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聴覚について [サウンド解析]

浜崎あゆみの左耳の難聴のニュースが報じられている最中ですが、この私とて暮れにセカンド・オピニオン受診して異状なしってぇコトだったんですけどね、とりあえず聴覚について今一度お話しよっかな、と。

人間の耳ってぇのは興味深いもので、正常な人でも両耳の感度は全然違うんですな。数dB~10dBくらいあっても普通。でもそれが両耳でアンバランスに聴こえないのは脳が補完しているからなんですな。デジタルで言えば1bitから2bit分の開きがあるのだから驚きですな。その感度は全帯域トータルの感度なので、片側の耳がある特定の周波数帯の感度の鋭さ/鈍さってぇモンが実はあるんですな。

で、日常的に片側の耳が、疾患などではなく生理的な要素で一時的に「聴こえにくい」とか、騒音の激しい場所で仕事をしていたとか生活していたというシーンである周波数帯において鈍かったり聴き取りづらくなるという症状は誰にでもあってですね、あまりにアンバランスさを欠いてしまうとそれまでの両耳とは違和感を抱くので、概ね泳いだ時に耳に水が入ったくらいの違いを認識するんですが、これよりも「見逃せてしまうような違和感」程度だと、脳が徐々に補完していっちゃいます。

大音量でいつも音楽を聴いていたりすると、「見逃せてしまうような違和感」を放っておきがちになるので、実は耳にはよろしくない。それでいつの間にかその見逃せてしまう違和感が「日常」となって脳が補完してしまう、というワケです。

もちろん人間の耳には個体差もあるワケで、その個体のクセとやらを人間の脳はどうにかこうにか補完しようとしているってぇワケです。

結合差音が聴き取れないようだと(周波数の違う音叉を同時に鳴らして、それらの音叉とは違う音が内耳に生じる現象)内耳機能が損傷してしまっているのは間違いないでしょう。差音というのは例えば2つの異なる振動数(ピュアトーンで)を同時に鳴らすと、その双方の周波数の差分が聴き取れるというワケで、ほぼピュアトーンのような一昔前の携帯電話の着信音などでは、耳に近付ければ簡単に認識することができます。

左近治自身、3&4和音時代に結合差音を利用したアレンジを施して、三声や四声を超える楽曲のアレンジに挑戦したものです。対位的には美しくないけれども、差音を生じさせるためには仕方が無い!というアレンジをしていたこともありました(笑)。今ではもうそれらの楽曲を聴くことはできませんけどね。

で、後天的に視覚を失った場合概ね聴覚が鍛えられます。方向感覚を掴むのは耳や触覚なワケで耳が鍛えられるというワケですな。というよりも視覚に頼れないからこそなのでありますが、モニタリングですら照明を明るくせずに暗くした方が音を捕らえやすくなるというのも似たようなモノであります。

以前のブログでも絶対音感についてチラッと語りましたが、人の声の低い/高いがきちんと認識している人なら誰でもある能力でして(笑)、これこそが絶対音感たるものの根幹(笑)。

ある人の声がいつもより声がおかしい。

「風邪ひいた?」

これが判れば絶対音感の発揮例。何もピアノの音当てられるだけが絶対音感ではないんですな(笑)。それだけ音名当てられるほどのピアノ弾きの中にハンマーの部分音を列挙できる人にどれだけ出会ったことか(笑)。それでいて自身のピアノの調律には無頓着で調律は年に1回で十分!というトンデモない人が「ナンチャッテ絶対音感」を引き合いに出して特殊性をアピールしようとする、雑魚ピアニストやら音楽屋の悪いクセですな(笑)。

幼少の頃から音楽方面で芸達者だと日本の教育社会だと概ねチヤホヤされながら育っていき、それがピアノ主体の音楽教育(民間の)だと、週末にコンクールやら催し物で一所懸命持ち上げられ(笑)、音大卒業してプロのなるかと思いきや、町のピアノの先生とか調律師とか。これが現実。ここまでの地位になる人すら限られているのが現実で、実際にそれらの人達でも絶対音感はあるのだけれども、本当の秀でた音感を持っている人は実際には少ないでしょう。一般的に見れば、そんな方々よりも遥かに劣る音感(一般的に「音感が無い」と呼べるに相応しい)を持つ人が殆どなんですからね。

オーケストラのアンサンブルだって、同一曲内でピッチの変化していることすら聴き取れないようではいかんのですよ(笑)。器楽的な意味で絶対音感が優れている人はあらゆる部分音も可能な限り抽出できて、音名に表す場合はセント単位の増減も判り、符割の細かいフレーズやらパッセージでも記憶することが可能(つまり耳コピが可能)、自身の脳内で得意・不得意の調性感を持たないetc(←特定の調性を持ってしまう場合、概ねいっつも同じ調の曲しか作れなかったりする)

さらには、聴こえてくる音を自身のボキャブラリーに「置換」してしまうのも、音感が鈍い人の顕著な例。或いは他言語だったりとか。特に日本語の場合は「文字」から置換された「音(五十音)」に置き換えてしまうので、日本語を習得して五十音を覚えた時からデフォルメが開始されてしまうという側面も(笑)。これを意識できているのであればデメリットにはならないと思うんですけどね。

こういう中で鍛えられた人の絶対音感というのはもはや「なんちゃって~」の類の人とはもう別物なんですな。

音にうるさいスティーリー・ダンのライヴを見に来た人5000人の中で、これだけの耳を持っている人は5人居るか居ないかでしょう(笑)。もしかしたら1~2人居ればまだイイ方かもしれません(笑)。

左近治はどうなの!?と言われれば、さあ、それはご判断にお任せします(笑)。私よりも音感が鈍い人には数多く出会うのが私のこれまでの「日常」でしょうか。器楽的に。


ハナシを戻して難聴の類の場合、女性の場合は脳の構造というか神経伝達も男性と違うので、耳に障害が出ているとより一層外的要因は男性よりも特定しづらいかもしれませんね。耳の再生手術というのは現在の医療技術をもってしてもまず無理な分野じゃないでしょうかね。メスどころか針のように細いもので触れただけでも特定の細胞を損傷させてしまいかねないのが人間の耳。実に難しい部位。もしかすると、投薬治療やら向精神作用の投薬治療で効果が出るのかもしれませんし。