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メトリック・ストラクチャー [楽理]

 今回のブログ記事タイトルを訳すと「拍節構造」という意味であります。小節線や拍子に括られる事のない特定のリズムの断片でもあります。4/4拍子にて8ビートを3:3:2のパルス構造でリズムを刻む事は多いと思いますが、小節線や拍子構造(=この場合は4拍子)の平滑なパルス構造とは異なる構造が先の3:3:2という拍節構造となっている訳です。

 こうしたメトリック・ストラクチャーというのは殊に記譜上に於ては連桁で括る/括らないという風にして表記されると特段の意味を持って来る物でありまして、楽曲の持つ拍節構造=メトリック・ストラクチャーを見抜き乍ら楽譜に起こし、その構造を楽曲が持つ「呼吸感」の様に捉えて奏するのが重要な事であると言えるでしょう。ポピュラー音楽系に稀に変拍子(=混合拍子)が生ずる時など、その拍節構造には無頓着で、単に楽譜浄書をする側の簡便的な都合が優先されてしまって拍節構造とは無関係な連桁が充てられていたりする楽譜に遭遇する事も珍しくはありません。

 また、ポピュラー音楽界隈の雑誌上で載せられる譜例でも、配慮に欠けた拍節構造になっている事も珍しくはありません。4/4拍子であるならば8分音符の連桁は何が何でも4組の連桁を貫いてみせたりなど、嘆息してしまう事も少なくないのが実際です。

 民謡・童謡・唱歌などの中には、歌詞のメトリック・ストラクチャーが自然すぎて、実際に譜面に起こしてみたら物の見事に変拍子の曲だったと瞠目させられる楽曲は意外にも多い物です。日本語の場合、「モーラ」としてのパルス構造が明確なので、文字組版レベルで言えば日本語はまさに「原稿用紙」状態の均一なベタ組みでリズムを刻んでいる言語であるとも言えるでしょう。

 そうしたリズム構造の細かな側面を勘案すると、楽曲に用いるリズムを更に巧緻化させて複数の異なる拍節構造で構築されている楽曲に遭遇した時あらためて実感できる事でしょう。


 ドラムが1拍3連を刻み、ベースが16分音符を奏し、ギターが1拍5連のフレーズを同時に弾いたとします。こうした状況のアンサンブルを俯瞰すれば、夫々の拍節構造は拍頭しか重ならない構造である為もつれ合うかの様な音が期待される事になります。この様な複数の異なる拍節構造がまとまっている状況をポリメトリック構造と呼ぶのでありますが、ポリメトリックはもっと多様であり、特段連符を用いる事がなくとも異なる楽器パート毎で異なる拍節構造がまとまっていればそれもまたポリメトリックなのであります。

 Perfumeのヒット曲「ポリリズム」というのは、主となるドラムが '4 on the floor' をキープし、唄の部分が8分音符×5つ分のパルスを「ポリリズム」という言葉を各パルス(モーラ)を充てて強行している構造であり、ポリメトリック構造である訳です。
 


 私が既にYouTubeに譜例動画をアップしているスタンリー・クラークの楽曲「Campo Americano」がありますが、この譜例動画を確認していただければ、動画冒頭は原曲の13小節目からの物であるというのを明示しつつ5/4拍子からAテーマが開始されるという事がお判りいただけるかと思います。







 この5/4拍子で開始される小節で先ず注目してもらいたいのが最上段のテナー・ベースのパートであります。私はこのパートを決して四分音符×5という構造では書いておりません。楽曲の持つ拍節構造をそのままに照らし合わせて書いた物なので斯様な【2:1・2:1・1:2:1】という拍節構造になるのであります。

 エレピのパートもこのテナー・ベースに随伴させる様な拍節構造に準ずる様に書いており、ベースも概ねその拍節構造に準ずる様な形で書いておりますが、これらの拍節構造とは一寸異なるのがギター1の部分であります。

 ギターのカッティングは四分音符を明示して書いているのがお判りになるでしょうか。つまり、ギターは四分音符×5という拍節構造を伴って弾かれていると解釈すべきだという私の思いがこうして楽譜に現われており、5/4拍子とは莫迦正直に捉えれば単に四分音符×5つの拍子にしか過ぎませんが、各パート間に具備されるポリメトリック感を楽譜上で表わしたいが為に採った記譜なのであります。

 こうした状況を理解に及べば2小節目での5/4拍子というのは更に押し進んだポリメトリック構造になっている事があらためて判る事でしょう。2小節目のテナー・ベースは連桁の連結/分断が示している様に【2:3・1:2:2】という構造にしており、この細かな拍節構造をエレピが包括する様にして八分音符×5つ分の拍節構造で括る様にして弾かれ、ギターはそれらに随伴する形で5/4拍子の構造からすれば単に移勢(シンコペーション)が現われる様に弾かれており、ベースも5/8で採った拍節感に成っているのであります。

 仮にこうしたポリメトリック構造を原曲の演奏の現場にて態々楽譜で明示する事がなかったとしても、演奏の実際としてこうしてポリメトリック感を演出しているのは確かなのであります。こうした楽曲の素晴らしさを楽譜として表わす時に、単に5/4拍子の紋切り型の四分音符の拍節構造にタイという移勢だけを纏わせただけの無味乾燥な記譜だと、原曲の持つポリメトリック感が完全に埋没されてしまう事を危惧し、私の譜例動画はそれを存分に明示しているのであります。

 
 今回例示したスタンリー・クラーク「Campo Americano」の楽曲解説自体は別の機会に語ろうと思うので茲で先ずは措きますが、ポリメトリック解説としてもうひとつ例示しておきたい楽曲があります。それが坂本龍一のソロ・アルバム『千のナイフ』収録の「Das Neue Japanische Elektronische Volkslied」であり、こちらも私のYouTubeチャンネルでは譜例動画デモをアップしております。







 この曲のイントロは高速顫音(トリル)が特徴的なのでありますが、能々耳を澄ますとそのトリルは長二度平行の重音トリルに対し長二度よりも50セント高い 'super-augmented second' の単音トリルとして、重音トリルのそれとは異なる歴時で弾かれているのが顕著であります。

 重音トリルの方は1拍6連、単音のスーパー・オーギュメンテッド2ndのトリルの方は2拍7連と解釈し、それらをトレモロ表記で書いた訳です。

 重音トリルは長二度音程でも書かれる事がありますし、単音トリルのそれも長二度音程よりも広いスーパー・オーギュメンテッド2ndである事から、より広い二度音程のトリル表記は、慣例となる二度音程(長・短二度音程)のトリル表記よりも広く注意喚起力もあるのでトレモロ表記にしているのです。

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 譜例動画にする前は私もトレモロ表記を避けるべきかどうか迷ったのですが、ハワード・リサッティ著 'New Music Vocabulary' とガードナー・リード著 'Music Notation' を参考にした上で、これらの表記をトレモロ表記にしたのであります。トリルの低音部が「イ音・ロ音」以外の幹音であるならば、上方のスーパー・オーギュメンテッド2nd音は次の様になる筈ですが、

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 今回の「Das Neue Japanische Elektronische Volkslied」では変種調号としてのヘ短調を最初から与えているので、変イ音から250セント上方となると本位ロ音より50セント低い [het] として次の様に表記せざるを得ないので、ついつい峻別を難しくしてしまいそうでもあります。

SuperAugmented2nd-2.jpg


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 話が微分音の方に逸れてしまいましたが、先の2種のトレモロ表記(1拍6連と2拍7連)の異なる歴時がもつれ合うような状況もポリメトリック構造である事が判ります。

 
 リズムというのは一定の周期とは別に備わる拍節感(フレーズ感)および、それらの空隙によって時には音高ではなく言語に置換されて読まれる事も往々にしてある訳ですが、言葉が乗るという時点でそこには普段の会話を意図した物なのか、それとも普段の会話でのリズムとは異なるリズムで言葉を乗せられているのか!? という違いが生じて来ますが、言語そのものはそれが母語を用いられているのであればより一層親近感が伴い、その親近感は「予見」をも映ずる事になります。つまり、初めて聴く楽音に乗せられた言語であっても意味が通ずれば「予見」を同時に感ずる物であります。

 また、リズムそのものも予見しやすい平滑な拍子構造であるならば、聴き手はより言語に注力する事も可能でありましょう。然し乍ら予見を伴わせる事が総じて良いという訳ではなく、予見を感じさせない程にもつれ合い、空隙をも感じさせないメトリック・ストラクチャーを生じさせた場合、そこには好い意味での音楽的な「軋轢」を感じさせ、予見を期待させぬままに蹂躙させたまま、複雑な楽音の状況に一定の注力を向けさせる効果があるかと思います。無論、こうした状況は音楽的素養の浅く薄い人であればあるほど忌避する様な心理に苛まれる事にもなるでありましょうが、一定以上の効果を上げる事は疑いの無い所であるかと思います。

 そうしたポリメトリック構造には、複雑な状況をより一層演出させているという狙いがある為用いられる訳であり、複雑に絡み合う音程変化をイントロ冒頭から用いつつ四分音をまぶす事に依って、1拍6連のパルスに埋没される事のない7音周期のパルスの四分音が一層際立って4拍7連風にも耳に届く訳であります。この効果は実に絶妙であるといえるでしょう。


 坂本龍一が用いる微分音として、私のブログではこれまで「夜のガスパール」などを始めとして何度か取り上げておりますが、1stソロ・アルバムの頃からこうした試みがあったという所に、あらためて氏の音楽の追究というものを感じさせる物でもあります。

 ポリメトリックついでに語っておきますが、本曲の5:7スウィング・レシオで書かれているパーカス部の音符は、アンリ・プッスールの表記に倣った物を用いております。この手のスウィング表記の方が「訛った」リズム表記としては非常に解り易いだろうと思って採用したのであります。

 本曲のデモは商用着信音にて嘗て作った物を流用しているので、やろうと思えば原曲の中盤以降までのMIDIデータはあるのですが、いざ譜面に起こそうとなると結構な小節数となるので、繰り返し記号を多用したくない私は本曲を全編譜例動画として取り上げたい気持ちはあるものの、作業工数の前に途方に暮れてしまう物でもありついつい嘆息してしまい難しい所です(嗤)。何かの機会であらためて楽曲解説が必要な時には取り上げる事もあるかもしれませんが、いつになる事やら(笑)。いずれにしても、拍節構造の妙味をあらためて知って欲しいという思いでこのように取り上げてみたという訳です。