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ディミニッシュ系和音から見るジョージ・ベンソンの「Mimosa」 [楽理]

 今回はジョージ・ベンソンの楽曲「Mimosa」を取り上げる事にしますが、YouTubeには既に「Mimosa」のイントロを挙げているのでお判りの方もご存知かと思います。イントロ部を楽理的に縷述する事になりますが、その前に述べておきたい事が幾つかありますので、先ずは「Mimosa」の別ヴァージョンについて語る事に。

 私が今回YouTubeにアップしている「Mimosa」の譜例動画デモは、ジョージ・ベンソン&アール・クルー名義のアルバム『コラボレーション』収録のイントロ部を抜萃した物です。



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Mimosa / George Benson & Earl Klugh



 処が本曲は、アルバム『コラボレーション』以前の1982年にジミー・スミスのアルバム『Off the Top』に参加するジョージ・ベンソンが提供しているヴァージョンがあるのです。

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 ジミー・スミスの方の「Mimosa」では、譜例動画で拔萃したイントロ部分のコード進行を聴く事はできません。冒頭はFm9→F△9の2コード・パターンのイントロであり、これは後年の『コラボレーション』でのヴァージョンではブリッジ部として改変している様であります。

 加えてジミー・スミスの方のテイクではアンサンブルの和声感も希薄な所に加え、ジミー・スミスが弾くオルガンの音は3倍音&6倍音(どちらも単音程還元位置では完全五度)が際立っている事で、和声感が希薄な所に加えて主旋律は五度上の音を随伴させて来るので、モーダルな所に平行五度オルガヌムを聴かされている状態にもなり非常に和声感を掴みにくい物となっているので、和声的イメージを作者の意図する様に掴むのは難儀するタイプの曲であろうかと思います。




 幸か不幸か、私の場合は『コラボレーション』リリース後のアナクロニカル・ブームの頃にジミー・スミスの楽曲の存在を知ったのでイメージが掴み易かったのですが、ジミー・スミスの方から先に耳にしてしまう方は和声的イメージを掴む前に棄却してしまいかねない、それほど和声感が掴みにくいアンサンブル状況であるので評価が分かれてしまう曲であろうかと思います。

 というのも、ジミー・スミスの方の「Mimosa」は、ジミー・スミスがメロディーを執ってジョージ・ベンソンがバッキングでコードを弾くのが最初に現われるのですが、ジョージ・ベンソンのバッキングでのコードの採り方が希薄である為、曲のハーモニー構造を掴みづらいのです。ジョージ・ベンソン自身は作者である為、どれほど音をオミットしようとも和声感は脳裡に充溢している筈なのですが、残念乍らそれを最初に呈示されてしまうと聴き手としては辛い所があります。

 とはいえ、2回目のリフレイン時にジョージ・ベンソンがメロディーを執る時のジミー・スミスがバッキングに回ると、和声感は遉に達成される事となり、ここを聴く事で初めて本曲の魅力が伝わるのです。とはいえ本テイクでは『コラボレーション』版に表われるイントロのコード進行は現われないので、あちらの様な感動を得られないのが辛い所でもあります。唯、聴き込んで行く度にこの曲の和声的構造を掴める様になるので、ジミー・スミスのソロの所に差し掛かれば相当イメージを掴めておられる事でしょう。

 
 こうしてジミー・スミスの方の先例を踏まえつつあらためて後年のヴァージョンである「Mimosa」のイントロのそれに注目する事にしますが、何せ興味を惹き付けて已まないのが冒頭のコード「Gm11(♭5)」というのは珍しい表記となる物でもあります。コード表記が珍しいというだけではなく、その響きの素晴らしさに圧倒させられてしまうという所が素晴らしいのであるのは言わずもがな。

 加えて、このイントロの良さはグレッグ・フィリンゲインズのプレイが無ければ茲迄巧みに聴かせられなかったかもしれません。ドナルド・フェイゲンの「愛しのマキシン」のイントロを彷彿とさせてくれる両外声と内声を巧みに絡めて来るヴォイシングの妙味のそれに似る特徴的なプレイです。
 

 ジミー・スミスのそれがアルバム・リリースは1982年だったという事を考えれば、82年というオーバーハイムやプロフェットのシンセ・サウンドが席巻していた様な時代にあって60年代後半の様なあの音作りにあらためて驚かされるのでありますが、後年の「Mimosa」はパッド系のピアノ・サウンドなので、アナクロニカルな音を好む保守的な方からすればついつい忌避したくなる音であるのは否めません。私自身、普通にローズかアコースティック・ピアノで弾いて欲しかったという思いがありますが、譜例動画のデモは一応原曲を踏襲しております(笑)。譜例動画のデモはスタインウェイ + Wavestation + DX7 の3つをミックスしている物で、スラップ・ディレイに加えてバス送りのプレート・リバーブのプリディレイを103ミリ秒という風にして遣れば、大体こんな感じの音になってくれる物です。


 扨て、瞠目すべきコード「Gm11(♭5)」ですが、本曲はヘ短調(=Fm)を基としているのでありまして「Gm11(♭5)」が示唆するモードというのはⅣ度調のメロディック・マイナーなのであります。つまりB♭メロディック・マイナー・モードを喚起しているという訳なので、Fマイナーから見ると短調上中音=♭Ⅲが♮Ⅲに変じているという事になる訳です。これが冒頭で現われているという事は、マイナーの世界をメジャー側から聴かされている様ですらある訳です。

 加えて、変化和音(=減和音か増和音または、長和音&短和音以外のコンポジットなコード)を基にしている重畳しいコードの類というのは概して、その根音の三度下方に和音の本体があるのではないか!? という風に類推が可能でもあるので、変化和音系統の重畳しい和音(※往々にして九度音以上の音を持つ変化和音)というのは疑ってかかり乍ら分析する事が適切でありましょう。概してドミナント7thにテンションを纏ったコードを類推する事が出来る事でしょう。

 とはいえドミナント・コード系統の類推を見付けたとしても、その類推した根音がアンサンブルの実際としては存在しない状況であるならば、その類推を真相かの様にして変容させてまで曲解する必要はありません。そういう意味で「Mimosa」のイントロの「Gm11(♭5)」は、その三度下方に「A♭7(9、♯11、13)」を見付ける事は可能ではあるものの、アンサンブルの実際にA♭音の存在は無いのですからコード表記は晴れて「Gm11(♭5)」として成立する確証を得る事になるのです。

 そうして次の譜例を確認していただければあらためてお判りいただけるかと思います。つまり「A♭7(9、♯11、13)」という風にA♭音のみグレーとして表わしたコードを類推可能ではある物の、曲の実際にはA♭音の存在など無いので、その類推は単なる曲解であり虚像である訳です。ですので大手を振って「Gm11(♭5)」の体を名乗る事が可能となるのです。コード表記として遭遇する機会が少ない物に対して概して及び腰になってしまいそうですが、ハーモニー状況をきちんと分析するだけで正答を得られる訳ですから正しい側が萎縮してしまう必要など無いのであります。

 私の阨い音楽観を基準にしてしまって恐縮ですが、私は本曲以外に「Gm11(♭5)」の響きを耳にする事のできる曲を他には知りません。

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 折角の機会なのでディミニッシュ・コード系統の拡張的な例を挙げてみようと思いますが、シャイエ著『音楽分析』94〜97頁辺りでも述べている様に、

《見かけ上で七度和音に見えるものの中には、実際には根音を欠いた九度であるものが多い》

という風に述べている点はあらためて注目すべき一文でもあります。無論、凡ての例に当てはまる事ではないのでありますが、単音程内で収まる三度堆積型のコードという物は一旦の充塡の上限を見る物であるので、複音程に備わっている9・11・13度音という和音体系を見る時、それが13度和音となっている状況なら別として、九の和音や十一の和音の状況というのは充塡可能な状況として和音の類推が可能である事から、下方三度にあるべき音を欠いた状況である場合も考慮に入れた上で和音の正しい姿を捉えなくてはならないという事はシャイエの言葉と共に念頭に置いておかなくてはならないと思いますし、コード表記としてもあまり目にしない類の表記というのも疑ってかかるべきなのであります。

 可能性として減三和音に七度・九度音が附される凡ゆる状況を列挙するとなると次の様なコード群を導く事が可能となります。

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 コード・サフィックスとしては見馴れぬ状況の物が増えて来る様になりますし、これらのコードは結局の所、某しかのオルタード・ドミナント・テンションを纏ったドミナント7thコードの断片として用いる事になるのですが、ドミナント7thコードが齎してしまう後続和音への「予見」が強く作用しない事を逆手に取って用いるというメリットがある訳です。

 稀な表記を逆手に取りレア・ケースとなるモード・スケールを呼び起すとすると、①のコードはFルーマニアン・メジャー・スケールの5番目のモード・スケールを類推する事が可能となりますし、②のコードはB♭ハーモニック・ナポリタン・マイナー・スケール(※オクタトニック・スケール)の3番目のモード・スケールという風に見る事も出来ます。

 ③は西洋音楽界隈でも「減五度上の九度」として用いられる物で、シャイエ著『音楽分析』でも使われている物で、ウォルター・ベッカーのアルバム『サーカス・マネー』では頻出するコードでもあります。旧くはシューマンの使用にも見られますし、パット・メセニーも愛用するコードであり、主にメロディック・マイナー・モードを能く使う人が用いているコードです。

 ④は「長調導音九」とも呼ばれ、矢張りシャイエ著『音楽分析』でも紹介されている物です。このコードは『Mimosa』のイントロの6小節目「Gm7(♭5)」上で、先行小節の [as] の短九度が掛留する事で、ハーモにー全体として、ハーフ・ディミニッシュ上の短九度として聴かれますので、その辺りもあらためて確認して欲しい所です。

 ⑤はA♭ルーマニアン・メジャー・スケールの3番目のモード・スケールとなります。減七の上に長九度を聴くタイプのコードとなるのですが、このコードに限らずジャズのオルタード・ドミナント・テンションに耳馴れた方なら、下方三度にA♭音を措定した上でのオルタード・ドミナント7thコードを類推してしまう事でしょう。然し乍ら、そうした世界観に導かれる事なく「特殊な」世界観を保ちたい時にはA♭ルーマニアン・メジャー・スケールを想起する事が可能なのですから、ドミナント・コードの引力に負けじと旋法性を強く押し出す為に必要な側面であると私はあらためて強く信じて已みません。

 ⑥は「短調導音九」としてシャイエ著『音楽分析』でも紹介されている物です。減七上の短九度を纏っている事で、音楽的にはこのタイプのハーモニーに最も頻繁に遭遇しやすいのが実状ではないかと思います。

 ジャズ/ポピュラー音楽界隈の体系では減和音に附される短九度をアヴォイドとして忌避するかの様に取扱いますが、そもそも減和音という和音の特性を鑑みれば、機能和声的な振舞いとして減和音は後続に「協和」を求めているのでありますから、減和音に対して不協和音程と為す短九度が附与されようともそれは不協和度を更に強める乙張りを強調する事にもなる訳で、総じて忌避すべき音ではない訳です。基本と成る減和音あるいは減七やハーフ・ディミニッシュという和音の響きを短九度を附与すると疏外させる事になりますよという事でしか無い訳であり、決して尻込みする必要は無いと私個人は感じております。

 況してや、生硬な響きを求める事が多いジャズ・シーンが、基底に備わる和音の響きの疏外感ばかりを憂いてしまう様では、なぜジャズをやろうとしているのか!? という事すら問われかねません(笑)。


 取り敢えず茲から「Mimosa」の譜例動画部分について語る事としますが、先述した様にイントロ冒頭「Gm11(♭5)」のハーモニーの醍醐味は本曲がイントロを新たに用いた事に依り更に魅力を増したと言っても過言ではないでしょう。一応4拍目拍頭には [es] という「♭13th」音の逸行音を確認する事ができるので、モード・スケールを確定する事が可能となります。何れにしてもB♭メロディック・マイナー・モードという状況である事は周知の事実である訳ですが、本曲の原調はFm=ヘ短調であるにも拘らず、B♭メロディック・マイナー・モードのⅥ度を用いて来るというのは実に非凡な物であります。

 2小節目はヘ短調のⅤ度であり、そこにオルタード・テンションが附与された状況となる訳です。1小節目に於て「Gm11(♭5)」の長九度音= [a] が響いていた事を鑑みれば、アウフタクトを採って [as] と変化した事に依って、ジミー・スミス版で顕著だったイントロの「F△9→Fm9」という長・短を混淆とする乙張りを、別のコード進行に於ても余薫として持たせているという狙いがあらためてお判りになるかと思います。

 つまり「F△9→Fm9」に内含する [as - a] という特徴的な増一度進行を別のコード進行でも用いる事で、こうした非凡なコード・ワークを堪能する事となる訳です。

 3小節目での「Fm9」は特に述べる事はありませんが、4小節目の先行和音として「Fm69」と変じる事を見れば、先行和音の7th音 [es] から後続への [d] という短二度進行を持たせようとして6th音に変化させている事はお判りかと思います。この [d] 音を掛留にした上で、後続に「E♭m△7」を置くのですから是亦非凡なテクニックであります。

 実質的にはハーモニー全体として「E♭m△9」を聴かせている訳ですが、このコードの第3音として内含する [ges] が原調のFマイナーから見て「♭Ⅱ」として作用する所が非凡な所なのです。

 通常、マイナー・キーが局所的な移旋で嘯かれて「♭Ⅱ」を生ずる時、それは概してマイナーからフリジアンに嘯かれる状況となるので、「♭Ⅱ」上に生ずるコードは「♭Ⅱ△7」となります。Ⅰ度から見た時の「♭Ⅱ」として、それがフリジアン・モード上の「♭Ⅱ」となる時のそれをフリジアン・スーパートニックと呼びますが、フリジアンの変形であるアンダルシア進行のひとつでもあるスパニッシュ・モードも「♭Ⅱ」は頻出する事になります。

 そうした「♭Ⅱ」の派生的な世界観のひとつとして捉えられる「Mimosa」での「♭Ⅱ」は、ドリアン♭2というモードを想起する必要がある物です。メロディック・マイナー・モードを取扱う際は能く見るモードとなります。とはいえドリアン♭2のモード・スケール上のⅡ度を「ドリアン・♭2スーパートニック」という風に私は呼んだ事はないので、フリジアン・スーパートニックとしての「♭Ⅱ」との混同は避ける意味で「○○スーパートニック」とは呼ばない様にしておこうと思いますが、派生種である事は間違いないのでその辺りは念頭に置いていただけると助かります。


 そして5小節目「D♭△7(13)」と進みますが、譜例動画デモのアップ当初はコード表記を「B♭△7(13)」としてしまっていたのは不徳の致す所です。まあ抑もが本曲のテンポを「Moderato assai」とするのもどうかと思いますが、その辺りは見逃してやっていただきたいと思います(嗤)。

 ヘ短調の短調下中音=♭Ⅵを明示した所に、調的な情感の深みを醸し出そうとしている意図は明らかでもあります。平時なら♮6thを用いる事の多いジャズ界隈に於て♭Ⅵの明示は相当な思惑が孕んでいると思います。そうして [as] は後続6小節目へとアウフタクトを採って、6小節目での「Gm7(♭5)」上で短九度が掛留されている事となります。そうして後続の「C7(♯9)」へと続いて7〜8小節目の「Fm9」のトニック・マイナーへ結句としているのであります。9thと短三度との短二度を内声でぶつけている所も実に味わい深い情緒であると思います。9thは声部重複させての事ですからこうした点も注目すべき点でありましょう。


 この様に、「Mimosa」の曲調としては短調の世界観が非常に重要な物ではあるのですが、その世界観に揺さぶりをかけて更に深みを増して彩っているのは寧ろ長調(=同主調)の音脈でもある訳です。同主調の長・短という世界観の断片を仄かに混淆とさせつつ、多様な音楽観として聴き手を好い意味で蹂躙しているとも言えるでしょう。長調の世界観を利用しなければ単に重苦しく響くだけの世界観の様に聴かれるかもしれません。

 YMOの「Technopolis」とて、コード進行は長・短を混淆とさせるそれ(Gm→G△×2 Dm→D△×2)を思い起こせば、「Mimosa」のジミー・スミス版でも顕著であった「Fm9→F△9」は似たフェーズの物でありましょう。

 前回のブログ記事を思い返していただき乍ら本記事を読んでいただければ、その乙張り感が齎している意味をご理解いただけるかと思います。