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Fridge Full of Stars / Lifesigns 注目すべきジョン・ヤングの音選び [プログレ]

 モノラルのトレモロとも言えるアンプリチュード方面のベースの細かいLFOというのはギミックだと思いますが2:12以降のテーマからはLFOを消してサチュレーションを利かせたベース音が巧い具合に倍音が強調されあったり相殺され合う事で自然のcoll' 8vaを得られた様な音になっているのが私は好きですね。


 亦、キーボード・ソロでジョン・ヤングの6:15秒のB-G-Ab-Cというフレーズは実に巧みで、背景のDm9(11)に対してこのコードを2種類のアッパー・ストラクチャーを「想起」して使い分けているのであります。付点16分音符である半拍半フレーズに続く所ですね。先の4つの音形は4拍目に現れる16分音符のフレーズなのでお判りになると思います。ドラムの32分のスネアの直後だからすぐにお判りになるでしょう。
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 そのひとつはまずCM7 (on D)と想起する事で通常の世界観を形容できるのですが、もうひとつはCM7aug (on D)と想起する事で、元々の母体であるDマイナーから見た時のナチュラル11th音と#11th音を同居させた使い方になりまして、つまる所一瞬、Dマイナーに対してチャーチ・モードを充てるモード奏法に加えCハーモニック・メジャーから生ずるモード・スケールを充ててスーパー・インポーズさせている「対比」を此処に見出す事ができるのです。

 このフレージングそのものはプログレ界で言えばフィル・ミラーに最も近しい類の音運びで、他の人達ではあまり見られない音運びだと思います。非常に私は好きな音選びで、この断片だけでも私はグイグイ惹き込まれてしまいます。


 というワケで便宜的な譜例に表してみますが原曲とは違います。とりあえず譜例の様にコードがDm9(11) -> CM7(on D) -> CM7aug (on D)と動くと仮定してみましょう。「なぜこうも和声を動かさなくてはならないのか!?」という疑問もあるかと思いますが、ライフサインズという小編成のバンドに於いて和音を決定づける主たるパートはジョン・ヤングという鍵盤奏者に他ならないからです。ジョン・ヤングのヴォイシング如何で和声は色々な形で変貌を遂げるワケです。それを最大限に活かし乍ら曲中で細やかに動かしてそれを和声の移ろいとして認識できるのは小編成であるが故のメリットのひとつでしょう。

 扨て、譜例の様に和音を動かしたとして、4拍目のフレーズというのは一応同様の事ではありますが、背景にはCM7aug (on D)が与えられており、この和音での特徴的な音はG#を含有する事ですが、旋律側の方では「A♭」と表記しているのは何故なのか!?という所に深い意図が潜んでおります。

 結論から言えばこのG#とA♭はそれぞれが別のトーナリティー由来から偶々「同じ」音として異名同音で併存し合っている状況だと思ってもらえばよろしいでしょう。しかし、こうした音を別々の調性由来として聴かせるには少しばかりテクニックが必要となるのですが、ジョン・ヤングはその「スイッチ」を先の「B-G-Ab-C」という4つの音形から導いているのです。


 例えば今回のそうした例と併せて色々な例を挙げてみるとしますが、バイトーナルな雰囲気を醸し出すひとつの例でマイナー・コードが母体にある場合、非常にポピュラーな和声の枠組みでは遭遇しないかもしれませんが、ごく稀にマイナー・コード上で「便宜的」な表記として#11thを併記される事があります。DmやらDm7を母体としたらDm7(#11)とかこうした「便宜的」な表記で、少々ハイパーな和音を取り扱う音楽を聴く方なら「何だコレ!?」と思いつつも目にした機会はあるかと思います。

 通常の範囲の理解ですとハーフ・ディミニッシュの音と混同しやすい類なので気を付けなければならない和音なんですね。例えば「Dm7(b5)」の場合、構成音は「d、f、ab、c」となるワケですが「Dm7(#11)」とした場合は「d、f、a、c、g#」となるのでハーフ・ディミニッシュとも異なるのは明白です。

 以前の私のブログを追っていただければお判りになるかと思いますが、母体のコードの根音から見てブルージィーな音のひとつである#4thもしくは♭5thの音を「和声的に」得たい時などに於いてこうした和音を使う事があるのです。更に言うと、Dマイナーが仮にトニック感を演出するシーンであったとして、その調性とは別に調域が短三度上の物を「併存」させてスーパー・インポーズとして当て嵌めて使う時などに遭遇する音なのです。仮にDマイナーがトニック・マイナーだったとしたらFマイナーをDマイナーに当て嵌めて使う、という事です。Dマイナー・トライアドとFマイナー・トライアドを混合すれば結果的に「Dm7(#11)」を生じます。しかしコード表記は便宜的に「#11th」を得たものの、Dから見た時のG#音ではなく、本当の由来は「A♭音」である、という風に注釈を付けると、「Dm7(#11)」という便宜的な表記はバイトーナル和音由来での表記なのだと理解が進むと思います。


 こうした理由と同様に、先のジョン・ヤングの音選びもこうした例と同様に解釈が可能なのであります。ジョン・ヤングの素晴らしい点はDマイナーを母体として和声的に色々な形に移ろわせるワケでして、先の譜例の様にDm9(11) -> CM7(on D) -> CM7aug (on D)とあたかも表記しましたが、CM7aug(on D)とした部分は下声部にDm、上声部にCM7augという風に解釈すると、更にバイトーナルな視点が明らかになるワケです。


 そこで次の様に今度は下声部にDマイナー・トライアド、上声部にCM7augを併記した譜例を見てみることにしましょうか。ここに示した様に「CM7aug/Dm」という形は、D音を除くとその時点で既にペレアスの体が見えて来るワケです。つまり「E△/F△」という形を内包して、ペレアス和音の3度下方にさらに音を追加した様なモノだと理解していただくとバイトーナル和音となります。
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 七声の和音というのは通常サブドミナント上で飽和的に使うか(ダイアトニックな音を全て使う=全音階和音)、便宜的に調性外の音空間を使って属七上で変化音として7音を飽和させた使い方しか、「単一の調性」の社会の枠組みでは使用すること位です。リストの「枯れたる骨(=不毛なオッサ)」はそういう意味からもとても特殊な例だという事が判りますし、リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」でも全音階和音という物は聴く事が可能です。



 然し乍らこの場合バイトーナルという複数の和音を想起した上で生ずる7つの和音であるため、調的な空間が飽和した物とは全く異なる解釈なので和声的にこうした七声が生じても単一の調性に態々倣って忌避する必要などない、寧ろ積極的に使って良いシーンなので、こうした音が現れてもなんらおかしくない音なのです。

 更に言えば、DマイナーをDドリアンとして嘯き乍ら、FマイナーやFドリアンをスーパー・インポーズするのではなく、調性外で生ずる側の調であるハ調の調域を#5thとして生ずるモード・スケールではなく♭6th(=♭13th)として生ずるモード・スケールを想起する事が重要で、そうするとDマイナー上でA音(Perfect 5th)を使い乍らも完全四度のG音と三全音に位置するA♭音を「併用」する事が可能になり、A♭音の異名同音はG#であるものの、G#音としてではなくA♭音として使う事が重要なのだという事がコレでお判りになるかと思います。
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 下声部にDマイナー・トライアド上声部にCM7augと下から上へ一度アルペジオで弾いてみて下さい。どれほど綺麗に響くかという事を認識できるでしょう。そうした特殊な和声感をさりげなく醸し出している事を理解する事が重要なのであります。

 
 単一的な調性の世界の側しか知らない皮相浅薄な知識の人間の多くは、あまり遭遇しない音を受け止める事ができずに、ごく一般的な社会システムの枠組みに均されてしまって断罪してしまう様な愚かな考えを抱くモノですが、自身の理解を超越する様な現実に遭遇した時にはそれを真摯に受け止めて理解して、その後にきちんとした背景を検証し乍ら理解する事が重要だと私は考えます。そのプロセスを知る事はとても時間や労力を費やすので、それを「感覚的に」知っている連中はこのプロセスに苦労を伴う事を知っているが故に、楽をしたいワケですね。楽な方ばかり選んでいては良い事など正直ないんですよ(笑)。子供って何も知らないクセして偉そうじゃないですか(笑)。自分のラクな事に対しては。音楽に於いても何も知らない様なのがついついブログを書きたくなってしまって何処でもお目にかかれてしまうような物を一所懸命書いていたりする人もおりますが、皮相浅薄な知識は軈てすぐに「枯渇」するのが関の山でありましょう。私がなにゆえこうして何年も書き連ねる事ができるのか!?という事をひとたび思い返していただければ幸いです(笑)。

 いずれにしても、ライフサインズのアレンジはとても耳に馴染みやすく入念に作られてはいるものの、和声的に異端な素晴らしい響きはなぜココまで咀嚼されてさりげなく使われているのか!?という事を少なくともプログレ好きを自認する人ならば聴き取らなければならないと私は思います。