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微分音オーバーシュート [楽理]

 今回は、微分音とやらを仰々しく取り上げるのではなく、微分音とは認識してはいない(であろう)、許容範囲となる様な歌の節回しに於ける「装飾的」な衒いとなる側面を取り上げていきたいと思います。


 歌を唄うという事を細かく見てみると、特定の音高を寸分の狂いも無く唄うという事はまず不可能でありまして、相当に精確な音を常に唄い続けているという訳でもないのが実際であり、それが不快に聴こえない様にして唄っている物です。勿論、訓練を積めば「寸分狂いの無い」レベルにまで引き上げる事は可能ですが、ある音から異度となる音程へ移る(進行)する時の異なる音程間では例外なく音階や音律からも外れた音を経由している事でありましょう。それがあまりに瞬間的な物である為、知覚的には許容範囲に聴こえる様になっているだけの事であります。


 「ドレミ」と唄っただけでもミクロ的に見れば、ドとレの間には僅かにピッチがポルタメント上に連結している微小音程部分が随伴して来ている筈でありますし、鍵盤やフレットの様にキッカリと音高を出している訳では決してありません。そうしたポルタメント的な連結の過程では「個性」と呼ぶべき側面も孕んでいるでありましょうし、初音ミクなどに代表されるボーカロイド関連ソフトを弄った経験がおありの方なら、その唄のピッチがどういう風なカーブを描いているのかという事が視覚的に表されているのかという事がお判りいただけるかと思います。

 Wikipediaが微分音として取り上げている事で、好事家に広く知られる事となった子門真人の歌に依る特撮ヒーロー『電人ザボーガー』のオープニング曲での使用例。変イ音とハ音との中間に位置するDセスクイフラットとして確かにIRCAMのThe Snailを用いてもスキャニングされます(笑)。




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 今回は、特定の音に対してどの程度の微分音となる「揺さぶり」を許容できるのであろうか!? という一側面を取り上げてみようかと思います。率直に言えば、全音階しか取り扱わない様な曲に於て、微分音的な装飾はどれほど許容されるのか!? という一例を挙げてみたいという事を発端に今回の話題にしようとする狙いがあるので、私の意図がお判りになっていただければ幸いです。そういう訳で今回例示する曲というのが、きゃりーぱみゅぱみゅ「PONPONPON」なのであります。

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 「PONPONPON」では非常に特徴的なポルタメントを採る箇所が2箇所あります。メインの2つのテーマとなるBメロとCメロに現れます。前者は「PON PON出して しまえばいいの♪」の [えば] の部分、後者は「たぶん こんなんじゃ ダメでしょ♪」の [メで] の部分に現れます。両者とも全音下行となる順次進行時である訳ですが、全音をポルタメントさせるという事はその過程で生じている半音部分に「くびれ」を付けて奏する事に等しい行為なのですが、決してダブル・クロマティックを奏するという訳でもないのであります。とはいえダブル・クロマティックよりも明瞭ではないものの、過程にある音に少し「くびれ」を付ける事で、より滑らかで全音階のそれとは異なる装飾と揺さぶりをかけて用いるのがポルタメントたる演出でありましょう。「PONPONPON」は、そのポルタメントの効果が絶妙であると言えるでしょう。


 特に私がオススメしたいポルタメントの箇所が、前述のBメロ部分の物であります。そのポルタメントは [fis - e] という全音音程間で生ずる物でありますが、この過程でのポルタメントを、より「人間的」に再現する為に強調しようとした場合、[fis] から入るのではなく [fis] より50セント高い所から入って次の様な譜例で奏する方がより自然になるのであります。譜例の5連符部分がまさにそのポルタメント部を再現している事になるのですが、5連符部分はお判りの様に、当初必要とされる [fis] は用いていないのです。《どうせポルタメントを採るのであるならば、[fis] より50セント高く入ろうとも、経過的に [fis] を通過させているであろうに》と思われるかもしれませんが、人間というのは全音音程の間をポルタメントさせる時にしっかりと半音音程を歌い上げている訳でもありませんし、ヴァイオリンの様に無限のグリッサンドを唄う物でもありません。

 概して、歌い始めは50セント高く採ろうとも、そこから下行形として弾みを付けた時には50セント下ではなく1半音としての弾みが付いてしまい、その直後に滑らかな四分音梯を採って [e] に帰着するという方が「より自然」であろうというのが、今回のデモ制作に試してあらためて判った部分であるのです。


 本曲「PONPONPON」のメイン・パターンのひとつとなるBメロは、曲冒頭に於ては、私が制作したデモのコードとは異なりカウンター・パラレル(=上方三度)での和音「C♯m7」を採るので、よもや本曲が平行短調である嬰ハ短調として判断されてしまいかねないでしょうが、私は本曲をホ長調=Eメジャーと採って判断しておりますのであらためてご容赦ください。その上で、ポルタメントが発生する [fis] というのは平行短調側からすれば属音なのですが、平行長調で見ればサブメディアント(下中音)であるに過ぎないのであります。

 中田ヤスタカはこのBメロのメロディーに対してコードを、曲冒頭ではA△7のカウンター・パラレル(=上方三度)にある「C♯m7」を採り、その後は同様のメロディーをパラレル(=下方三度)でのコード「A△7」で採らせるという所も非常に二義的な側面を出しており巧みな演出であると思う所です。


 扨て、特定の音に対してなんらかの音程の揺さぶりをかける場合、主音や属音に対して上下半音や上下に微小音程からの揺さぶりというのは、調性感が邪魔をして非常に難しくなるかと思います。ある意味ではサブメディアントという側の音を揺さぶる方が強大な調的支配からは逃れられる箇所であるので揺さぶりをかけられやすいかと思います。そういう意味でも私は本曲を嬰ハ短調ではなくホ長調で採る方が相応しいであろうと思っている訳であります。


 扨て、今一度譜例を確認していただく為に解説しますが、四分音梯の微分音を解説するのが非常に難しいので、此処からゲオルギー・リムスキー゠コルサコフの四分音用の音名を使いますのでご容赦を。

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 それらの件を勘案しつつ改めて5連符部分を見てみると、サブメディアント [fis] から50セント高い近傍の音= [get] で入っても調的支配力からはある程度逃れる事のできる箇所でありますし、そこからポルタメントを施して勢い余って元の全音階的 [fis] を飛び越して四分音梯 [fit - f - fet -e]を採っても、帰着する音 [e] がホ長調の属音という強大な調的支配を備える音であるので、こちらの帰着する下行の形の方がより自然であろうと思われる訳です。実際にデモを耳にしてみても不自然には聴こえないであろうと思うのです。


 このデモはNI KONTAKTを使っております。つまりサンプラー系の音源ですので、各鍵盤ごとにサンプルをキー・マッピングしないと波形の再現性は失われてやすい物です。なぜならいくらシンセのサンプリングとは雖も波形にはフォルマントが備わるので、キー・マッピングが半音毎ではなければフォルマントが移高してしまう為再現性が保たれなくなるという訳です。また、今回のデモに用いたこのサンプルは3半音のキー・マッピング範囲で1つのサンプルを使い回している物なので、シンセの再現性という意味でもあまり良いクオリティでは無いのは確かです。然し乍ら私はKONTAKT上で用いる四分音用とポルタメント用のスクリプトを2つ使いたかったので敢えてこういうサンプルをリード音として選択したのであります。


 微分音的「装飾」と呼べるのは、5連符が現れる2拍目強勢での [get] であります。そこから1単位四分音を下るのではなく1半音を下り、当初の [fis] を跳越して [fit] へと進行するのが最大の特徴とする部分なのでありますが、本来在るべき [fis] を無視して斯様な微分音を駆使するのは単に私の悪巫山戯ではないのか!? と是認したくない方もおられるかもしれませんが、2拍目というのが「弱拍」であるからこそ、私自身はこの様な音楽的方便は成立すると思いますし、ポルタメントを始める音を [fis] ではなく [get] という風に、下がる音から態と、「上げてから下がる」という風にして弾みをつける事で、実際には、先行の1拍目弱勢からのロ音= [h] からの「知覚されない」ポルタメントにも自然的な勾配を作っていると私は考えての事なのであります。


 少々高価なイコライザーで、ピーキング・タイプのイコライジング・カーブの中には、単にカットをするのではなく、実際にはカットされる近傍の「際」がオーバーシュートしてからカットという風にアンダーシュートのカーブを描いて作られる物があります。こうしたEQカーブの「際」では位相が変わるのは必然ですので、僅かな位相差に依る音色変化に加え、アンダーシュートで得られるべき音色変化がより際立った音になるのは知られた所であります。つまり、こうしたアンダーシュートの直前に近傍値をオーバーシュートさせるという手法は、横軸方面(=時間的変化)での旋律面でも同様の効果を得るという事があらためて判ったという訳であります。


 以前にも取り上げたマイケル・ブレッカーの「I'm Sorry」での四分音を用いたフレージングや、フェイゲンの「Maxine」でのブレッカーのソロでの四分音を採る音度もあらためて参考にしていただくと、微分音的に装飾してもおかしくない箇所という物がお判りになるかと思うのであります。


 属音(Ⅴ)に隣接するのは下中音(Ⅵ)と下属音(Ⅳ)でありますが、下属音の方は完全音程という縛りを受けてしまう調的に見て圧倒的に強大な力を下中音よりも優位にあるのは間違いありません。そうした呪縛のバランス関係から鑑みて下中音の方が音程的な揺さぶりを与えても在る程度許容できる様にして聴く事が出来るというのは上方倍音列から対照させてもあらためてお判りになるかと思います。

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 先の倍音列はG音を基音にしているのでⅥ度相当は [e] または [es] の近傍として現れる筈でありますが、お判りの様に12等分平均律に於てきっかりⅥ度に嵌って呉れる次数は13・25・26・27次倍音を見ても、近傍となる微小音程を生ずるだけであります。これこそが「装飾」の為の因果関係になり得ると言える音の脈絡とも言えるでありましょう。