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アート・ベアーズに見るバイトーナル・コード [プログレ]

 本題に入る前に前回の続きとなる様な側面を語っておこうと思うワケですが、前回ではアート・ベアーズのアルバム「Hopes and Fears」収録の「Labyrinth」を取り上げる事で、複調・多調の実際を確認してもらおうという狙いがあって取り上げたモノでした。


 今回も同様に、前回のアート・ベアーズの他の作品を取り上げる事であらためて複調という物の実用例を知っていただこうと思うワケです。複調や多調には、各声部が単旋律であり乍ら複数の調性が併存されている物と、各声部が既に和声を演出しており異なる調性の和声が集積し合うという物があります。今回は後者の方で二つの調性を意識させる和音なので「バイトーナル・コード」と呼びます。このバイトーナル・コードというのはデイヴ・スチュワート(Lloydの方)の著書に既に言及されている呼び方なので私もそれに倣っているワケですが、バイトーナル・コードという物は単一の調性に現れる和音構造を逸脱している物という所が特徴であります。


 今回の例はアート・ベアーズのアルバム「Hopes and Fears」収録の「In Two Minds」からなのでありますが、曲冒頭のフレッド・フリスに依るアコースティック・ギターでのコードのヴォイシングは次の例の様に弾かれているモノです。

01In2Minds_artbears.jpg






 このヴォイシングに関しては、先にもツイッターの方で私は呟いていたのですが、図の指板の例からもお判りになる様に、1・2弦は開放で、6弦4フレットは中指、5弦6フレットは小指、4弦は人差し指でミュート、3弦5フレットは中指という指使いが適切であろうと思しきヴォイシングで弾かれております。2つのメジャー・トライアドが短六度セパレート状態となっている構造なワケですね。

 短六度を転回すれば長三度でもあるワケですから、先の「E△/A♭△」の上と下との主従関係を逆にひっくり返してしまうと「A♭△/E△」という構造も有り得るワケでして、この場合は長三度セパレートとなるバイトーナル和音という事がお判りになるかと思います。奇しくもこの長三度セパレートのバイトーナル・コードは、先のドナルド・フェイゲンの新譜「サンケン・コンドズ」(Sunken Condos)収録の「Planet D'Rhonda」の曲の終盤でも用いられていたモノなので、あらためてそちらもご確認いただければと思います(※「Planet D'Rhonda」の方はA△/F△)。

 ドナルド・フェイゲンとアート・ベアーズでは接点はまるっきりありませんが、和声の厳しさを備えているという点に於いては似ている部分はあるモノで、厳しく響く和声に欲求が高まる人であるなら両者はかなり近いフェーズにあるアーティストだと私は思うのでこうして引き合いに出しているのですが、バイトーナル・コードという実例から見てもこうして扱われている事から、曲想は全く異なる人達ではあってもこうして使いこなしているという事がお判りになっていただけるかな、と。

 尚、付言しておくと「In Two Minds」に於てダグマー・クラウゼは「嬰ト短調」(Key=G♯m)を歌っている訳で、ギターのポリコードの低音部「A♭△」とはエンハーモニック同主調という状況でもある為、ギターのポリコードとボーカルで3つの調性を呈示している事にもなる訳です。手法としてはケクランの多調に似る物となりましょう。

 ここの所私が複調や多調をあらためて重きを置いて語っているのには狙いがありまして、例えばジャズ方面に於いてもプレイを分析すると、単一の調性では語る事のできない「逸脱」した音というのはあるモノで、「逸脱」が真骨頂のジャズならいつでも逸脱してるだろうにと揶揄する方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、単一の調性の枠組みで逸脱する語法というのはジャズに慣れた人からすればそれは最早「逸脱」ではないと感じていると思います。

 そうした通常のジャズの方法論に於いても収まりきらない逸脱した音というのはあるワケで、こうした音はアーティスト独自の個性や偶発性やらで片付けられてしまっている事が殆どで、アーティスト独自の法則性程度で片付けて理解してしまう事が往々にしてあるワケですね。ドミナント7thコード上で解決先の音が既に使われていたりするのはどういう事なのか!?と、勿論私も過去のブログにおいては「先取り」という暗喩めいた言葉で述べてはおりますが、そこには語る順序があるのでそうした表現にしていただけの事で、アンティシペーション(=先取り)やらとも見れるモノですが、あくまでも単一の調性ばかりではなく複数の調性から見渡せば、いとも簡単に繙く事が可能だという事を言いたい訳であります。

 まあ、そうした「先取り」というのはあくまでも一つの例に過ぎず、単一の調性の枠組みから見ると属七の和音の所で解決先の音が同時に「併存」しているという状況は、単なる先取りではなく複調・多調を視野に入れた事で繙く事で理解が腑に落ちるアプローチが往々にしてある、という事を言いたいワケであります。中には複調・多調など視野に入らずごく単純な先取りというアプローチも存在するとは思いますので、全てのアンティシペーションは須く複調・多調を視野に入れよという事ではありませんのでご注意を。


 そういうワケで複調・多調などを語って行く上で今後はジャズ方面ではウェイン・ショーター御大の話題が必ずしや出て来るのでありまして、2013年初頭にはブルーノートから新譜(!)がリリースされるという事もあって、私のブログでは語らなくてはならなくなるのでありますので、ショーター御大やウェザー・リポート関連なども引き合いに出しつつ色んな側面を語って行ければ、と思っております。

 ショーター御大の楽理的側面はさておき、2012年11月21日にはブルーノートから嬉しい再発シリーズがありまして、それがBNLAシリーズとしてリリースされた第1弾の事でありまして、「モト・グロッソ・フェイオ」がリリースされた事は記憶に新しいかと思います。そうしたアルバム・リリースに於ける話題なども絡ませ乍ら進んでいきますのでご容赦願います。