに靡くのは35セント程開きがありますが、442Hzの場合はその差が狭まり27.2セント位になってしまうので、これは最早ピタゴラス・コンマに近い位なので、60Hzよりも50Hzは電源由来のドローンには気を付ける必要があるという訳です。

 とはいえ、DAW環境に於てよっぽどノイズの影響を受けたアナログ回路からの録音とかで無い限りノイズが乗る様な事など殆ど無いとは言えます。とはいえ何かしらノイズを蓄えているソースがある時、他の周波数との整数倍が誘引材料となって増幅してしまう可能性はあります。そういう意味でもコーラスやフェイザーを並列にかける時には直列にしなくても良いという選択は低域の揺れを忌避する為なのですから、環境下での交流電源周波数の整数倍で1極(6dB/1oct)のHPFを噛ませてやると良いと思います。

 日本の場合は50Hzと60Hzが混在している為、西と東との引っ越しで洗濯機など買い替えねばならない経験をされた方は少なくないとは思います。私の場合は東日本在住である為交流電源周波数は50Hzなのでありますが、米国のミックスを参考にする事が多いのでコーラスやフェイザーの並列エフェクトでHPFを噛ませる時は120/240Hzをカットオフ・ポイントにする事が多いです。視覚的には相当カットしている様に思えますが実際にはそれほど急峻ではないので、及び腰になる事なくこうしたエフェクトではHPFを噛ませた方が功を奏する事でしょう。メインのプレート・リバーブなど1極HPFで1kHz近傍でカットする事も珍しくはないのですから。リバーブのHPF噛ませについても後ほど語ります。


 Bus9はフェイザー用のトラックです。接続順はフェイザー→EQであり、こちらのEQではコーラスの時とは異なりステレオ全体で掛かる様にする為プロセッシング・メニューは 'Stereo' を選択しております。HPFは240Hzを1極フィルターでカットしておりますが、低域の蘞味がもっと欲しい時には交流電源周波数の母数を「2」とした時の「3」を採っても良いかと思います。即ち、この画像では一応60Hzを基準としているものなので、180Hzに設定しても構わないという事です。50Hzならば150Hzに設定するという訳です。


 Bus10はリバーブ用トラックです。エフェクトの接続順は先のコーラス&フェイザーとは異なり、EQを前段に挿します。その際EQのプロセッシング・メニューは 'Stereo' を選択しつつ、HPFは1極フィルターとして1kHzに設定します。「こんなに切っていいのだろうか!?」と思われる方も居られるかもしれませんが、リバーブというのは低域をカットしないと所謂「お風呂場 or カラオケエコー」になるので注意が必要です。

 そもそも残響とは、実音に備わっていた低次の倍音および基本音が長く残ろうとする物です。1極フィルターというのは1オクターヴ辺り6デシベル減衰という事の意味なので、人間の耳で感得する音量感は1オクターヴ辺り半分になるという感覚でイメージをつかんで欲しいのですが、1kHzを中心として2オクターヴ下=250Hz辺りとなると音量は半分のそのまた半分程度にしかカットしていない状況となります。もう一つ先の相貌となるオクターヴ下=125Hzでも更に音量感が半分となる状況ですから、低域に滞留する残響というのは、視覚的なカット幅とは裏腹に結構残る物です。加えて、こうした低域の滞留を防ぐ事こそがスッキリとしたリバーブを付与させる事の醍醐味でもあるので是非とも参考にしてもらいたい所です。

 また、残響というのは低域の滞留よりも、伸ばしたい音へ「リバーブ・テール」として尾っぽを付与させるかの様に付けるのが望ましいのであります。

 そうした事を勘案しても、ご覧のリバーブのパラメータを確認してもらうと判りますが、こうしたノウハウをご存知無い方からすればプリディレイ=89ミリ秒とは長過ぎるのではないか!? と疑問を抱きかねない事でしょう。ディレイなど25ミリ秒程度で十分にダブリング感を認識できる様になりますし、そうした不安を抱かれるのは私としても予測は付いております。ライヴ会場など90〜110ミリ位のプリディレイがあってもおかしくはない程です。プリディレイが大きく感じてしまうのは実音と遅れたFX音との音量差が乏しく、双方ともに「ゴツゴツ」という様なくびれを生じるが故に、このくびれの大きさをプリディレイが長いと錯誤してしまうのが原因です。

 たとえどんなにプリディレイが長かろうとも、実音が減衰して来た音に丁度よく遅れて来たリバーブ音が実音の減衰の陰に隠れ乍ら付与されるというのが理想的な状況なのであり、これが歌であるならば、子音を覆い被せる事なく母音が減衰を始める様な時に母音がほんのりと残響に強調されるように添加されるという風になるのです。子音に覆い被さる事なく母音に対して先行する実音の陰に隠れ乍ら遅れたFX音が添加されているという状況が、心地良いリバーブ・テールを生むのです。

 残響付加という発想とは異なり、非常に短いインパルス・レスポンス・ファイルにて音質変化を大胆に生じさせるという少々特殊な状況でない限りはメイン・リバーブとする残響のプリディレイはどんなに短くとも60ミリ秒を下回らない方が良いでしょう。これでダブリング感が大きいだのとケチを付けてしまうのはローカットをしておらず、残響成分が大きすぎる為に際立ってしまっている状況であるからです。このダブリング感を無くそうとするがあまりに実音とのプリディレイが短くなってしまうのはNGです。打楽器でも30ミリ秒を下回らない様にすべきでしょう。打楽器以外ならばどんなに短くとも60ミリ秒。且つ素数が好ましいと思います。

 ローカットのメイン・リバーブの例としてお手本にしたい曲にスティーリー・ダンのアルバム『Aja(彩)』収録の「Black Cow」を挙げる事ができます。CDタイム0:21〜過ぎからドナルド・フェイゲンのボーカルが入り、"In the corner" と唄われますが、"corner" の "-ner" での "-er" という母音部分に乗っかるスッキリとローカットされ乍らも長いリバーブ・タイムとして付されるリバーブ・テールの素晴らしさは絶妙な配合具合となっています。この部分を能く聴き取れない方は、オーディオ・ファイルを断片的にでもノーマライズさせたりしてゲインを稼いで母音部分にじっくりと耳を澄ませてみて下さい。これが理想的なリバーブ付与です。



 この手のなかなか消えないリバーブは、プレート・リバーブの中にあっても4秒以上を確保できるタイプの物でないとなかなかこうは行きません。ですので、長いリバーブ・タイムを持つプレート・リバーブを選択しつつ、ローはカットするという、これらの最低限の設定が行き届いた上でプリディレイをある程度長めに採ってリバーブ音を適宜設定すると、このようなミックスとなる訳です。中域の飽和感が欲しい時はスプリング・リバーブなどを用いてローカットを若干抑えて800Hz位からHPFを噛ませる様にすれば好ましいかもしれません。50〜60年代の様な古めかしい感じにしたい時にはうってつけでしょう。


 扨て、Bus7を今一度確認してもらう事にしましょう。本来ならBus7の出力は無しでも構いませんが今回の例ではBus7からのアウトとAux1とでのアウトという風に2系統にパラレルにダブらせて出力させています。通常ならBus7を出力せずにエレピなど、更なる空間系エフェクトでの工夫として適宜設定してあげれば良いのですが、茲のBus7にはエフェクトがスロットに挿入されているのはお判りかと思いますが、このエフェクトはオフとしてあるものの、エレピでステレオ・トレモロを用いたい時に使用する為のトレモロです。それというのもBus1〜6をひとまとめにした物がエレピとしての1つのステレオ・イメージなので、これ全体にかかるステレオ・トレモロが必要な時にはBus7に挿入してあげる方がベターなのです。

 但し、挿入されているトレモロ・エフェクトはLogic標準のトレモロではなく、bdpのフリーのプラグイン "HY-TP2" を用いております。こちらの方がステレオ使用時のトレモロとしての「キレ」があるので私は好んで使っております。AirwindowsのTremoloはステレオ・パンナーとしては機能しないので使い分けているという訳です。


 扨て、デチューン系エフェクトで微小音程を編集する際に1セント単位が大雑把という声は意外に少なくありません。1セント未満で得られるデチューンも勿論あるので、特に声をソースにする方は1セント単位のパラメータが粗いと感ずる様に思います。あとは、エフェクト音に依存しない類のアコースティック楽器をソースにする方の空間系エフェクト。恐らく1セント単位というのが矢張り粗いのでしょう。

 そんな方におすすめしたいのが、NI Reaktorのアンサンブルで急場を凌ぐという方法です。今回の例示ではReaktor5なので恐縮ですが、次に示していきたいと思います。

 次の様にReaktor内でインストゥルメントを設定しますが、Instrument -> Effects -> Pitch Shifter という風に選択します。

Capture6.jpg


 Shift をゼロに設定した上で、FineのLのツマミをクリックして、左メニューの 'Function' を選びます。画像内の様に設定すれば問題なく細かいパラメータを得られるのですが、重要な部分は 'Stepsize' を「0.0001」としつつ 'Mouse Resolution' を「10000」に設定すれば、1セントの小数点第四位まで編集が可能となります。

Capture7.jpg


 真なる狭義のスキスマとはピタゴラス・コンマとシントニック・コンマとの差で生ずる約1.9537セントを意味し、私が今回述べている1.955セントのスキスマは広義で多義性のあるスキスマであります。というのもフレット楽器を取り扱う読み手の人も少なくないであろうと思われるので敢えてこうした表現をしております。広義の方のスキスマも決して間違いではありません。音律の知識の上で厳密に取り扱いたい時は、両者の区別を厳密にしていただければ好いだけの事であります。

 扨て、スキスマの広義/狭義という解釈の違いで得られる音程差は非常に細かく、人によっては瑣末事にすら思えるかもしれませんが、こうした違いを厳然に取り扱う必要が生ずるのが人間の感覚の鋭さ故であろうと思います。

 そうした状況をひとたび勘案すれば、微小音程を編集可能なパラメータとしてはざっくりとした2セントを取り扱う事では心許なく、少なくとも「およそ1.955 or 1.9537セント」として採って編集可能である方がより近い値を得られる事となります。

 純正音程を取扱うとなると途端にこうした非常に細かい値を編集したくなって来るのは、やはり声を取扱う方が指向する様な、際限なくうなりを少なくしたいという純正音程への願望と合致する欲求だと思います。

 純正音程比は比率でこそ簡単な自然数で表されますが、1オクターヴを人間の御都合で1200等分した直線的な尺度から純正音程比を見つめると決して自然数として表されないので細かい少数の羅列を確認する事になる訳です。小数点第四位くらいまで微小音程を編集可能にすれば、これに満たない値を編集してもピッチ・エフェクトとしての再現性となる品質がパラメータのそれを埋没させてしまうと思うので、この辺りまで設定可能にすれば充分かと思われます。


 扨て、次は話題をローズ・エレピのエフェクトに変えて、先述した《リチャード・ティーのフェイザーはエクスプレッション的に使う》という事を例示する為に、YouTubeでは譜例動画で既にアップしていた「Virginia Sunday」を題材に、今度はリチャード・ティーのフェイジング・コーラスを考察するという目的で語る事になります。アルバム『Strokin'』収録で、これももう40年経つのですね。私も歳を取ったモンだと今あらためて実感しました(嗤)。


 本曲に限らずリチャード・ティーの代名詞となるのはローズに掛けられるフェイジング・コーラスでありますが、決してフェイザーとコーラスを直列に繋ぐ訳ではないという事が重要であるという事が数々のレコーディングでのプレイ実例を聴いても明らかなのであります。

 そういえばスティーリー・ダンのアルバム『ガウチョ』収録の「Glamour Profession」のローズのエフェクトもリチャード・ティー系のフェイジング・コーラスであります。フェイザーの低域はやや強めに出しているかと思いますのでおそらく120〜150Hz辺りでHPFを掛けているのかもしれません。



Gaucho.jpg


 フェイジング・コーラスを用いる上で重要な点をあらためて語りますが、コーラスとフェイザーの信号が並列である事は固より、フェイザーの掛かり具合をボリューム・ペダルで調整するというエクスプレッション・ペダル的動作に於て、ボリューム・ペダルを絞りきってもゼロにはならぬ様にしたエクスプレッション・ペダルとして機能させるのが最良であるといえるでしょう。また、こうした一連のエクスプレッション的動作で、音量(ラウドネス感)が著しく変化が起きてしまう状況は、ローをカットしきれていない事が大きな原因となります。そういう意味でもフェイザーをパラレルにかけた時のHPFに依るローカットの重要性をあらためて理解して欲しい所です。

 同様にして、フェイザーが最大量で掛かる時のラウドネス感と最少の時の音量差が著しく変動してしまうのも避けなくてはなりません。ですので、フェイザーの掛かり具合を完全にゼロとしないのも音量差を極力無くす為の工夫でもある訳であるのですが、基本的にエフェクト側の信号の低域はカットする必要があろうかと思います。コーラスのエフェクト側の信号も低域はカットした方が功を奏する事は言わずもがな。

 エフェクト黎明期の頃、ペダル・エフェクターが主流であった頃重視されたのは並列接続くらいの物で、低域カットの方は卓(=PAコンソール)任せであったろうと思います。DI(=ダイレクト・ボックス)を介する以前に並列にして、原音(トレモロ・エフェクトはこちらに掛かる)用の信号の後に並列に分岐させ、コーラス用の信号およびフェイザー用の信号と3つに分岐する必要があります。その上で全体のボリューム・ペダルとしては別に、フェイザー用のペダルが必要となるのがリチャード・ティーのフェイジング・コーラスを作る上で重要なセッティング(ルーティング)となると思われます。


 譜例動画での「Virginia Sunday」で施したエフェクト・ルーティングは次の通り。デチューン系エフェクトで詳悉に述べた設定を勘案していただければ、こちらの意図もお判りいただけるかと思います。デチューン系のそれに用いた設定と少々異なる所は、ピッチシフトを1スキスマよりも大きく採り乍らコーラスも合わせ技としている所です。加えて、ピッチシフトの側のローカットは低域を若干維持させてカットオフ周波数を120Hzにしており、コーラスでのカットオフ周波数は200Hzという所は注意をされたい所です。

Phase-Chorus_RichardTee.jpg


 Bus1に纏めて、このトラックのスロットにステレオ・パンナーとしてのトレモロを挿入しても良いかと思います。そうしてBus1を更に纏めたAux1では、リバーブ用トラックとしてアサインするBus6へ送るという事です。この際プレート・リバーブに噛ませたHPFのカットオフ周波数は960Hzという所と、プリディレイを87ミリ秒としている所が異なる点でありましょうか。


 扨て、譜例動画の「Virginia Sunday」の冒頭の拍節構造は原曲の構造とは微妙に異なっております。原曲の拍節構造は次に示すリズム譜の様になっているのでありますが、リチャード・ティー自身も多くのライヴ・テイクでは原曲の拍節構造は統一せずに崩して弾いており、原曲のイメージを守るべくはヴォイシングの方である事が判ります。そういう意味で私も敢えて拍節構造をいじって譜例動画のデモを作ったという訳であります。

Virginia-MetricStructure.jpg






 譜例の拍節構造から見えるそれとは裏腹に、冒頭1小節目での高音部の付点二分音符のそれが示している様に、長音ペダルを踏みさえすれば付点二分音符を歴時通り目一杯打鍵する必要が無い事はお判りになる事でありましょう。こうした書き方はピアノ楽譜では能くある事なので、こういう書き方もあるのだという風に理解していただければ幸いです。

 付点二分音符が示すそれは、高音部の下向き連桁の拍節構造のそれとは「別の構造」という風に聴かせる様に工夫する必要があり、それが4拍目で結句する様なフレージングとして《3拍分息を吸ったら4拍目で息を吐く》という様な呼吸感を生ずる様な抑揚を、拍節構造のそれとスラーから読み取って欲しいのであります。

 コード面では特筆すべき部分は無いのでありますが、12小節目での「C♭7→C9」というコード進行に於ける先行和音「C♭7」は、ドミナント7thコードが解決する類のそれとは異なる経過和音としてのパラレル・モーションであります。更に前の先行和音「Gm9」から素直に下方五度進行を採って「C9」に入れば自然なドミナント・モーションなのですが、ドミナント・モーションの間に経過和音を介在させているという訳です。それが先行和音「Gm9」からの同種のコードでの「Bm某し」とするのではなく、解決先のコードのドミナント7thコードでパラレル・モーションとして経過和音を充てているのが非凡であるとあらためて思うのであります。さりげない装飾に聴こえますが、注目すればするほど良さを感ずる装飾であると思います。

 14小節目ではGm7(♭5)に対して後続の [as] がアンティシペーションで入って来るので実質的には「Gm7(♭5)/A♭」という短二度ベースという、極めて絶妙なハーモニーを生じているので是非とも注目して欲しい所です。このさりげなさが素晴らしいと思います。

 コード進行の和やかな呈示の前についついエフェクトの方を忘れてしまいそうですが、斯様な例を元にあらためて空間系エフェクトの妙味を味わえていただければ之幸いでございます。