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権力と栄光 [プログレ]

 ジェントル・ジャイアントのアルバム「The Power and The Glory」。私にとっては感慨深い作品でして、先にも坂本龍一の作品について語っていた所でもありましたが、YMO人気がインベーダー・ゲームの流行とシンクロしていた頃、私の長兄が「YMOばっかり聴いていないでこういうのを聴け!」と手渡されたカセット・テープがGGの「The Power and The Glory」だったワケですなー。この時手渡されたカセット・テープは実はその場で聴いておらず、数日して長兄の傍に居た時に彼が聴いていた「So Sincere」を耳にするというのが正確な私の人生に於いて初めてとなるGGとの出会いだったという(笑)。


 「おお、オマエももう聴いただろ!?スゲーよな、この曲」と私に語りかける長兄。いやー、私は実は初見なのですが凄さだけは実感していたモノでした。長兄としてはその後聴く事のできるトラック「Playing The Game」がYMOの「Firecracker」の様な雰囲気に投影できるモノであろうと推察しているのは当時の私ですら朧げ乍ら推察できたモノでしたが、YMOブームというバックボーンに支えられ、我が家ではこうした音楽鑑賞のやり取りがあったモノでございました。まあ、散々ウォークマンやらポータサウンドやら見せつけられていたモノでして、コンプレックスだけは増大していった私でございました。多岐川裕美や朝比奈マリアに食い付いていた時も丁度ダブります(笑)。


 GGのアルバム「The Power and The Glory」の楽曲の楽理的側面については今回語りませんが、CDを買い集める上で「The Power and The Glory」のtipsなるモノを披露しようかな、と思います。


 GGのアルバムは「The Power and The Glory」に限らず、2000年代に入ってDRT盤がリリースされる以前の物というのはコレクター心理を煽る要素がふんだんに用意されているので、そういう側面を語り乍ら語って行くコトとしましょうか。

 GGというバンドはどのアルバムにおいても国内でリリースされるそれには歌詞や訳詞部分が蔑ろにされていた側面がありまして、国内での当時のGG3大アルバムの1st、2nd(Acquiring The Taste)、4th(Octopus)の歌詞・訳詞がそのまんま流用されていた程度で他のGGのアルバムの訳詞や歌詞のライナーなど結構蔑ろにされていて、CDリリースさえされるだけでも有り難いという時代でもあったためか、原語の歌詞すら割愛される様なリリースすら多かったのもあって、一部のファン以外ではなかなか理解が進まない所もあったモノでした。特に前述の3枚のアルバムというのは、国内でGGを語る上では大手がきちんと担っていた事もあり(他にも「ガラスの家」やらキングは取り扱っておりましたがいかんせん人気が出ませんでした。理由は後述)、そのレールに乗っかって販売されていたという歴史があります(笑)。


 国内でGGの人気が他のアルバムにも及ぶ様になったキッカケはGGオフィシャル・サイトがMOSAICの時代から存在した事と、その後の2枚組BOX「Under Construction」のリリースに依って広く知られる事になったのが大きな影響となった事でしょう。ネットというメディアを利用して発言する事も可能となり、そうした背景が肯定的に作用したのは言うまでもなくGGが備えている楽曲クオリティや演奏技術の高さだった事に異論を唱える人は居ないでしょう。ネットが普及する以前は「GGってなんでこんなに過小評価されてんだろ!?」というのが私の素朴な疑問でしたから(笑)。


 扨て、漸く本題に入りますが、レコード時代の「The Power and The Glory」は、私自身は国内盤を所有しておりませんが、ラウンド・スリーヴという今でこそiOSのアプリやらで広く知られる事になった「角丸」。これが盤の「天」つまり上部の両隅が丸く切られていた特殊ジャケットが本来の姿でありまして、最近でも新リマスタリング仕様でのVinyl盤が出ている様で私は未確認ですが、おそらくオリジナルの様にラウンドカットはされていないのではないかと推察します。レコードではいわゆる「カット盤」という廉価使用ではジャケットそのものが角を切られてしまっている物が流通していたりするモノですが、そうした「カット盤」とは亦事情が違います(笑)。


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 で、CDジャケを見ていただくと判りますが、トランプの様なキャラクター上部が角丸で背景が黒になっているというのは、そうしたラウンド・カットを少しでも踏襲しようとするキモチの表れでありまして、角丸の余白部分が黒い事がオリジナル・ジャケなのではありませんので注意が必要です。そしてインナースリーヴとして中からトランプ状に歌詞が出て来たというのが本来のLPの姿なのですね。

 CDですといわゆるテラピン盤(画像はRGF盤です)ではオリジナル・ジャケは90度時計回りに横を向いていて、シングルカット用の曲であるアルバム同名タイトル曲をボーナス・トラックとして収録した事が「帯」として明記されておりますが、一部のファンの間では、「この帯がジャマ!」と散々悪態をつかれ、そうした声に配慮するかのように裏ジャケに帯を配しない同様のキャラクターを載せていたのがテラピン盤の特徴です。ところが歌詞のライナーノーツは再現されず、歌詞はきちんと掲載されている物の、トランプ風の歌詞は再現されなかったモノなのです。

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 CD正面ジャケの帯を配しない物はさらにあります。EMI盤は角丸もなく印刷そのものが引き延ばされ、歌詞すら明記されていないのですが、CD背面は赤バックとなってリリースされており、初回のEMI盤はCDのトラック・マーキングのミスがあり、予期せぬ所でCDの選曲が始まったりする盤も流通しており(私はその盤は未所有)、かなりマニア心をくすぐるのがEMI盤の特徴でもあります。しかし、ボーナス・トラックは収録されておりません。
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 扨て、次はOne Way盤の方を語りますが、正面ジャケは角丸&背景黒を踏襲していて且つ天地も正方向ですが、横も黒背景を施している為縮小されているのです(笑)。しかしこのジャケ裏面には歌詞ライナーが復刻印刷されている所が少々心憎い所。
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 つまり、歌詞を知りたければテラピンorOne Way盤しか選択肢はないワケです。加えてボーナス・トラックも収録するとなるとこれらの2枚となります。但しOne Way盤のそれは印字としてはとても小さいモノですので、識字にも難儀するのではないかと思います(笑)。そういう点を考えると歌詞の内容はテラピン盤が最も確認しやすい盤となっております。
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 多くの面に於いてテラピン盤はファンの声やオリジナリティを尊重しているので優秀なのでありますが、「The Power and The Glory」に関しては、あまりその良さが反映されていないのが残念な所ではあります。


 客観的に考えれば、ファンのコレクター的心理を利用して、数年単位でチョコマカと手を替え品を替えてリリースして買わせようとしていたのではないか!?というあざとい側面も私は感じ取っているモノの、コレくらいで「あざとい」などと申している様ではいけません(笑)。まだまだカワイイ物です。

 いずれにしても「The Power and The Glory」のラウンド・スリーヴ盤は比較的高値で流通していた事もあり、コンディションによりけりですが70~120USドル位で一時期は出ていたのではないかと思います。ホントに高いLPと比較したら全然安い方ですけどね。今現在の市場価格は把握しておりませんが20世紀時代はそんなモンだと記憶しております。

 コレを機会に不定期にGGのCDコレクションのネタみたいな物を今後披露していこうかなと思います。そろそろ楽理的なネタを再開しないと(笑)。