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六根清浄 [アルバム紹介]

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 エリザベス・シェパードの新作「Rewind」がリリースされ、前作の「Heavy Falls The Night」から実に2年2ヶ月振りとなるリリース。今回は左近治、特に店頭予約はしなかったんですね。それというのも馴染みのスタッフが異動となってしまい融通が利かなくなってしまったのもあって店頭からチョット遠ざかっていたのであります。 それで訪れてみると、何と入荷していないという状況。数件CDショップを回ってようやく見付けたというワケですが、今作「Rewind」ではエリザベス・シェパード自身の作品は1曲も入ってはいないという所が店頭在庫を多く取るというのが嫌気材料となってしまっているのでしょうかねー。これだからCDショップの担当者というのは...。

 エリザベス・シェパードを少々深く知る人ならば、この人のアレンジ能力はかなり秀でているので彼女自身の作曲でなくとも相当弄って来る筈!というのがヨミとして生まれると思うのですが、おそらくは店頭在庫を増やしたくない「安全パイ」的な心理が働いて、大概のリアルCDショップでは問屋に注文を出した初回オーダー分が少なかったのだと思うんですね。だからこうして予約をしていなかった者は憂き目に遭うというワケでございます(笑)。

 この春、外タレやらも結構新譜は目白押しで、今年2012年は当たり年だと思われます。そういうのもあって色んなアーティストを普段よりもまんべんなく在庫を置かなくてはならないのに売り上げがトントンならば、物理的な数を削らざるを得ないタイトルも出て来ます。そうしてエリザベス・シェパードは割を食った側だと思うんですが、悪いけどエミ・マイヤーとか買っている金あったらもう少し上乗せしてこっち買った方がよっぽど肥やしになると思うんですが、世間というのはそういうモンです。ただ、今作は一般的な耳で聴いてもかなりグッと来るアルバムだと思います。

 
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 エリザベス・シェパードのアレンジ力の高さとは!?コレはもう、私自身当時から驚いたモンなんですが彼女のアルバム「パークデイル」収録の「Con Alma」。この曲はディジー・ガレスピー作曲で、私がオススメしたいのはオクターヴ奏法で有名なウェス・モンゴメリーに依るモノですが、この曲がもてはやされる理由は冒頭のAメロのシンプルなモチーフに対しての「リハーモナイジング」という点で絶賛されるからこそ非常に良く取り上げられる作品なワケでして、そうしたリハーモナイズの妙味が原曲に施されている以上はもう弄りようがないだろ!?と思ってしまうのが普通の感性だと思います。そこでエリザベス・シェパードは変拍子までキメてとても素晴らしいリハーモナイジングを施してきたワケですな。

 近年では日本においても土岐麻子という土岐英史さんのお嬢さんがリハーモナイズを得意としていて、昨年など松田聖子の小麦色のマーメイドをあそこまで弄るとは、良いセンスを感じたモノでしたが、リハーモナイズというつまるところ予期せぬ方角へ移ろわせてくれるハーモニー・アレンジのテクニックなワケでありますが、逆に言えば原曲の彩りが強固なタイプのモノほどリハーモナイズが決まった時のカッコ良さというのは増幅するのではないでしょうか。J-WAVEのアイキャッチのリハーモナイジングと言えばもっと判りやすいでしょうかね。

 とまあ、近年私が「Con Alma」で一番良いアレンジだと思っていたのはジェシ・ヴァン・ルーラーのモノだったので、そうしたジャズ・ギタリスト方面からではないジャズ・ボーカル&ピアノの方から出て来た所に食い付いてみたら、これがドンピシャ!だったワケですな。だから、今作「Rewind」でエリザベス自身の作曲は1曲も収録されていないといったも全く驚くことも落胆するコトもなかったんですね。この人が作るモノなら間違い無いだろうという安心感。しかもアルバムを買って最初から最後まで集中して聴かせてくれるアルバムなんて今殆ど無い時代において、聴き疲れどころか時間を追う毎にどんどん食い付かせてくれるアルバム、今どんだけ他にありますか!?

 お店の安っすい事情を客にぶつけて欲しくないんですな。回転の良い店なら置いてあるにしても店やレコード会社が売りたいだけの、そちらの売り手側の大人の事情を客に押し付けるビジネスなんてのは、もうアイドルやサブカル系だけにしてくださいよ(笑)。まともな音楽畑に波及して来て欲しくない。そんな方法論、いつになったら日本で滅びるのでありましょうかね!?(笑)

 まあ、なんだかんだ言って玄人受けするエリザベス・シェパードが取り扱う今回のカヴァーは、変拍子にまでしていないので聴き手にはだいぶ優しくなっているとは思います。この敷居の低さが怖かったりするんですが、やはり随所に、いつの間にか高次な響きの海へ放たれているとでも言いますか、海水浴行ったらいつしか自分の体が流されているとでも言いますか、母なる海洋の波間をいつしか漂い海流に乗ってしまったかのように引き込まれているんですなあ。しかも今作はステレオ・イメージが強化されていて、おそらくM-S処理でのパノラマ・パンニングを施しているのだと思いますが、ミックスという側面で見ても今回の各楽器(声を含む)の距離感とステレオ感は結構良いですね。ここ1、2年のミキシングでのリファレンス的な部類にも入る位、音がしっかりしています。サンレコさん、取り上げていただけませんかねー(是非お願いします)。


 扨て、全部の曲について語るのはThis is not my business(笑)というワケで、アルバム全体としてもとても気に入った左近治ですが、その中でもiPod5つ星級は後述の6曲となりました。特に「Lonely House」「Feeling Good」「Midnight Sun」「Close To You」は5つ星ですね。



 4曲目の「Lonely House」を形容するならば、overtones, sphere, voxという、まあ食い付いていただきたいキーワードとしては、倍音 or 部分音 or 空気感 or フルー音管 or 囁き感という風に形容してみたいと思うワケですが、声のみならずアコベの倍音やシンバル類、特にトニー・ウィリアムスとか好きな空間演出系ドラミングが好きな方ならこの曲の空気感の捉え方は、怖いくらいに溶け込んでいる「部分音」の成立だと思います。声の倍音、時おり入って来るSEの部分音、スフィア系を思わせるけれどもごく自然に調和する周囲との部分音との波間に怖くなるくらいのアンサンブルに、空気の音を判っている、日本人が雪の積もる「しんしん」という表現を理解している稀有な外国人の物音の捉えとしても絶妙ですし、それを音楽に融合している素晴らしさ。誰かがひとりでも当てずっぽうに理解していたら表現できない素晴らしい作品です。この曲と同様の作りが今作9曲目の「Buzzard Song」でして、ドープに浸ることもできる不思議な妖しいジャジーでスフィア系。これは来るなー


6曲目の「Feeling Good」夏の訪れが待ち遠しくなる様な夏の夜の、ついつい自身がオフェンシヴになりそうな心理に同調して来る外の妖しさを投影しているかのような素晴らしいアレンジ。オスティナートな終盤のフレーズは「概ね」Amadd9 -> CM7aug/Dという形で、この和声についてはつい先日も語っていたりするので敢えて語りませんが留意していただきたい所です。亦、その後5分03秒辺りに私も以前チラッと語っておりましたが、所謂マイナーのペレアス和音とも称することが可能なAmM9 (+11)という、Aマイナー・トライアドの長七度、長九度、増11度を付加した六声の和声をチラ見せしてくれます。つまるところポリコード流儀に則った和声として吟味するとバイトーナル/ポリトーナルの世界を包含するかのような性格を知ることが容易なのでありまして、加えて、下方に長和音以外の体が来るというのは是亦重要なコトなので、こういうコトについても追々詳しく語っていくこととしますので気に留めておいていただきたい部分であります。他にF音の経過音が見られる所は和声的に一瞬FmM7 (on D)という風に表記せざるを得なくなるかもしれません。Dをルートとするオルタード・テンションでの表記だと長九度と増九度が混在してしまうためです。
※注1 上声部G#mトライアドに下声部Amトライアドという体を想起してほしいという意味での「マイナーなペレアス」なのです。

※注2 ブログアップ当初、「マイナーなペレアス」という方での表現こそが正しい和声を表しておりますが、その六声の和音はA、C、E、Gis、H、Disを指しているのが本当の姿で、ブログアップ当初は「AmM7 (9,11)」という風にナチュラル11thおよび完全11度と表現してしまっていたので訂正しておきました。

※注3 「Feeling Good」の曲一番最後のコードはF#m9(b5)でハーフ・ディミニッシュト9thです。つまりコレはメロディック・マイナー関連の音列ではないと出てこないコードとして考えることができるモノでして、ハーフ・ディミッシュに長九度が付加されたコードであるというコトもあらためて付け加えておきます。

 7曲目の「Midnight Sun」のアコピのソロが素晴らしい。ジャズ系女子アーティストの中にはエリザベス・シェパードよりも遥かに速弾きで音を詰め込む人が居ます。誰とは言いませんけどね(笑)。然し乍らその手のサーカス・プレイを得意とする速弾き系の人達のソロのフレージングというのは、あくまでも「体系化」されただけのスケール・ライクなフレージングに収まっているだけの物が非常に多くてですね、調域外の音が現れようとも必然性を感じる事のない音が殆どなのを嘆いてしまうのが現実なのです。その手の音など無関係にただ単に速いの聴きたければそれはそれでイイのでありましょうが、そういう支持者も軈て習熟するとソッポを向いてしまうモノなんですね。薄情なコトですが。で、エリザベス・シェパードが選択する音というのは速弾きではないものの必然性のある音をきちんと志向している音選びなんですね。だから私は好むワケです。私の意見を鵜呑みにするコトなく単純に速弾きプレイが好きな人はその手の人達を聴いていけばイイんです。しかし、その手の人達は演奏する側も聴く側もソレだけに留まってしまっているモノでして、リスナー側が習熟した時にソッポを向かれる運命にある、という事だけはあらためて声高に語っておく必要があるかな、と。演奏者も聴き手も耳が痛い場合は「なにくそ!」と思わんばかりの作品作り上げてみるこってすな。この左近治、少なくとも楽理面においては白日の下に晒してやりますわ(笑)。

 8曲目の「Sack of Woe」是亦先ほどの音選び同様に、今度はアコピではなく、ウーリのソロが素晴らしいんですね。アレンジ力もさること乍ら、カヴァー作品である以上はやはり個性が一番発揮される局面を存分に堪能することが当然の聴き方だと思いますし、そうしたピークの持って行き方というのも巧みなセンスを感じます。作り手もそうしたセンスを感じて作っているのか、シンプルなアンサンブルで音像の構築など殆ど手を加えなくともアルバムの統一感は得られるだろうに、そういう端折った感は一切無く、曲ごとに細かく楽節の波間を感じ取り乍らミックス面でもこの曲に限らずメリハリを付けて変化させている所が素晴らしいと思います。

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 14曲目の「Close To You」は、原曲がキャッチーなだけにどういう風になるのかと思ったら、鬼子母神が神になる、つまり鬼が神になってしまうかのようなメタモルフォーゼ感を感じ取る事ができるんですね。おそらくエリザベス本人は新たな生命を宿して出産という(既にお子さん誕生)自身の大きな転機を、こういう風に表現してみたのではないでしょうか。艶かしいスフィア感のそれには聴き手が母性の真なる深さを恐怖に近しいほどのスケールを味わわせてくれるかのような、サイケデリック感覚にも投影できるほどのメタモルフォーゼという「儀式」の表現を感じ取ることができるのがこの曲です。私がついつい投影してしまうのはピップ・パイルのソロ・アルバム「7year Itch」収録のバーバラ・ガスキンが唄うビートルズのカヴァー「Strawberry Fields Forever」の神々しい感じ。あの曲想が蘇りました。
 
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 曲中ではSynthi AKSを思わせるかのようなシンセ音が入って来たり、しかもそれが嘗てのソフトマシーンのようにも聴こえて来るのだからついつい錯綜してしまうワケですな。その錯綜感とメロディアスな元の曲のモチーフがそれこそピンク・フロイドのような対比にも感じ取ることができて、ギミックは限りなく少ない音で、使っているエレクトリックな楽器やウーリッツァーとローズ位。それでもこうした空間を演出しているのは、演奏者達ばかりでなくエンジニアも共通理解があるからこそだと思います。
 尚、画像では今回NI Reaktor ensファイルのEMS Synthi AKSを用いておりますが、「SYNTH-IN-A-CASE」を発音する時「Synthi AKS」という風に感じ取れることから「EMS社のSynthi AKS」と呼ばれるシンセですので「SynthをSynthiだって!」とか嘲笑しないようにお願いしたいと思います。
 
 扨てハナシを戻して、空間すら演出するかのようなドープなタイプの4、9、14曲目の演出は素晴らしいですが、こうした曲の聴き方は一般的には難しいので、ただ単にメロディの牽引力を頼りに曲を聴くだけの方はなかなか理解が及ばない部分かもしれません。しかし他の曲で耳が馴染んで来た時、こうした音の聴き方があるのだと思い出してみてください。とても素晴らしい発見があることでしょう。器楽的な心得を持つ女性ならスンナリと理解してくれるかもしれません。文学的な方面、文字に頓着してしまう男性(日本人)は、こういう世界観を他のシーンでも見過ごし&聞き逃している事でしょう。いずれにしても学ぶ事が多いエリザベス・シェパードは今回も健在ですし、やたらとハイパーな耳を用意せずとも「作業系BGM」でも十二分なほどの空間演出と共に高次な響きを用意しているという事であります。2012年春、良いアルバムに出会ったモノです。

 人生には3つの坂があるというのをお聞きになったりすることもあるでしょうが、楽理を覚えることにおいてもその過程には山や谷があったりするものでありましょう。就中高次な楽理を会得する方なら山や谷など遭遇して当然でありまして、平坦な道では判らないことだらけということを実感してほしいと思わんばかり。