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1つのモードで田樂刺し [AOR]

 扨て今回は、今迄とは少し毛色の違う楽曲を取り上げ乍ら、バイトーナルの世界を語って行こうと思います。取り上げる曲は、2013年4月にあらためてCD再発となったのが記憶に新しいAB'sの1stアルバムであります。
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 私のブログを継続的にお読みになられている方ならお判りとは思いますが、私はベーシスト渡辺直樹が昔から好きである為、彼が所属していたバンドは昔から注目して聴いていたモノです。そういう譯で視野に入るバンドがAB'sというバンドなのですが、One Line Bandのイエロー・マジック、SHOGUN、サザン・オールスターズの覆面を経てスペクトラム等を経てギタリストの芳野藤丸(石田えりの前夫)が多大な人気を博していた頃でもあり、スタジオ・ミュージシャン系の音樂への注目が愈々終わりを迎えそうな時期のYMOが「散開」する年に、AB'sというバンドのアルバムが世に放たれたというワケです。


 私はスペクトラムの「あがき」での渡辺直樹のプレイに当時は心酔しており、グレッグ・リーがスラップのサムピングとプルを織り交ぜ乍ら右手中指〜小指を使ったプラッキングでの和音を弾き乍らのスラップのプレイを見るまで、「あがき」のプレイはなかなかイメージできなかった当時が懐かしいのでありますが(笑)、そんな興奮の後に出る渡辺直樹の音は食いつかざるを得なかった譯であります。余談ですが、その2年後に村松健の「Still Life in Donuts」がリリースされる譯ですね(是亦渡辺直樹參加)。



 という譯でAB'sの1stアルバム収録の「Deja Vu」を今回は語るワケですが、ハネた16分のリズムにベースがEマイナー系のフレーズを延々と弾いて行くのですが、Eドリアンとして嘯いてはおらず、Eドリアンとしての特性音が無い限りは6th音が短六・長六拘らずEマイナーを示唆するフレージングの為Eマイナーというフレージングで呼ぶのですが、そうした少々長いイントロの途中に、ベースは延々とEマイナー・フレーズを弾きますが、今度はギターと鍵盤で色んな和音をぶつけて来ます。その途中で、譜例に表した二つ目のコードを私は今回赤文字で記したので、此処で生ずる和聲が今回取り上げる話題なのでありますが、早速確認してもらう事に。



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 此処でのコードはベースがEマイナー・フレーズを弾いているにも拘らず、F#△/E△という和音を生じています。Eマイナー・フレーズはEナチュラル・マイナーの6th音をオミットしただけで他は全部フレージングに充てられておりますので、Eマイナー・フレーズが作り出す音と上声部の不協和はかなりキツイ物に聴こえるかもしれませんが、此処に妙味があるのです。


 彼等はスタジオ・ミュージシャンであるので一定以上の樂理の知識を備えているでしょうが、多調を用いてトゥーランガリラ交響曲みたいにしちまおうとか、パーシケッティの著書の様に多調を発展させようとか、そこまでの視野に及んで用いてる類のコードではなく、単純に異端且つ「美しい」ハーモニーを優先して発現させた類の和音だと思います。彼等の素養がどうこうではなく、こうした和音が感性から優先されて生じているのは素晴らしい事でありまして、彼等とてその辺の樂理も知らぬ速弾き兄ちゃんの様な人間とは一線を画すミュージシャンの素養があった上で、そこから先のハナシをしているので、樂理判らなければネットで情報貪る類の輩と同列に置き換えてはいけません(笑)。その上で、彼等は多調を追究しようとしているモノではないモノの、美しい和音の追究ありきで導入しているであろうという推察に及ぶのでこうした表現でレコメンドしているので誤解なきようご理解の程を。


 芳野藤丸という人は、物腰の柔らかい&ユル目な感じのオジサンで、「難しいコトよく判んないけど、こーゆー音使うとカッコイイんだよねー!」的な、「なんちゃって」系な雰囲気漂わせておいて結構難しい音平気で出して来るカッコイイおじさんの代表とでも言えるでしょう(笑)。樂理的素養の有無などどうでもイイのです。彼の感性の良さに周囲は許容してしまう所があるような、そういうギタリストな譯ですね。


 で、そんな「難しいコト」を私が繙いてみると、「コレ、本当に知らないで感性だけで掘り当てて来たというのなら凄い事であり、理に適っている」という音に成るので是亦不思議なのです。異端であったとしても当て嵌まるモノでしょうが、そういう人が作った音樂なのだという事を先ずは理解しておいて欲しいと思います。


 扨て、譜例のex.1での先の赤文字部分の和音ですが、単純に「コレって、アリなの!?」と疑問を抱く人が居るかと思います。上声部の六聲の和音であるF#△/E△に對してベースはEマイナー系のフレージングを堅持する譯ですから、この異端な音はどうなのよ!?と思われる人は多かろうと思います。

 
 先ず注目すべき点は渡辺直樹がEマイナーのフレーズを堅持しているという点。つまり、これもインプロヴァイズではないものの、ひとつのモードでの「串刺し」なのですね。Eマイナーから見た共通音などF#△/E△という和音ではB音(ドイツ名:H音)とE音とF#音でしかありません。F#音というのも和聲的腰を据えた音では無いのでさほど共通性の強靭的な接点とは成り得ないモノです。


 ところが、F#△/E△という六聲の和音をひとたび、Bメロディック・マイナー・モード上で生ずるIVとVの和音だという風に見立てると、とても面白い状況が見えて来るのであります。
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 先の二組のメジャー・トライアドの出自とやらに必ずしもメロディック・マイナー・モードを想起する必要はないのですが(長音階のIVとVでも同様なので)、長三和音が九度忒いで生ずる時にメロディック・マイナー・モードが視野に入っていると和聲的空間に於いてもインプロヴァイズに於いても非常にボキャブラリーが増すので、私の場合は、そこで忌避される場面であっても脳裏には必ず想起する程メロディック・マイナー・モードの世界は「並走」させております(笑)。

 
 そこで前述の様にBメロディック・マイナー・モードを視野に入れると、Bマイナー(=旋律的短音階)の調域に加え、ベース側のEマイナーの調域が「併存」する事と成っている為、ここでの和音は明らかにバイトーナル・コードの出現なのです。F#△/E△の長三和音夫々の調所属を更に別々に想起してしまえば、複調は多調へと、少なくとも3つの調性が併存する状況へ拡大させていく事も可能です。


 そこで、こうした和聲の発現そのものの根拠でありますが、ベースが元々Eマイナーを堅持している世界での五度音はB音であるため(短和音という体は五度音に牽引力が生まれる)、ここにEマイナーの重心が発生している事に加え、この「重心」を端を発するかのようにBメロディック・マイナーでの主音として存在する事で、上方倍音列での五度の共鳴性では通常得られぬ形で五度&五度という累乗に脈絡を得ているという事が判ります。


 更に言えば、B音がメロディック・マイナー・モードの主音という事で、その主和音上を伍聲体として見立てた時(=BmM9)、そのトニック・マイナー・メジャー9thの5th音=F#音というのは、最低音のE音 - 短和音としての重心B音=複調として応答する他調のメロディック・マイナーをモード・スケールとするスケール・トニックとしてのB音=B音を主和音とするメロディック・マイナー・モードの伍聲体であるBmM9の5th音=F#音は、この音を基準に鏡像音程を生ずる。


 という風に「五度&五度&五度」の累乗が見られますが、この五度の応答の体系は上方倍音列の在り方とは異なる、短和音を発端とする与え方でとても理に適ったモノなのです。E音からの五度の積み上げの先にBmM9という(この和音は仮想的な物です)トニック・マイナー・メジャー9thでの5th音というのは、最低音と二度音程でぶつかる音程を生み、短和音というのが四度音程の断片=二度構成でぶつかり合う様に墨痕を記す様に発現するのも非常に良いアプローチであると私は思います。


 短和音の響きとしての重心が五度音に在るという見立ては以前から語っておりますが、根音があるにも拘らず五度音に牽引力が生じるという事は、長和音で見た時のルートと五度音の隷属支配関係が「鏡像」に在るという見立ても可能なので、長和音の共鳴度のそれを五度上という風に累乗させる様に、其の五度の応答を時計回りに見立てたとするならば、短和音の協和度は反時計回りとして「逆行」するのと同様に見立てる事ができまして、以前にも私が「順行と逆行」という風に、まるで惑星を見立てるかの様に語っていたのは、こういう見立てに於いてもあらためて端を発している事がお判りになるかと思います。

 例えば画像ex.3を見ればよく判りますが、これは時計回りに五度圏を生じている様子であり、E音を12時に相当する所に配置しております。短和音の5度音は時計回りに對して次の五度で生ずる音程関係ですから1時部分にB音を生じておりますが、E音とB音というのはE音をルートとするマイナー・トライアドの根音と五度音の関係であるものの、この2音に對して短和音が更なる体へ発展する際、脈絡のある音というのはE音から反時計回りに見た11時・10時・9時・・・という方向へ存在している事になります。短和音が結果的に五度圏の逆行という牽引力を伴うという事は、E音から見て11時の音は「恰も」四度の音であるため、五度という共鳴の音と、それに逆行する四度という五度と四度音程の併存が短和音には密接に存在する事が判ります。
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 短和音というのは自身の和音としての物理的な五度音の共鳴とは逆行するように下方に牽引力が与えられるという風に考えが及ぶと、四度音程と五度音程が併存するかのように和音に對して揺さぶりを与えられているという体という風に考える事ができると思います。ex.4の圖を見ていただければ五度と四度の累乗を併存させた場合、五度の近傍には必ず「二度音程」として四度音程の累乗で生ずる音が在る事に註目してほしいのですが、短和音に於ける四度と五度との脈絡が結果的に二度和音の体を集積する親和性もこうした所縁があるというのも實に興味深いモノです。二度音程は必ずしも長二度ではなく短二度も視野に入っているので「二度音程」なのでありますが、短二度をなるべく与えない様に(半音は情緒を生みやすい)して完全四度を等音程として積み上げ乍ら用いるのも、短和音の牽引力を用いたモノであるため、あらためてこうした理解におよぶと私が過去に述べて来た「下方の牽引力」というのもあらためて理解できるのではなかろうかと思うことしきりです。
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 今一度註目していただきたいのは、ex.3で見ると、色んな長三和音の「形」が見えて来るのがお判りになるかと思います。こうした安定的に存在し得る長三和音の姿を捉える事はオリヴィエ・メシアンにも倣う事でもありますが、多調的な響きの構造を手っ取り早く探るには、こうした方向から見つめる事が早道だったりする譯で、あらためて重要性が理解できるかと思うのですが、F#△/E△という和音の体はex.3の伍度圏の圖で示した様に赤色と青色、夫々が長三和音の「触手」と映る様に色付けをしてみたのですが、例えばE音をルートとする長三和音という構造はE音から時計回りに30°&120°という「触手」を与えられた構造であり、この「化学的」な構造は青色で示したF#メジャー・トライアドの体も同様である事はお判りかと思います。

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 扨てそこで、ベースはEマイナーのフレーズを堅持している譯ですからex.3の圖で見ると反時計回りに2時〜9時の「領域」を弾いている事になりますが、E音を「衝立て」と様に見ると9〜11時の領域は確かにF#△/E△という和音の世界と分け隔てられているかのように映るかもしれませんが、實際には違いまして、とても興味深い和聲的色彩を生ずる事が判ります。


 ベースのEマイナー・フレーズに於いて最も音価が短く脈絡が希薄な音はA音です。但し、A音は非常に限定的で局所的ではあるものの、例えばD音とA音が明示的に使われる辺りでは全体的に「Dメジャー・トライアド」の体を齎す様に「触手」が生ずるのでもあります。


 同様にベースがG音を弾いている時はGメジャー・トライアドの触手も生じ、和聲的にはF#△/E△に加えG△も発生するという極めて多調的な色彩が、ベースの単聲の旋律如何でこれだけ色彩豊かになるのであります。F#△/E△という和音から縁遠い筈のEマイナーのフレーズというのは實はこうした色彩を随所に有無のであります。


 和音の体系やモードの体系をひとたび知ると、アヴェイラブル・ノートやアボイド・ノートを知る事になるのですが、そこから先の理解が及ばず結果的に「尻込み」してしまう為の理解にしか及んでいない人が大多数なのでありまして、逸脱した体系を理論的に語る事のできる人はとても少ないのが現實です。それは、外れた体系の在り方というのをきちんと知らないからであり、複調・多調的空間の在り方を知らないから目にしないのであります。無論、大抵の理論書というのも複調・多調を前提にして語る物はとても少ないモノです。現にジャズ、ポピュラー界隈で複調・多調を視野に入れた理論書は皆無といっても差し支えないでしょう。とはいえジャズでもない音樂に、異端な音が「欲求の果て」として表れているという感性の在り方に對してきちんと評価しなくてはなりませんし、体系の在り方に身じろぐ事なく異端な音を感性の欲求の高まりで使う事は礼賛すべき事だと思います。然し乍ら欲求の赴くままに無秩序な音を使っているのではなく、やはり、きちんとした体に収まる所で使われているモノなのだという事を理解しなくてはなりません。


 「このコード、こうした方がキレイじゃね!?」


 キレイという主観的な欲求は、なぜ其の選択の方が綺麗であるのかという事に明確な理由が無く使ったとしても、欲求がそういう選択をさせた理由には何らかの「落ち着きどころ」があるが故に世に放たれた譯でありまして、その「なんとなく」な理由の背景を探ったのが今回の私の例である、という事に過ぎません。

 「Deja Vu」で今回示したコード進行で私が非常に好きなコードは2・3・6個目に出て来るコードですね。3つ目のDm7に對してEマイナー・フレーズというのは単純にDm7の2ndベースという物だけではなくもっと多様です。6つ目のG♭M9に對してEマイナー・フレーズの与え方もとても綺麗でありますが、耳に馴染まない人はとても忌避したくなる様に聴こえるかもしれませんが、耳が慣れるとこれが美しく聴こえるのあります。私自身30年前と聴こえ方が違う位ですから。それにしてもG♭M9に對してEマイナー・フレーズの格好良さは氣が遠くなる程素晴らしいです。グッドソールとエサリッジが磊落に和音を嗜む様な感じにも聴こえたりしますが、これが日本の音なのだと思うと是亦実に素晴らしいモノです。